7話『同室のお嬢様』
ヴェロニカは2年生になった。
無事試験に合格したのだ。
同じ班で試験を受けたエリクと男子生徒も
同様に2年へ昇格した。
だがハンナは何故か退学したようだ。
2年になってもクラスごとの階級はある。
それぞれヴェロニカとエリクは変わらず。
男子生徒はアルゥスへ格下げされた。
2年になって実力分けがより厳正になったのだろう。
何だかんだあったが
ヴェロニカはこれからの生活を楽しみにしている。
理由は2年になったことで授業の方向性が
それなりに変わるからだ。
初等部、中等部、高等部1年と座学が
多かったので退屈していた。
内容はつまらないし。
けれど2年からはより実践的な
授業内容になっている。
と言っても安全性に配慮されているが。
何でも学院長が変わった影響で学院の
方針も徐々に変化しているのだとか。
ヴェロニカが入学した時の学院長は
いつの間にか辞めていたらしい。
「………ンッフフフフ。
金のプレートが、2枚も!」
今学院は短期間の休みで静か。
学院生はこの機会に実家へ帰ったり
旅行にでも行くのだろうがヴェロニカは——。
「これでもっと付術できるわ!」
実家は帰りたいと思うようなところでは無いし
どこかへ遠出出来るほどのお金はない。
とまあ、そんなわけで授業のない学院で
ひたすら付術の勉強をしている。
ちょっと虚しい感じ。
本人はウキウキなのだが。
新しいローブにも付術がしてある。
効果は魔力回復力強化に加え
魔力耐性。
魔力耐性とは主に外的な魔力による
攻撃への耐性力を付与するもの。
実践的な授業のための前準備だろう。
ちなみにヴェロニカが持っている新しいローブは
2年になったことで新たに支給されたもの。
1年のものとは違う。
そんな新しいローブにも付術用の
金のプレートはついていた。
それには学院の紋章やらが刻まれているのだが
当然邪魔だからとヴェロニカは消した。
「どうしようかしら、どうしようかしら!
どんな付術をしようかしら……!」
たかが学院の生徒に金を当てがうのは
贅沢すぎるのではないか。
と思うかもしれないが
上級生や卒業生のものを再利用しているので安心。
と言うことは、ヴェロニカの作ったこのローブも
いずれは後輩へ——。
まあ、流石に鋳造し直すだろう。
◇◆◇
学院の休みが終わったので授業が始まった。
ヴェロニカの期待していた実践的な授業
はまだ先のようでガッカリする。
今日は主に魔物に関する授業。
どんな内容なのかというと——。
「エェ、と言うわけで、ケンタウロスという上半身は人、
下半身は馬の形をした魔物はその全てがオスである。
メスは生まれない。
ではどうやって繁殖するのか。
それは他種族の、主に人型のメスを
紳士的かつ包括的に誘惑し
メスがそれに同意をすると早速、
己の住処で交尾をする」
何とも、形容しがたい授業だ。
女性もいるのにこんなことを。
なんて思う必要はない。
魔物という理解不能な生き物の
行動を知るということはとても大事なこと。
無知でいると思わぬ結果を招いてしまう。
例えば——。
「ケンタウロスの誘惑に従う者は
意外と多い。
まあ面は整っているし、
基本的に紳士的な態度で人間の
男以上に魅力的だろう。
だがケンタウロスの子を孕んだのなら
必ず訪れるのが出産だ………。
それはとても壮絶なものだといい、
成長した子が暴れて腹を突き破ることもあれば
出産時に穴が小さくて出られず母子ともに
死んでしまうこともある」
生々しい話が続くけれど大事なこと。
ケンタウロスは魔物なので魔力の多い
魔術師に惹かれることは少なくない。
なのでこういうことを知っておくのは
自衛のためにもなるのだ。
「まあ、そもそもケンタウロスは
ナニがデカすぎて、
ヤルにも一苦労らしいがな、
ガハハ………!」
ヴェロニカたちの試験官を勤めた講師が
今回の授業を行なっている。
そういうわけで何だか適当。
早く授業を終わらせたいのだろうが。
「あはい、これで授業は終わり………。
そういえば、ケンタウロスのチ◯チ◯は
媚薬としても使えるらしい。
薬学か錬金術に興味があるなら試してみることだ」
最後に使えない情報を言って出て行った。
媚薬とはまあ、簡単にいうとアレの感度を高めたり、
惚れ薬として使ったりするものだが
ケンタウロスのものは需要がない。
理由は単純でケンタウロスが希少なのと
同じ効果の魔術が既にあるからだ。
