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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
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第15話(4)

 師匠が隣の女の子に顔を向ける。彼女は、パンフレットに目を落としながら答えた。

「ええとね……last-memoryってありますよ。DOUBBLE FOXって言うのはちょっとないみたい」

 何だ、出展アーティストじゃないのか。

 まあライブに出るようなら、こっちだって事前に気がついただろうけどさ。確かに。

 少し残念に思いながらも、そっちのブースに足を向けてみる。ブースで一人店番をしていたおねーさんが、慌てて顔を上げた。

「いらっしゃいませー」

「どぉも」

 一般客じゃないから交わすべき挨拶はどちらかと言えば「お疲れさまです」なんだけど、出演者だと名乗るのも馬鹿馬鹿しく、俺も素直に頭を下げた。

 レーベルブースをこうしてぐるっと見回してみると、何となくこう……レーベルごとの格差みたいなものを失礼ながら感じる。

 物販をいっぱい持ってきてて、金かかってるポスター貼ったりポップ立ててたり、果ては小型テレビを持ち込んでPVを再生してたりすると、やっぱりでかい、アクティブなレーベルには見えるし、反対にただ出展アーティストのタイトルを数枚長机に置いたまま店番さえいなかったりすると……うーん。

 その点で言えば、DOUBBLE FOXのレーベル――トムズは、そこそこちゃんとしてるレーベルのように見えた。何アーティストかカタログや物販が用意されてて、センスも悪くない感じで。

