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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
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第13話(4)

「気にしてた。……何笑ってんだよ」

「だって啓一郎には紫乃と如月さんがどうだろうが関係ないのに」

「そりゃそーだけどさ」

 振り返った俺に足を止めていた一矢が、再び上ってくる。並んでスタジオに向かいながら、わりともう長い間そこにある見慣れた横顔を仰いだ。

「理想論でも、みんなうまくいきゃいーなって思うからさ」

 和希も、由梨亜ちゃんも、あゆなも、武人も、なつみも、広瀬も……一矢も。

 もちろん、俺も。

 理想論、綺麗ごと、みんながうまくいくなんてあるわきゃないってわかってるけど、理想を掲げなきゃ目指すことさえ出来ない。

 最初から諦めてたら、辿りつく日は永遠に来ないんだから。

 理想は、掲げることに意味がある……と思う。

 だって。

「……理想だね」

「理想だよ」

 だからこそ『アーティスト』なんだろうから。


          ◆ ◇ ◆


 曲を作る。

 レコーディングをして、CDを作る。

 それをプロモーションする為にメディアに出て、取材してもらって、ミュージッククリップなんか作ったり写真撮ったりする。

 ライブをやる。

 ……ミュージシャンの仕事ってのは、そんなもんなんだなと言う気がする。

 いや、もっと縮めてしまえば『曲作って演る』。

 以上。

 逆に細かく突っ込んでいきゃあ、それをやる為に準備だ練習だ宣伝だなんだってのはいろいろあるわけで、実際問題物理的な仕事量ってのはいくらでも増えるんだろうが、概要まとめりゃそんなとこ。

 幅広げて役者だモデルだCMだと始めれば仕事の種類は増えるだろーけどさ……それは俺は『ミュージシャンの仕事』だとは思わないわけだし。

「……寝てるの?」

 ぼーっとスクリーンを眺めながら全然関係ないことを考えていると、隣に座ったあゆなが小さな声で囁いた。

「え? 起きてるよ」

 言いながら、あくびがこぼれる。

 つまらん。

 面白くない。

 自分が挿入歌やってる映画に持って良い感想じゃないが。

 ファーストシングルのタイアップがついた映画『Moon Stone』の試写会をやるんだと言う話をもらったのは、ニ週間の路上遠征を控えた前日、三月半ばだった。映画の公開は四月後半だ。

 招待で入れてくれるから誰かと行ってみればと言われ、ニ週間も放りっぱなしになってしまうあゆなを連れて来てみたわけだが。

(こりゃあ期待出来ないかなぁ)

 宣伝効果。

 映画がつまんなきゃ見に来る人もいないし、見る人がいなきゃ挿入歌なんか聴いてくれないじゃん。

「つまんなさそーな顔して」

「つまんない」

 べったべたの恋愛もの。主演の女の子はちょっと可愛いけど、大体誰だかわからない。これじゃあ俺、自分の歌が流れるまで起きてられんのかなぁ……。

「もう。せっかく映画見に来てんのに、そんなつまんなそーな顔しないでよ」

「正直な顔なもんで」

 つまらんので、俺とあゆなの間の肘掛けに肘をついて、するっと垂れている長い髪を指先にくるくると巻き付けながらまたあくびをする。だらしなくシートに凭れ込んでいる俺より少し高い位置にある口元から、ため息が聞こえた。

 当たり前だが、あゆなが黙ってスクリーンを見ているので、暇だ。人の髪を指に巻き付けながら次第にうつらうつらしていると、軽く膝を叩かれた。遠のきかけた意識を引き戻されてみれば、あまりに聴き慣れ過ぎたイントロが静かに会場の闇に広がるところだった。

(――え)

 挿入歌っっっ!