魔術師にとって肉体や精神に作用する魔術は大事。
特に死霊術師にとっては。
「ふんっ………ふぅ。
既に知っていて詰まらなかったわね」
大きく背伸びをしたヴェロニカは講義室を出ていく。
ヴェロニカは気づいていないが
2年に昇格した生徒が1人減っている。
1年の時と比べて明らかにいない生徒。
考えられる可能性としては
試験で全滅した班。
あの中にギンペェルスの生徒がいたということだろう。
ヴェロニカや他の生徒は微塵も興味がないけれど——。
結局この日は複数の魔物についての座学と
魔物の素材についての紹介で終わった。
特に変わり映えのしない1日。
しかし次の日を境にそんな生活は終わりを告げる。
◇◆◇
薄暗い部屋。
1人だけの部屋。
色々物が散らばっていて目も当てられない。
「んん、朝ぁ……?」
学院入学から夜行性になった
ヴェロニカは何となく朝が苦手。
しばらく頭も働かない。
2年になって1年の寮にはいられなくなったので
ヴェロニカは休みの間に荷物を新しい部屋に持ってきた。
でもまだ片付けは終わっていない。
やることが多いのだ。
「ふぁあ…………」
早く片付けないと、
良い加減足の踏み場がなくなってきたわ。
散らばっている荷物を見て片付けよう
と思うヴェロニカだが、
それは数日前から目覚める度に思っていることだ。
怠け者というわけではないのだが、
元からの荷物と新たな教材などが多すぎる。
これじゃあ片付ける気も起きない。
幸いにも同室の生徒に迷惑は掛からない。
居ないから。
試験で落ちたのだろう。
1年の寮部屋近くを歩いていた。
トコトコと、気まずそうに。
「ここは、ここ……。
これは、ここ……にっと!
………今日はこのくらいでいいわ」
今日の片付けをする気は尽きたようだ。
支度をして部屋を出る。
ちなみに寮は1年も2年も3年も、
全て同じ階層にある。
初等部と中等部ではこうはいかないが、
高等部は落とされ過ぎて数が少ないのだ——。
………。
ヴェロニカには他人の行動やアレコレに
興味というものがない。
それが仮に付術に関するものであれば
目を丸にして尾行するなりするが、
通常であれば何があろうと無視する。
何かしらアレは?
こちらを見ている。
虫みたいに群れている奴らが。
酷い考え方だがヴェロニカの目の前には
複数の男女を従えるように生徒が立っていた。
そこはかとなくオーラを放つ金髪の女子生徒を囲むように。
「ご機嫌よう。
あなたがヴェロニカですわね?」
「………おはよう。
そうよ。
私の名はヴェロニカ。
何か用?」
ヴェロニカより身長は少し低いが上級生だろう。
つまり3年生。
いやヴェロニカを基準にするのは良くないが。
何せヴェロニカは身長が170とちょっとはあるのだから。
同学年の男子生徒以上の背丈はある。
「うふふ。
堂々としていますのね。
私、そういう人は好みですわ」
「………見たところ上級生ね。
とても暇そう………。
用が無いのなら私はもう行くけど、
そうしたらもう話しかけてこないでほしいわ。
私はあなたほど暇じゃないのよ」
「おい貴様!
クリスティーナ様に失礼だろう!」
「そうよ!
謝りなさいよ!」
やたらと噛みついてくる上級生。
まさか1年上はこれほど詰まらなそうとは、
軽く将来に不安が募るヴェロニカ。
しかし何故ここまで群れているのだろう。
魔術師としての腕はあるように見えるけど、
おかしな状況だわ。
何だか状況が理解できないヴェロニカ。
早々にその場を立ち去ろうとするが。
「おい、まだ話の途中だろ!」
「みんな、そんなに怒らないで。
彼女のことは私に任せてくださる?」
「し、しかし
こんな礼儀知らずとクリスティーナ様を
一緒にするわけには……」
「邪魔……。
と、言っているのですけれど?
あなたには理解できませんの?」
「へ……は、はい!
申し訳ありません!」
「「「し、失礼します!!」」」
何とも間抜けな連中だった。
さっきまでクリスティーナという女子生徒に
不快感を抱いていたヴェロニカは、
よく分からない状況に飽きてきた。
「それなら私も失礼するわ」
「もう、意地悪ですわね……。
ヴェロニカに少し話がありますの。
来て下さるかしら?」
いつの間にか距離感が近づいている。
何とも馴れ馴れしいが
それが許されるような雰囲気がある。
何か正体不明の自信のような。
「…………」
「…………」
果たして、ヴェロニカの答えは——。
「嫌よ」
「良かったですわ!
