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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
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第13話(2)

「茜さんが啓一郎さんに靡いたらどうしますか」

 ナンパを逃れた茜ちゃんがこちらに歩いてくる。きょろっと辺りを見回しているので、ひらりと片手を挙げると俺を認識して笑顔になった。

「あるわけないじゃん。明らかに住む世界が違うよ」

「それはわかんないじゃないですか。いろんな人がいるんだから」

「金のない駆け出しのミュージシャンなんか視界に入らないだろ。……俺はあゆなと付き合ってんの。いーんだよそれで」

「待たせちゃった?」

 茜ちゃんがようやくこちらのテーブルに辿りつく。背の高い椅子に座っているので、立っている彼女の方が俺たちを見上げる形になった。テーブルに持ったカップを置く。

「適当にしゃべってた。……座れば」

 空いている椅子を無理矢理引き寄せて彼女の近くに寄せると、目を細めて茜ちゃんが座る。

「ナンパされてたみたいでお疲れさま」

「やだな、見てたんなら助けてくれても良かったのに」

「差し出がましいかな、と。……紹介してなかったよね? これ、ウチのベース。武人」

「方宮です。初めまして」

「西織です」

 双方頭を下げあったところで客電が消えた。SEが流れ出す。一バンド目のスタートだ。

 LINK Rもそうだけど、今日のライブは別にアマチュアのライブじゃない。誰もが知ってるかと言えば残念ながらそうじゃないけど、バックにちゃんとレーベルだの事務所だのがついて活動しているアーティストだ。まだまだ駆け出しかもしれないし、あくまでインディーズでやってるのかもしれない。

 いずれにしても、LINK Rと対バン組んでやるだけあって、上手い。

「今度啓一郎くんたちのバンドも見てみたいなあ」

 一バンド持ち時間は四十分。転換入れて五十分だ。結構長い。

 二バンド目が終わって転換に入った時に、ふと茜ちゃんが言った。

「ああ。遊びにおいでよ」

「いつやるの?」

「東京では……」

「……再来月?」

 武人と顔を見合わせる。

「ま、その頃に詳細わかったら招待するよ」

 うん、と頷いて茜ちゃんが席を外す。椅子に寄りかかって煙草をくわえていると、見計らったように女の子が二人、近づいてきた。

(あれ?)

「すみません」

「はい?」

 いきなり知らない人に話しかけられて、武人が訝しげに返事をする。

「ここ、椅子、空いてますか」

 女の子の一人が椅子を示した。武人の向こう側にある空いてる椅子二脚。

 いつの間にかギャラリーは客でいっぱいで、数組しかなかったテーブルや椅子は埋まっている。テーブルと組みになっていない椅子はまだいくつか壁際に空いてはいるが、テーブルが欲しいのかもしれない。

「はあ、どうぞ」

 武人の返事に、彼女たちは椅子を並べて嬉しそうに腰を下ろした。その間俺は、つい沈黙を保ってその二人を見ていた。――見たことがあったから。

(この前『更紗』に来た……)

