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付術師のアルカナ  作者: ク抹茶
第1章 ヴェロニカ・エンチャンター
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3話『少女の好奇心』

 ヴェロニカにとって勉学とは己が知識欲を満たすための手段。


 勉学が好きなわけではない。


 魔術の呪文に関するあらゆるものが好きなのだ。




 なので同じ魔術の授業でも動物の解剖や


 偉大な魔術師の歴史などは退屈で眠たくなってしまう。


 これは誰でも同じなのかも知れないが、


 ヴェロニカは好きなものの追求として勉学を行なっているのだ。




「ふむ、初級の魔術知識の基礎はもう出来ているな」



「はい、お父様」



「………そういえば妻がお前のことを……。


 何だったか、何かを言っていた。


 私が忘れる程なのだから気にせずとも良いが…………」



「……今朝少し言い争いをしました。


 けど私も忘れました!」



「そうか…………ああ、そうだ、私も言うことがあった」




 必要最低限のことを言うだけの父。


 いつもであれば魔術の知識を教えるだけで


 その後は自由になるけれど今日はよく喋る。


 ヴェロニカも口数が多い父に新鮮味を感じる。




「お前は1ヶ月後にある魔法学院の入学試験を受けなさい」



「魔法……学院……? そんなものがあるのですか?」




 学院とは主に勉学に励む場と聞いたことがあるヴェロニカ。


 魔法学院と言う名前から大体の想像はつく。




 そんな場所に少し、


 いやそこそこ興味のあるヴェロニカ。


 取り敢えず父に学院へ行く理由を聞いた。




「なぜ私が?」



「シルヴマルク家の娘で、魔術師なのだから当然だ。


 しかし最たる理由は私の問題だ」



「お父様の……?」



「ああ。このままお前の講師を続けると、


 私の魔術研究の方が疎かになってしまう。


 それがお前を学院に行かせる理由だ………。


 学院の授業は優れているとは言えないが、


 お前ならば自発的に行動することでそこは問題ないだろう」




 父の言動で悩むヴェロニカ。


 不安にさせるような事を最初に話してくれて感謝はするが


 学修の場の質が低いのは結構な問題ではないだろうか。




「ま、あそこはどちらかというと生徒の自主性を重んじているからな。


 貯蔵している書物の量はどんな魔術師の名家とも遅れはとらない」



「お父様、私魔法学院に入ります!」



「そうか。


 では手続きは私が粗方済ませておくから、


 お前は時期が来るまで備えていなさい」



「はい…………!


