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付術師のアルカナ  作者: ク抹茶
第1章 ヴェロニカ・エンチャンター
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2話『少女の好奇心』

 ゆっくりと目を開けても薄暗いままの視界に


 まだ夜が明けていないのかと思うヴェロニカ。


 久しぶりに良く眠れていたのに硬い床のせいで目覚めは悪い。




 あれ、おかしいな?




 奇妙な状況に気がつくが危機感は無かった。


 せいぜい家族の誰かが自分を何かの実験に


 使っているのだろうとしか思わなかった。




 ふと隣を見ると兄がいた。




「お兄……様?」



「ん、起きたかヴェロニカ」



「お兄様、これは……?」




 石造の台座に乗せられ地面には魔法陣が彫ってある。




 兄の自分に対する扱いは少し意外だが


 きっと世話に疲れて全てを終わらせたくなったのだろう。


 でもそんな事をする人間なのだろうか。


 だってそんなことは今まで一度も無かったじゃないか。




 けれどヴェロニカは冷静に状況をそう評価する。


 大事なのは経験からくる信頼よりも、状況から見える可能性。


 魔術師は特にそれが強い印象。




 これで終わりなのかな。




 残念だけど仕方がない。


 ヴェロニカはここから状況を好転させる術を持っていないのだから。




 ——しかしヴェロニカは死ぬ前にこれだけは聞きたかった。




「お兄様! これは何? どんなことが出来るの? 教えて!」




 死ぬのならそれでも構わない。


 ただヴェロニカは強い好奇心を抑えられない。


 今兄が地面に描き終えたこの呪文にはどんな効果があるのか。


 単語の1つ1つは見たことがない。


 これらの意味を知りたい。


 最後だとしても。


 ——いや、最後だからこそ。




「これはな、お前を救うための頼みの綱だ」



「……私を?」




 自分を殺すつもりではなかったのかとヴェロニカの勘違い。


 決めつけは良くないなと学ぶ。




「悔しいが、俺の力ではお前を救うことが出来ない。


 悪魔との取引という手もあるがあれは危険だ…………。


 だから、神に祈る!」




 何ということだろう。


 今のヴェロニカには分からないことが沢山。


 説明されたのに意味が分からない。




 でもだからこそ知りたい、聞きたい、教えて欲しい。


 一体どういう意図なのか、成功する見込みは、


 そもそも神と対話が出来るのか。




 ヴェロニカの頭の中は分からないという感情を


 分かりたいと思う気持ちでいっぱいだ。




「おにぃ……」



「大丈夫だ、安心して体の力を抜け」




 まだ聞きたいことがあったのに遮られてしまった。


 ただ魔術の効果を見たいと言うのも事実。


 どちらを優先すべきかヴェロニカは迷う。




 過程か、それとも結果か。


 大事なのはどちらか。




「よし…………それじゃあ呪文を唱える………………。


 必ず、お前を救って見せる」




 深く息を吸い短い杖を片手にゆっくりと目を閉じた兄は願う。


 それまで魔術とは命令をする行為であると言われていた。


 天に、地に、海に、世界のあらゆる神秘に命令をする。


 それが魔術師だと。




 だが兄は違った。


 兄はヴェロニカを救うために世界の神秘へ願いを乞う。


 祈りを捧げる。


 それはもう魔術ではなく、魔法なのだ——。