 思わずがばっと起き上がって、今まで見てもいなかったスクリーンに目が釘付けになる。

 画面の中では、ヒロインの女の子が暮れなずんでゆく街をどっかの屋上から眺めていた。霞んでいく街と現れて来る月。風にはためく髪とスカート。

 何で彼女がんなとこにいて物思いにふけってんだか俺にはさっぱりわかんなかったが、心臓だけはばくばくだ。

(すげー……)

 今し方まで寝かけてたくせに、現金にも俺は感動していた。流れてくる俺の声。

 ぽかんと馬鹿みたいに口を開けて画面を見つめる俺の横顔を、あゆなが笑いながら見ているのに気づいてそっちを向く。

「……流れてる」

「うん。流れてるね」

 すっげーすっげーすっげー。

 公共のメディア、全国規模っ! いやまだ公開されてないけどっ!

 俺の歌声の上からヒロインの独白、それからまた映る街並みに、挿入歌のレベルが感動的に上がった。

(うわー)

 一歩間違えれば立ち上がりそうなくらいの感動だ。

 映像と曲が、驚くくらいぴったりに見えた。和希のメロディラインの繊細さが、場面を感動的に盛り上げているような気がした。

 俺には、決して客観的にこの場面を見ることは出来ないし、どうしたって主観的にしか挿入歌を聴けないから本当のところはわからない。それはあゆなだって同じだろう。

 だけど、凄くいろんな人に見て欲しい気がした。

 どきどきする。

 メジャーでやろうとしてるのかなって気が、する。

(すげええええ……)

 まじで、もうすぐ、デビューしようとしてる、ん、だ……。

 挿入歌が入るそのシーンはほんの短い場面ですぐに終わっちゃったけれど、俺は感動と興奮の余韻から抜け出すことが出来なかった。話なんか全然わかんないくせに、スクリーンを凝視しながら頭の中はさっきのシーンをリピートしてしまう。

 客観的に見た人は、どう、思ったんだろう。

 前に、美冴ちゃんと映画を見に行った時のことをふと思い出した。あの時は自分がこんな、映画の挿入歌やるとは想像もしてなくて、いろんなことを考えたっけ。映画音楽の、ストーリーと絡めた人に訴えかける力ってものを。

「……良かったわね」

 映画が終わって、椅子から立ち上がる。人の流れに紛れて出口の方へ向かいながら、あゆなが俺を見上げて笑った。その手を繋いで、開放されたドアからロビーに出ながら頷く。

 映画自体にあんまり興味持てなかったから、少し面倒くさい気も正直してたんだけど、でもやっぱ来て良かった。

 凄ぇ、励みになった気がする。

 だって、今ここにいる人たちは間違いなく俺らの楽曲を今し方耳にした。意識無意識関わらず。

 それがこれから、全国に広がるんだ。これを見に来た人たちは、間違いなくGrand Crossって新人バンドの『Cryrtal Moon』を聴く。

「……凄いよなぁ」

「何が?」

「俺」

「……何なのよそれ」

「んじゃ俺たち」

 くすくす笑いながら、繋いだ手の指先を絡める。同じように笑い出しながら俺を見上げて頷きかけたあゆなの目線が、不意に俺を素通りして止まった。ので、俺もそっちに顔を向ける。

