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令嬢 梨絵のお誕生日会

アッシュヒル伯爵家の誕生日会の3日前

私は布団の上で目が覚めた。


8歳の誕生日を迎えた私は、今ここでは、一地方の大地主を務める家の娘、片岡梨絵である。

今日は私の誕生日のお祝いにたくさんお客様がいらっしゃると聞いている。

身支度のため、姉やに声を掛けられ支度部屋へ向かった。


今日は祖母のご友人のご息女である富貴子様もいらっしゃる。

高貴なご身分で自由に出歩けないご母堂の代わりに、私も祖母に連れられて富貴子様の所へ通うようになった。

かわいがってくれる綺麗な富貴子お姉さまが大好きで、一緒に過ごすのが楽しい。


新しいもの好きの祖母は、訪問のために普及を始めたばかりの自動車を購入して運転手を雇い、車が通る道が悪いからと、その為だけに道路まで整備したり、農地を潰して土地を大胆に開発していく。

父もまた、周囲に求められるままに資金を提供し、見返りを求めることをしなかった。

資金繰りに奔走していた祖父が亡くなったことで、あっという間に家は傾いた。


7歳で学校に通うようになって、周囲から家が没落しかかっていると噂で聞いた。

父の秘書や、祖父の相談相手だった出入りの書士に纏わりつき、祖父の遺品整理の日に、大切にしている切子のグラスを落として割ったところを目撃したので、私が割ったことにする代わりに財産の事を色々教えてもうことを提案した。

財政については、私が次期当主なのだから知ることは必要なのだ。

グラスについては、私が急に大きな声を掛けてびっくりして落としたのが原因だから、私が割ったようなものだ。

状況説明が足りないだけで嘘は言っていない。

脅されていると勘違いするなんて、心外だわ。



つい先日、ようやく財政問題に目を向けざるを得なくなった祖母と父は、資金援助を目的として私の縁組を画策することにしたようだ。

お誕生日会という建前の、お見合いの席を設けたのである。



誕生日会当日。

婿養子候補を擁するご家族方と、高貴なお家柄への取次ぎを求めるご家族方が集っている。

道路まで整備されている利用価値のある広大な土地に、御しやすいであろう次期当主である幼女、高貴なお家柄との繋がり。目先の援助など、後に得る利益を考えれば安いものだ。

家督を継げない裕福な家の次男、三男はこぞって私へ祝いの言葉を口にする。


そんな中起った突然の大絶叫。

「お前みたいな顔の女は嫌だっ!!!」


御付きらしい男性に腕を引っ張られるようにして目の前に座った宮井幸三郎は、仰け反るほど顔を背けながら「おめでとうございます」と告げて祝いの品を私に差し出した。

私が「ありがとうございます」と受け取った瞬間の出来事だった。

肩を怒らせ、うっすらと目に涙を浮かべて真っ赤な顔で私を睨んでいる。


あまりのことに言葉も出ない私は、薄い微笑みを貼り付けたまま固まってしまった。

暴言に対しても眉一つ動かさない私に、幸三郎は一瞬怯んだものの、こちらを睨んだまま固まっている。

慌てた御付きが愛想笑いを浮かべながら孝三郎を引っ張って下がっていった。

私はまっすぐ前を向いて幸三郎の背中を見送った。


大絶叫の幸三郎の御父上である宮井藤吉は、いくつもの会社を経営している切れ者として有名で、招待に応じて参加した中では一番の資産家である。

上手くいけば、両方の利害が一致した理想的な縁組だったはず。

幸三郎は三男だ。これで婿がねとしての未来はない。


その後、お開きになるまでの事はあまり覚えていない。

ただ、俯かず、微笑みを絶やさず立っていられた事には、自分で自分を褒めたい。

(付け入る隙を見せてはいけない。周囲の思惑通りに話題を提供する行動なんて絶対にしないわ。)


何度か目が合った富貴子お姉さまは、その度に花がほころぶような笑みで頷いて下さった。



お客間をお見送りした後、自室で犬のしろを膝に置いて呆然と座っていると、襖がそっと開いて富貴子お姉さまがお見えになった。焚き染めた香がふわりと上品に香る。

何も言わず寄り添い、そっと私の手を取っておっしゃった。

「今日のあなたを誇りに思うわ。よく頑張ったわね。あちらで3日後に同じことが起こるのでしょう? さあしっかりして、一緒に仕返しを考えましょう! それと、梨絵を悲しませた幸三郎をこのままにはしておかないわ。」


私の優しい富貴子お姉さまも、とってもお強いのだ。


姿かたちが全く違い、まるで異世界の二つの世界だが、私を取り巻く状況はほぼ同じである。

そして、事が起こる3日前にこちらの世界で体験するのだ。

3日の差は、誕生日の差だと気づいたのは5歳くらいの事だった。

そのことを知っているのは、富貴子様とバーバラ様だけだ。

お二人とも初めてお目にかかってすぐの頃に、まだ小さな私の話を真剣に聞いて下さったのだ。

美しく強く気高いお姉さま方に守られて、安心できる幸せをかみしめる私はまだ幼く、

両方の世界での役割を思い知るのはもう少し先の事である。


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