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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
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第15話(1)

 耳元でコール音が繰り返される。

 黙って聞いていた俺は、それが留守電に変わるのを聞いて通話を切った。

 ため息をついて、ごろんとロフトの布団の上に転がる。見上げる天井が近い。

 ちょっと、予想もしていなかった憂鬱な事態に陥って、困惑している。

「嫌われたか?」

 小さく呟いて、携帯のディスプレイをただ眺めた。

 あゆなと、連絡が取れない。

(どうしたのかな……)

 ここんとこ繰り返した呟きを、また胸のうちで繰り返す。

 二週間の遠征から戻って早一週間が経とうとしていた。

 遠征中の二週間、あゆなと電話で話す機会はなかったから、かれこれ三週間は、あゆなとまともに連絡を取っていないことになる。

 メールくらいは、ちょいちょいしてたさ。だけど、遠征中は電話をかけるような余裕はなかった。時間的な問題だけじゃない。俺の精神的な問題として。

 そりゃあ必死になって電話かける気でいればかけられたけど、何て言うのかな……そういう気になれなかった。神経の全てが、仕事の方に向いてしまっていて。

 ……それがいけなかったのかな。

 東京に戻ってきてからの一週間、何度かあゆなに電話をかけてみたけど、コールバックはなかった。『電話に出られなくてごめんね』という内容のメールが二度ほど来たきりだ。

 それが、俺を凄く不安にさせる。

 東京に戻って来たら、あゆなに会いたいと思っていた。

 あゆなも、そう思ってくれていると、思っていた。

 違ったみたいだ。

「いきなり過ぎだろー……」

 力なくロフトに転がったまま、ぼんやりと天井を眺めて呟く。

 遠征に行く前には、不安なんて何も感じてなかった。一緒にいて、あゆなが俺を好きでいてくれていることに疑問は微塵も感じなかったし、そのまま遠征に出た俺は、連絡を取らない期間中も疑問なんて感じなかった。

 だけど、戻ってみたら、コレだ。

 どういうことだよ。さっぱりわからん。

 そりゃあ、不安そうな感じ、寂しそうな表情ってのは見てる。知ってる。

 だけどそれはあゆなが俺を好きでいてくれていればこそだと思っていたし、だったら会えない期間を過ぎれば会いたいと……会ってくれると思うじゃないか。

 なのに連絡が取れなくなるって、それは唐突と言うものじゃないか。

 それとも何かあったんだろうか。事故とか。

 少し考えて心配になるが、すぐにそれはないと打ち消した。

 俺とあゆなは、完全に二人だけ独立している関係じゃない。俺の周囲の人間とあゆなが友達であるように、俺もあゆなの友人たちを知っている。もしもそうであれば、誰かから連絡の一つもあって良さそうなもんだ。

(何か、嫌だな)

 少し、昔のことを思い出した。

 初めて付き合った彼女のことだ。

 中学生の時、俺は彼女の友人のことが好きだった。だけどいろいろあって上手くいくことはなく、代わりにっちゃあナンだけど、俺のことをずっと好きでいてくれてたという彼女の友達だった人と付き合い始めた。

 そもそも俺もよく知っている人だったし、友達と言える間柄だったし、道行く男が振り向くような綺麗な人で。

 だけど……中学を卒業して別々の高校に通い始め、やがてバンドに夢中になった俺は、次第に彼女と疎遠になった。

 相手が好きになってくれたから付き合い始めたけど、俺はそれほど彼女に夢中にはなれなかったんだ。バンドや男友達といる方が楽しかった。放っておかれる彼女の気持ちを考えてやれなかった。

 その結果が、相手の浮気と破局だ。

 別れた直接の原因は、俺が浮気現場を目撃しちゃったことだろうけど、間接的な原因は俺がバンド一辺倒になってっちゃったことだろう。バンドをやる為に始めたバイトもそこに含めて。

 彼女を省みてやんなかった俺との関係が寂しかったと、その人は言ってた。嫌いになったわけじゃない、ただ寂しかったんだと。

 とは言っても、俺だって浮気現場に遭遇して許せるほど大人じゃなかったし、今だって多分無理だし、大体それでもやり直すほど最初から彼女に夢中になれたわけじゃなかったから、それはそれで……終わったんだけど……。

 ……今。

 俺が同じ過ちを繰り返していないと、どうして言えるだろう。

 別に浮気してんじゃ? とかって疑ってるってわけじゃなくて……それはないと信じてる。信じたい。

 だけど、バンドに必死で放ってるのは同じで、それが寂しい思いをさせてるのはそうだろうって気もするし、それが嫌で俺から離れることを考えたって、おかしくない、じゃん……?

