18話 偽物ペンタン
「ユミ様、あんな言葉を聞く必要なんてありませんからね。いくら公爵令嬢だからって許せません!」
ぷりぷりしながら、シャロンは先に部屋に置かれていたペンタンの毛をブラシで整えている。
高級なブラシとシャロンのブラッシングのテクニックのおかげで、ペンタンはいつでも艶々だった。
一方、由美は召喚された時に着ていた会社の事務服に着替えていた。今日はレゴラスが留守の為、久々に着てみようと前々から計画していたのだ。
レゴラスに見つかるとスカート丈を心配されたり、元の世界が恋しくなったのかと勘違いされたり、面倒なことが起きそうなので今日は都合が良かったのである。
「うーん、彼女の言ってたことは間違ってないし、私はああいう感情に素直な子って嫌いじゃないんだよねー」
「何を言ってるんですか。ユミ様は呑気過ぎます!あんな侮辱を受けたのに……。あの令嬢、アローラ様は元々は王子妃候補筆頭だったのですよ?」
「え?そうなの?」
久々の仕事着に、気が引き締まる思いをしながら由美は考える。
でも身分が高いし、ありえる話だよね。元々ってことは、私が召喚されたせいで候補の順位が下がっちゃたってこと?
あの子と王子様の方が見た目は猛烈にお似合いなのに……。まあ、性格は壊滅的に合わなさそうな気もするけど。
「レゴラス王子はどの令嬢にも興味を示しませんでしたし、アローラ様も冷たくて怖い王子が嫌だと言って、あっという間に話は立ち消えたんです。でもきっと妬ましくなったんですよ!今までは公爵令嬢として敬われていたのに、召喚されたユミ様の方が人気も立場もあるし、レゴラス様に大切にされているので」
「そんなこともないと思うけど。でも嫌われてるのは残念だなー」
そんなことを話していると、部屋の入口からノックの音がした。
「フィーゴさんが戻ってきたんですかね?」
シャロンが扉に向かいーーそれきり姿が見えなくなった。
「シャロンさん?何かあった?」
不思議に思った由美も、ドレス姿ではない為、遠慮がちに扉から顔を出したのだがーー。
その瞬間、何者かに腕を引いて壁に押さえつけられ、顔に布を当てられてしまった。
あ、これってマズイ状況じゃない?変な薬を嗅がされるパターンだよ!!
気付いた時にはもう遅く、その記憶を最後に由美は気を失ったのだった。
◆◆◆
城を出てまだ一時間も経過していないというのに、馬を走らせて公務に向かうレゴラスは既に帰りたくて堪らなかった。
ああ、早くユミ様に会いたい……。
フィーゴがいれば安全だとは思うが、少しも目を離したくないというのに!
胸元からさっき渡されたペンタンマスコットを取り出し、自然と優しくなった目で眺める。
顔の輪郭が少々歪んでいるところが、由美のお手製らしくて余計に愛おしい。
さっさと仕事を終わらせて由美の元へ帰ろうと、レゴラスが馬のスピードを上げかけた時だった。
「レゴラス様、こちらに早馬が近付いてきます!」
側近の声で振り返ると、確かに王家の馬だった。
自ら近付き伝書を受け取ると、予想通りフィーゴからである。読めば、公爵令嬢が由美に絡んできたらしい。
由美の様子が心配になり、城に戻ろうかと悩んでいると、すぐさま次の早馬が近付いてくるのが見えた。
またか?こんな続けざまに送ってくるなど、嫌な予感がする……。
二通目を急いで開けば、それは一通目よりも衝撃的な内容だった。
『ユミ様、ペンタン様、シャロン、何者かに連れ去られた模様。現在捜索中』
「直ちに帰城する!!」
それだけ叫ぶと、レゴラスは今来た城の方向へ馬を走らせた。背後で臣下が慌てているが、説明をする時間も惜しい。
ユミ様、すぐに助け出します!どうかご無事で!!
砂埃を巻き上げ、レゴラスはひたすら城を目指した。
◆◆◆
「ユミ様!ユミ様!大丈夫ですか?」
必死に呼びかけるシャロンの声で由美は目を覚ました。頭がボーッとする。
あれ?私、寝てた?
薄暗い部屋の中で体を起こそうとしたら、手首が縛られていた。
ん?何これ。膝も擦りむいてるし……。
あ!確か部屋の前で何か嗅がされたんだった!
隣で同じく手首を縛られているシャロンが心配そうに由美を見つめている。
「シャロンさん!大丈夫?どこか痛くない?」
由美がシャロンの顔や体を確認するように尋ねると、こんな状況なのに笑われてしまった。
「ふふふ、私なら何ともありません。私よりユミ様です。どこか痛めてはいませんか?」
「平気みたい。でもここはどこなんだろ?」
見渡せば小さいながら窓が二つあり、外の景色が見える。
誘拐……にしては、やり方が手緩いよね。猿ぐつわもないから喋れるし、二人一緒で手首しか縛られていない。しかも、後ろじゃなくて前で縛られてるから楽だしね。
それにしても、一体誰が何の目的でこんなことをしたのだろうか?フィーゴは由美達が連れ去られたことにとっくに気付いているだろうし、すぐにバレる気がする。
「ユミ様、この部屋は見たことがあります!今は使われていませんが、ここはお城の中です!」
うわ、ますます意味がわからない。私達が目的じゃないとか?いや、じゃあ何が目的なんだろう?
とりあえず不便なので、縛られている紐をなんとかすることにした。
こんな細い紐だけなんて、完璧舐められてるよね。どうせ女二人で何も出来ないと侮ったんだろうなー。
「シャロンさん、手を少し上げてくれる?紐を切るから」
「切るって、どうするつもりなんですか?」
ふっふっふ~と不敵に笑いながら、由美は器用に胸ポケットからカッターを抜いた。
あのペンタンが納品されたダンボールを開けた時から、ずっと事務服に差したままだったのである。
カッターの刃を出しシャロンの手首の紐を切ると、シャロンが歓声を上げた。
「ユミ様、凄いです!」
シャロンにカッターを渡し、由美も切ってもらったところで俄に外がうるさくなった。
「お前はペンタン様ではない!ペンタン様の偽物め!ユミ様をどこへやった?」
レゴラス様の声?お仕事に行ったんじゃなかったっけ?それに、ペンタンの偽物って……。
先に窓に駆け寄っていたシャロンが叫んだ。
「大変です!ペンタン様がっ、ペンタン様が歩いています!!」
は?ペンタンが歩いてる?……誰かが中に入ってるってこと!?
慌てて由美も窓から外を見た。