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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
59/69

第14話(3)

「だよなあ」

「ラストも打ち込みなしだし」

「でも『KICK BACK!』ならなきゃないで何とかなるから……」

 やっぱ問題は打ち込み多用の『Crystal Moon』。

 あんまり客を放っておくわけにはいかない。早く結論を出さなきゃ。

 焦る。でもないもんはないから、ないなりにやるしかない。

「俺が、何とか打ち込みカバーで弾くから」

 和希がため息混じりに提案する。

「そっちはそっちで、適当に合わせて」

「了解」

 予定していた音が出せなくてステージ上で何とかしなきゃってことは、ないわけじゃない。

 ないけど、こうもほとんどアドリブで構成する羽目になることはかつてない。

「お待たせしました」

 トラブってんのは誤魔化しようがないから仕方がない。

 だけど、内心の不安は見せちゃいけない。

「作戦会議終了です。ぶっつけ本番、二度と聴けないライブアレンジ」

 笑顔で。

 自信持って。

 大丈夫。

 ……いつものメンバーが出す音なんだから。

「聴いて下さい。……『Crystal Moon』」


          ◆ ◇ ◆


「……」

「……」

「……」

「……」

 ライブ終了後の楽屋。

 トリのバンドが出て行くのと入れ違いに器材を持ってなだれ込んだ俺たちは、各々精神的疲労のうちに沈み込んでぐったりしていた。俺について言えば、そこに更に喉の痛さが拍車をかけている。

「いろんな意味で悲惨だったなあー。今日のライブ……」

 ぐったり、から立ち直るべく顔を上げた和希が、床に放り出されたMTRを引き寄せながら呟いた。

「完全にいかれた?」

「どうかな……スタジオで音出してみないとわかんないけど」

 わああーッと言う歓声が届く。それに被せるようにギターの甲高い音。

「始まった」

 もう、MTRが壊れてからの外音や曲のまとまりがどんなんだったかは良くわからない。

「お疲れさま」

 何かこう……『今日のライブ、どうなのよ?』と思ってしまうせいで全員が黙りこくっていると、入ってきたさーちゃんが俺らを見て苦笑いを浮かべた。

 本番の間、さーちゃんは袖やらギャラリーやらをうろうろしたりしてて何か写真を撮りまくってた。撤収を手伝った後、忘れ物がないか下に確認に行ってたらしい。

「……暗いね」

「さーちゃん、ギャラリーから見てた?」

 まだMTRの接触口とかいじりながら和希が目を上げる。片手に持ったデジカメを弄びながら、さーちゃんは屈託なく頷いた。

「うん。見てたよ」

「どーだった?」

「……うーん」

 さーちゃんは立場上、俺らを甘やかせない立場にいるから、その意見や感想は信頼できる。かしゃかしゃと無意味にカメラを切り替えながらさーちゃんが和希に答えた。

「はらはらはしたけどね。結果としては、悪くはなかったと思うよ」

 ほおーっと、ようやく安堵混じりのため息が漏れる。

「そりゃあね、欲を言えばもっと盛り上がりが欲しいなあとか、和希くんのギター、ここはいっそ鳴らさない方がより良かったかもよとか啓一郎くんの声上がりきってないなあとかいろいろあるにはあるけど」

 あああああ……。

「でもそれって結果論でしかないし、あれが完成形じゃなくてライブ上のアドリブだってわかってるから、そこそこ及第点ではあった、かな?」

 たはは……やっぱりいささか雑ではあったらしい。

「でも、お客さんも結構喜んでたみたいだし、いーんじゃない?」

「そう言えばウチの客って、結局どのくらいいるんです」

 ベースをむき出しのまま床に放置して壁に背中を預けていた武人が、聞いてはいけないことを聞く。デジカメをようやくケースに収めて、さーちゃんは思い出すような目つきをした。

「ええとね、招待あわせて四十人くらい、かな」

「え?」

「そんなに?」

「うん。ゲストが十二、三人だから、フリーの客は、三十人前後ってとこかな? 別の地方から来てくれた人も、結構いるみたいだよ」

「東京?」

「うん。東京も多分。別に住所を受付で書かせるわけじゃないから、推測だけど」

「あの、すみません」

 さーちゃんが手近な壁に肩をもたせかけるのとほぼ同時に、楽屋のドアが開いた。藤野さんが顔を覗かせる。

「お疲れでしたー」

「あ、お疲れさま。売上どうですか」

 さーちゃんの質問に、藤野さんがブイサインで答える。

「……え?」

「完売。全部捌けました」

 ……っ?

