16話 涙を拭ってくれる人
「『また死んでしまう』とは、どういうことですか?」
「それは、えっと……」
いけない!私、まだ元の世界で死んでること言ってなかったよね。こんな話、重いし聞きたくないんじゃ……。
しかし、重ねて問いかけるレゴラスの瞳は真剣そのもので、とても誤魔化せる雰囲気ではない。
動きを止めた由美は、悩みつつも日本で最後に起きたことを全て打ち明けることにした。ペンタンの中に入っていると、レゴラスの顔を直接見なくて済むのが救いであった。
「ということは、その女神の息子のイタズラによって、ユミ様の大切な命が失われ、その直後にここへいらしたと?」
「そうみたいなんですよね。この格好で今みたいにふざけてポーズを取ってたら、ペンタンごと潰されちゃったみたいで。いやー、参っちゃいますよね。間抜けな最後で。もう元の世界にも帰れないし……」
わざと明るく伝えてみたが、レゴラスは再び剣に手を置くと、激しく怒り出した。
「なんてことを!女神の息子といえど、許しはしない!ユミ様の代わりに私がこの手で!!」
由美の前ではいつも朗らかなレゴラスが、ものすごい剣幕で上空を睨んでいる。
「あ、あの、大丈夫です!もちろんショックでしたけど、きっと寿命だったのだと思います。今はこちらで良くしてもらっていますし」
なんとかレゴラスを宥めようと、ペンタンの手をパタパタとさせていると、レゴラスがゆっくりと剣から手を離し、俯き加減で言った。
「酷いのは私も同じですね。あなたから元の世界に帰りたいと言われるのが怖くて、今まで経緯を聞けずにいました。私はユミ様を失うのが怖くてたまらないのです」
「レゴラス様……」
自分で思っていた以上に、私はこの王子様に大切に思われてたみたい。ペンタンのオマケだと思っていたけれど、私自身もちゃんと見てくれてるのね。
「ユミ様、辛かったですね。泣いてもいいのですよ」
「ふふっ、泣きませんよ。もう仕方のないことですし……」
言いながら、目が涙で潤み始めた。
あれ?なんで今更涙が出てくるんだろ。だってもう死んじゃってるんだから、どうにもできないことだし。
家族や友達がどうしてるか、仕事がどうなったか、気になることはたくさんあるけれど、ずっと考えないようにしてきた。だって、考えたら悲しくて潰されちゃいそうで。
「ううぅ……」
本格的に涙が溢れてきてしまう。
気付けばペンタンの頭がはずされ、由美の濡れる頬にレゴラスの手が添えられていた。
「私の前では無理をしないで好きなだけ泣いて下さい。私がいつだって涙を拭いますから」
「そんな王子様みたいなセリフ……」
本物の王子相手なのだが、人前で泣くのが恥ずかしくてつい冗談めかして言ってしまう。
「ふふっ、王子なので。本当はユミ様だけの王子になりたいのですけどね」
「王子様ってすぐ愛を囁いたり、プロポーズしたりしますよね。格好いいけど」
いつも慣れたようにサラッとキザなことを言うレゴラスに、つい憎まれ口を叩いてしまう由美。
実際は、甘い雰囲気に呑まれそうになるのを必死に抗っていた。
「あはは!ユミ様は手強いですね。でも私も『優しいだけの王子』ではないので、ユミ様に帰る場所がないのをいいことに、あなたを私のものにするつもりです。時間をかけて、心ごと」
え?とりあえず保留にしてたけど、本気で私と結婚するつもりってこと?
レゴラスは指で由美の涙を拭うと、由美を抱き締めた。
小柄な由美の体は、レゴラスの長身と長い腕にすっぽりと覆われてしまう。
うわぁぁ、王子様に抱き締められてる!まあ首から下はペンタンだからそんなに密着はしてないけど、あまり絵面が良くないーーって、そういう問題でもないし!
「涙は止まったようですね。これからもずっと傍にいて、あなたを笑顔にします」
由美の後頭部を撫でながらレゴラスは言ったが、急に撫でている手が止まり、慌てたような小さな声が聞こえた。
「あ、遠出の仕事があったな……。いや、ユミ様とペンタン様を置いていくなど、考えられない!一緒に連れていくか?でも険しい道だし……」
プッ。「ずっと傍に」って言っちゃったばかりだから、困ってるのね。そんなの実際は無理なんだから、気にしなくていいのに。
「遠出のお仕事、頑張ってきて下さい。ペンタンとお留守番しているので」
レゴラスの腕から抜け出し目を見て言うと、レゴラスは情けない顔をした。
「お二人と離れるなんて、私が寂しくて耐えられません……」
「何を言ってるんですか。フィーゴさん達も困りますよ?」
「最近フィーゴは調子に乗っているので、少しくらい困ればいいのです。以前は真面目で大人しいヤツだったのに」
またそんな子供みたいなこと言って。でもフィーゴさん、最近態度がくだけてきたと思ってたら、やっぱりキャラ変してたのか。
お城の人達、全体的に気安くなってきてるよね。レゴラス様が怖い人じゃないってわかってきたからかな。
以前の『氷の王子レゴラス』は知らないが、由美の知る今のレゴラスは、度を越えて可愛いものが好きな、イケメンで優しくてちょっと困った可愛い人である。
その後、マドレーヌ型の依頼から戻ってきたフィーゴが、遠出の仕事など嫌だと駄々をこねるレゴラスに困り果て、由美にチラチラと助けを求めてきた。
「レゴラス様、お守りがわりにペンタンの小さなマスコットを作りますから、それで我慢して下さい」
「ユミ様手作りの小さいペンタン様!?行きます!速攻行って、終わらせます!!」
なんてチョロい……。でもこの感じ、クセになるんだよね。
いつの間にか笑顔になっている自分に気付く。
フィーゴが視界の端で、由美を拝んでいた。