10話 氷の王子様の思惑
ソルディーノ国の王太子レゴラスは、自室の壁に飾られたペンタンの絵を穏やかな表情で鑑賞していた。
実にいい……。ペンタン様の愛らしさとおおらかさが存分に表現されていて、見ているだけで春の陽だまりのような温もりを感じる。これも全て、ペンタン様を生み出し、描いたユミ様の人柄の表れなのだろう。絵自体も素晴らしいが、何より描いている時の一生懸命なユミ様が抜群に可愛かった……。
その時の様子を頭の中で再生し、自然と笑顔を浮かべるレゴラス。
初めは執務室用に描いてもらった絵だったが、常に傍に置きたいと考え直し、自分と共に額縁も移動させることにした。側近が大変になっただけであるが。
レゴラスは急に雰囲気が変わった自室を見回し、自分の人生を変えるであろう今日の出会いを振り返った。
昼過ぎ、レゴラスは公務から城に戻ってきた。予定では夜の帰城だったのが、会談相手の都合で時間が大幅に短縮されたのである。
城に着くなり、今日は留守番役だった側近の一人、フィーゴが駆け寄ってきた。
「レゴラス様、大変です!広間で召喚の儀が行われるそうです!!」
「何!?それなら以前断ったはずだが?」
「どうしても王子妃を召喚したいカスト様主導で、国王や王妃、貴族達も既に集まっております」
「私の留守を狙ったか……。すぐに行く!!」
全く、余計なことをしてくれる。妃など必要ないと言っているのに。煩く、ケバケバしいだけの女性に興味などないし、子が必要なら親戚筋から養子でももらえば済む話だ。異世界から呼ぼうと、どこの女性も似たり寄ったりに決まっている。
レゴラスの意思に反して行われる儀式を、止める為に乗り込んだ広間だったが、そこで思ってもみないことが起きた。召喚が終わっていたことも想定外ではあったが、何より驚いたのは、見慣れぬ黒い大きな毛玉の塊が目に入ってきたことである。
これは……動物か?今まで見たことのない大きさと形状だが、なんて艶々と美しい毛並なんだ。まるで、ビロードのような光沢ではないか。そして何より可愛らしい顔と、プックリ膨らんだ白い腹!
レゴラスはペンタンの丸っこいフォルムと、あざと可愛い表情に心臓を撃ち抜かれていた。
可愛いゆるキャラの着ぐるみは日本ならそこかしこで見られ、もはや珍しくもないありふれたものだが、初めて見るレゴラスにとってペンタンは衝撃的な可愛いさを持っていたのである。
レゴラスの可愛いもの好きは、実は昔からであった。
5歳の頃、初めて城の庭で迷い猫に出会った。しかし、あまりの愛くるしさに興奮し過ぎて、蕁麻疹が出てしまったのである。
過保護な周囲により動物アレルギーだと勘違いされ、城から一切の動物が排除されてしまったという悲しい過去があるのだ。それ以降、クールでストイックな性格も災いし、機能的でシンプルな物を好むと誤解されたまま、今に至る。
動物の本に載っている簡易なイラストを眺めては、喜んでいた幼い時期も確かにあった。しかし、いつの日か重厚で高価な物に囲まれ、ファンシーでキュートなモフモフから遮断されて幾星霜……。その為、可愛さへの免疫が皆無状態のレゴラス。
そこにきてのペンタン登場!レゴラスの可愛い物への渇望が、一気に決壊した。
「ああ、なんて可愛らしい私の花嫁!!」
気付けば、ペンタンの前に跪いていた。
ペンタンの性別など、関係無かった。ただ傍に居てくれるだけで癒されると思った。しかし、ペンタンの中から声同様に可愛い女性、由美が出てきたのである。
レゴラスはペンタンの頭がはずれ、由美の顔が見えた時の驚きを忘れることはないだろう。「ぷはーっ」と言って、スッキリした表情を見せる由美は、生命力に溢れ、輝いて見えた。
黒髪で丸い目はペンタンによく似ていて、レゴラスはすぐに気付いた。
ペンタン様から滲み出る愛くるしさは、ユミ様が持っている可愛さそのものだ。ペンタン様単体も可愛いが、ユミ様が入っていると、何倍も可愛く感じる!可愛いの源はユミ様なのだ!!
その後、由美の小柄な体型に驚き、益々愛おしさと庇護欲に襲われ、速攻プロポーズをした。まだOKは貰えなかったが、由美以外を娶るつもりなどないし、一生手放すこともない。
ペンタン様はきっと外套のようなもので、生き物ではないのだろう。しかし、わざとペンタン様を生命体とし、ユミ様がその創造主だと周りに思わせることで、ユミ様の立場はより守られ、妃に相応しい存在だと知れ渡る。これでユミ様はこの国からーーいや、私から逃れることが出来なくなったということだ。
静かにフフッと笑い、由美からもらったボールペンを握り締める。由美自身を囲い込もうとするかのように……。
その頃、部屋で寛ぐ由美は、レゴラスの思惑に少しも気付いてはいなかった。