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付術師のアルカナ  作者: ク抹茶
第1章 ヴェロニカ・エンチャンター
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5話『ヴェロニカの進級試験』

 魔術師の多くは男女関係なく髪の毛が長い。


 理由はとても魔術師らしいもので、


 髪には魔力が宿るため魔術の代償として相応しいから。


 魔術を行う代償は一般的に魔力だが、


 魔力が宿っているものならば代用は可能だ。




 その点で言えば昨日のエリクという魔術師は


 短髪でとてもバムナグのクラス生とは考えられない。


 と言ってもそれは些細な問題だが——。




 何気にヴェロニカのちょっとした夢に


 自分専用の付術台を持つというものがある。


 仕組みが明かされていないため自作はできないが


 学院のこんな木で出来たものではなく、


 金などの高価な台で出来たもので作って欲しい。




 何なら贅沢に腕を広げたほどある魔石に


 魔法陣を刻印するのも良いと胸が高鳴っている。


 まあ、難しい話だが。




「レト………レト…………こんなものかしら?」




 レトとは操るというような意味を持つ呪文で


 一般的な魔術の使い方としては出現させた炎を


 好きに操って思う場所に飛ばす。


 こんなふうに使う。




 付術台の場合は付術対象に刻印することの出来る


 小さな魔力の塊を操るためにレトを使う。


 一般的な使い方とそれ程変わらない。




 これを聞けば付術台の仕組みも意外と簡単なのでは


 と思うだろうが、


 そもそも魔術を針の穴ほどにまで小さくする方法が分からない。


 アルゥスという最小を意味する呪文でも


 ここまで小さくは出来ないので付術台は謎が多い。




 魔石を壊して中の魔法陣を確認すれば良いじゃないか。




 なんて考えた者もいたが案の定対策されていて


 魔法陣は魔術によってすぐ破壊された。




 そこまでして技術を隠したいのかと思うけれど


 きっと儲かるのだろう。


 何せ魔術の実験には多くの資金がいる。


 お金はあって困ることはないのだろう。




「ローブはこれで良いわね。それじゃあ次は杖………。


 はぁ、もっと良いものが欲しいわ」




 学院生のローブの胸に元々から付けてある金のプレート


 の模様を全て削りまっさらな状態にする。


 そこに改めて付術を加えるという方法で


 試験用の魔導具を作成したヴェロニカ。




 何とも貧乏くさいがしょうがない。


 実際のところヴェロニカはお金を持っていないのだから。




 そんなわけで次に付術するのは中央広場に植えてある


 木の枝を折ってナイフで成形した簡易的な杖。




 手に持って大きな溜息を吐くくらい


 ちっぽけなもの。


 だけどこれしか無いのでしょうがない。


 しょうがないのだ。




「中級魔術2つ……いえ、3つはいけるかしら?」




 杖は細長く呪文を刻印する範囲も限られているため


 なるべく呪文を細かく刻印し多くの付術をしたい。


 ただそれには付術台の使用技術が多分に必要とされる。




「…………レト」




 それなら大きな板にでも付術すれば良いじゃない。




 なんて考えが浮かぶ。


 この考えが悪いわけではないが杖というものは


 とても繊細で大雑把にして良いものではない。


 魔石ならば兎も角、魔力がすぐに逃げていってしまう


 木などは小さい方が杖として適しているのだ。




 ただ木に通した魔力の移動には規則性が見られるため


 大きな杖の支えとしては有用な部分もあり多用されている。




「………………ふっ」




 ゆっくり、ゆっくり、慎重に。


 呪文を呪文と認識できるが杖の付術数を増やすため