 ところで、その学院は何と言うのです?」



「アルナディアだ。


 年の殆どが吹雪に覆われている地域の巨大な渓谷にある」




 大量の書物があると言うことで即座に返事をするヴェロニカ。


 側から見てもちょろいと思うが


 この先まともにやっていけるのか、なんて心配はしない。




◇◆◇




 魔法学院入学試験のため勉学に励むヴェロニカ。


 彼女がいつものように外へ出て


 少し歩いた所にある魔術の修練場へ向かう途中。


 後ろから走って追いかけてきた弟たちが


 大きな声で呼び止めてきた。




「おい! 止まれ!」




 生意気にも姉に向かってタメ口の次男。


 三男の方は気が小さくいつも次男の後ろでオドオドしている。




「何?」



「お前、ろくに魔術も使えないのに調子に乗るな!」




 威勢がいい。


 それもこれも母のせいなのだ。



 母とヴェロニカは口論したあの日から話していないが、


 弟たちは事あるごとにヴェロニカに


 対する悪口を母より聞かされていた。


 その度に弟たちに優秀なのはあなた達の方、


 なんて言うものだからすっかり調子に乗ってしまっている。




 ただ実際の実力差で言えば確かにヴェロニカは


 弟たちよりも劣っていることは否めない。


 単純な魔力量であればヴェロニカの圧勝なのだが、


 魔術師同士の戦いにおいて優劣を決する要因は他にある。


 それは——。




「お前は大人しく、本だけ読んでればいいんだよ!」



「……っ!」



「インフラティオ ニグシス!」




 あやふやな球状の炎が空中に出現し、


 それは真っ直ぐにヴェロニカのもとへ向かっていった。




 魔術師の戦いにおいて優劣を決めるもの。


 それはどちらが素早く詠唱を終わらせ、


 出来上がった魔術を相手に放てるか。


 素早さはとても大事な要素。




 ——しかしヴェロニカはそれが出来ない。




「きゃあっ!」




 炎はヴェロニカに直撃する。




 初級のファイアーボールであれば何かにぶつかった瞬間


 小規模な爆発を起こして火傷を与えるくらい。


 だが次男の放った魔術はそれとは違い、


 インフラティオという呪文を唱えたことで


 新たな効果が与えられた。




「あ、ああ………! アツいっ!」




 その呪文の力は炎上。


 命中した場所周辺を継続的な炎が一定時間包み込む。


 初級とはいえ常人では死ぬことすらあり得る呪文だ。




「お、お兄ちゃん!」



「お、俺は知らねえ……!


 だって、こんなになるなんて分からねえだろ………!