 そう思うと、怖くなった。

 わがままなんだよ。わかってるんだ。

 クロスのことは譲れない。夢中になってる時には、あゆなに連絡取ることさえ煩わしい。

 だけどそれさえも俺だと思って欲しい。

 あゆなを失いたくない。……それは、今、切実に。

 けれどそれは、与えられるばかりで与えようとしていない――あゆなに「我慢してよ」って言っているのと同じことなんだ。

 ……自覚はある。

 あるからこそ、怖い。

 手の中に持ったままの携帯を開き、あゆなからもらったメールを眺めた。

 あゆなのメールは、冷たいとか怒ってるとかって感じではない。むしろ優しい気遣いすら感じられる文面ではある。

 だけど、どこかよそよそしさを感じるのも事実だった。

 こっちに戻ってからの一週間、俺だって暇だったわけじゃない。仕事もあるし、バイトもあるし、それなりにバタバタしているのは相変わらず。

 だけど、会おうと思えば会えたはずなんだ。

 だけど会えていない――『会おうとしてない』ってこと、なんじゃないか?

 俺のせい?

 二週間も放りっ放しで東京を離れていた俺のせい?

 愛想を尽かされたんだろうか。だけどごめん、本当にそうだとは思っていないような気がする、俺。

 だってあゆなは、俺のことをよく知ってるんだ。知ってる、はずなんだ。最近になって突然俺が変わったわけじゃない。バンドに全神経がいっちゃうことくらい、あゆなには理解出来てるはず。なのに今更その理由で? と却って疑問だ。

 そもそもこれが甘えなのか? 付き合い始めたらその時点で、今までとは打って変わって彼女第一にならなきゃいけなかった? そんなの無理だよ……。

 だけど、三週間連絡を取っていないと言うことは、その間に嫌われることをする理由がない。原因の作りようがない。

 それとも、何かあるんだろうか。

 俺に思いつかないような理由。

 俺のいない間に?

 何が起こりようがあるんだよ……。



 ……映画の試写会の日から三週間。

 会いたい……。


          ◆ ◇ ◆


 俺は多分、馬鹿なんだろーな。やっぱり。

「啓一郎、何かリクエスト、ある?」

「ノリ明太」

「渋いとこ行くね」

「んー。何かもう、揚げ物とか飽きた……」

 リハスタの隅で携帯をいじっていると、一矢に声をかけられた。唇を微かに尖らせながらメールの返信を試みている俺に、軽く吹き出す。

「また?」

「また。……俺、メル友じゃないんれすけろ」

「仙台まで来てくれるよーなファンなんだから、大事にしたって。……『しっしょー』。行こうー」

「その呼び方やめて……」

「じゃあフジさん」

 もっとやめて、と肩を落としながら藤野さんが一矢に続く。どうにも『富士山』を思わせて嫌らしい。

「んじゃよっしー。ヨシーキ。フジーノ」

「どれも嫌だ」

 ゲネプロの間、さーちゃんは別の仕事で外出していることも多く、必然的に藤野さんと遭遇する率と言うのが上がった。

 となれば、年もさして離れているわけではなし、ついなし崩しに呼び方や口調が崩れ、藤野さんは最後の抵抗を細々と試みている。

 藤野さんのあだ名は『師匠』で定着していきそうだ。

 と言うのも、藤野さんはものすごーくマメな人だと言うことが判明した。細かなところまで行き届いた気遣い、放り出したジャケットは油断するとハンガーにかけられ、「あれ持ってない?」と尋ねればそれが何であれ概ね藤野さんが持っていないことはなく、撤収しようと思えば既にゴミは綺麗に片付けられた後だったりと、とにかく一歩先を行く。

 それに感銘を受けたさーちゃんが「今後『師匠』と呼ばせて頂きます」などと言い出したのがきっかけで、藤野さんは俺たちの中の師匠になりつつある。

「俺、蕎麦でも食いに行こうかなあ」

 このゲネプロから参加してくれているマニピュレーターの境さんが、独り言のように呟いた。

 俺たちの中では飛び抜けて年上の32歳だが、一見しては年齢不詳な感じなので、強烈な違和感はない。細面にフレームのない眼鏡をかけた、教授めいた知的な雰囲気の人で、勢い『教授』と呼ばれてしまっている。

 そんなのほほん路線の教授だが、趣味でヴィジュアル系パンクバンドをやっているらしく、そっちでやっていることはかなり強烈という意外性を持つ人だ。

「あ、『しな吉』行くんですか? 俺も行きます」

 ゲネスタのスタッフの鳥居さんと教授が出て行くと、メールを終えた俺は携帯を閉じた。黙々とベースのピックアップを取り外していた武人が、床に直接あぐらをかいたまま俺を見上げる。

「すっかり仲良くなりましたね」

 なってねー。

「俺、どうしてあげるべきなの?」

 俺がげっそりと返信をしていた相手は、残念ながらあゆなじゃない。雅美ちゃんだ。

 先日の福島での路上をやるだのやらないだのって話で、非常に迷うには迷ったんだけど……。

 ……俺の携帯からメール、したんだよな。

 元々クロスは、ライブでアドレス教えてくれた人とかにメールでライブ告知したりはしてた。ウェブサイトを立ち上げると同時に、インフォメールアドレスを取得していたわけだ。

 だけど、事務所が正式なサイトを立ち上げてくれることになってからは、そのアドレスも使用停止になっちゃってるし。

 代わりに、事務所がちゃんとメルマガ配信用のアドレスを取得してくれたから、さーちゃんに言ってそういうアドレスで送ってもらおうかとも思いはしたんだよ。無言電話の前例もあって、嫌だし。

 だけど、彼女たちは別に登録したわけじゃないのに、それこそ俺が勝手にそういうとこに教えるわけにはいかないじゃん。

 大体、そんな大袈裟な話でもないじゃん? ライブやるんなら教えてって、そんだけの話じゃん? 俺ら、そんないろいろ警戒するレベルにいないじゃん?

