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付術師のアルカナ  作者: ク抹茶
第1章 ヴェロニカ・エンチャンター
8/15

8話『同室のお嬢様』

 昨日は色々あったが


 まあラッキーだったと思うようにしているヴェロニカ。


 特に困ることもないだろうと。




 魔術師は自分の研究に没頭する者が多く


 何日も眠らずにいることがある。


 ヴェロニカもこの日は眠らずに付術の勉強。


 朝になったので部屋に帰ってきた。




「……仕事が早いのね」



「ふあぁ……おはようヴェロニカ。


 気持ちのいい朝ですわね」




 ヴェロニカの部屋の中には既にクリスティーナの


 持ってきた家具が設置されていた。


 あれから時間も経っていないだろうに


 手際の良いことだ。




 何はともあれ今日からヴェロニカと同室。


 仲良くする気は無いけれど


 出来るだけ呪文のことを聞き出そうと考える。




「それにしても、昨日は驚いたわ。


 まさかクリスティーナがあの


 シンフィリウムだったなんて……」



「クリスと呼んでほしいですわ……。


 うふふ、シンフィリウムと言っても私は次女。


 気軽に接してくれて構いませんわよ?」



「別に気にしないわよ」




 こんな時クリスのことを思って、


 とかそんな理由も無しに気にしないと言えるのは


 ヴェロニカの性格。




 シンフィリウム家は魔術界の中でも有名な家。


 3大魔術大家の1つで位としては2番目。


 普通は緊張しない方がおかしい。




 学院でも突出した存在感を放つ彼女の家は


 ある呪文を発見したことで有名。


 それがシンフィリウム。


 意味は際限なくや全てというようなもの。




 この呪文を発見した何代か前の当主が


 家名を呪文の名前にした。




「ねえ、ヴェロニカ」



「……何よ。


 邪魔なのだけど」



「そう邪険にしないで、


 もう少し仲良くしましょう?


 その方がきっと気楽でしてよ」



「必要ないわ」




 やけに体を密着させてくる。


 少しだけ感じていたがもしかして


 クリスにはそういう趣味があるのだろうか。




 ヴェロニカの恋愛対象はまだ分かっていない。


 そもそも恋というものをしたことがない。


 ただクリスに興味がないことは確かだ。




 なので抱きつくクリスを遠ざける。




「んもう!


 ヴェロニカは(わたくし)に愛想がないですわ!」



「ないわよ、


 そんなもの……。


 ああ! そ・ん・な・こ・と・よ・り!


 何かないのかしら?


 呪文のことや付術のこと……。


 クリスの話が聞きたいわ!」



「あ、明らかに態度が違いますわ……。


 はぁ、ヴェロニカとの関係は


 苦労しそうでしてよ………」




 どちらも自己中心的ではあるが


 クリスのそれはヴェロニカのものに遠く及ばない。




 ヴェロニカはもっと他人のことを考えた方が


 良いとは思うけれど、


 それでもヴェロニカの良い部分なのだろう。




◇◆◇




 ヴェロニカとクリスの同室の話は瞬く間に


 学院全体に広まり日々見物客で絶えない。




 基本的に自分のことだけを考える魔術師が


 こうも興味を惹かれているのだから


 やはりシンフィリウム家の力は相当なものだ。


 初等部の生徒までいる。




「鬱陶しい。


 全く鬱陶しい奴らだけど………。


 1番鬱陶しいのはあなたよ」



「うん? 何か問題がありますの?」



「問題というか、邪魔なの。


 なぜ四六時中着いてくるのよ。


 暇で仕方がないの?」



「………それはそうとヴェロニカ」



「また話を………」




 こんなふうにクリスを遠ざけようとするヴェロニカだが


 毎回話をすり替えられてしまう。




 無視をすれば周りの連中が


 変な騒ぎを起こしかねないし困ったもの。


 ヴェロニカの最近の悩みの種だ。




「ヴェロニカ、あなた少し臭いですわ……」



「………そういえば、以前に体を洗ったのは


 3日……4日前だったかしら?」



「……さ、今から浴場へ行きますわよ」



「私本読んで……」



「行きますわよ」




 魔術師だからというわけではないが、


 研究に熱中しやすい彼ら彼女らは常に


 生活リズムなんてお構いなし。


 入浴も疎かにしてしまう。




 一般的に体を洗わないのは汚いが


 魔術師にとって入浴はそれ以外の意味もある。


 それは身を清めるということ。




 魔力を多く保有している魔術師は他の魔術師に


 狙われてしまったり、悪霊と言われる


 神の御許に召されておらず怨みや妬みなど


 悪感情を持っている魂に狙われやすい。




 ヴェロニカの場合は狙われていても


 魔力の多さから問題はないのだが、


 クリスは単純に汚いのが嫌だったようだ。




 潔癖なのだろうか——。




「ちょ、ちょっと!


 洗うの下手じゃない!」



「4日も体を洗っていないヴェロニカのせいですわ!