「…………アディア リィ ノティオン ヴェロニカ


 ロォ ルプス アティム リィ ロセクタァム アルナ ロォ デァラ——」



「…………」




 今の所変化は見られない。


 静けさがより確かに感じられるのみだ。


 そんな状況に思わず目を閉じていたヴェロニカも


 片目を小さく開いてそっと兄の様子を見る。




 変化はなさそうだ。




 もしかして失敗したのかな。




 なんて考えが浮かぶ。


 期待していた分魔術が不発に終わって残念なヴェロニカ。




「んん……」



「うっ、うぐう……ぐはっ!!」




 突然のうめき声に思わず体をビクッとさせる。


 ヴェロニカは声の主であった兄に視線を向ける。




「ヴェロ……ニカ………………」




 皮が剥げている。


 顔面の、いいや良く見ると体の皮も


 ヴェロニカの方を向いている前面だけが雑に剥ぎ取られている。




 手や道具を使ったものではない。


 魔術的な何かの影響で兄の体は悲惨な状態に成り果ててしまった。




「ど、どうなってる………俺は、俺はぁぁあああああ!」




 意味不明な状況に自分の体を確認しようとする兄。


 だがその時表皮の無い剥き出しの血管が綺麗に切れて、


 吹き出した血がヴェロニカの全身に飛んでくる。




「わあ!」




 かかった血がヴェロニカを黒く染めた。




 今この時のヴェロニカにとって1番の問題は兄の生死では無かった。


 1番の問題は飛んできた血が目に入ってしまって痛いということ。




 これどうしよう。


 水みたいに目を擦っても良いのかな。




 なんて不安を1番感じていた。




 ——しかしそんな感情もすぐに消えた。


 なぜなら急に意識が遠のいたからだ。


 ここ最近にしてはぐっすりと眠れたのにおかしな話だが、


 ヴェロニカが目を覚ます頃には辺りが騒がしくなっていた。




「起きろ………起きろヴェロニカ」



「ん、んんん? お父様?」




 いつも通りの仏頂面でヴェロニカの体を揺する父が


 話かけてきたのはいつ以来だったのか思い出してみる。




 確かあれはヴェロニカが1歳だった頃。


 兄がはしゃいでヴェロニカのいた椅子を倒してしまい床に転げた。


 それで泣かないで人形のように倒れているヴェロニカを


 慌てて心配する兄の様子を見て「………フン」と鼻で笑って以来。




 そんなことはどうでも良いのだが、


 問題は今どんな状況でヴェロニカはどんな状態でいるのかということ。




「お父様、私……」



「動くな。今見てやる………」



「あ、ああそんな! 嘘でしょ……きゃあああああ!」




 薄暗い部屋で良くは見えないが何かを見て叫ぶ母。


 グチャグチャしていて所々アバラ骨みたいなものが飛び出している。




 ヴェロニカは今までそこそこ静かな暮らしをしていたから


 母の声には不快感を示す。


 更に気絶するものだから


 どういう神経をしているのだろうと引き気味に呆れた。




「髪が黒くなっている……これも魔術の影響か?」




 髪がどうしたのだろう。




 父の言葉が気になり自分の髪を掴んでみると、


 本当に真っ暗な色に変わっている。




 元々ヴェロニカの髪色は明るい茶髪でこの部屋のように


 灯りが少しでもあるとすぐに分かる。


 しかし今の髪はどこまでも深い黒色で


 この世のどんな黒もこれには及ばないと思う。




「瞳も黒くなっているのか………。


 ヴェロニカ、お前の兄はどんな呪文を唱えた?