 出来るだけ小さく、でも慎重に。


 まずは戦いの主力となる魔術。




『バムナグ ロォ ニグシス ペトゥム』




 意味は大きい火、発射。


 階級であれば中級程度の魔術だが威力はある。




 これを失敗することなく付術し終えたヴェロニカ。


 次は自分を守るために岩の壁を生成する魔術。




『レディムル ロォ ラシウ メルス』




 この魔術はギリギリ初級の範囲に収まる。


 ヴェロニカであれば2つの呪文を詠唱すれば良い。




「……失敗できないから緊張するわね」




 そしてこの呪文もきちんと付術することができた。


 更に次の、




『スェンノウ ロォ ナァリナ ペトゥム』


『アルゥス ラァミナ トゥ レト』




 という風の刃を放つ魔術と発光する小さな球体を操る魔術も


 無事に付術することに成功した。


 少し危ういところもあったけれど失敗せずに完成できて


 ヴェロニカも内心良かったと一息つく。




「ンフ…………それじゃあ後は数日後の試験を待つだけね」




 中等部の頃から続けていた付術でも


 実際に魔導具が完成すると嬉しいし学びや発見も尽きない。


 ヴェロニカの1番大好きなこと。




◇◆◇




 数日後の試験当日。


 部屋に置かれていた手紙の場所に行ってみると


 そこには既に1人同学年の生徒が来ていた。




「おはよう」



「ええ、おはよう」




 軽く挨拶を交わすその生徒には見覚えがある。


 それは数日前に図書館であった騒動を鎮めた生徒。




 ヴェロニカは名前を思い出そうとするが記憶にない。


 きっと自分の興味をそそられるものでは無かったからで


 それなら別に思い出さなくても良いかと考えるのを止める。




 そもそも魔術師は概ね皆名前を偽っているのだ。


 覚えていたところで意味はない。




「お、おはようございます!」



「……おはよう」




 ヴェロニカだけが挨拶をした女子生徒。


 こちらもさっきと同様に見覚えがある。


 ただ印象が薄すぎて思い出せないのが逆にもどかしいと思う。


 何かと一緒に見た気がする。




 ——それから数10分待ったあと新たにもう1人が現れた。




「みんな朝早いなぁ………」




 その男の顔とレディムルという文字が書かれたローブを見て


 ヴェロニカは思い出した。


 このレディムルクラスの生徒は先日女子生徒をいじめていた


 2人のうちの1人だ。




 と、そこまで記憶を辿ったところで


 やはりどうでも良かったと思うヴェロニカ。




「やぁやぁ、元気かい生徒諸君。早朝でまだ眠いだろうが試験だ。


 許容してくれ」



「先生、質問いいですかぁ?」




 手を挙げたのは最後にきた男子生徒。


 女子生徒をいじめていた奴だ。




「ダメだ。ちまちま質問に答えていると昼になる。


 俺はこれでも忙しいんだ」




 この男は契約術や悪魔召喚などの


 儀式を取り扱っている魔術講師。


 いつも死んだような目をしているが


 ただ寝不足なだけなので問題はない。




 そしてこの講師は魔術実験が大好きで堪らない。


 そんな性格をしている。


 なので一刻も早く研究室に戻りたいのだろう。




「チッ、何だよ……」




 悪態を吐く男子生徒の声は聞こえているだろうが


 講師は構わず説明をする。




「えぇ、今回の試験は魔物の討伐。


 君たちは1つの班になって


 学院の隣にある森で最低1体の魔物を討伐してもらう」



「1体か………思ったより楽勝そうだな」



「試験開始は俺の説明が終わり次第……。


 終了は1日の終わりを告げる鐘が鳴った瞬間。


 つまり今日1日以内に魔物を見つけ討伐することが試験内容だ」



「え、たった1日!? それはちとキチィな」



「尚、試験で討伐した魔物は2年のクラス分けに影響する。