「嘘ぉっ?」

 喉が痛いのも忘れて思わず立ち上がる。藤野さんは年齢の割にあどけない顔に笑顔を浮かべて笑った。

「まーじですっ! こんな売れるとは思わなかった。もっと持ってくりゃ良かったかなー」

 うわぁぁぁ。

「何でっ?」

「だからさあ、ほら。君らが思うほどひどいもんじゃなかったって。……あ、じゃあもう物販……」

「撤収します。……あ、それで」

 ここに来た理由を今更思い出したように、藤野さんが語調を変える。

「そんでその物販のとこにね、お客さん来てるんですよ」

「お客さん?」

「啓一郎くんか武人くん、いますかって」

 ……?

 まだ床に座り込んだままの武人と顔を見合わせる。こりゃまた妙な名指し……。

「ヤスダくんかな」

 ぽそっと言うと、MTRからようやく顔を上げた和希がそのまま俺を見上げた。

「ああ……さっきの『天文学的確率』で遭遇した貴重な少年?」

「そう」

 招待者名簿に彼の名前を載せる為に、『knock』に移動してくる前に仙台駅歩道橋での出来事は話してある。

「んじゃあ行ってみよーか」

「和希くんと一矢くんも、下、行きなよ。せっかく遠くから来てくれた人だっていんのに、みんながみんなライブ終わりでここにこもってちゃしょうがないでしょ。代わりに俺、田波さんと一緒に細々と撤収してるからさ」

 さーちゃんが和希と一矢に言うのを聞きながら、とりあえず俺と武人は藤野さんについて楽屋を出た。休憩所みたいなスペースになっているそこは、さっきまでは結構人がうろうろしてはいたんだけど、さすがにもう閑散としている。今演ってる最後のバンドが目的なら中に入ってるだろうし、見る気がないならもう帰るだろうから、まあ当然。

「藤野さん」

「んー?」

「持ってきたの、みんな売れたの? その……VAもミニアルバムも」

「うん。売れましたよ」

 階段を下りていくと、さっきまで藤野さんが座っていた物販のテーブルには何もなく、足下に空の段ボールだけが転がっていた。そのテーブルに女の子が二人寄りかかっているのが見える。

 こっちの気配に気づいたのか偶然か、一人がこっちを向いた。つられたようにもう一人もこっちを向く。

 その顔を見て、階段を下りかけた足を止めた。

「……あ」

 目が合ったことに気づいて、二人が笑顔で会釈をした。

「あのコたちなんだけど……知り合い? だよね?」

 先導していた藤野さんが振り返った。曖昧に頷く。

 LINK Rで話しかけてきた人たちだ。武人が微妙な表情で俺を見上げた。

「凄くないですか?」

「え?」

「だって、東京のライブにちょっと試しに行ってみるならともかく……ここ、仙台ですよ?」

「ああ……うん」

「交通費考えりゃ、下手な人気バンドのライブより遙かに高いチケット代ですよ。そこまで好きになってくれたとかならともかく……」

 ……。

「お待ちどおさまー」

 藤野さんが愛想良く彼女たちに声をかける。それから「んじゃ俺、この辺片づけて車に運んでくる」と言い残して藤野さんがその場を去ると、女の子の一人がにこーっと笑った。

「こんにちわー。覚えてますかぁー?」

「あ、うん。LINK Rのライブで会った……」

 覚えてるけど。

「来てくれたんだ」

「見に行くって言ったじゃないですかー」

 うん。それがまさか仙台だとは思わなかっただけ。

 こうして見ると、二人ともファッションとかそこそこお洒落な感じだった。二人して茶髪でカールをかけている。今時っぽいメイクで、素顔は正直良くわからないけど、きっちりアイラインを引いてマスカラには何かきらきらしたのがついてる。

