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付術師のアルカナ  作者: ク抹茶
第1章 ヴェロニカ・エンチャンター
9/15

9話『同室のお嬢様』

 朝早くだと言うのに修練場には


 大勢の学院生と数人の講師が集まっている。


 異様な光景だ。




 入学試験でもこれ程の人数は


 集まっていなかったはず。




「よし。


 私の準備は出来ています。


 いつでもどうぞ……」




 ヴェロニカに呪いを掛けたという生徒。


 堂々としていて勝てると言う


 自信に満ち溢れた面構えをしている。




 一方のヴェロニカは静かな様子。




「どうしましたの?


 もしかして、緊張していますの?」



「さあね。


 それよりクリス。


 あなたきちんと公正なジャッジができるの?


 私はそれが心配だわ」



「問題ありませんわ!」




 こちらも謎の自信に満ちている。


 ヴェロニカはクリスが何か企んでいそうだと


 疑っている。


 貼って付けたような表情は


 信用に値しない。




 まあ、そもそも魔術師に


 誰かを信用するという行為は合わない。


 いつも自分勝手だから。




 それはヴェロニカも変わらず、


 仮にクリスが何かを企んでいようと


 勝負に勝って呪文を教えてもらう。


 そのことだけを考えている——。




「ええっと………規則の確認、


 を最初に行いますわ」




 衆目の前に現れたクリスは


 手に持った規則が書かれている紙を広げる。




「………この決闘を始めるにあたり


 両者は以下の規則を遵守すること。


 まず………んん、何だか読むのに疲れましたわ。


 と言うわけで、規則は私が決めます。


 まず初めに、何でもあり!


 次に学院をなるべく破壊しないこと。


 最後に授業まで時が迫っているので


 素早く終わらせること。


 これで以上ですわ!」




 辺りからドヨメキの声が沸く。


 あまりに適当過ぎたので拍子抜けでもしたのだろう。




 初等部の生徒に至っては高等部と言う


 未知の世界に想像力を働かせる者も多いため


 クリスの態度に少し和んだようだ。




「クリスティーナ様!


 私の戦いぶりを存分に


 ご覧くださいませ!


 ……さあ!


 出てこいヴェロニカ・スルト・シルヴマルク!」



「お、おい今シルヴマルクって言ったか?」



「もしかして黒髪の?」




 シルヴマルク家は2つの理由で有名だ。



 1つは家の跡取りであった兄が魔術の事故で


 死んでしまった件。


 もう1つはヴェロニカが学院の入学試験で放った


 上級魔術の件で。




 特に後者がとても印象的で、


 幼い体から繰り出された上級魔術は


 様々な生徒の目に焼き付いた。




 この場で反応しているのは主に


 ヴェロニカと同学年か


 3年生の生徒たちだ。




「あ、出てきたぞ!」



「やっぱり! 私見覚えがある。


 あの子よ」



「あれが1桁の歳で上級魔術を?


 とても信じられん……」



「でも、なんか………」



「あの子、まともな装備がないの?」



「杖がただの木の棒だ……」




 現れたヴェロニカは修練場の中央へ行き


 そこで待っていた生徒と対峙した。




 ヴェロニカの服装はとても


 上級魔術使いとは思えないもので、


 学院のローブの背中には鋳造し直した


 通常より一回り大きい金のプレートがある。




 いくつかの付術がなされているようだが


 読める者は少なく理解できない。




 手には魔術師の殆どが幼い頃


 親より贈られるであろう先が不自然に曲がった


 木の杖を持っていた。




「フッ、貧乏くさいな……。


 私を見てみろ!


