6話『ヴェロニカの進級試験』
上級魔術。
それは魔術の階級を示す3つのうちの
最上級。
その魔術を使えれば魔術師としての格は
最高だと言えるだろう。
しかし階級は結構大雑把。
初級と言っても魔術の威力には大きな差がある。
それ以外にも魔術師の能力によって
魔術の効果に差異が生じることもあり、
上級魔術が中級魔術に劣るという事態もある。
確かに上級魔術は強力な呪文だが
それを強力たらしめるのは術者次第と言えるだろう。
——では、強大な魔力を持つ者が
上級魔術を使うとどうなるか。
それはとても単純。
「ラシウ メルス!」
懐から取り出した木の杖を前の地面に向け
呪文を唱えるヴェロニカ。
いくつかの呪文を短縮した詠唱だ。
「お、落ちてくる!」
ヴェロニカが放った魔術が上空より
落下し目的の位置に到達するまで秒読み。
その間に魔術で氷結聖霊の向きに
石の壁を生成して盾にする。
4人は急いでその壁に張り付いて衝撃を待った。
「…………っく、来た!!」
一瞬辺り一面が強烈な光に照らされたかと思えば
ドゴォォォン、と言う爆音が襲いかかってくる。
音圧で潰れてしまいそうなほどに。
「………………………そろそろかしら。
みんな走るわよ」
爆発から数秒待った後、氷結精霊地帯を走り抜けようと
飛び出した4人が見たのは——。
「………なんだ、これ。
あいつら、何処に………」
4人は何も見つけられなかった。
だってそこには、何も居なかったのだから。
ヴェロニカの魔術は一瞬にして大量の氷結精霊を
1匹も残さず1発の魔術で消し飛ばした。
消失させたのだ。
「嘘、だろ………」
「す、すごい……」
「お見事。
やはりギンペェルスは一味違うな」
強大な魔力を持つ者が上級魔術を使えば。
その答えは単純。
「走らなくて良くなったわね。
楽で良いわ」
圧倒的、破壊力。
ヴェロニカの上級魔術は何者をも凌駕する。
まさに化け物。
ギンペェルスに相応しく巨大な力。
上級魔術師の肩書は伊達ではないのだ。
「………あ、そうだ。
なあ、これで試験は終わりなんじゃないか?
だってアイツら魔物だろ?」
「ダメよ。
まだ始まったばかりじゃない。
それにこの程度では評価をもらえないわ」
なんて評価を気にするふうなことを言っているが
実のところは魔物の素材が欲しいだけ。
氷結精霊から取れる凍結結晶という
素材は殆どがチリになってしまった。
「そうだな。
僕も賛成だ」
「わ、私も!」
「ああ、たく。
めんどくせえ!」
ヴェロニカは女子生徒をローブの中に入れる。
男子生徒は面倒臭いと呟きながら先へ進む。
巨大な爆発によって出来たクレーターの先へ。
——クレーターを超えた先はまた森の中。
遠くからでも学院が見えるため迷いはしないが
道がないため歩きずらく体力を奪われる。
「そ、そういえば、自己紹介まだでしたよね」
「ああ? いきなり何言い出すんだよ」
「……だって、名前は知っておいた方が良いと思うんです。
そう思いませんか?」
男子生徒に対して嫌いという感情剥き出しに素っ気なくし、
ヴェロニカの方を見て理解を求める女子生徒。
「んな面倒なことやるかよ」
「っ………お2人はどう思います?」
「僕は構わない。
と言っても偽名だがな」
「え、そうなんですか?」
「はは、やっぱり馬鹿だなお前」
魔術師の殆どは本名を名乗らず偽名を使っている。
その理由は呪いと言われるものから
自分の身を守るため。
呪いとは先程4人の速度を上げた魔術と
本質は似ているもの。
違うのはもたらされる効果が良いものか否か。
良いものは強化魔術と呼ばれている。
呪いは単純に悪い効果のことだが
これは多分に主観によるところがある。
そして前述した呪いから身を守るためと言うのは、
そういった悪効果を対象に掛ける場合
名前を知られていないと効果が落ちるから。
こういうことだ。
「僕のことはエリクと呼んでくれ」
「え、えっと、それじゃあ私はハンナと言うことで」
呪いの話をしたので慌てて偽名を考えた女子生徒。
「私はヴェロニカよ……。
ちなみに偽名じゃないから、