 俺が黙ってぶら下がっているTシャツに目を向けていると、店番のおねーさんが椅子から立ち上がった。

「DOUBBLE FOX、知ってるんですか?」

「うん」

「ごめんなさい、今日は来てないんです」

「ん。そうみたいですね」

 頷きながら、CDを一枚手に取る。八曲入り1,300円。

 ジャケ写は、イラストだ。モノデザインみたいな感じで、車輪。シンプル。

 DOUBBLE FOXのヴォーカル内海くんは、確か自分でこういうジャケットのデザインとかもやってたはず。多分コレを描いたのも内海くんなんだろう。

 裏返すと、小さくメンバーが横一列に並んでいるアー写があった。妙に懐かしい気がした。

 自分が今こうして、音楽で……まだ、食べて行けてはいないけどその足がかりを掴んで、サポートしてやろうって人や企業があって。

 その一環の、同じ流れの中で、そこを目指していた頃一緒にやっていた奴を見つけると言うのは、少しくすぐったい。

「下さい」

 手に取ったDOUBBLE FOXのCDを差し出す。おねーさんが微笑んだ。

「ありがとうございます。1,300円です」

 言われた通り、財布をまさぐって金を取り出しながら、おねーさんをちらっと見る。

「内海くん、元気ですか」

「ちょうどですね、ありがとうございます。……元気ですよ。今、地方にツアーに出ちゃってて」

 俺から金を受け取りながら、答えるおねーさんが笑顔のまま首を傾げる。

「もしかして、アーティストさんですか?」

「はは……一応」

 財布をポケットにしまいながら、受け取ったCDで左手の手のひらをぽんぽんと軽く叩いて笑うと、おねーさんが少しバツが悪そうに小さく舌を出した。

「あら、やだごめんなさい」

「いえいえ」

 慣れてますから。って言うか、俺ごときの顔知ってたらこっちが驚くんで。

「まだ、ちゃんとデビューしてないし」

「そうなんですか?」

「はい。今日ライブ出るんで、良かったら見に来て下さい」

 紛れて営業する俺に、彼女が笑う。

「ぜひ。どこのレーベルさんから? いつデビュー予定ですか?」

 インディーズレーベルのイベントで、メジャーレコード会社のソリティアですとはだいぶ言いにくい。

「いや……ロードランナー絡みで」

 曖昧に言葉を濁すと、彼女は「そうですか」と俺に答えてから続けた。

「内海くんて、いろいろDOUBBLE FOXを引っ張っていく為にいろんなこと企画してくれるから、ウチも結構助かってますよ」

「へえ」

「小さな会社ですからね、インディーズなんて。大概。アーティストさんが積極的だと助かりますよ」

 そう言って彼女は小さく舌を出した。

 トムズのブースを離れ、ロードランナーの方へ戻る。武人が俺の手元のCDを見て笑った。

「買ったんですか」

「うん、買っちゃった。俺らが知ってる曲も結構入ってるよ、これ」

「ふうん。後で貸して下さい」

「うん」

 頷きながら、不意にポケットで振動を始めた携帯に手を伸ばす。ぶるる、ぶるる、と言う規則正しい振動に、ディスプレイに視線を落とした。電話。

「あ、もしもし」

「こんにちわー」

「ついた?」

「つきましたー。今ね、入り口の階段降りた辺りにいるの」

 茜ちゃんだ。

「了解。今行くよ」

「はーい」

 通話を切ると、首を傾げてこっちを見る武人に答える。

「茜ちゃん」

「ああ、ついたんですか?」

「うん。インビ渡しに行かなきゃ。武人、どうする?」

「んじゃ行きます」

 俺らのライブに来たいと言ってくれていた茜ちゃんを、四月のバンドナイトの時に『MUSIC CITY』に誘ったんである。関係者ではあるし。

 ただ、その時はまだ俺らの手元にインビが届いていなかったんで……ちなみにインビってのは、インビテーションって言う、まあいわゆる招待状だ。スタッフパスとは違うから楽屋までは行けないことが多いけど、比較的融通の利くパスになっていることが多い。要はタダ券。

 それを茜ちゃんに渡すことが出来なかったので、じゃあ当日ついたら迎えに行くから連絡してよと言うことになっていたわけなんだけど。

「んじゃね、師匠。また後でね」

「頑張って下さい」

 ひらひらと手を振って、ロードランナーのブースから離れる。小屋の外に出ると、五月の太陽が目に眩しかった。そろそろ少しずつ暑くなり始めている。

「どこにいるんです?」

「入り口んトコいるみたいだよ」

 当たり前だが、このイベント会場に入るのに事前申込のチケットがいる以上、イベント会場入り口ではチケットを確認する。

 屋台の旨そうな匂いに鼻をひくつかせながら人ごみの中を歩いていくと、武人がふと足を止めた。

「どした?」

「……あれ」

 あれ?

 武人の視線を辿っていく。瞬間、小さく「えぇ?」と言葉が漏れた。

 雅美ちゃんとなるやちゃんだ。

「来てたんですか?」

「知らない」

 和希たちが向かったライブスペースの入り口の階段で、並んでしゃがみこんでいる姿が人の間に見える。

「……」

「……」

「……俺、ブースに戻ろうかな」

「たーけーと」

「だってつかまりそうだもん」

 つかまるだろう。

「ファンサービスも立派な仕事っ」

 そりゃあ俺だって及び腰だけどっ。

 足を止めたままでそんなことを言っていると、不意に雅美ちゃんが弾かれるように顔を上げた。しまった、見つかった。

 ……いや、別に嫌いなわけじゃない。応援してくれる感じはあるから、ありがたい。

 だけどちょっとコワイ。

 こっちに向かって大きく手を振るので、仕方ない、武人と並んでゆっくりそちらの方へ歩き出す。

「和希さんたちとか会ったんじゃないですか?」

「さあ」

 俺の返事に武人は無言で応えて、屋台に目を向けながら思い出したように口を開いた。

「そう言えば、例の、『ペルソナ』」

「あ、うん」

「加賀が知ってましたよ」

「えっ?」

 加賀って……美冴ちゃん? 由梨亜ちゃんの親友だ。

 思わず足を止める。俺と美冴ちゃんの間のささやかな出来事を知らないだろう武人が屈託なく「うん」と頷き、つられたように足を止めて振り返った。

「ってほど詳しくは知らないみたいだったけど、聞いたことあるって言ってました。ほら。加賀もアマバンとかそういうメジャーじゃないアーティスト、詳しいでしょ?」

 そう言えば、美冴ちゃんのお姉さんがそんなようなこと、言ってたな。随分前に。

「だから聞いてみたんですよ。そしたら何か……特定の誰かとかグループを指すわけじゃなくて、『そーゆー人種』を一括で言うみたいですね。だから特定の誰って言えるわけじゃなくて、どこのバンドもメジャーに足かけた時に多かれ少なかれある話で……いわゆる『グルーピー』化してるファンみたいなの。あわよくば売れちゃう前にお近づきに的な」

 ……はあ。

 そこまで言って、武人は「女の子って怖いな」とぼそりと言った。

 ふうん……。

 『そういう人種』―― 一層区別なんかつくかよ……。気をつけよーがねーじゃん。

「ま、だから、誰がどうとは言えないし、近づいてくる女の子は増える時期だろうし、強引なのが元々の性格なのか、タチの悪い『ペルソナ』かはわからないって」

「ふうん」

「ただ、『ペルソナ』のファンはあくまでも音楽優先じゃない……アーティスト本人に対する興味だから、『でも俺たちの応援してくれるのは一緒でしょ?』って他のファンと同じ意識で接して優しくしてるともめごとの原因になるかもしれないって言ってました。『ペルソナ』は、狙ったアーティストを落とせないってわかった時点で他の手頃なアーティストに乗り換えるファンだよって。……啓一郎さんのこと心配してましたよ」