 このローブに、杖を!」




 相手の生徒が来ている黒紫のローブは


 金で縁取りされており、


 その隅々に多様な付術が行われていた。




 杖はヴェロニカが羨むくらい豪華で


 柄は奇妙な曲がり具合をしているが


 素材は恐らくラシウルニグラ鉱石。


 貴重なものだ。




 ヴェロニカはそれが正直羨ましい。


 お金があるのは良いことだ。




「どれも一級品だ……!」




 杖に纏わりつくように取り付けてある


 金は先が大きく欠けた月のようになっている。


 中には紫の魔石。




「ねえ、私が勝ったらソレ、


 貰っても良いかしら?」



「ダメだ。


 これは我が家に代々伝わる家宝。


 貴様如きにくれてやるわけにはいかない」



「あら………そう…………」




 普通に悲しそうな表情を見せるヴェロニカ。


 相手は少し戦意を削がれるが


 気を取り直してヴェロニカを敵視する。




「2人とも準備は出来ていて?」



「はい、もちろんでございます」



「ええ、問題ないわ」




 2人とも軽々と杖を構えている。




 魔術師は殆どが運動不足と言って良いだろう。


 引くくらい細い人もいる。


 なのに軽々と杖を持っていられるのは付術のおかげ。




 簡単に言えば軽くなる付術をしている。


 出なければ木の棒でさえ


 持つのには苦労するだろう。




「はい、それでは決闘


 開始ですわ!」




 意外とあっさり始まった2人の魔術対決。




「ハアッッ!」




 魔術師の対決において重要なこと。


 魔術行使の素早さ。


 中等生であれば既に初級の魔術無詠唱化は


 出来ていて当たり前のこと。




 ヴェロニカの性質を知っている相手は


 それが有効だと判断し即座に魔術を行使する。


 火の魔術だ。




「アルナ スグゥドゥム!」




 ヴェロニカがその呪文を唱えると


 自身を囲むように球体の魔力障壁が


 7つも出現し火の攻撃から障壁2つを犠牲に守った。




 これは初級魔術で呪文は


「アルゥス ロォ アルナ スグゥドゥム


 スメィユ ダ セトゥム ルメァ」なのだが、


 付術のおかげで呪文を2つに出来ている。




「なるほどな。


 その間に攻撃をしようと言うわけか。


 だが私の方が攻撃速度は上!」



「アルナ スグゥドゥム……」



「何!?


 新たな魔力障壁だと!


 させんっ!


 ラシウ! ラシウ! ラシウ!」



「スメィユ……うぐっ……!


 ……トリエル!」




 魔力障壁が張られている間に新たな障壁で


 更に守りを固めようとするヴェロニカだったが、


 相手の魔術が連続で来たため


 弱い障壁は破られて右腕が千切れた。




 欲張って魔術の効果をバムナグにしたのが


 魔術発動の遅れを招いたようだ。




 しかし何とか障壁を張ることはできた。




「っち、やられたか……。


 こうなれば中級魔術でも威力の高いものを


 放つしかない……」



「テナティオ………」




 時間があればじっくり傷の治癒を


 行うが今はそれが無いためひとまず


 傷を塞ぐだけに留まった。




 なのでこの戦いにおいて右腕はない。




「バムナグ グスゥム ペトゥム!」




 先ほどの石を飛ばした魔術とは


 大きさに明らかな違いがある。


 それが10程度出現しヴェロニカの


 魔力障壁に激突した。




 が、魔力障壁は攻撃を防ぐ。


 この分ではあと5回は耐えられるだろう。




 そして障壁は3つある。


 つまり大体15から20回までは持つことになる。


 その間にヴェロニカは詠唱する。




「シンフィリウム……」



「な、貴様今何と!?」




 その瞬間静かに戦いを見ていた


 生徒たちが騒ぎ始め、


 相手はヴェロニカが何を言ったのか


 理解が出来ずにいた。




 しかしそれもそのはず。


 何と言ってもシンフィリウムなのだ。




「ま、まさかアイツ


 シンフィリウム級の魔術を唱える気か!?」



「嘘だろ!


 俺初めて見るぜ!!」



「無理よ。


 あの人が弾けて終わりだわ!」




 皆口々に驚きと否定の声を上げる。


 それはシンフィリウムの呪文を唱えた


 有名な魔術師の話を知っているから。




「ロォ アルナ……」



「や、やめろぉ!