「和希っ」

 顔を向けると同時に和希と目があった。隣の由梨亜ちゃんも目を丸くして俺たちの方を見ていた。

「来てたんだ」

「うん。やっぱり、気になるし」

「何かさ、何かすっごい俺、感動したっ」

「映画?」

「挿入歌」

 あゆなの手を繋いだまま、和希の方に向かいながら興奮を残して言い募る俺に、和希が腹を抱えて笑った。

「何だよそれ」

「するでしょっ? しないのっ? 『すげぇ、俺、今、気分はメジャーアーティスト』って感じだった!」

 もろリアルにわかりあってくれるだろう人物に遭遇したもんで、ますます興奮する。そりゃあゆなだって喜んでくれるだろうけど、当事者じゃないし。

 俺が飛び跳ねんばかりに言ったせいか、和希が笑いを残したまま目尻の涙を拭う。そこまで笑うな。

「まだ違うよ」

「でももうすぐだもんっ」

「うん……」

 目を細めた和希がしみじみと言う感じで頷く。

「でも、もうすぐなんだなあって気は、したよね」

「俺はもうその気になった」

「だからそれは気が早いって」

「いろんな人にいっぱい見て欲しい! あのシーンだけでいーから」

「それじゃあ意味が繋がらないでしょ」

 何となく並んで歩き出しながら、外に出る。

「いーよ意味なんか繋がらなくたって」

「お前映画の製作者に壮絶失礼」

「だってつまんなかったもん」

 こうして改めて見ると、やっぱり和希と由梨亜ちゃんは実に良くお似合い、だ。ニ人で黙って立ってて、絵になるような。

 ずきんと未だ微かに想いの名残が痛んでそっと目を伏せる。……痛むな痛むな。

 でもそうか……彼女が泣きながら俺の部屋に来たあの時からもう、半年経つのか。

 ……忘れてもいい頃だろ。

 由梨亜ちゃんとふと目が合った。少しはにかんだように目を細めて軽く会釈をする様子が未だ初々しく、和希の横にいるだけで幸せなんだろうなと言う気がする。

 ゆっくりと歩いている和希の腕には、由梨亜ちゃんが遠慮がちに手を絡めていて……ははははは……早く慣れろよ俺……。

「何してんの」

 そんな脇で、しきりと繋いだ手を引っこ抜こうとしてるあゆなって一体……。

 しらーっと言ってやると、あゆなが僅かに言葉に詰まった。

「だ、だって」

 またつまらんことを気にしてるな。

「俺から逃れようったって、そうはさせんぞ」

「誰もそんなこと言ってないでしょっ? 誰なのよあんた!」

「じゃあ何してんの」

「だ、だから、その」

「何じゃれてんの?」

 ぼそぼそ言い合っている俺とあゆなを振り返った和希が、呆れたように言う。ので、あゆなの手を放してやって和希に追いついて並ぶと、和希が小さな声で尋ねた。

「啓一郎たち、どうするの? この後」

「え? どうって……」

「一緒にメシとか行く?」

 ああ……。

「このメンツでメシって、今はまだ誰も彼もが気まずいよね……」

 言いながら笑うと、和希も少し苦笑めいた笑みを覗かせた。

「あゆなが、気にすると嫌だし。それに明日からまたしばらく放っておかれるのに、ニ人の時間奪っちゃったら由梨亜ちゃんが可哀想だし。やめとく」

 俺の返答に、和希はちらりと後ろを振り返った。あゆなと、和希の隣を離れた由梨亜ちゃんが並んでぽつぽつと話している。……そもそもこのニ人って、前から話をしたことはあんまりなかったんじゃないだろーか。

