11話 ペンタンへの愛が重過ぎる王子様
召喚された翌日の朝、由美は部屋まで迎えにきたレゴラスと共に、王族専用の食堂へ向かっていた。
後ろには、なぜか着ぐるみのペンタンを運ぶ使用人達が付いてきている。
ペンタンの形状を保ったまま移動をしてくれているので、まるで滑るように廊下を進むペンタン。
毎回ペンタンも一緒に移動させる気なのかな?なんだか申し訳ない気分……。足の部分を持ってる人、あの体勢は絶対腰に悪いって。
少し振り返ってハラハラしながらペンタンを見ていた由美だったが、彼女の手を軽くとりながら、機嫌良く隣を歩くレゴラスから話しかけられた。
「昨晩はよくお休みになられましたか?そのドレス、よくお似合いですね。とても可愛らしいです」
レゴラスは嬉しそうだが、由美は全く嬉しくない。
なぜなら、ドレスを着た自分の姿が、まるで『写真スタジオでお姫様の格好で写る少女』みたいだからである。
確かにある意味『とても可愛らしい』とは思うよ……。可愛らしいけれども!
由美は葛藤していた。
なんでこうなっちゃったんだろ……。もっと大人っぽいやつもあったよね?それとも背が小さい私が悪いのか?大人っぽいドレスを着ると、かえって幼く見えちゃうからあえて可愛いのを選んだとかそういうパターン?
ドレスなどほとんど着たことのない由美には、選び方もよくわからない。その為、着せられるままになっていたのだが、明るいピンク色のレースとリボンたっぷりのドレスなど、27の由美にはハードルが高く、精神的ダメージが大きかった。
これならまだペンタンの着ぐるみの方が顔が隠れている分、気が楽というものだ。
「あの、シャロンさんが選んでくれたんですけど、本当にこのドレスおかしくないですか?そもそもこれって大人用なの……」
「誰よりも似合っています!こんなに可愛らしく着こなせる方は他におりません!あ、良かったら抱っこしていきましょうか?」
「歩けます!!」
お互い食い気味に返事をしていると、食堂に辿り着いた。
食堂には既に国王夫妻が到着しており、由美を見ると親しげに挨拶をしてくれた。
「おはよう。レゴラスと仲が良さそうで何よりだ」
「あらあら、可愛いドレス姿ねぇ。レゴラスが楽しそうで私まで嬉しくなるわ。歳の差なんてたいした問題ではないわよ」
ん?歳の差?……2歳しか違わないんだけど、もしやまたしても10代だと思われてるんじゃ。
このドレスがいけないのよ!しかも、お嫁さん扱いはまだ早いから!!
しかし、新入社員が社長に言い返すようなバカな真似はしない。由美も空気が読める社会人なのである。
愛想笑いでやり過ごすと、朝食が始まった。ペンタンが由美の隣に座らされ、前にスープが置かれる。
ペンタン、食べられないから!むしろ、テーブルマナーに詳しいペンタンなんて笑えるし。
食べ物を無駄にしたくないので、由美がペンタンの分はいらないと言おうとした時、国王が話し出した。
「ユミはペンタンの創造主だと聞いたぞ。素晴らしいじゃないか。あ、そうだった。二人に専属のコックをつけたのだ。料理が口に合わないと辛いだろう」
うわー、いい人。いい人なんだけど、今まさにペンタンの分はいらないと言おうとしたのに……。なんて間の悪さなの。創造主のことも否定しなきゃ。
焦る由美の前に二人のコックが呼ばれ、紹介された。
二人とも栄誉ある専属コックに選ばれたことに感無量のようで、意気込みを熱く語られてしまう。
い、言えないっ!こんな喜んでいるコックさんの前で、『ペンタンはご飯を食べられないので、担当は必要ありません』なんて、気の毒で言えないわ……。
「ユミとペンタンは何が好物なのだ?」
国王が気を利かせたのか、質問をしてくる。コック達も興味津々だ。
「私は、好き嫌いはありません。こちらの食事も口に合って、美味しくいただいています。ペンタンは……一応ペンギンなので、魚や魚介類を好みます」
由美は諦めて、大人の回答をした。ペンタンは冷蔵会社のキャラらしく、公式プロフィールでも魚好きということになっている。ペンギンだから当たり前だが。
「ペンギン!?ペンギンとはどういった生き物なのですか?残念ながら、私は聞いたことがありません」
コック達が好物を理解して頷く中、思わぬところでレゴラスが反応した。ペンギンが気になるらしい。
というか、今更!?
今までペンギンを知らずに会話が進んでいたことに驚きながらも、由美は冷静に返事をした。
「ペンギン、この世界にはいないのでしょうか?私の世界では寒い地域に住む鳥類ですね。氷に覆われた土地に生息しています」
「まあ!良かったわね、レゴラス。『氷の王子』にピッタリじゃない」
そこ!?確かに、氷繋がりかもしれないけれど。でも、そんなことをこの王子様に言ったら…… 。
「やはり運命ですね!額をこちらへ」
ペンタンのイラストが入った額縁が、使用人からレゴラスに渡される。
えええっ?絵も持ってきてたの!? ペンタン本体もいるのに!?
丸い目を更に大きくする由美に、重ねて衝撃の言葉が国王達から聞こえた。
「おおっ!いい絵だな」
「ずるいわ、私もお部屋に欲しいわ」
は?このバッキンガム宮殿もどきを、『ユミ・カサハラ美術館』にでもするおつもりで?
「いくら父上と母上でもあげられませんよ。このペンタン様のボールペンと共に、いつも私の傍に置く予定です」
上着の内ポケットからボールペンも取り出すレゴラス。
ボールペンも持ち歩いてる!この人、ほんとどれだけペンタンが好きなの!?ペンタンへの愛が重過ぎる……。
「お前は本当にユミを愛しているのだな」
ペンタンへの執着は由美への執着だと理解している国王が呟いたが、由美には聞こえていなかった。