そしたら……」
「いや」
「………」
「………」
どちらも頑固な性格のようだが
やはりヴェロニカの方が頑固さでは負けていない。
だがクリスティーナには秘策があった。
「実は付術のことで……」
「行く。
どこに向かえばいいの?
私があなたの靴を舐めるの?」
「…………………ヴェロニカ、あなた」
これにはクリスティーナも呆れている様子。
ヴェロニカは付術のことに関してならば
本気になるのだ。
中等部時代に杖を持っていた女子生徒に色々無理を
頼み込んでいた時は中々の噂になっていた。
ただそれからは特にそそられるものも無かったので
こういう態度もそれっきりだったが。
「まあ、良いですわ。
行きましょう。
私の世界へ……」
——ホワホワ。
なんかそういう感じ。
そんな場所。
ここは所謂精神世界。
クリスティーナの頭の中の風景を再現し
魔導具の中で完成させた世界。
その魔導具があるのは学院のではなく
クリスティーナの所有する学院内の個人所有領域。
普通はそんな場所は持てないのだが
彼女は違うようだ。
「これは……」
「不思議な感覚……。
分かりますわ。
私も最初はそんな感覚を
味わいましたもの」
「………それで、何のよう?
まさかコレの自慢がしたかったのかしら?」
クリスティーナの想像により創られた
架空のテーブルに架空の椅子。
純白の、よく見ると高級感あふれる
それらの感触を確かめ椅子に座るヴェロニカ。
辺りを見回しても学院の面影はなく
空なのか湖なのか分からない景色。
「まさか。
そんな話を聞いても詰まらない……。
ですわよね?」
「いいえ、そんなことないわ!
自慢がしたいと言うのならジックリ、
気が済むまで聞いてあげる。
さあ!
まずは何から自慢するのかしら?
付術の精巧さ? 呪文の美しい並び方?
それとも私がまだ知らない呪文のことぉ!
何なら、魔導具の素材のことでも良いわよ。
ねえ、何から教えてくれるの!?」
今日はいつもの数倍は絶好調なヴェロニカ。
その理由は未知を体験しているからだろう。
こんな世界を構築できる付術が存在するなんて!
あと5年はここにいたい!
というかもういっそ、クリスティーナに服従を……。
なんて、普段なら考えないようなことが頭いっぱいに。
クリスティーナもドン引きしている。
「マママ、待って!
少し落ち着いて!
話がありますの!」
「……えぇ? だから魔導具」
「それ以外で……!」
何とかヴェロニカを宥めることに成功した
クリスティーナは早速本題に入る。
「はぁ………ヴェロニカ。
申し訳ないのですけれど
この魔導具は我が家の秘宝。
製法を教えるわけにはいきませんの」
「そんな。
せっかく奴隷になる覚悟までしたのよ……!」
「あのね…………。
えっと、まあ本題に入りますわ。
コホン…………ヴェロニカ
あなた、私と同室になってみたいと思いませんこと?」
「嫌よ。
私1人が好きなの。
あなたといると疲れそうだわ」
「魔導具のこと、分からないとなった途端
切り替えが早いですわね」
同室の誘い。
それは3年生にのみ与えられた特権。
通常学院生の寮部屋同室は学院側によって割り振られ
生徒が自由に出来るものではない。
ただそれは高等部3年生以外の話。
3年生ともなると学院から特権が与えられ
学院内で選んだ生徒誰とでも同室できる。
ただし選べるのは1人まで。
そして学院内から選べば良いため
初等部1年生と高等部3年生が同室になることもある。
その誘いをヴェロニカは受けている。
本来なら名誉で利益のあることなのだが。
「それに私の部屋は今汚れているの。
だからあなたのそのご自慢の
ローブが汚れてしまうわ」
「そんなことを心配しなくても
掃除をしてもらいますわ」
「…………………んん」
「はぁ、全くヴェロニカ。
あなたは今人生最大の可能性を
見す見す逃そうとしていますのよ?」
「そうかしら?」
ニヤけた表情の上目使いで擦り寄ってくる
クリスティーナは説明する。
「そうですわ。
だって私がヴェロニカに教えられないと言ったのは
この魔導具のものだけ……。
それ以外は、何も言っていませんのよ?」
「……………その、付術をちらつかせれば
簡単に釣れると思っている魂胆が気に入らないわ」
「それじゃあ………」
「同室するわ!!」
こうして学院1の人気者として名高いお嬢様と
お嬢様史上1のおバカと情けない
ヴェロニカの同室が始まった。
「それでは自己紹介を……。
私の名は
クリスティーナ・スルト・シンフィリウム。
3大魔術大家の1つ。
シンフィリウム家の次女ですわ」
それは運命の出会いか。
はたまた混沌への誘いか。
彼女は名家の娘だった。