 それはクリスティーナ様のぉ!」




 その魔術師はクリスの大叔父。


 彼はまだ青年の頃に代々受け継がれてきた


 強力な呪文、シンフィリウムを


 試したくなった。




「バムナグ グスゥム ペトゥム!


 バムナグ グスゥム ペトゥム!


 バムナグ グスゥム ペトゥムぅぅ!!」



「スグゥドゥム………」




 結局クリスの大叔父の魔術は失敗に終わった。


 だがその失敗が衝撃的。




 大叔父は急速に失われる魔力に


 体が耐えきれなくなり


 ついには弾け飛んでしまったのだ。




「ど、どうにかしてあの障壁を………。


 ギンペェルス!


 ラシウ!」



「スメィユ ダ ウムク……」




 相手の生徒はようやく決断し


 ギンペェルスの魔術を使うため詠唱する。


 ただ迷っている時間が長すぎた。


 ヴェロニカの魔術は既に、




「ルメァ!」




 完成してしまった。




「ど、どうなるんだ!」



「……な、何も起こらないのか?」



「い、いやアレを見ろ!」




 大叔父はなぜ呪文の詠唱に失敗したのか。


 シンフィリウムはレディムルや


 ギンペェルスと違い1度に


 魔力を持っていかないと言うのに。




 答えはとても単純なものだった。




「「「おお!?」」」




 魔術は発動した。


 ヴェロニカの周囲には強力な、


 決して砕けることのない障壁が出来上がる。




 そうしたらもう、やることは決まっている。


 攻撃魔術の詠唱だ。




「ニグシス エニウス ヴォレェト……」



「ま、まずい早く詠唱を!


 す、スメィユ……」



「スメィユ レディムル……」




 ヴェロニカの魔術を見て呆気に取られていた


 相手は油断して詠唱を忘れていた。




 慌てて再度呪文を唱えようとするが無駄な行為。


 ヴェロニカの魔術は発動し


 気づけば周囲には火の精霊が6体。




 燃え続ける体に芯はマグマのよう。


 戦士のような鉄の装備は


 己自身の炎で焼け焦げている。




「あ、ああ………」



「攻撃開始よ………」




 火の精霊は浮遊することができる。


 そのため様々な位置取りから攻撃は行われた。




 精霊は右手を前に突き出し


 火の塊を次々に飛ばしていく。


 しかも無詠唱で。




 威力は中級に少し近づく程度だが


 休みなくそれは降り注ぐ。




「もう止めていいわ」




 数秒の間相手に攻撃を続けたのち


 精霊はヴェロニカの声を聞いて消え去った。




 ヴェロニカは魔力障壁をそのままに


 倒れている相手に近づいてく。




「……気を失っているわ。


 もうこれで終わりかしら?」



「……そういえばヴェロニカ、


 私はどうすれば勝敗がつくか


 なんて説明していませんでしたわ」



「それじゃあどうするのよ。


 コイツは気を失っているから


 負けを認めることが……」



「殺す、


 と言うのはどうですか?


