13話 念願のカニクリームコロッケ
レゴラスを執務室へと追い返してから、一時間ほどが経過した。
由美がメイドのシャロンにお願いごとをしていたその時。
トントン、バタン!
「ユミ様、きちんと仕事を終わらせてきました。約束通り、キリンを描いて下さい!」
扉の前には達成感を身に纏い、明るい表情のレゴラスが立っていた。
対照的に、その後ろではフィーゴがゲッソリとしているのが見える。余程仕事を詰め込んだのだろう。
「キリンはー、首が長くてー」
描きながらキリンの説明をすると、隣に座ったレゴラスが好奇心旺盛な顔で由美の手元を見つめている。まるで子供だ。
「ユミ様の世界には不思議で可愛い動物がたくさんいるのですね。なぜそんなに詳しいのですか?」
「動物園が好きで。あ、色々な動物が一度に見られる施設なんです。子供の時は、遠足でも行ったり」
「遠足?」
由美は尋ねられるまま答えていく。レゴラスはそれらを興味深そうに聞いていたが、描き終わったキリンを見ながら言った。
「私が動物園を作ったら、ユミ様は一緒に遠足に行ってくれますか?」
え?作るの?それに、この年になって遠足?二人で?
突っ込みどころ満載で、由美は思わず笑ってしまった。
「あははは!!レゴラス様ってほんと可愛いですよね!!」
笑い続ける由美を見て、レゴラスが嬉しそうに破顔した。
「ユミ様が初めて自然に笑って下さった。可愛いのはあなたですよ」
レゴラスも笑い始め、二人の軽やかな笑い声が部屋に響き渡ったのだった。
その日の夕食、由美とレゴラスとペンタンは再び食堂にいた。国王達は会食の予定があるそうで、今回は不参加だという。
「いただきます」
今夜の由美のメインは、ステーキである。こちらの世界の牛肉はとても味が濃く、肉質も柔らかい。
こっちにも牛がいて良かったー。このステーキ、最高!!
もぐもぐしながら由美がペンタンの前に並んだ料理に目をやると、そこには彼女とは違ったメイン料理が置かれていた。
由美とレゴラスは同じステーキだが、ペンタンは魚が好きだと伝えた為、考慮してくれたらしい。
あれって、カニクリームコロッケじゃない!?
ペンタンの前で、誰も口を付けないカニクリームコロッケが美味しそうに鎮座している。
小ぶりのコロッケが三つ、トマト系だろうか、赤いソースの上に綺麗に並べられていた。
うわぁ、私の大好物!!志織ちゃんと約束したまま食べられなかった、幻のカニクリームコロッケ!!
そんなにコロッケが食べたいのなら、コックに言えば由美の分もすぐに用意して貰えたに違いない。もしくはマナーは悪いが、「ペンタン、一個ちょうだい」と言って、わけて貰うフリをすれば良かっただけのことだ。
わかってはいたが、『どうせペンタンは食べられないのだから』と思った由美は、暴挙に出た。
よし、王子様がコックさんと話してる今がチャンス!メイドさんも誰もこっち見てないよね?
由美はフォークを掴んでペンタンの皿に体を寄せると、一つのカニクリームコロッケにフォークを刺し、一気に口に頬張った。
美味しい~~!!このカニクリームコロッケ、絶品過ぎるー!!
バレないように一口で入れたコロッケは、由美の口から溢れそうになっている。
「ユミ様?」
すぐに異変に気付いたレゴラスが由美に振り返った。
由美のパンパンになっている頬っぺたと、ペンタンの皿から一つ消えているカニクリームコロッケを見て、彼はすぐに状況を悟ったようだ。必死に平静を装う由美がおかしく、レゴラスも笑いを堪えていたのだがーー。
「ほわぁい」
呼び掛けへの返事だろうか。「はい」もうまく言えずにモゴモゴしている由美に、とうとうレゴラスも吹き出した。
ブフォッ、コホコホ……。
慌てて咳のふりをしているが、気付かれて笑われたのは一目瞭然である。自業自得であるが、由美がレゴラスをジトッと横目で見ていると、今度はペンタン担当のコックが大きな声を出した。
「ああっ!ペンタン様のコロッケが減っています!!ペンタン様が私の料理を召し上がって下さった!!くっ、嬉しくて涙が……。ちょっと失礼します」
泣きながら退室したコックは、余程嬉しかったのだろう。廊下で会った別の人間に話しているのが聞こえてくる。
ヤバイ。私が出来心でつまみ食いしたことが、大事になってしまった……。
いよいよレゴラスは我慢することなく大笑いをすると、ハンカチで由美の口元を拭ってくれた。
「ふふっ、ユミ様、トマトのソースが付いていますよ」
うん、バレバレだよね。
気まずそうにする由美の頬っぺたを、レゴラスが楽しそうにつつく。
「ユミ様のここにはたくさん入るのですね。プニプニしていて可愛いです」
結局、「いっそ全部召し上がってしまえばいいのでは?」というレゴラスの悪魔の囁きに負け、やけっぱちでカニクリームコロッケを完食してしまった。
嬉しそうに由美が頬張る度に、レゴラスの肩が揺れ、「ユミ様との食事は楽しいです」とレゴラスは呟いた。