2話 ペンタンを脱ぎます!
イケメン王子に手を取られ、されるがままの由美……。
目の前の王子は、依然として恍惚の表情を浮かべながらペンタンの手を一心不乱に撫で続けている。
ちょっと、誰かこの王子様を止めてくれません?
ペンタンの首を動かし視線で訴えかけるが、かつてない楽しそうな王子の様子に衝撃を受けた人々は、誰も由美の味方にはなってくれないらしい。
「氷の王子がまさか……」
「あんなに表情豊かな殿下を初めて拝見しましたわ」
「さすが召喚の儀!王子の運命の相手を導いてくれたのだな」
最初は驚き、信じられないといった顔で王子と由美を見比べていた彼らだったのに、徐々に世界を超えた運命のカップルを祝福するかのような空気に変わっていく。
「おめでとうございます!」
「お似合いのお二人ですわ!」
「王子妃召喚、バンザーイ!!」
みんな私達を祝ってくれてる……。もしかして、この王子様が私の運命の相手だったの?
由美が王子を見れば、王子も熱のこもった瞳で由美を見つめ返してくれる。
そう、そうだったのね!私、この世界で運命の王子様と幸せになります!!
ーーこうして、由美は異世界に召喚され、王子と幸せに暮らしたのでした。
めでたしめでたし。
完
……って、なるかーっ!!こっちはペンタンの着ぐるみ着てるんだよ?中に私が入ってるってこと、絶対理解してないよね?
まさかこの王子様、着ぐるみと結婚するつもりじゃないでしょうね。まわりも無責任過ぎるでしょ。この世界の結婚観、どうなってるんだよーっ!
由美が心の中で突っ込みまくっていると、初めて王子が直接問いかけてきた。
「愛しい花嫁、あなたのお名前を教えていただけますか?」
おっ、とうとう私の声を出す時がやってきたのね。こちらに来てから、まだ一言も話してなかったものね。
ん?でも名前ってどっちの?まあ、気になってるのは着ぐるみの名前だろうから、そっちを答えておくとするか。
「ペンタンです」
由美が着ぐるみの中から答える。
「「「「おおおおっ!!」」」」
広間から歓声が上がった。
どうやら話せないと思われていたらしい。まあ、確かに話す着ぐるみのほうが珍しいし、それ以前に生物としての位置付けがどう思われているのか謎である。
「なんと愛らしい声とお名前なのでしょう!ペンタン様は若い女性とお見受けいたしました」
王子が嬉しそうに言うと、周囲からは安堵したような空気が流れたが、ペンタンは女の子ではない。ここは否定しておかなければ。
「いいえ、ペンタンは男の子です」
由美がはっきりと訂正した途端、広間に悲壮感が漂った。
「なんということじゃ!儀式は失敗じゃーーーーっ!!」
長老もどきは頭を抱えてうずくまり、悲嘆に暮れ始めた。
しかし、王子がキッパリと言い切る。
「関係ない!ペンタン様は私の花嫁だ!!」
あれ? なんだか揉めてるような……。あ、もしかして花嫁候補なのに、ペンタンが男の子って言ったから?うわ、この人達ってば、本気で王子様とペンタンを結婚させるつもりだったんだ。というか、「私」の存在もいい加減教えておいた方がいい気がしてきたわ。
「あのー、ペンタンは男の子ですけど、私は女です」
「は?『私』とは……?」
王子が明らかに困惑している。
うん、やっぱり『中の人』のことを知らないのね。この世界、着ぐるみなさそうだもんね。
「えっと、ペンタンの中にいる私です。って、わからないか。ちょっと手を借りてもいいですか?」
由美は見せた方が早いと判断し、ペンタンを脱ぐことにした。しかし、一人で脱げる気がしない為、王子に手伝ってもらうことにしたのである。
本当はこんな人前で脱ぐところを見せるなんてNGだよね。放送事故ものだよ……。
気にはなったが、今はそうも言っていられない。
由美は、ペンタンの中から頭部を持ち上げようとした。
「ペンタンの頭を持ち上げて貰えます?重くって」
立ち上がった王子が手を貸そうとしてくれるが、何をするべきか困り、まごついている。
「ペンタン様の頭を持ち上げる?それはいったい……」
「あ、大丈夫!いけそうです!!そのまま持ってて下さい。よっと……ぷはーっ」
ペンタンの頭がはずされ、由美の頭が外気に晒された。
はーっ、空気が美味しい……。
この時、由美はようやくこちらの世界を肌で感じたのだったが……。
「キャァァァ!ペンタン様が!ペンタン様の頭がーっ!!」
急に集っていた人々の中から女性の悲鳴が上がったと思ったら、その女性は失神してしまったようで、その場で倒れてしまった。
周囲にいた人が慌てて介抱するが、つられたように他の数名の女性までも、後を追うように意識を失ってしまう。
「あー……、やってしまったわ。初めて見る人にはショックが大きかったか……」
頭だけ人間、胴体はペンタンの着ぐるみ姿の由美は、広間の慌ただしさを申し訳なく思う。
ペンタンの頭がポロッと取れたと思ったら、私の頭が出てきたんだもん。着ぐるみの概念がないと怖いよね。首から下がペンタンのままっていうのが、また気持ち悪いだろうし……。
中途半端な状態が一番良くないと考えた由美は、残りもさっさと脱いでしまおうと思うのだが、頭部以上に背中のファスナーのハードルが高かった。
また王子の手を借りようと彼を見ると、ペンタンの頭を抱え、由美の顔を見ながら固まっている。
「女神だ……」
王子が何か呟いていたが、由美にはよく聞こえなかった。