 健人に、俺を訪ねてきたと言われたコたち、じゃないのかな。

 美姫と話している間にいなくなった……。

「さっき見てたんですけどー」

 まさか話しかけてくるとは思わなくて、ちょっとびっくりする。

 だけど彼女たちは別段、俺を訪ねて『更紗』に来たような素振りは見られなかった。

「LINK Rの桜木さん、お友達なんですかー」

「え? いや、俺じゃなくてそっちが……」

 複雑な表情で武人がぼそぼそと愛想なく答える。あんまり話したくないのか、そういう意志がありありと浮かんでるような表情で俺の方を親指で示した。

 人見知りとか言ってたけど、確かに武人は知らない人とか客とかとあんまりしゃべりたがらない。すぐ逃げるってゆーか。

 さっさと俺に押しつけたいのが見え見えだ。

「そうなんですかー」

「あ、うん。友達って言うか、仕事で知り合って……」

 俺の言葉に、一人が首を傾げて笑う。

「じゃあバンドやってたりするんですか」

「うん、まあ」

 ……何か変な感じ。

 そう思って、目の前の顔と記憶とを比べてみる。あんまりじろじろ見たわけじゃないから、違うと言われればそうなのかもしれない。

 でも、この二人だったと思う……んだけど。

 違うのかなあ。だってこの人たちだったら、俺の名前とバイト先知ってるくらいだもん、バンドやってること知らないとは考えにくいよな。隠す理由もないし。多分。

 そう思いながら、ぽりぽりと顎をかく。もう一人が、テーブルに片手をついて軽く乗り出すように尋ねた。

「へえ。何てバンドですか」

「え? Grand Cross」

「かっこいい名前ですねっ」

「はあ」

「今度ライブ見に行きます。したら声とかかけても良いですか?」

「あ、うん……」

 凄いなあ。今日、座ってるだけで茜ちゃんを入れて三人も客をゲットしてしまった。そう言えば茜ちゃん、遅いな。

 そう思ったところで、ちょうどこちらに戻ってくる姿が見えた。結構混んでるから、なかなか思うように進めていないみたいだ。

「あたしたち、ライブとか好きで良く行くんです」

「あ、そうなんだ」

 何してるんだろう、俺。

 話しかけてくるので、そもそもどなた方なのかさえわからずに答えていると、ようやく茜ちゃんが近くまで戻って来た。それを合図にしたように二人が席を立つ。

「やっぱり前の方で見ようか」

「そうだね」

 一人の言葉にもう一人が頷いて立ち上がる。

「椅子、ありがとうございましたあ」

「それじゃあまた」

 立ち上がって言葉通りに前の方へかきわけていく姿をつい武人と見送っていると、戻って来た茜ちゃんは何も気づかなかったみたいに俺たちを見て笑った。

「今お手洗いで、啓一郎くんたちのこと話してるコたちがいたよ」

「え?」

「クロスのコたちが来てるよーって。啓一郎くんたちのことだと思うな」

「へえ……」

 そりゃ凄い。自分のライブじゃなくて人のライブで俺たちを知っている人がいるとは。

 元の椅子に腰を落ち着けた茜ちゃんと裏腹に、武人がぼそりと「変なの」と呟くのが聞こえた。

「え?」

「さっきの人たち」

「ああ。うん」

「あ。始まったよ、桜木くんたち」

 茜ちゃんの言葉に目を前に向ける。向けながら、さっきのコたちがどこに行ったのかをぼんやりと考えていた。

 武人の言う通り……何かちょっと、変な感じだった。


          ◆ ◇ ◆


 今までライブをやったことはもちろんあるし、スタジオに入ったこともあるけど、『ゲネプロ』らしいゲネプロと言うのを俺たちはやったことがない。

 初めてまともなゲネプロをやることになった俺たちは、LINK Rのライブの翌日、芝浦にあるゲネプロスタジオに連れて来られていた。打ち上げに拉致されたせいで、眠い。

「でけー……」

 ぱっと見の印象、巨大な倉庫みたい。

 車を降りて示された入り口は、トラックとかが停められるような巨大な空間になっている。そこに設置されているエレベーターも業務用みたいな巨大な奴で、って言うか実際業務用に使うんだろうな。機材の搬入出とか。それが三基。

 中に入ると、正面背面双方が扉になっていて、さーちゃんがボタンを押した二階では背面の扉が開いた。

「ここ、かなりの人が使ってるからね。いろんな人に会えると思うよ、タイミング良ければ」

 受付を済ませてさーちゃんに連れられるままに歩いていく。……ふうん。プロってこういうとこ使うんだなー。でけえ。そりゃまあプロのレベルにもよるだろうし、人にもよるのかもしれないけど。

「ブレインのアーティストとも、事務所よりはこっちの方が遭遇率高いかもしれないね」

「何で?」

 俺の横を歩いていた一矢が首を傾げる。

「広田さんが社長さんと仲が良いからね。ブレインのアーティストは結構ここをよく使ってるよ。それに君ら、事務所に来ることあんまりないでしょ」

 連れて行かれたゲネスタは、アマバンとかが普段使うようなリハスタより二回りくらいの広さだった。美保の家のスタジオはそこそこの広さがあるから、それとはとんとん……いや、さすがにあっちの方がちょい小さいかな。

 正面の壁は総ガラス張りで、コンソールが置かれている。マイク類なんかは既にケーブルに繋がってる状態だ。

「おはよーございまーす」

 中から声がする。入っていくと、ドラムセットに座ってチューニングキーを片手に持ったモヒカンの男の人が、こっちを見て人の良さそうな笑顔を向けていた。

 ――聞いて驚いて欲しい。

 何と何と、彼はパワーシステムと言う会社のローディさんだったりするんである。

 これはどういうことかと言うと!

 この『MUSIC CITY』に関しては、マニピュレーターのサポートがつき、ローディさんをつけてくれると言う!! 驚きの超展開なのだ!