 魔法陣の形は覚えているか?」




 覚えている。


 忘れるはずがない。


 ヴェロニカにとってそれは衝撃的で、印象的で、


 心にいつまでも残る光景だった。




 ——ただ。


 ただふと感じる


 感覚。




 ヴェロニカは「これは私だけのもの」という


 不思議な特別感を感じずにはいられなかった。




 自分だけの体験、自分だけが知っている魔術。


 それらを誰かと共有することなんて出来ないと考えた。


 だってこの知識はヴェロニカだけのものなのだから。




◇◆◇




 数日後。


 シルヴマルク家は特段変わりなく、


 とはいかなかった。




 4人の子供の中で最も才に溢れている長男を失った痛手は大きい。


 シルヴマルク家と親しくしていた他の家は


 今後の関係を考えねばならない。




「さ、呪文を唱えてみろ」




 ただそんなことは今のヴェロニカに関係ない。


 客観的には関係大アリなのだが、


 ヴェロニカの主観としては家のいざこざなど興味のキの字も無い。


 何せ今のヴェロニカにとって最重要なのは自分のことだからだ。




「アルラ ロォ ルメァ………ぺトゥム!」




 アルラで水を生み出し、ルメァで球体の形にする。


 そしてぺトゥムで発射。


 この呪文は初級の魔術。


 俗に言うウォーターボールだ。




「ふむ、威力はやや高いが最初にしては十分だ……。


 では次に短縮詠唱だ。教えた通りにやってみなさい」




 魔術というものは数々の魔術師たちが発見した


 呪文を唱えることで発現する。


 今の場合は水の球体、発射という順序を辿っているわけだが


 短縮詠唱は呪文の1部を自分の頭の中で完結することで省くことができる。


 ただこれは感覚的な話になってくるためセンスがいる。




 声に出さない利点は単純に詠唱速度だ。


 魔術師にとって魔力量を決める血筋も大事だが、


 それと同等以上に重要なのは術者のセンスと言っても過言ではない。




「うん………アルラ……………あれ?」



「………もう一度だ」



「アルラ…………アルラ!」




 出来ない。


 何か原因でもあるのかな。




 なんてことを思案するヴェロニカ。


 試しに短縮なしの詠唱を試してみる。




「アルラ ロォ ルメァ………出来た」




 どうやら短縮詠唱はヴェロニカには向かないらしい。


 前に伸ばした右腕の先に出来た水球がそれを物語っている。




 青空の下日差しに照らされ光を反射させる水球は美しい。


 そんな水球を生み出す魔術はもっと素晴らしいが、


 何よりそんな魔術を支配している呪文は何と神々しいのだろう。




 とろけた表情で恍惚な笑みを浮かべるヴェロニカは


 そんなことを考えながら大きく息を吸ってゆっくり吐いた。




「ぺトゥム……」



「なぜかは分からないがお前の詠唱は短縮できない。


 おそらく魔力の放出に問題があるのだろうが、


 それはまた今度だ………。


 今はお前に何が出来て、何が出来ないのか知りたい」




 それはヴェロニカも同じ意見。


 だけど知られたくないというのもヴェロニカの思い。


 魔術においてヴェロニカは素人で、父はとても優秀だ。


 だからもっと上達するには父の助力が不可欠。


 ヴェロニカは相反する2つの思いに折り合いをつけ、


 父から魔術を教わることにした。




 ちなみに兄はあの日死んだことが確認された。


 遺体は誰なのか判別がつかないほどに崩壊していたとか。


 ヴェロニカにとって1番頼りになる存在がいなくなったのは


 残念なことで勿体無いことだ。


 ただお陰で魔術が扱えるようになったのだから最後まで良い兄だった。




◇◆◇




 魔術師たちのパーティーは


 基本的に主催者の家に招待した魔術師たちと行う。




 貴族と似ているようだが違う点も多く、


 まず魔術師は横の繋がりを疎んでいる。


 なのでパーティーは自分がどんな物を提示できるか、


 そしてそれに対し相手が釣り合う物を提示できるかというもの。




 商人の取引に近い。


 しかし商人よりも軽薄なものだ。


 なぜか。


 それは魔術師たちがとても冷酷で、


 己が利のための行動だと誰の目にも明らかだからだ。




 魔術師とはそういうもの。


 ただこれは上級の魔術師に強い傾向で


 まだ魔術師の歴史が短い家系にはそうでもないようだ。