「俺?」

「ファンを大事にするのも大切だけど、見境ないファンの典型図が『ペルソナ』だからって」

「……」

「素直に受け止めて素直に優しくしてると、あゆなさんにふられちゃいますからね、との伝言です」

 く……。

 反論出来ずに顔を顰めながら、足を再び動かす。武人も再び歩き出しながら雅美ちゃんたちの方に目を向けた。

「しっかし、チケットないとか言ってませんでした?」

「言ってたね。どうしたのかな」

 別に、悪いコだとは思わないんだけどね。

「こんにちわー」

 近付いていく俺たちに、階段から立ち上がったなるやちゃんが挨拶を口にする。雅美ちゃんも満面の笑顔で、胸元に寄せた両手を激しく振った。

「来てくれたんだ」

「来ちゃいましたー」

「お疲れ様です」

 武人のビジネスライクな挨拶も何のその、お構いなしに跳ね上がるように立ち上がった雅美ちゃんがにーっと白い歯を見せた。

「友達がチケット譲ってくれて」

「へえ? 凄いね」

「メールしようかなって思ってたトコだったんですよぉ」

 はは……やっぱり?

「そう?」

「クロスってまだ先なんですね」

「そう。十六時から。結構まだ時間ある」

「もう喉は大丈夫ですか」

「うん。ありがとう」

「ドコ行くトコなんですか?」

 雅美ちゃんに尋ねられて、俺は会場の少し先、人ごみのまだ向こうを更に左手に折れる方に目を向けた。

「ちょっと知り合いが来てるから……入り口まで迎えに」

「えー。カノジョだったりしてー」

 雅美ちゃんが探るように冗談ぽい笑顔で俺を見上げる。それに苦笑を返しながら否定をした。

「違うよ。仕事関係者」

「へえ」

 答えながら、ふと二人が首からぶら下げているパスケースに目が行った。……えっ?

「関係者に知り合いでもいんの?」

 思わず尋ねる。

 今回のこのイベントのチケットは、一般客は『当選ハガキ』だったはずだ。ハガキ一枚で二人入れるよってやつ。

 だけど雅美ちゃんとなるやちゃんが首からぶら下げているのは、当然ハガキじゃない。俺が今から茜ちゃんに渡そうと思っているのと同じもの――インビ。

「あははー。そういうわけじゃないんですけどぉー」

 俺の視線に気づいて雅美ちゃんが笑う。……いや、そういうわけじゃなかったらそれ持ってるのおかしいし。

「ま、いろいろとツテがあって。おかげでクロスのライブ見れるからラッキーですー」

「あ、うん……」

「でもホント、今日っていっぱいいろんなバンドさんが出るんですねー。しかも結構その辺、出演者の人がフツーにうろうろしてるみたいー」

「ああ、そうみたいだね」

「何かちょっとわくわくしちゃいますー。あ、何か啓一郎さんたちもライブ見たりとかするんですか」

「そのつもりだけど……」

「さっき和希さんをちらっと見かけてー。声かけたかったんだけど、まだ話したことないし、あたしたちが誰かわかんないだろうなーって思って迷ってー」

「啓一郎さん、あんまり待たせると悪いんじゃないですか」

 なかなか雅美ちゃんから逃げ出せない俺にしびれを切らしたように、武人が横から助け舟を出してくれた。

「ああ、そうだね。ごめん、それじゃあ俺たち行くから、楽しんでってね」

「はぁい」

 なるやちゃんが、雅美ちゃんの後ろでそっと申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさい、迎えに行くのに足止めさせちゃって」

 そう謝罪されると、何だかこっちが申し訳ない。せっかく来てくれたのにって気になってしまう。

 歩き出しかけた足を止めて、なるやちゃんに笑顔を向けた。

「そんなことないよ。こっちこそせっかく来てくれてるのにごめんね」

 俺の言葉に、なるやちゃんがほっとしたように白い歯を覗かせた。

「良かった」

「うん。……じゃあ、また後で、見かけたら声かけてね」

 などとつい言ってしまうじゃないか。

 雅美ちゃんとなるやちゃんから離れて入り口の方へ向かう俺に、並んだ武人が小さく呟いた。

「愛想いーなー」

「お前がなさ過ぎ」

「そうですか?」

「前に和希も言ってたろ。広田さんに『親しみやすいのが君らの強みだ』って言われたって」

「言ってましたけどねー。その辺はセンパイ方にお任せしますよ」

「オマエなあ」

 出入り口付近は、チケットの確認とかをされるだけあって混雑が凄い。スタッフ用に作られている柵で区切られた通路の方に足を向けながら、俺はちらりと背後を振り返った。

 曲がった角の向こうにいる雅美ちゃんとなるやちゃんは、もう見えない。

 ……二人が『ハガキ』ではなく、関係者用のインビテーションを持っていたことが、何だか妙に、引っ掛かった。











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