 我慢なさい!」




 学院には大きな浴場が2つある。


 中等部からその場所に行くことができ、


 男子と女子の2つの浴場に分かれている。



 そこは少しぬるめの浴場で


 いつも温度を一定に保っている場所。


 もちろん魔術で成し得ている。



 4日に1回。


 いや、1週間に1回はヴェロニカも入浴する。




「ふぅ、疲れましたわ……」



「私も疲れたわよ………。


 入浴は考え事が捗って嫌いじゃないけど


 やることが多くて面倒くさいのよね………」



「習慣化しなさい。


 私部屋が散らかっていても


 別に構わないけれど、


 臭いだけはダメですの」




 少し変わっているのだろうか。


 ただ魔術師は変な拘りがある者も多い。


 だから気にするほどのことでもない。




「ハァァ…………近くで見ると


 改めて綺麗ですわね……」



「………ああ、髪の色ね。


 私にはよく分からないわ。


 ただ黒いだけじゃない」



「それが良いんじゃない………。


 ねえ、少しその髪分けてくれませんこと?


 それなりに伸びているし、


 少しくらいなら問題ないですわよね?」



「そうねえ。


 髪はあまり実験に使わないし、


 構わないわよ」




 普通は魔力の代替に使ったりする髪の毛。


 しかしヴェロニカの魔力量であれば


 代替品などいらないので髪は伸びっぱなし。




「それじゃあ後で」




 クリスはニヤけた表情でヴェロニカを見る。




 まだ彼女の本質というか


 性格と言える部分を完全には掴んでいない。


 クリス自信が掴みどころのない性格というのもあるが


 前提として壁を作って人に接する


 性格だからなのだろうか。




 ヴェロニカはクリスと仲良くなりたい、


 なんて思ってはいないが


 同室の相手であるから知っておきたいこともある。




 と思いつつやはり呪文のことが知りたいのだが。




◇◆◇




 数日後のある夜の授業中。


 この日は久しぶりの実践授業でウキウキだったが


 思っていたよりも詰まらなくて不機嫌なヴェロニカ。




 まさか初級魔術実演とそれへの対抗魔術の


 種類説明で終わってしまうとは。


 もっと理論的な内容が好みのヴェロニカはガッカリ。




 ——次の授業。


 これまた詰まらない治癒魔術の授業。


 とても高等部レベルの授業とは思えない。




 かつて父が言っていた学院のことに関して


 もうすっかり理解できてしまったヴェロニカ。


 この学院は授業を聞いているだけではなく


 自主的な勉学が必須なのだ。




「つまり!


 治癒魔術と言うのはとても異質なものなのです!


 光系統は攻撃的な効果ですが


 対象が変わるだけでその性質は変化します!


 これほど謎に包まれているものも他にはありません!」




 きっと付術師よりも少ないのは光属性の魔術師だろう。


 断言できる。


 なぜなら光の魔術は得られる知識が少ない。


 理由は研究者が少ないとか


 そもそも呪文が少ないとかではない。


 王国の教会が知識を独占しているのだ。




 聖戦以降はそういったいざこざもあって


 魔法学院と王国には何となく隔たりがある。




 しかし新しい学院長は王国との融和に


 積極的だという噂もあったりなかったり。




 多くの生徒にとってはどうでも良いことだが。




「と言うわけで、皆さんには実際に


 光属性の治癒魔術を使用してもらい、


 その感想を私に心ゆくまで語り明かしてもらいます」




 光系統魔術師の女講師。


 彼女はただでさえ少ない同輩を


 増やすため日夜努力を惜しまない。




 そして今日、その矛先は


 ヴェロニカへと向けられたのであった。




「最初は優秀なヴェロニカさん。


 ここに来てください。


 さあ皆さん拍手!」




 女講師だけが大きな拍手をしている。


 近寄り難いが暇なので構わないと


 ヴェロニカは講師のいる壇上へ上がった。




 ちなみに講師の名は


 ドレス・アグレルと言う。




「さあ、やってみなさい。


 ……呪文は分かりますね?」



「ええ、もちろん」




 治癒魔術といっても色々あるが


 今からやるのは光属性の方。


 詠唱に聖なるという意味の呪文を


 含めることで性質が変化するのだ。




 普通に治癒を唱えれば


 少し闇寄りの治癒魔術になる。


 効果に差があるだけで闇の治癒が


 悪いと言うことはない。




「それじゃあ………アル」



「………………ヴェロニカさん?


 どうかしたの?」




 ヴェロニカが一瞬固まったのは


 呪文をド忘れしたからではない。


 かといって緊張で震えているわけでもない。




 この感覚は呪い。


 誰かが私に呪いを掛けている。


 しかもとても強力なもの。




 初めての感覚だったので理解するのに


 数秒を要したが答えは出た。




 普段から日常的に呪われていたりする


 ヴェロニカだが流石にこれは


 対処しなければならないと行動する。




「エイグ トゥ レデンティルア……。


 アルナ ウム デウル」



「ヴェロニカさん何を!?」




 魔術は成功しヴェロニカに


 襲いかかっていた呪いは退散したようだ。


 もうすぐすれば術者の元へ返っていくだろう。




「……アルムトス ロォ テナティオ」




 その呪文を唱えた瞬間


 ヴェロニカの右手から光が放たれる。


 治癒の光だ。




「え、えっと………。


 ま、まあ良いです!


