6話 プロポーズは保留で
保留と決まれば、あとはプロポーズの返事を先延ばしにするのみ。
「あの、王子様?お気持ちは大変嬉しいのですが、私達出会ったばかりですし。ここはもっとお互いのことを知ってからのほうが……」
って、なんてベタ!こんな使い古されたセリフじゃなくて、もっとオリジナリティ溢れた気の利いた言葉があったでしょうよ、自分!!
一時しのぎとはいえ、由美はあまりの陳腐な台詞に自己嫌悪に陥った。
しかし、王子の反応は由美が思っていたものとは違っていた。
「なるほど!さすがユミ様、確かにそうですね。私もユミ様のことをもっと深く知りたいです。もちろん、ペンタン様のことも……。では、今から私の部屋で三人でお茶でもいかがですか?ユミ様とペンタン様もお疲れでしょうし」
三人……。ペンタンもしっかり頭数に入っているのね。
色々と思うところはあるが、実際疲れていた由美はお茶に誘われることにした。ペンタンの中に長く入っていたので、体力を消耗し、喉が乾いていたのである。
由美が承諾したのを見ると、王子はおもむろにマントを脱ぎ、由美の腰に巻き始めた。
意味がわからずそのまま立っていると、今度は突然王子に横抱きにされてしまう。
これって、お姫様抱っこ!? うわっ、初めてされたよ!
興奮する由美だったが、さすがに初対面のイケメンにされるのは気まずいし、恥ずかしい。
しかも、相手が本物の王子様とくれば、庶民の由美が大人しく受け入れられるはずもなく……。
「だ、大丈夫です!重いですし、王子様にこんなことさせられません」
腕の中から必死に訴える由美だったが、王子はキョトンとしている。
「重い?ユミ様が?あなたは羽のように軽いですよ」
出たー!!『羽のように軽い』、いただきましたー!!
漫画とか小説で良く聞くやつだわ。 本当に言う人っているんだ……。
大勢の前でお姫様抱っこをされた由美は羞恥を覚え、現実逃避を始めた。ペンタンのことなどすっかり忘れていたが、王子はもちろんその辺も抜かりない。
「ペンタン様もお連れする。お前達、手を貸せ」
「「「はっ!!」」」
ペンタンのパーツごとに数名で運ぶらしいが、捧げ持つような体勢をしている。それでは腰を痛めそうだ。
この人達がペンタンを何だと理解してるのか気になるところだわ。お茶の時にでも王子様にちゃんと説明しなくちゃ。上手く伝わる気がしないけど……。
結婚話はとりあえず保留に出来たようだが、気苦労が絶えない由美……。
「それでは父上、母上、お先に失礼します。カスト、いい仕事だった」
それだけ告げると、王子は由美を横抱きにしたまま扉に向かって歩き出す。
やっぱりコスプレじゃなくて、あの二人は本物の王様と王妃様だったのね。そして、長老らしきおじいちゃんが、カストっていう名前とみた。
「ああ。ユミを頼んだぞ」
「ユミさん、疲れたでしょうから、ゆっくり休んでちょうだいね」
「王子!ありがたき幸せ!!」
国王と王妃の二人は、由美を労るような穏やかな微笑みを向け、見送ってくれる。
ペンタンの着ぐるみ姿で現れて怪しさ満点だった上に、根っからの庶民の私に優しい言葉をかけてくれるなんて、なんていい人達!あの王様と王妃様がいれば、こっちでも生きていけそう。
感激した由美が、王子の腕の中から身を乗り出して、感謝を込めて二人にペコッと頭を下げて挨拶をすると、国王は歯を見せて快活に笑い、王妃はヒラヒラと手を振ってくれた。由美も嬉しくなって、軽く手を振り返してみる。
カストは王子に褒められ、有頂天になっているようだ。
それにしても、王子も登場した時はあんなに召喚に反対して怒っていたというのに、手のひら返しも甚だしいのではないかと由美は思う。まあ、カストが満足そうだから良しとしよう。
由美が笑顔で手を振り続けていると、王子の面白くなさそうに拗ねた声が聞こえた。
「ユミ様、私の腕の中にいるのに、何故他の者に愛らしい笑顔を振り撒くのですか?私からはあまり見えないのですが」
は?見たいの?面白い冗談だこと。
由美は王子の方に顔を戻し、至近距離で笑顔を作ると、両手を自分の顔の横で振ってみた。27歳にもなると、恥じらいもなく冗談でこのくらいへっちゃらで出来てしまうのが怖い。
「王子様ー、どうですかー?」
嘘くさい笑顔で手を振りながら訊いてみれば、廊下を進んでいた王子が突然立ち止まり、由美を抱いたまましゃがみ込んでしまった。
「か、可愛い過ぎる……」
マジかー!この王子様って、目が悪いの?あ、毛色が違う私が珍しいとか?
由美が呆然と王子を見つめていると、王子が立ち直ったらしい。
「取り乱して失礼致しました。早く部屋へ向かいましょう」
「お願いします……」
王子は由美を見ないようにしているのか、明後日の方角を見ながら歩みを進めている。由美も、これ以上は余計なことはしないでおこうと心に決め、大人しく体を委ねた。
しばらく静かに運ばれていると、王子の部屋らしき場所へと辿り着いた。
当たり前だが、王子の部屋など生まれて初めて足を踏み入れたので、お行儀が悪いと思いつつも思わずキョロキョロとしてしまう。もちろんとても広いし、家具が高価なことはわかるが、「ザ・シンプル!」といった飾り気のない部屋に由美は驚いてしまった。
「殺風景で、何も面白味がない部屋で申し訳ありません。さあ、どうぞこちらのソファーへ」
色はグレーで地味だが、座り心地の良いソファーに下ろしてもらうと、王子が由美の正面に座った。そして、何故か王子の隣にペンタンが置かれた。
きちんと床に足が揃えられ、ソファーに胴体が置かれ、その上にバランス良く頭部が乗せられる。
ペンタンまで座らせなくてもいいんじゃ……。三人でお茶って、そういうこと?
由美が考えていると、王子と由美の前だけでなく、ペンタンの前にも湯気をあげた紅茶が並べられていた。