エピローグ
「……でさ、地方のCD置いてくれてる小さい……クィーンズとかじゃなくってさ、個人商店みたいなさ……」
「あ」
五月二十四日。
Grand Crossのファーストシングルが明日発売されるにあたって、レコードショップやラジオ局をプロモーションで引きずり回されていた俺たちは、夜になってブレインの会議室に辿り着いた。こっから今後の打ち合わせをして、多分それで今日はおしまい。
会議室に入って、壁にかかった時計が目に入った俺が小さく呟いて足を止めると、和希がふっと笑って中に入っていった。
「もう、出発したかな」
「ちょうど出発したばかりなんじゃない」
なつみは、今日の二十時五十五分の飛行機で、オーストラリアのケアンズ空港へと出発すると聞いている。
今の時間は、二十一時。
「今、どこら辺飛んでるのかなぁ」
会議室に足を踏み入れて、窓際に向かう。
見上げる空は暗くて、飛行機の灯りはどこにも見えない。
「見えないよ、こっからじゃ」
「そっか」
下北沢『ROUTE』でのライブの後、なつみは俺たちの前には姿を現さなかった。だけどその夜、和希には電話があったらしい。
俺にはその翌日、電話が来た。
――声をかけようかとも思ったのよ。でも泣いちゃってぐちゃぐちゃで、あんまりだったからとても顔を合わせられなかったんだもの……。
そう言って、なつみは少し恥ずかしそうに笑った。
――いろんなこと考えて、そりゃ落ち込んだり、傷ついたり、泣いたりもしたけど……でも、和希がわたしのことを、わたしと同じ意味ではなかったとしても、大切に思ってくれてたのはわかったから。
――未来のビッグ・アーティストが、わたしの為に曲を作ってくれて、特別限定で披露してくれたんだものね。ゼータクだわ。
今は、それで十分……となつみの笑い声はふっ切れているように感じた。
俺も、和希も、なつみの見送りには行っていない。
仕事があると言うのもあるけど、それだけじゃなくて。
なつみに、「来ないで」と言われているから。
「元気にやってけるといーな」
「やってけるだろ。元々……いろんな意味で有能な人なんだから」
見送りに来られると未練がましくなっちゃいそう、と冗談めかして言ったなつみは、最後にこう言っていた。
――これで最後じゃ、ないから。せっかく……和希だけじゃなくて、啓一郎や一矢や武人……もちろん美保も、みんなと出会って、知り合って、一緒に過ごして……。ここで、終わりには、したくないから。
――戻って来たら、またいつでも会えるわ。笑顔で、再会出来るわ。だから……
――……頑張って。
「さーて。仕事頑張るかぁ」
「まだ仕事頑張る気なの?」
「……仕事があるからこうして事務所に来てんじゃないの?」
「でもこんなん見たら、やる気失せるなぁ」
一矢が、視線を落としていた雑誌をテーブルの上に放り出す。
気になる、と言ってここに来る途中でコンビニで買ってきたモノ。
「しょーがねぇじゃん」
「そ。それはそれとして、こっちはこっちで頑張らなきゃね」
「お待たせー。打ち合わせ、しよーかー」
さーちゃんと広田さんが連れ立って入ってくる。
テーブルに向かう形で椅子に腰を下ろした俺は、視界の隅でちらりと一矢が放り出した雑誌に目を向けた。
(まだまだ向かい風、かな)
だとしても、しょーがない。
自分で、自分たちで選んだ道だから、障害があれば乗り越えなきゃならない。
――向かい風なら追い風に変えていこうよ。
いつかの和希の言葉。
嫌なこともある。
キツイこともある。
それはこれまでも、そしてこの先はきっともっと。
でも……。
――音楽やってて、嫌なことばかりじゃないはずでしょ。
音楽を通じて出会った人や出来事、その全てを自分のものにして、糧にして、強さにして。
(負けるもんか)
まだまだ勝負は、これからだ。
――――――――――――――LUNATIC SHELTER ファーストシングル初回プレスセールス
16位 ランクイン
>>to be continued