「こんばんわ、ヴェロニカお嬢ちゃん!」




 顔にシワの多い年配の女性がニヤケ面で話しかけてくる。


 これは単にヴェロニカの状況を見にきただけのようだ。




「………今、少し忙しいの。だから後にして欲しい」




 今夜はシルヴマルク家で大規模なパーティー。


 大勢の魔術師が一同に会しこの家の将来を見極める大事な日。




 頼りだった長男が亡くなった今次に注目されるのは


 長女のヴェロニカだが、彼女は魔術を使えないというのは


 あまりに有名な事実だった。




 なので今夜の催しは魔術師たちに自分をアピールする


 良い機会なのだが——。




「ンンン、あの呪文の効果はあの呪文と相性がいいかも………。


 でも既にある詠唱かな? あとで調べないと…………。


 ああ、後あの組み合わせも良さそう」



「随分愛想がないね」



「ああ、先ほどから何やらブツブツと……」



「兄の実験台にされたんだって?」



「それであんな姿に」



「興味あるね。いらないのなら私に解剖させてほしい」



「その際は私も立ち会おう」




 ヴェロニカは呪文のことで頭がいっぱい。


 父に言われた「取り敢えず愛想良くしていなさい」


 という助言も忘れている。




◇◆◇




 パーティーが終わった次の日の朝食時。


 父は自室に籠ってヴェロニカのことで何やら考え事。


 当のヴェロニカは食事中も自分の好きなことを考える。




「ヴェロニカ……聞いているの? ヴェロニカ」



「………」



「お嬢様、奥様がお呼びです」



「ん、なあにお母様?」




 母は父とは違った怖さがあるが、


 ヴェロニカには感情の問題など些細なものだ。


 誰かが怒っていようと泣いていようと興味はない。


 それはヴェロニカの感情を動かすものではない。




「母に呼ばれたのなら素早く応えなさい………。


 まあ良いわ。


 それよりヴェロニカ、あなた昨日の晩餐会は楽しめた?


 聞いた話によると随分な態度だったそうじゃない。


 それでも……」



「お話はそれだけですか?」



「……何ですって?」



「私はお母様のお話に付き合ってあげられるほど暇じゃないの。


 だからそんなくだらない話はやめて」




 別に喧嘩を売っているわけでも母に仕返しがしたいわけでもない。


 ヴェロニカの本心。


 興味のない話をグダグダと聞かされても残るのは


 時間を無駄にしたという腹立たしさだけ。


 ただでさえ母の話は長いのだ。




「……兄がいなくなった今、


 この家の力を誇示するためにあなたには出来ることがあるでしょう?」



「お母様、私は2度も同じことを言わないといけないの?」



「ヴェロニカあなたねぇ!


 自分の置かれた状況を分かっていないでしょう……………!


 ハァ……」




 テーブルに両手を叩きつけて立ち上がった母に召使い等は


 驚いて目を見開く。


 椅子が倒れた拍子に間抜けにも次男と三男は椅子から転げ落ちた。




「兄は才があったけれど情に流されやすい。


 弟たちは感情的で魔力も凡才……。


 あなたの性格は魔術師としては文句がないけれど、


 どうやら短縮詠唱が出来ないそうじゃない…………。


 そうね、そんな魔術師もどきに期待をするのは間違っていたわね」




 召使いが倒れた椅子を戻して母はまた座り話し始める。


 ヴェロニカは母の発言が面白かったのか


 思わず口に出して言う。




「ふふ、お母様ったら。自虐が得意なのね」



「……はぁ?」



「だってそうでしょう?


 兄や私の弟たちが感情的なのは、


 お母様の血を受け継いでいるから……。


 自分でもそう思うでしょ?」



「…………」



「私は勉学を始めてまだ浅いから、


 家のことはよく分からない……。


 だけど、この家の力を誇示したいのなら、


 お母様は一生その口を閉じた方がいいんじゃない?


 でも私は魔術師は感情的なものだと


 思いうけど………」




 ヴェロニカの性格というものは、


 どうやらとことん父に似たようだ。




 目が血走りヴェロニカを凝視する母。


 それを横からオーガでも見るかのように怯える弟たち。


 ヴェロニカはそれらを気にせず普段通りに食事を済ませると


 父の部屋へ魔術を習いに向かった

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