呪わない方がいいわ」
「おいおい正気かよ。
俺は名乗らねえからな」
「あ、あの大丈夫なんですか?」
呪いを掛ける上での条件の1つに
術者は対象以上の魔力を持たなければならい。
と言うものがある。
つまりはまあ、
ヴェロニカに呪いを掛けられる術者など然う然ういない。
それどころか呪いを掛けた途端、
勝手に返されて術者が痛い目を見てしまうかもしれない。
「す、すごいですね………」
そんな雑談をしてハンナのヴェロニカを見る目が
一層輝きを増していった。
ヴェロニカは別に気にしていない。
——森をしばらく進んだところ
少しひらけた場所の行き止まりに来た。
そこでヴェロニカは目を輝かせていた。
崖がそそり立ち行手を阻んでいるが、
その崖の先端が屋根になっている下には魔物がいた。
ヴェロニカはその魔物から目が離せない。
「あれは………ドラゴンか?」
「いいや違う。
あれは蜥蜴人だ。
しかも珍しい……」
それは獣人と呼ばれる亜人種の1つ。
魔力は無いに等しいものの先祖がドラゴンと呼ばれている。
普段は沼地などに住み多数の同種族と集落を築いている。
「でも待て。
アイツは人の何倍もの大きさがあるぞ」
「所謂、先祖返りと言うやつだろう。
1匹で冬眠しているようだ」
「良いわね。
アレにするわ」
「アレって、まさかアイツを討伐するのか!?
流石に無茶だろ!」
見た目のインパクトで怯える男子生徒。
一見すればドラゴンにしか見えないので
仕方がないが、怯えすぎだ。
「討伐すること自体は問題ないわ」
「ん、何かする気なのか?」
「……私、アレの素材が欲しいの」
「……………は?
お前、何言ってんだ?
頭おかしくなったのか?」
どうすればアレを無力化できるか考えるヴェロニカ。
素材を得るためになるべく無傷で殺したいところ。
幸い冬眠しているので時間はたっぷりある。
試験の終了時間は刻々と迫っているけれど。
「無傷で討伐するなら毒の魔術は使えないか?
肉はいらないだろ?」
「お、おいお前ら」
「先日魔物のことを調べている時に、
蜥蜴人は毒に耐性があると書いてあったわ。
その案は却下ね」
「俺の話聞こえてるか?」
「こんなのはどう?
私が氷の魔術でアレを閉じ込め、
あなたが衰弱の魔術を掛ける。
あとは息絶えるのを待つだけ」
「その場合衰弱は中級程度で充分か……。
分かった、やってみよう」
トントン拍子に話は進みハンナと男子生徒が
介入する間もなく行動を開始するヴェロニカとエリク。
2人はそれぞれ別の位置に移動し呪文を詠唱する。
まずは蜥蜴人が逃げないように
するための氷の檻。
「バムナグ ロォ ギラァキ トゥア トゥ ティグア」
魔術は発動し蜥蜴人の体全体は
強固な透き通った氷に包まれた。
次はエリクの衰弱魔術。
「すぅ……リティオ デァラ」
これが本当の呪い。
対象の体力。
生命力とも言えるものを徐々に減退させていく魔術。
決して高い威力とは言えないが
それが長時間続く厄介な魔術だ。
この魔術は最初自分に掛けられているのか
と言う判断が付きにくい部分がある。
自分が呪われているのか分からない。
ただ蜥蜴人はそれでも何かを感じ取ったのか
冬眠から目覚め瞼を開けようとする。
しかし開かない。
どうしても外の光を見ることが出来ない。
同時に体力が落ちていっていることが
手に取るように感じられる。
「………うん?
起きたわね」
ガタガタ、ギチギチと擦り切れるような音が聞こえて
ヴェロニカは蜥蜴人が起きたことを悟る。
出ようとしているのだ。
「……………音が」
鳴っていた氷の音が止んだ。
討伐することが出来たのだろうか。
近づいて確かめようと考えたヴェロニカは
一歩を踏み出そうとするが急に止まる。
蜥蜴人は死んでいたのではない。
「ガララララ!」
「「「「っ!?」」」」
蜥蜴人は力を溜めていたのだ。
減衰していく体力の中諦めることなく体勢を整え
足に力を入れて踏ん張ると思い切り上に体を持ち上げる。
氷はその動きに耐えきれず割れてしまった。
「だから言ったじゃねえか!」
「仕留める?
