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12話 王子妃候補、手のひらで転がす

 結局、由美は何ひとつ訂正することも、うまく説明することも出来なかった。


 ううっ、不甲斐ない……。


 足取り重く、食堂から部屋へと戻る途中であるが、やはりペンタンのご飯が無駄になることだけは心苦しい。食品ロスやSDGsは日本でも問題視されていたからだ。


「あの、ペンタンのご飯のことですが……」


 相変わらず、由美をエスコートするかのように手を握っているレゴラスに話しかけると、彼は全てお見通しだったらしい。


「安心して下さい。ペンタン様への食事は、コックも『供物』だと理解し、見た目は減らないことを理解しています。しかし、ペンタン様の精神が召し上がっているとわかっているので、彼もそれで満足なのです」


 ……えっと、意味がわかりません。精神も肉体も、着ぐるみなので食べられませんが。


 しかし、せっかく任命されたコックの彼がクビになるのは避けたいし、お供え物だと思えば許せる範囲かも?と考えた由美は、レゴラスにお願いした。


「それでは、ペンタンの分は後にでも誰かに食べてもらえますか?本当は私が食べられればいいのですけど。冷めたり、固くなっていたら申し訳ないのですが、やはり勿体なく感じてしまって……」

「ユミ様のそういう無駄にしない心遣い、私は好ましく思いますよ。皆に伝えておきましょう。ペンタン様にお出しした物なら、ありがたがっておさがりをいただくことでしょう」


 いや、ペンタンは神様とかご先祖様じゃないんだけど……。でも無駄にならないならいいか。


「レゴラス王子様、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 頭を下げる由美に、レゴラスも笑顔で頷いていたが、急に話題が変わった。


「ところで、いつになったら由美様は私を呼び捨てにして下さるのでしょうか。口調も他人行儀ですし」


 またその話か! 無理って断ったのに……。


「いえいえ、昨日も言いましたが、王子様相手にそんな失礼なことは無理です。むしろ私に敬語を使う王子様の方がおかしいですよね?」

「却下です。こんな可愛らしいユミ様の耳に、万が一にでも野蛮な言葉が聞こえでもしたら、ユミ様が壊れます。穢れます。ユミ様は大切に慈しむべき存在なのです」

「もう!私、そんな弱くも清らかでもありません。レゴラス様は王子様なんですから、威厳が大事だと言ってるんです」

「では、王子を辞めます。それでしたら構わないでしょう?」

「何言ってるんですか!構うに決まってるでしょ!!もうもうっ!!」


 プリプリ怒っている由美を、レゴラスが愛おしげに眺めているのを、廊下の隅に立つ使用達が驚愕の表情で見ていた。

 それは一見微笑ましいカップルの姿だったが、レゴラスは今まで無駄を嫌い、女性と話すことも、廊下で誰かと立ち話をすることすらなかったのだ。それが、突然のこの内容の薄い、お世辞にも高尚とはいえない会話である。

 好きな女性とだったらいくらでも無駄な会話をしたいなんて、王太子も普通の若い男だったのだなぁと、使用人達の視線はだんだんと生暖かいものへと変わっていくのであった。


 不毛な会話の後、レゴラスは泣く泣く仕事へと向かった。ペンタンの絵と一緒に……。

 由美はシャロンに城を案内してもらったり、この国について教えてもらったりして、自由に過ごしていたーーのだが。

 合間にレゴラスの側近のフィーゴが何度も由美の様子を伺いに立ち寄るので、思わず同情すると、彼も「仕方がないです」と苦笑いしていた。

 毎回「こちらは変わりないです」と答えるだけなのも申し訳がなかったので、何回目かの時にゾウのイラストをさらっと描いてフィーゴに渡してみた。気晴らしになればと思ったのだが、それがいけなかったらしい。速攻レゴラス本人が仕事を放って現れた。


「ユミ様!この鼻の長い生き物は何ですか?変わっているが、なんてキュートなんだ……」


 失敗した。 この人、動物に興味を持ちすぎなんだった!


「それはゾウです。鼻が長く、大きな耳が特徴で、体も大きくて重いです。鼻を使って器用にリンゴを掴んだり、たまに絵を描いたりするゾウもいるんですよ」

「この鼻で!?なんて魅力的な……」


 まずい。絶対仕事が溜まってるはず。フィーゴさんがジェスチャーでなんとかしてくれって言ってるもん……。


「レゴラス様、まだお仕事の途中ですよね?今日の分が終わったら、キリンを描きますから」


 なんだ、この提案。甥っ子相手に話してるみたいになっちゃったよ。「ピーマン食べられたらキリンを描いてあげるから」的な。


 しかし、子供騙しの由美の作戦は上手くいった。


「キリン!?そちらも気になります。フィーゴ、さっさと終わらせるぞ!」

「はいっ!!」


 レゴラスがダッシュで執務室へと戻っていき、フィーゴも由美にペコペコと感謝を表しながら去っていった。


 なんだこれ。コントか?


「ユミ様、レゴラス王子の扱いが神がかってます!!まるで手のひらで転がすように……。さすが王子妃候補、感動しました!!」


 シャロンがウルウルしながら興奮している。


 あの王子様が単純なだけだと思うよ?でも可愛いところもある人なんだよね。


 今まで『氷の王子』を恐れ、怖がっていた城勤めの者達は、由美のおかげでレゴラスの性格が丸くなりそうだと喜んでいた。

 由美は召喚二日目にして陰では『レゴラス使い』などと呼ばれ、知らないうちに城内での人気を確立していたのだった。


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