 に、逃げろ!」




 次男はその凄惨な光景に耐えきれず大量の汗を噴きながら


 どこかへ走り去って行ってしまう。


 三男は少しの間腰が抜けて動けずにいたが、


 ほつれる脚を何とか動かして次男を追いかけていった。




「うっ、ぐうっ…………!!」




 燃え続ける炎は運の悪いことにヴェロニカの服を


 燃料にして更に威力を上げている。


 このままではヴェロニカは死んでしまう。




 大好きな魔術をようやく学べるようになったのに、


 こんなところでこんな風な終わりを迎えるなんて。


 ——死にたくない。




 まだヴェロニカは歩み始めたばかり。


 ただ見つめるだけだった眩い光を、


 触れ得ることさえ出来ないと思っていた。


 だけどもうヴェロニカは夢を夢だからと諦める必要はない。




「アルラ……リィ スメル……。


 ぐっ、ううっ……エイグ ロォ…………ルプス!」




 今までの人生の中でこれほど生を望んだことが


 ヴェロニカにはあっただろうか。


 シルヴマルクの凍てつく空間の中でそれでもまだヴェロニカの


 炎は消えていない。


 体を炙って痛みを与えてくるこの炎以上に、


 ヴェロニカは誰よりも熱く燃えているのだ。




「う、うう…………」




 ヴェロニカの詠唱は成功した。


 途切れ途切れの聞き取りずらい呪文は


 ヴェロニカの強い思いによって魔術として具現したのだ。




 出現した水の塊はヴェロニカを覆い尽くし


 燃え盛る炎を一瞬のうちに消失させる。




 呪文の意味は、水に溺れる我が肉体。


 ヴェロニカは炎の熱に抗うため


 更に自分を苦しめた。




 水は数10秒ののちにヴェロニカの肉体から


 離れ辺りに流れていった。




「はぁ、はぁ、はぁ……はぁああ」




 それからの話。


 ヴェロニカの体は全身の酷い火傷によって皮膚がただれていた。


 そんな状況でも誰1人として助けに来ない。


 彼女はその足で父の元に向かい


 まともに聞こえない(かす)れた声で開口一番こう言った。




「お父様、治癒の呪文を知りたいです」と少し嬉しそうに。




◇◆◇




 そんなこんなで騒動は終わった。


 明らかな犯人である弟たちはお咎めを受けることもなく、


 次の日の朝食はまだ不完全な状態の


 ヴェロニカと一緒で気まずかったそうな。




 ただヴェロニカは気にしていない。


 どうでも良いのだ。




 そんなことより父の言っていた時期は遂に来た。


 誰にも見送られない出発。


 魔法学院の入学試験。




 途中


 ヴェロニカは馬車の中で揺られながら


 自分の手にはめた銀の指輪を眺めている。


 先日父より渡された指輪。


 人差し指にはめて父の言葉を思い出す。




 お前のことだからいずれ興味が湧くだろう。


 その際にこれは使いなさい。




 何のことだかさっぱりだけど、


 使えるのなら貰っておこうと思った。




◇◆◇




 魔法学院の入学試験には様々な家の子どもたちがいる。


 上級、中級魔術師の家の子ども。


 まだ魔術師として無名の下級の家に生まれた子ども。




 ヴェロニカの父は上級魔術師。


 しかもそこそこ大きな事件を起こして日も浅い。


 そうなると必然的に試験官のヴェロニカに対する注目は上がる。




「君はヴェロニカ・スルト・シルヴマルクだね。


 つい最近兄を亡くして辛かっただろう……」



「辛い……? 考えもしませんでした………。


 そうですね、


 確かにお兄様は私に魔術を教えてくれました。


 今考えてみると、


 あれからお父様が魔術を教えてくれなかったら、


 すごく悲しんでいたと思います」




 髭の長い老人が高い位置から無感情で話しかけるのを


 半分の壁が無い広間の中央でそう答えるヴェロニカ。




 基本的に入学試験は高等部の魔術修練場で行われる。


 父に言われた通り魔法学院は巨大な渓谷の間に出来ていて、


 横に長く渓谷に沿っている。




 その1番はしの渓谷が途切れて崖のようになっている場所。


 晴れていれば広く遠くまで見渡せる場所に修練場はあり、


 かつて魔族との戦いで半壊した天井と壁がそのままになっている。


 なのでいつもいつでも吹雪が侵入してくるわけだ。




「………っふ。


 まあ、御託はここまでにして、


 早速君の魔術を見せてもらおうじゃないか」




 魔法学院入学試験内容。


 それはとてもシンプル。


 自分の中で最も自信のある魔術を放つというもの。




 それは死霊術であろうが治癒魔術であろうが関係ない。


 あらゆる魔術に精通した試験官が精査する。




 そんな中ヴェロニカが試験に選んだ魔術は——。




「分かりました…………。


 では私は、風の攻撃魔術をお見せします」



「ほう、攻撃魔術か。


 運のいいことに担当は私だ」



「それなら安心です。


 貴方なら私に正当な評価をくれそうですから」



「さあ、見せてみなさい」




 ヴェロニカはそう言うが、


 実はこの老人は試験生に厳しい評価を下すことで有名。


 流石に入学試験では自重しているが、


 普通なら合格するような魔術でも問答無用で不合格にしてしまう。




「それでは………」




 そんな上級魔術師であり、


 学院長の彼が見たヴェロニカの魔術。




「すぅ…………バムナグ ウェンエス ロォ ウルディス……。


 スメィユ ダ ギンペェルス……。


 オルジス デ ペトゥム!」




 暴風を無理に剣の形へ留めさせ、


 その数は100を軽く超えている。




 ヴェロニカを囲うように展開された魔術は徐々に広がり


 修練場の中心から10数メートルは吹き荒れる風の剣が舞っている。