いいえ、それではダメ。
素材は無傷で欲しい……」
蜥蜴人は思っていたより速かった。
そして体力もそれなりに残っている。
これは逃げられてしまうか。
そんなことを誰もが思ったが
結果は違って蜥蜴人はひたすら
この場を移動し続けた。
縦横無尽に。
何がやりたいのか。
魔物の行動はよく分からないことも多い。
だがヴェロニカには行動の理由が理解できた。
それは蜥蜴人の真っ直ぐな目を見たから。
真っ直ぐな目と言っても迷いのない目ではない。
文字通り前しか見てない目。
それは周りを確認できるほど余裕ではないと言うあらわれ。
「おい、どうするんだよ!」
ハンナと男子生徒の元に戻ったヴェロニカとエリク。
蜥蜴人を討伐する方法をもう一度考える。
「おそらく衰弱の魔術は効いているが
アイツは元々の体力が多いようだ」
「無傷で討伐するのなら衰弱が良い。
なら中級ではなく無理矢理にでも
上級の魔術に変更すべきかしら?」
「それだが僕に良い案がある。
それは死を意味する呪文を使うことだ。
本来は多大な魔力を消耗するため使い勝手は悪いが
今なら体力も減っているし少ない魔力で足りる。
何より魔術発動が早い」
すぐに戻ってきてすぐに作戦会議を始める2人。
もうハンナと男子生徒はついていけない。
ハンナはこの2人を優秀だと憧れるが
男子生徒の方は悔しそう。
ヴェロニカのことを見下していたのに
裏切られた気分だからだろう。
「ただ問題はこの魔術、
対象が止まっていないと当てるのが難しい。
どうにかしてアレを足止めできないか?」
「そうね…………」
進行方向に魔術を放ち驚いたところに死の魔術。
しかしそれではダメだ。
魔物は今錯乱状態。
その程度では止まらない。
直接魔術をぶつけて物理的に足を止める。
それもダメ。
ヴェロニカの要望である無傷で討伐が失敗する。
ではどうするか。
どうやって止める。
今の蜥蜴人の状態を鑑みて。
「………状態」
「何か思いついたか?」
「ええ、良いことを思いついたわ」
今の蜥蜴人の状態は体力を奪われ
それを欲している状態。
つまり飢餓状態。
普通の生き物であればとっくにその状態を通り過ぎて
もう動けなくなっているだろうが、
少し手加減をしたのが失敗した。
そして飢餓状態ということは、
食べ物が欲しいということ。
いくら錯乱しているとはいえ食欲という
強力なものには抗いがたい。
つまり食料を与えてやればいい。
そのためにはどうするか。
「貰うわよ」
「え、何して……」
「スェンノウ……!」
取り出したヴェロニカの木の杖を男子生徒に向け
風の刃の魔術を放つ。
魔術は狙っていた右腕に向かって近距離で
命中し男子生徒の腕を切断した。
「ぁああ! あぁ、ぁぁあああ! 俺の腕がぁあ!!
……こ、この、貴様何しやがる!!?」
「よし、これを………。
ほら、食べなさい!
あなたのものよ!」
ヴェロニカは切断した男子生徒の腕を蜥蜴人が
走り回っている場所に投げた。
蜥蜴人はその瞬間足を止め、
素早く腕の方を見ると発情中にメスでも見つけたみたいに
なりふり構わず飛び込んでいった。
「エリク、今よ」
「……モンバス!」
その意味は死。
対象を殺す魔術で呪文を唱えるとエリクの右手から
紫の揺らめく光のようなものが出現し細長く直線状に飛んでいった。
蜥蜴人は男子生徒の腕に夢中で
ムシャムシャと頬張っている。
「ギイィッ!?」
だから命中した。
死という状態には様々な定義があるが
その1つが体を動かす霊体が消えた瞬間。
この魔術はその霊体を破壊することが出来るのだ。
「成功したな」
「ええ、良かったわ」
「おい、これ、どうすんだよ!