 それで! 感想は!


 どうでしたかヴェロニカさん!」



「正直光魔術の何処が良いのか


 私には分からないわ」



「そ、そんなあ!


 も、もう1度。


 もう1度やってみましょう!


 次はもっと難しいこの………」




 その日はそれから何事もなく終わったが


 あの呪いを掛けてきたのは誰だったのか。


 人生で初めてあれほど強力な呪いを


 掛けられたからかヴェロニカは少し興味を抱いた。




 ——授業が終わり、部屋に戻ったヴェロニカは


 ベッドで眠りについていた。




「カ……ヴェ……カ……」




 誰かの声がする。


 そして同時に私を揺さぶっている。


 この部屋に入れてそんなことをするのは


 彼女しかいない。




「ん、んんん…………クリス?


 もう朝なの?


 随分早いじゃない……」



「まだ夜中ですわ。


 うふふ、ヴェロニカあなたさっき


 呪いを掛けられていましたわね」




 クリスのいる講義室とヴェロニカのいる講義室は


 それほど離れているわけではないが


 通常なら気づかない魔術の気配を感知したクリス。


 やはり魔術大家なだけはある。




 ただそれでどうしたのだろうと


 ヴェロニカはクリスに疑問を投げかける。




「魔力の知覚に優れているのね。


 でもそれがどうしたの?」



「誰が呪いを掛けたのか


 私にはそれが分かりますの。


 ……それでヴェロニカはそれが誰か知りたくて?」



「そうね。


 ふぁあ……誰か教えて」



「いつも私の近くにいた男の生徒ですわ。


 ほら、あの髪が肩まであって


 前髪を真ん中で分けている……」



「ああ、いたわね


 そんなのが………」




 それは初めてヴェロニカがクリスと会った日


 一行の先頭あたりにいた少し小柄な男。




 ヴェロニカは良く思い出せないが


 やたらと威張っていた。


 そいつが呪いを掛けた術者だ。




「というわけで私は考えましたの!


 ヴェロニカは鬱憤を晴らしたい気持ちがある。


 あちらはヴェロニカを嫌っている。


 ならば明日、2人で決闘をしましょう!」



「……いやよ」



「相手の方は承諾してくれましたわ!


 ヴェロニカ、あなたも当然……」



「私はそんなに暇じゃないの。


 そいつ1人で勝手に……」



「これでも私はヴェロニカに悪いという気持ちが


 ありますのよ?


 ですから決闘が終われば


 勝敗に関係なく、


 ヴェロニカには特別な呪文を教えて差し上げますわ。


 それと私の体も差し上げ……」




 なんでも男子生徒がヴェロニカに


 呪いを掛けたのは恨みが原因だという。




 3年生の中にはクリスのグループというものがあって


 それを壊したから報復にヴェロニカを呪ったとか。


 迷惑な話だが。




 これほど3年の生徒が魔術師らしくないのは


 やはりクリスがそうさせているからか。




「どうしますのヴェロニカ?」




 こんな見え見えの餌に釣られるのは


 余程の馬鹿かクリスの体が目当てのやつだけ。


 ヴェロニカは馬鹿ではない。




「やるわ!


 でもクリスはいらないわ」




 ただ、付術関連のことが絡むと


 途端にダメになってしまうだけなのだ。




「といっても、無策で勝負に挑めば負けるのは私。


 作戦がいるわね……」



「私は勝負の審判をしますわ。


 ですからあまり助言はできませんの」



「…………」




 しばらく考え込んで沈黙するヴェロニカ。


 もう眠気は覚めているようで


 周りの声も聞こえないくらい集中力は凄まじい。




 ——と、1時間ほどだろうか。


 クリスが静かに横で本を読んでいた時


 ヴェロニカは頭を抱えてベッドで転がる。




 そして残念そうにいった。




「ああん、もう!


 ここでアレを使うことになるなんて!」



「アレってなんですの?」



「………金のプレートよ。


 学院のローブに付いてたやつ。


 せっかく良い付術をしようと計画を練っていたのに!」



「………え、ヴェロニカの家は


 貧乏でしたかしら……?」



「そういうわけじゃないわ。


 事情があるのよ……」




 きっと父に頼めばお金を貰えるとは思うが


 手紙はきっと家の召使いか母に破かれる。


 それは意味のない行為だ。




「はぁ………これから付術部屋に行ってくるわ」



「あら、でも確か順番は……」



「クリスの名前を出すわよ。


 それくらい良いでしょう?」



「そうですわね………。


 ま、構いませんわ」




 ヴェロニカはそう言って夜中に地下へ降りて行った。


 金のプレートとローブを手に。




 鬱憤晴らしなどどうでも良い。


 ただ、知りたいことのために。




 果たしてヴェロニカは3年の生徒に


 勝つことができるのだろうか。


 何やら考えがあるようだが——。

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