 より強い魔物を討伐すればそれだけ評価も上がるというわけだ。


 まあ、そんなのがいるとは思えないけどな……」




 強い魔物。


 それは確かに講師の言う通り見つけるのは難しいだろう。


 と言うのも学院の高等部、2年生の中には頻繁に


 外出しては辺りの魔物を狩りまくるという、


 試験生からすれば大変はた迷惑な輩がいる。




「ちなみに見れば分かるだろうが、


 君たちはそれぞれ別のクラスだ。


 大体の班はバムナグかレディムルのどちらかが2人いるんだが、


 良かったな。


 この班は1人ギンペェルスがいる」




 講師の言葉を聞いてレディムルの男子生徒とアルゥスの


 女子生徒がヴェロニカを見るが無視する。




 だがレディムルの男子生徒はヴェロニカに不満を言う。




「でもコイツって確か初級魔術の無詠唱が使えないんだよな。


 そんな奴が仲間でもあんまり嬉しくないぞ……」



「お前の気持ちなど知るか。


 班のメンバーは俺が選んだわけではないからな……………。


 っと、説明は以上だ。


 あとは好きにしてくれ」




 何とも曖昧な締め方でその場を後にした講師。


 男子生徒は自分のぞんざいな扱いが嫌だったのか、


 それとも言っていた通りヴェロニカが


 同じ班で嫌なのか不機嫌な様子。


 そんなことヴェロニカは気にしていない。


 


 ただ講師がクラスのことを


 褒めているのは意外だった。




 講師陣はそんなことに興味がない。


 なんて勝手に思い込んでいたけど、


 もしかしたら結構好き勝手やったりした時に


 許されていたのは


 ギンぺェルスが優遇されているからなのかしら?




「っで、これからどうするよ。


 将来有望なバムナグのクラス生さん」



「なぜ僕の判断を仰ぐ?


 ここには僕以上に実力のあるギンぺェルスがいるのだから


 彼女が主導権を握っているのは


 分かりきっていることだろう?」



「え、本気で言ってんのかよ。


 だってあの黒髪に黒目……俺はちと不安だぜ。


 実質アルゥスが2人いるようなもんじゃなねぇか」



「……あ、あの。


 私は彼女をリーダーに推薦します。


 この学院の実力判定は、悔しいですが正確です。


 きっと良いリーダーになってくれます!」



「誰もお前の意見なんか聞いてないんだよ。


 アルゥスは黙ってろ」




 早速なぜか口論をし始める2人。


 とても面倒くさいとヴェロニカは思う。




 早く森に出て魔物を探したいのに。


 そしてあわよくば良い感じの素材を得たいのに。


 考えているのはそればかり。




「良いわよ、私がこの班のリーダーで……。


 それじゃ出発するわよ」



「あ、おい待てよ!


 まだ話は……おい!」




 スタスタと男子生徒を無視して進むヴェロニカの後を


 3人はついていった。


 1人は不満があるようだが。




 ——到着した森はいつにも増して雪が積もっている。


 他の班は既に森に入ったのだろうが


 足跡はもう消えてしまって見えない。


 数日前から雪の量が多くなったようだ。


 この様子ではいつ吹雪いてもおかしくはない。




 付術である程度の寒さは防げるとはいえ過信するのは良くない。


 早めに魔物を討伐しなければと考える。




「別れ道か……どちらに進む?」




 森はあまり探索したことがないので


 どちらでも構わないと思ったヴェロニカは2つのうち右を選択


 しようとしたがふと考える。




 右に進めば安全に魔物の多い場所に出ると


 いうのは生徒たちの間で広まっている。




 逆に左は文字通りしばらく何もないけど


 遠くへ進むと大量の氷結精霊がいる地帯に出るわ。


 右の道以上に厳しい戦いが待ち受けているけど、


 しかしその先は未踏。


 何があるか分からない。


 もしかしたら珍しい魔物がいるかもしれないわね!