「うん、まあ……」

 試写会の会場の外に出て、足を止めた和希が薄い唇を微かに尖らせるようにして暗い空を仰いだ。

「それはそうなんだけどね。……あ、じゃあそこで煙草くらい吸ってく?」

 言って、会場出入り口付近にある喫煙所を指差す。試写会帰りらしき数人が、ぽつんぽつんと煙草を吸っているのが目に入った。

「ああ、うん」

「んじゃ軽く立ち話でも」

「あゆな」

 立ち止まってくるっと振り返る。由梨亜ちゃんとややぎこちなく会話を繋いでいたらしいあゆなは、きょとんと目を上げた。

「ちょっとそこで煙草吸ってって良い?」

「え? うん。全然……」

 あゆなと並んで俺に追いついた由梨亜ちゃんが目を細める。

「和希さんたら、挿入歌の時、面白かったんですよー」

「え?」

「由梨亜。報告しなくていーんだよ」

「だーって面白かったのにー」

 先に喫煙所の方に向かいかけていた和希が、由梨亜ちゃんの言葉を聞きとがめて振り返った。いたずらっぽく舌を出した由梨亜ちゃんが小走りに和希を追いかける。

 それを見送ってから俺は、少し迷ってあゆなに手を差し出した。

 本当は俺も、知人友人の前でべたべた……ってほどじゃないけど、手を繋いで歩いたりするのは実はあんまり得意じゃないんだけど。

 ……だけど未だにあゆなにそんな気を使わせるのは、あゆなの不安を俺が消してあげられてないからなんだろうとわかってる。

 その気遣いは百パーセント的外れなものではないし、確かに由梨亜ちゃんに『他の女の子とカップル組んでる』とこを見られたいかと言えば……そりゃあ複雑なんだが。

 差し出した手に、あゆなが困ったような表情を見せた。ちらりと由梨亜ちゃんの方を見て躊躇う様子を見せるのでしょうがない、強引に手を伸ばして掴む。

「言ったばっかだろ。不安になって欲しくないって」

 そのまま手を繋いで歩き出す俺に、あゆなは何も答えなかった。由梨亜ちゃんの目の前であゆなを彼女として扱う当たり前の行動が、少しでもあゆなの安心に繋がってくれれば、と思うんだけど……。

「何気に俺、あゆなちゃんと話すのってかなり久しぶりじゃない?」

「そうだっけ。いつ以来?」

 俺は自分自身が和希ともあゆなともちょくちょく顔を合わせるので、その辺良くわからない。由梨亜ちゃんだって……スタジオで顔合わせたりしてるし。

 問い返す俺に、和希とあゆなが顔を見合わせた。

「Blowin'?」

「そこまで遡るか?」

「『コースト』じゃないの? まあ、あの時もゆっくり話したとは言いにくいけど」

「でも十二月のワンマンで物販やったの、あゆなさんでしょ?」

「ああ。でもあの時はやっぱりそんなに話してないわよね。わたし、本番始まる直前くらいに来たし、終わったら終わったで……」

 広田さんに拉致されたんだ。

「和希さん、わたし、飲み物買ってきて良い?」

「ああ、俺のも買ってきて。財布」

「そのくらいわたしが出す……」

「いいから。……俺ね、微糖のコーヒー。啓一郎たちも何か飲む?」

「ん? あぁ……あゆな、お願い」

 咥えた煙草に火をつけてしまったので、あゆなに財布を渡しながら自販機のそばの売店が目に入った。

「んとね……俺、サンドイッチ」

「……そんな飲み物はないわ」

「食いもんだよ食いもんっ。適当によろしくー」

 あゆなと由梨亜ちゃんがちょっと離れた場所にある自販機の方に歩いていくのを見送っていると、きょろっと辺りを見回して和希がふと首を傾げた。

「一矢とかはいなかったのかな」

「さあねえ。武人は行かないって言ってたけど」

 一矢は保留とか言ってたからどうしたか知らない。電話しても出なかったから、来てないんじゃないかと思う、

 俺と和希の間にある自立式灰皿に灰を落としながら、和希が照れたような笑みを浮かべて俺を見た。

「何かちょっとくすぐったかったよね」

「うん。『これ、ウチのバンドです』って言いながらCD手渡して回りたくなった」

 俺の言葉に和希が「うぜー……」と笑いながら呟く。……やったんならうざいけど、やってないんだからうざくない。

「でもさ、やっぱいろいろ反省」

「反省?」

「あーして聴くと、やっぱあの曲はピアノだよね」

「ああ……」

 元々鍵盤メインに作られていたあの曲は、美保の脱退に際してギターメインに作り替えている。

「惜しいなあって思うな、やっぱ」

「でもあれはあれでいーんじゃないの」

「いーけど、メロディラインの繊細さとギターの音でどっちかって言うと『哀愁』って感じしない?」

 あゆなが売店を覗き込んでいる姿が遠く見える。何かうまいのあるだろーか。何気に腹が減った。

「何かもっと、センチメンタルな音にしたかった気もするなあ。……なんて思ったら、リアレンジしたいなあって思ったり」

「またかよ」

「そのうちそのうち。落ち着いたら」

「ああ……落ち着いたらね……」






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