 それらはヴェロニカのペトゥムという呪文を聞いて


 一斉に吹雪を切り裂き進んでいった。




「「「「うわあああ!!」」」」




 その場にいた試験生は刮目(かつもく)した。


 ある学院生はあまりの強風に目を瞑り、


 ある学院生はヴェロニカの魔術に可能性を見出した。




 その魔術はしばらく進むとその場で強烈な


 旋風を巻き起こし空間の何もかもを吹き飛ばす。


 ——それは上級魔術。




「一体何が………!?」



「今のあの子がやったの!?」



「あんな小さい子が……」



「…………ふうん。


 ここ、こんなふうになってたのね」




 ヴェロニカの魔術によって吹雪いて見えなかった


 景色は晴れ大小様々な山脈が連なる雪山を目にすることができた。




 それほどの強力な魔術。


 どれほど優秀な魔術師の子どもだろうが


 これほどの威力を出すための魔力はまだない。


 成長途中なのだから当たり前だ。




 だがしかし、ヴェロニカは違う。


 彼女は生まれながらに膨大な魔力を有していたが


 それを発散できず、


 元々の魔力量に加えて溜め込んだ魔力を魔術に注ぎ込んだ。


 ちょっと苦しかったので魔術に結構な量を費やしてスッキリだ。




「ふぅ……………」



「ははは、素晴らしいじゃないか。


 ただ気になるのは、あれ程の魔術を扱える実力があれば


 詠唱の短縮もできるだろう……。


 なぜそうしなかった?」



「それは、出来ないからです」



「……と言うと?」



「私は元々魔術を扱えなかったのですが、


 お兄様の魔術によってそれが出来るようになりました。


 でも詠唱短縮までは出来なかったのです」




 嘘をついても仕方がないため本当のことを言う。


 ただこの老人にはその情報を既に握られている気がする。




「そうか……………。


 合格だ」




 こうしてヴェロニカは無事試験に合格し魔法学院への入学を果たす。




◇◆◇




 それからヴェロニカの学院生活が始まった。




 学院はそれぞれ初等部、中等部、高等部に分かれおり、


 初等部では主に初級から中級の魔術。


 魔術を扱う上での危険。


 魔力の操作など広く浅く学んでいく。




 ヴェロニカは父の教えの甲斐もあり順調に好成績を収めていった。




◇◆◇




 中等部に上がったヴェロニカ。


 彼女は依然同学年や上級生を寄せ付けないほどの


 魔力を有しているが、


 詠唱の短縮が1人だけできず他との差異を感じ始める。




 そんな時あるものに出会う。


 それは付術と言われるもので、


 見知らぬ学院生が持っていた杖の魔石に刻まれていたものだ。




 ヴェロニカはその魅力にすぐ取り憑かれ


 狂ったように付術関連の書物を読み漁った。


 残念ながら学院にそういう本は少なく


 探すのに苦労したが多くの知識を得ることが出来ている。




 ヴェロニカはその知識を生かすために実際に


 付術をしようと思いつく。


 だが彼女にはお金が足りない。


 なので付術用の武器やアクセサリーを買えなかった。




「どうしようかしら……………」




 一時期いろんなものの影響を受けていたヴェロニカは


 好きだった魔術講師の口調をいつしか真似るようになった。




 その講師はいつの間にか学院生の


 誰かによる実験で死んでしまう。


 豊富な知識からくる教育方法がヴェロニカに合っていたので


 講師がいなくなって残念だったが仕方がない。


 実力がなかったのだ。


 ヴェロニカ自信しょうがないと割り切って独学で勉学に励んだ。




「………ん、良いものがあったわ!」




 自分の人差し指を見て喜ぶ彼女はそれを外して眺める。


 それは学院入学前父より渡された銀の指輪。


 何の付術もされていない普通の銀の指輪。


 初めての付術にはピッタリだ。




「これで、良いのかしら……?」




 付術のやり方は意外と簡単。


 普段魔術師が詠唱する際の呪文。


 その意味を表す文字を何かに刻印し魔力を通すのだ。




 呪文の刻印方法は大体2通りあり、


 1つは頑張って自分の魔術で刻印する方法。


 もう1つは専用の魔道具を使った方法で、


 こちらの方が正確で推奨されるもの。




 付術台は魔法陣が敷かれた台で、そこで付術をするのが当たり前。


 ただあまりやる人はいない。


 何せ呪文の文字を学ぶのは面倒くさいし


 付術師に任せれば済むことだからだ。




 ヴェロニカが指輪に刻んだ呪文は4つ。


 火を意味するニグシス。


 刃を意味するナァリナ。


 そして2つの呪文をより強く結ぶ為間にロォ。


 最後に発射のペトゥム。




「…………ニグシス………あら?」




 この時ヴェロニカは初めて知った。


 長い間自分は詠唱を短縮できないと思っていたが違うと言うことを。




「炎が……………。


 もしかして、呪文が既に出来上がっているからかしら?」




 幼い頃見たあの光景を覚えている。


 兄の魔術を。


 床に刻まれた呪文を。




 少し記憶があやふやだけれど、


 ヴェロニカはその時の魔法陣をもう一度見たくなった。




「………面白いわ」




 この日を境にヴェロニカの好奇心は大きく口を開いた。


 もう、この気持ちを止めることは出来ない。


 飽くなき興味の追求者だ。




◇◆◇




 そうしてヴェロニカは高等部へ上がり、


 退屈になった授業の日々が過ぎ去っていく。


 そんな中授業が終わるといつも図書館へ。


 お目当ては付術に関するもの。




 まだまだ興味は尽きないようだ——。

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