 クリスティーナ様。


 どちらか最後に生き残っていた方が勝利」




 クリスの近くにいた女子生徒が


 唐突に割り込んでとんでもない提案をする。




 初等部と中等部の1部の生徒たちは


 そんな言葉に息を呑んだ。




「ううん、そうですわねぇ……。


 ヴェロニカ、あなたはどちらが


 良いと思いまして?」



「………アルムトス ロォ テナティオ。


 私はもう疲れたわ。


 クリスが決めて良いわよ」




 治癒の呪文で腕を綺麗に治したヴェロニカ。




「く、クリス………」




 クリスティーナを愛称で呼んでいるという


 ありえない事態に動揺が隠せない女子生徒。


 顔が引き()っている。




「そうですわね………。


 それなら、ヴェロニカがその


 魔術を解除することができたら……。


 と言うのはいかが?」




 クリスの大叔父が魔術に失敗してしまった話。




 あれは何故失敗してしまったのか。


 それはシンフィリウムには解除する


 方法が無かったからだった。




 魔力が続く限り発動し続ける呪文。


 この状態は止めることが出来ない。




 厳密には可能だったのだが、


 この呪文が発見された本にあった


 解除の呪文のページが切れていたのだ。




 なので方法が分からない。




「出来るわよ」




 それをヴェロニカは簡単に出来ると言い放った。


 魔力には余裕がある。


 なので何か呪文を唱えるのだろうか。




 そう考える者も多くいた。


 そしてそれは当たっていた。


 ただ——。




「……エイグ サラァ アルゥス アルナ トゥ デウル」



「あ? 今なんて言ったか聞こえたか?」



「いや、よく……」



「私も聞き取れなかった」




 ヴェロニカは誰にも聞き取れないほど


 小さな声で呪文を唱えた。




 その瞬間魔力障壁は派手に


 消滅してクリスの条件を達成した。




「ヴェロニカ、今何を……」



「これは私だけの秘密。


 クリスにだって教えないわ」




 独占欲が強めなヴェロニカ。


 一体どうやって魔術を解いたのか。


 それはとても簡単だった。




 昨日ヴェロニカが呪いを弾いた呪文。


 あれは自分の周囲の魔術的な力を


 退けるために使われる。




 シンフィリウムは持続的に


 魔力を放出している。


 つまり簡単な話で


 襲い掛かろうと纏わりつく呪いとは


 方向が逆なだけ。


 それは呪いを弾くのと大差ない。




 知ってしまえばそんなことかと思う。


 けれど滅多に使うことのない魔術


 と言うことも相まって誰も分からなかった。




「……まあ、良いですわ。


 そういうわけで、決闘はヴェロニカの


 勝利ということですわね」




 慢心せずひたすら魔術を


 打ち込んでおけば男子生徒に勝機はあっただろう。




 しかしヴェロニカの作戦勝ちだ。




◇◆◇




「昨日は大変でしたわね」




 入浴しながらヴェロニカに


 そう問い掛けるクリス。




 ヴェロニカは入浴するのに慣れてきた。


 もう面倒臭いとは思っていない。


 案外ヴェロニカも綺麗好きだったようだ。




「誰のせいよ……」



「ね、やっぱり私にだけシンフィリウムの


 解き方を教えてくださらない?


 ほんの少し、


 これくらい少しでも構わないですわ!


 だから……」




 顔の前で人差し指と親指を


 ギリギリくっつけないようにして見せるクリス。


 ヴェロニカはそんなクリスにすかさず言う。




「嫌よ。


 それにクリスが私に教える約束よ」



「……?」




 何のことだったけと言うような表情。


 わざとなのか本気なのか。




 しかし本当に忘れているのなら


 普通に危ないのではないだろうか。


 この歳でボケるなんて。




「もうボケたの?


 呪文のことよ呪文の……」



「ああ……!


 もちろん覚えていますわ。


 …………ここで教えますわね」



「コッソリよ、コッソリ」




 堂々とクリスのことを(けな)したと思えば


 子供のように興味津々になってしまった。




 これじゃああの時、


 勝利条件は殺すことと言われても


 躊躇なく承諾してそうだ。




「呪文の名はエウルア。


 その意味は気配、とかそんな感じ。


 よく魔術師の魔力量を見るのに


 使ったりしますの」



「エウルア………初めて聞いたわ」



「うふふ。


 だって学院の図書館には


 ありませんもの。


 私の家が所持している本だけにしか


 記載していない呪文ですのよ!」



「エウルア……文は、ああかしら?


 それともこっち?」




 早速頭の中の世界に浸っている


 ヴェロニカは浴場を出て自室に戻った。




 ——そんなヴェロニカを見送った


 クリスは入浴しながら呟く。




「ああ、良いですわね。


 あの子、良い材料になりますわ……」




 のぼせて顔が赤くなっているように見えるが違う。


 クリスは興奮しているのだ。




 ——魔術師はどこまでも自分本位。

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