「遠いところ、ありがとう」

 ともかく、わざわざ遠いところまで来てくれたのは確かなので笑顔で礼を言うと、二人は顔を見合わせて笑った。

「あ、名乗ってなかったですよねー」

「ああ……うん」

「これ、良かったらもらって下さいー」

 言って差し出されたのは、名刺。

 別に会社とかのじゃなくて、自分で作るような奴。名前と携帯番号とメールアドレスが入っていて「気軽に連絡してね♪」とか書かれている。

「良かったら、武人サンも」

「はあ、どうも……」

 その名刺によれば、いつも先導を切って口を開く方のコが高山雅美ちゃん。もう一人のコが進藤なるやちゃん。

「なるやちゃんって、名前変わってるね」

 名刺に視線を落として、ふいっと顔を上げながら言うと、なるやちゃんがくしゃっとちょっと控えめな笑みを浮かべた。

「良く言われますー。でも、覚えてもらいやすいんですよ、おかげで」

「そうかも」

「あたしなんかドコとっても普通の名前だから、なるが羨ましいですよぉ」

 雅美ちゃんの方が唇を尖らせて拗ねるように言った。

「なるだけじゃなくて、あたしの名前も覚えて下さいね」

「うん」

 頷く俺の後ろを、和希と一矢が並んで通り過ぎた。さーちゃんにケツを引っ叩かれて下りてくることにしたらしい。雅美ちゃんの目線がそっちを追う。何かを俺に言いかけたところで、和希が会場の出入り口付近で誰かに引っ掛かった。一矢とそこでそのまま話し出す。

「今度、良かったら和希さんと一矢さんにも紹介して下さい」

 二人から目をそらして、雅美ちゃんが笑った。

「にしても凄いですね。どうせ見に来るなら、最初は東京の方が良かったんじゃないですか」

 名刺を二枚とも人差し指と中指で挟んで、自分の顎を軽くぺしぺし叩きながら武人が言う。その言葉に雅美ちゃんが笑った。

「そう思ったんですけどー。東京でのライブって、結構先じゃないですかー」

「ああ、うん、まあ」

「実は、あれからわたしたち、CDを買ったんです」

「え?」

 雅美ちゃんの後ろから、なるやちゃんが控えめに口を挟んだ。目を細める。

「それで、すぐにでもライブに行きたいねってなって」

「仙台もあんまり来たことないし、せっかくだから旅行がてら行っちゃおーってなって」

「そうなんだ。じゃあ今日はどっかに泊まってたりするの?」

 雅美ちゃんとなるやちゃんが一瞬顔を見合わせて頷く。

「仙台駅のそばのホテルに部屋を取ってるんです」

「明日は、ちょっと観光して帰るつもりで」

 そうなんだ。

 それを聞いて、何となく少し安心した。だって何かまるっきり俺たちの為だけに来てくれたんだとしたら……悪いじゃないか。それが今までずっとファンやってくれてるとかならともかく、初めて見に来てくれたんだし。

「何か、せっかく来てくれたのにトラブっちゃって、俺の声もヒサンなことになっちゃってて、ごめんね」

 名刺をポケットにしまいながら言うと、雅美ちゃんがぷるぷると顔を横に振った。

「そんな。すっごい良かったですよっ! もう次も絶対行こうねって言ってて……あ、でも次ってイベントですよね。もうチケット取れないんだぁ」

「ああ、うん……でも五月はその後またすぐに東京で演るし」

「そうですよね」

「あの……」

 飛び跳ねそうな笑顔を向ける雅美ちゃんの後ろから、なるやちゃんがそっと眉を寄せた。

「喉、大丈夫ですか」

 心配そうな表情が、本当に心配してくれているみたいな感じで素直に嬉しい。

「はは……ま、聞いての通り凄いことになってるけど。少し休めば何とかなるんじゃないかな。ありがとう」

「いえ」

 礼を述べるとなるやちゃんはぱっと赤くなって顔を伏せた。何かこのコ性格良さそう。

 広瀬の言ってた『ペルソナ』の人ってのも引っ掛かってて、そうなのかなって思ったりもしたけど、積極的な雅美ちゃんはともかくどこか内気そうななるやちゃんはとてもそうは思えない。