 ……と開き直り、一人は良くない気がしたので、雅美ちゃんとなるやちゃんの二人にライブ中止メールを送ったんだよ。

 別にそれで終わりじゃん?

 ささやかな話じゃん?

 が。

 その翌日から雅美ちゃんの、メールによる猛攻撃が開始されたんである。

 別に、何を送ってくるわけではない。確かにそう。でもだからこそ。

「……俺に、ラ・カフェのマロンパフェがおいしかったって報告されても、俺、困っちゃうんだけど」

 と言うわけだ。

 送ってくるのはささやかな内容、短いメール。まさかの逆メルマガな気分。

 普段……それこそあゆなにさえろくにメールをしない俺からすれば、「んで、俺にどう食いついて欲しいの?」と尋ねたい。

 深い意味はないんだろう。メールが好きなのはわかる。そういう女の子は多分多いんだろう。

 でも俺……困るなあ。

 と言って完全にシカトするわけにもいかなくて、放っておくとたまっていく意味不明なメールにまとめて返事をする羽目になる。

 ピックアップを外し終えた武人が、笑いを飲み込むような顔で口を開いた。

「いちいち答えるから、また来るんですよ」

「シカトは出来んでしょ」

「俺ならしちゃうなー」

 薄情な奴。

「そもそも教えないけど」

 お前が頑としてそういう態度だったから、犠牲になった俺がこの苦境に陥っている。

「もう一人の人はメールして来ないんですか?」

「なるやちゃんの方? ないね。ってゆーか、それが普通でしょ? あー、もう、あんたは俺の彼女かーい」

 つーか、肝心の彼女は最近さっぱり音沙汰ナシなわけで。ため息駄々漏れ。

「なーんか不自然ですよねー」

 新しいピックアップを手の上に弾ませながら、武人がぼそっと言った。無言でそちらを見る俺に、武人が目を向けた。

「だって不自然でしょ。強引な感じしません? 何か」

「……そう?」

 武人の顔を眺めていて、俺は以前広瀬に聞いた話を思い出していた。『ペルソナ』とかいう人たちの話。

 口止めをされたから、あの時広瀬に聞いた話はメンバーの誰にも話していない。でもやっぱり、俺個人の問題じゃないし、メンバーには話しておいた方が良いように思う。

 広瀬がファン同士の派閥みたいなもんに巻き込まれて引っ叩かれたんだって話をしなければ、いーよな?

「実はさ」

 少し迷って、俺は武人に、以前広瀬に聞いた話を伝えた。もちろん広瀬が引っ叩かれた話は省いて。

 簡単に話し終えた俺に、武人が知的な雰囲気を滲ませる目元に驚いたような色を浮かべる。

「何すか、それ。『ペルソナ』?」

「うん」

「変な人種もいるもんですねえ」

 小さく呟いてからため息をつく。

「だったら、気楽にメールとかしたら良くなかったんじゃないですか?」

「そうかな」

「だって、マキさんとかだって、メンバーの連絡先を個人的に知ってたりはしないでしょ」

「まあ」

「紫乃さんに言われたんでしょ。気をつけろって」

「うん……でも別に、何されるわけじゃないし」

 そりゃそーですけどねー……と呟きながらピックアップを取り付ける武人の手元を眺める。

 つい煙草でもくわえたくなったが、先日喉を潰した一件以来禁煙を志したことを思い出して、誤魔化すように天井を仰いだ。ごん、と寄りかかった壁に頭をぶつける。

「どしたの、急にピックアップいじっちゃって」

「このピックアップ、何かちょっと音が甘い気がして。もう少しパワー感が欲しいから、バルトリーニやめてセイモアダンカンにしようかなとか……」

 そう俺に答えながら、顔はピックアップに向けたままで武人はぼそりと呟いた。

「少し、調べてみよーかな……」

「調べる?」

「てほどでもないですけどね」

 聞き返してきょとんと武人を見る。

「気になると、気になっちゃうタチなんですよ」

 そう言って武人は笑った。

「俺も、興味あるから。『ペルソナ』ってのについて何か知っている人がいるかどうか、軽く聞いてみます」


          ◆ ◇ ◆


「♪て、て、てててて~……で、ベースが♪でででででででで……って来てさ……」

「うーん。やっぱ上のラインは♪てれてれてれてれ……って下がる方がかっこいーんじゃないの」

「でもそれありがち」

 このところ仕事と言えばゲネプロで、それが終わってから俺と和希、それからさっきまでは一矢で嶋村家のスタジオで、今度録る音の続きを作っていた。







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