血が止まらねえよ!」
「「………え?」」
必死に自分の腕を抑えて出血を防ぐ男子生徒。
ヴェロニカとエリクは一体何をやっているのかと疑問に思う。
「さっさと治癒魔術で治せば良いんじゃないか?」
「お、俺は両手が無いとまともな魔術が使えないんだ!」
「……何だか初級魔術師みたいね。
いいわ。
切断したのは私だし治してあげる。
トゥア リィ レディムル ロォ テナティオ」
「はぁ、はぁ……おお、だんだん痛みが引いてきた。
……って、何だこれ!?
指がぁ!」
治癒した男子生徒の腕はみるみるうちに生えたが
手のひら辺りまで治癒したところで魔術は終わってしまった。
その結果男子生徒の右手は指だけが無い状態に。
「こ、これ……」
「私の腕が悪いわけじゃ無いわよ。
あなたの霊体がそこだけ無かったの」
単純に治癒の呪文だけを唱える場合
その効果は肉体の範囲に限られる。
霊体が人体で言う骨の部分に当たるのなら
治癒した時に肉はその骨に沿って治っていく。
でもその骨が無かったら肉はどこに行けばいいのか
分からなくなり、結果魔術が途中で終了するのだ。
「……こ、この。
お、お前俺のことが憎いんだろ!
だからこんなことをっ!
こんなっ!」
「何を勘違いしているのよ。
私はあなたの腕を治癒しただけ。
憎いのならそんなことはしないと思うわ。
それにあなたは初めからずっと文句ばかり言ってるけど
役に立ったのはさっきだけじゃない。
やることやってから意見するべきよ……。
まあ、私はアレを無傷で手に入れることが出来たから
とても満足だわ!」
あまりに感覚が違いすぎる。
自分が下ばかりを貶めていて知らなかったが
上にはこれ程までに凄まじい魔術師がいるなんて。
コイツはもう、人じゃない。
言い返す気力が何も無くなった男子生徒。
自分の惨めさを嫌と言うほど痛感する。
「……しかし、結果的には良かったんじゃないか?」
「……へぇ?」
「だって君はハンナさんを見下していながら
今まで班には貢献していなかった。
ハンナさんと同程度だったわけだ。
でもこれで優劣が決まったじゃないか。
だから良かっただろう?」
「………は」
「ああそれに、班での試験だから
個々人の活躍が評価されるか分からないけど
少なくとも何もしていないという
状況は回避されたな」
男子生徒はもう何も考えられない。
ただただ漠然と己と他との空気の違いに孤立する。
そしてハンナは思う。
自分には魔術師は向いていない。
もう実家に帰ろう。
帰って農場の手伝いを頑張ろう。
——一行は浮遊魔術で蜥蜴人を学院に運んだ。
帰る頃には日も暮れ始めていたが
学院の門前には複数の講師が立って待っていた。
「帰ったな。
それは………蜥蜴人か?
珍しいな」
今朝の講師が近寄ってきて話しかけてきた。
何処か不機嫌そうだ。
「はい。
無傷で討伐しました」
「そして私の物よ」
「………君たちの他にも班がもう1ついるんだが」
「見てきました。
どうやら全滅したようですね」
別の講師がそう説明する。
他の班の1つは失敗してしまったようだ。
「そうか。
では君たちの試験結果を発表する」
結果が出るのが早いが全ては
担当試験官の判断にかかっているのだ。
なので試験官は皆一様に上級魔術師だ。
「合格だ。
君たちは2年生になった。
おめでとう」
「合格できて良かったわ。
それじゃあ私はこれで……」
「待て、それは置いていけ」
「………え?
今、なんて?」
「置いていけ。
それは学院のものだ」
「私のものよ……!」
ヴェロニカは元気だ。
あんなことがあったのに新たな戦闘が始まってしまった。
しかも荒れそうだ。
「ダメだ、許さん。
どうしてもそれが欲しいのなら
2年への昇格は無かったことになる」
「くっ、うぐぐぅ……………」
——その後なんだかんだあって蜥蜴人は
没収された。
ヴェロニカは大層落胆していたが
休みの間にいつの間にか元気を取り戻していた。