(ま、いっか)

 んなこと気にしなくって。

 彼女たちが違くたってどっかにそういう人たちがいるのかもしれないけど、もう飽きちゃったのかもしんないし。

 まだいるんだとしても、別にどっちだって、応援してくれるつもりにあることに変わりはないんだろーし。

 考えんの面倒くせーし。

「明日も、どこかで演るんですか?」

 なるやちゃんがそっと白い歯を覗かせて尋ねる。

「明日は一応福島で路上やって帰ることにはなってるけど……」

「でも、啓一郎さんの声がそんなんだから、わかんないですよね」

「そうだよなぁ」

「なくなるかも」

 武人の言葉に、雅美ちゃんが「何だぁ残念ー」と唇を尖らせた。思わず笑う。

「何だ、明日は観光するんでしょ」

「そうだけどー。でも福島なら帰り道の方向だし、どうせだったらそれ見て帰れたら良かったのに」

「そりゃあそう言ってもらえれば嬉しいけどさ」

「あ、じゃあ、明日もし演るんだったら、時間と場所、その名刺のメールにもらえたりとかしないですか?」

 武人が無言で持ったままの名刺に目を落とす。

「あ、ああ、うん……それは全然……でも、何かそれも悪いな」

「そんなことないですー。行きたいから教えて下さいー。そしたら絶対、行きますから!」

 雅美ちゃんはそこまで言うと、ぽんと思いついたように手を打った。

「あ。それで、もし良かったら、この後みんなでごはんとか行かないですか? 打ち上げとかあったりするのかな」

 雅美ちゃんに言われて、つい武人と顔を見合わせた。何となく視線で和希と一矢を探す。

「いや、実は俺たち、今日のうちに福島に移動しちゃうって話でさ……」

 とゆーのは、明日はもう夕方前には福島を出て関東へ戻るって話で、路上も出来れば早め早めでってな感じで。

 打ち上げはあるって話は聞いてるけど、先に出てるバンドは結構帰っちゃったりしてるし、俺たちも帰っちゃうし、どのくらいの人数が出るのかは良くわからない。

 さっきの……BAD CATの村上くんだけは良い人そうでもう少し話してみたかった気もするけど……。

 俺の返事に雅美ちゃんが「えーっ」と声を上げた。

「そうなんですかぁーっ? たいへーん! ってゆーか、ざんねーんっ」

「はは……ありがとう。ごめんね」

 さっきその辺で誰か客と話してたはずの和希と一矢の姿は、いつの間にかどこにもなかった。代わりにこっちが話し終わるのを待っているような感じでちらちらとこっちを見ている人に気がつく。……って。

「あっ!」

 ヤスダくん。

「来てくれたんだ」

 声をかけるとヤスダくんは、ちょっと照れたようなひねたような目をしてぺこりと頭を下げた。近づいて来る様子は見せない。

 武人がいるからかもしれないし、雅美ちゃんたちがいるからかもしれない。いずれにしてもその気持ちは、何となくわかる。

 俺もあのくらいの年の頃ってそうだったっけ。

「あ、じゃあ、わたしたち……」

 ヤスダくんの表情を読んだように、なるやちゃんがくいっと雅美ちゃんの腕を引いた。

 やっぱこのコ、いーコだな。

「じゃあ、メール待ってます」

「あ、うん。ありがとう」

「本当に遠いところ、ありがとうございました」

 俺と武人がそれぞれ礼を改めて口にして二人が去っていくと、武人が俺を見上げた。

「何で俺、呼ばれたんですかね。啓一郎さんはわかるけど」

「面識あんのが俺とお前だからだろ。俺だって彼女らにとって、お前と立場は一緒だよ」

 武人と一緒に声かけられたあの時しかしゃべってないんだから。

 どことなく不服そうな武人を肘でつついて、ヤスダくんを手招きする。ヤスダくんはちょっと複雑そうな顔で俺を見ると、少し迷うような目つきをしてこちらに歩いてきた。

「さんきゅー」

「あの……ありがとうございました」

「いいえー。何かトラブっちゃったけど」






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