 ヴェロニカは安全な右の道を進み


 魔物を確実に討伐するか、


 左に進み掛けをするかで選択を迫られる。




「左へ進むわ」




 迷わず左を選んだようだ。


 やはり好奇心には勝てない。


 安全なんてつまらないのだ。




 それに見た感じ右の道は木の枝が折れていたり


 他の班が通った形跡があった。


 今頃向かっても既に魔物は討伐されて居ないだろう——。




「………………なあ、まだ歩くのか?」




 たかが数分歩いただけでもう難癖をつけてくるレディムル生。


 ここから1時間ほどは進まなければ目的地には


 着かないので一々嫌味を言われるのも面倒臭い。


 黙って歩くということが出来ない体なのだろう。




「まだまだよ」



「本当にこっちに魔物いるのかよ……」



「さあ?」



「………ハァァァ」




 わざとらしい大きな溜息。




「さささささすすすすす」



「何だよさっきから。うるさいぞ」




 女子生徒がやけに震えている。


 他の人は特に変わったところはないのに


 一体どうしたのだろうかと近寄るヴェロニカ。


 もちろん心配しているからではない。




「あなた……寒いの?」



「ははは、はひぃ!」



「お、お前それ本当か!? ハハッ!


 馬鹿だろお前。


 なんで耐性の付術してないんだよ! ハハハ!」




 確かに女子生徒の着ているローブには魔力回復強化以外の


 付術がなされていない。


 しかもこれは元から付いているもの。




「雪の中を進むというのに、


 寒冷耐性の指輪くらいないのか?


 付術が出来なくても買えるだろ?」



「どうせコイツ、金がないんですよ……。


 ハハハハ、面白すぎる!」



「……しょうがないわね。


 ほら、入って」




 自分のローブで女子生徒を包むヴェロニカ。


 とても優しい。




「お前ら、まるで恋人だな!


 同じアルゥス同士でお似合いだぜ!」



「なぜそんなことを?」



「班の1人でも欠けたら評価に響くかもしれないわ。


 少しは考えて」




 優しいかと思ったが普通に理由があった。


 バムナグ生はそれに感嘆する。


 レディムル生は最後の一言が癪に触ったのか


 黙ると険しい表情をして歩いて行くヴェロニカの後に続いた。


 女子生徒はヴェロニカの腕の中が暖かくて生き返った。




 ——さっきの出来事のおかげで静かなまま


 目的の場所に辿り着いた班の4人はそこで精霊の大群を見た。




「な、何だよコレ!?」



「すごい数だな。


 先が見えないぞ……」



「ほ、本当にここを行くんですか?」




 そこは結構開けた平地で


 先に進むとまた新たに道がある。


 なのでここにいる氷結精霊の大群地帯を


 通っていかなければならないのだが、


 その数は10や100程度ではない。


 数千は軽く超えている。




 氷結精霊は透き通った氷が布のように舞っている存在。


 体の殆どは本体ではない。


 進行方向に進むとき突き出ている丸い部分。


 そこに精霊の本体がいる。




「もちろんよ。


 でないと向こう側へは行けないわよ」



「策があるのか?」



「ええ。単純に私が魔術で道を作るから、そこを走り抜けるの」



「いやいや、一体どれだけ精霊がいると思ってるんだ?


 走っている間にやられちまう!」



「それじゃあ行くわよ。


 あなた、全員に俊足の魔術を掛けて」



「分かった……。


 ケレス デァラ


 ケレス デァラ


 ケレス デァラ


 ケレス デァラ」




 意義を唱えず手際よく魔術を4人に掛けるバムナグ生。


 意味は言わずもがな、俊足、付与だ。




 そして同時に上級魔術の詠唱を始めるヴェロニカ。




「エス ダ ギンペェルス…………………」



「終わったぞ」




 その合図は必要ない。


 なぜかというと上級魔術は呪文を唱えてから


 発動までに多大な時間を要するから。




 それはどの魔術師でも変わらない。


 ただヴェロニカはそれが他よりもっと長い。


 しかしそれはヴェロニカの魔力を放出する力が乏しいから。


 莫大な魔力はあれど、それが弱ければ詠唱の短縮も難しい。




 きっとこんな弱点が無ければ今頃ヴェロニカは


 強力な魔術師になっていたことだろう。




「………レト」




 両手を天に向けその上に完成した


 オークの頭ほどの禍々しく赤黒い塊。


 それはヴェロニカの最後の呪文とともに


 はるか上空へ打ち上がっていき、


 やがて氷結聖霊のいる中心へ落ちていった。

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