 ……って言ったって、そんなに驚くことかわかんないよね、普通。

 だけどこれまで全部手弁当の自分たちだけで賄うライブを続けてきた俺らにしてみれば、感動的なわけですよ。

「おはよーございまーす」

 ローディさんはドラムだけだけど、手が空けば他の機材にも手を貸してくれるってことだし、マニピュレーターが入れば和希はギターに専念出来る。

 そりゃあ、地方の路上なんかや小さなハコには来てくれないけど、仙台のイベントみたいなそこそこ大きなキャパの時も来てもらえることになりそうだし。

「よろしくお願いしまーす」

「よろしくお願いしますー」

 中に入りながら挨拶すると、先にドラムと一緒にスタジオ入りしていたローディの田波さんがにこやかに片手を挙げた。

 ちなみに、マニピュレーターをやってくれる人は境さんと言う男性らしい。スタジオミュージシャンとして活動しているんだそうだけど、今日はまだいない。次回のリハから参加してもらうことになっている。だから実際一緒にやっていくかどうかは、まだ確定ではないんだけど。

 実際のライブはまだ1ヶ月ちょい先だし、その間にスケジュールを調整して、こまめに打ち合わせもしましょーねって感じで。俺たちも明後日からまた地方行っちゃうんだし。

「今日は最初だし、自分らで流れの大きなところを作ってくでしょ。ま、とりあえず今日は気楽にね。地方終わった後のゲネプロは、広田さんも来るからさ」

 ああ、嫌だ。……いやいや、俺らにとっては掬い上げてくれた張本人、恩人。ありがたぁーいお方なのだが。

「俺、飲み物とか買ってくるけど、何か希望ある?」

 さーちゃんがそれぞれのオーダーを聞いて、あまりの勝手な言い種に逆上してから出て行くと、荷物を放り出してセッティングに入った。ドラム周りを一矢と田波さん、後はゲネスタのスタッフ鳥居さんに手伝ってもらってセッティングを進めていると、戻って来たさーちゃんがみんなに飲み物をくれる。

「とりあえず簡単に打ち合わせしよーよ。……啓一郎」

「うん」

 和希に呼ばれて、センターにセッティングされたマイクの高さをいじっていた俺は振り返った。

 ……和希は、あれからなつみのこと、どうしてるんだろう。

 表面からはどうしたとかどう思ってるとかはちょっと窺い知れない。ただ……ぼんやりと一人で考え込んでることは、増えたような気がする。

「PAはイベント側が用意してくれるそうだから、問題ないよね」

 嫌だって言ったって、まさか人件費割いてくんないでしょ。

「結構お客さんは多いはずだから、いろんな人の第一印象になるライブだから。気合入れていこうかー」

「持ち時間は三十分使って良いんだよね」

 先日打ち合わせた進行を書き付けたノートに目線を落としながら、和希とさーちゃんが言葉を交わす。

 それに耳だけ傾けながら、いつか特定のPAさんについてもらえるようになれるのかなーなんて妄想。

(そう言えば、あの人良かったなあ)

 広島のライブハウスの人。井口さん。あの人の作る音、気持ちよかったしやりやすかった。でも広島だし。しょせん妄想のわけだけど。

「ま、じゃあそんな感じで音出してみようか」

 前に話した構成の流れだけを確認して、とにかく演ってみることにする。音出さなきゃ話になんない。

 実質、メジャーが決まってから、これが初めての東京ライブになる。

 地方から集まって来る人とかもやっぱり結構いるみたいだし、気合いも入ると言うものだ。

 五月にこのイベントの後、シングルが出る前にワンマンライブをやることにもなってるし、このイベントが俺たちのワンマンに繋がってくれれば……嬉しいんだけどな。

「うーん。何かさ、つまんないよね」

 持ち時間でやれるのは五曲ってところだ。まあ、普通に対バンライブ程度の時間をもらっていると言うことになる。

「照明とかもオーダー出せるんでしょ」

「出せるよもちろん。会場自体は元々ライブ会場とかに使ってるから、ちゃんと対応してくれる」

「したらさ……この……こう来るじゃん。サビんとこ。そこ、白照明だけにしてもらってさ……」

 曲をやってみては、照明や音響の演出を考える。流れや繋ぎに無理がないかを見直す。でかいイベントだけに「照明おまかせでー」「この曲の後にこれ? まいっか」で済ませられない自分たちへのプレッシャーで、ちょっといつになく真剣だ。

 別に普段適当って言ってるわけじゃないけど。

 だけど、ださい真似だけは絶対出来ないじゃないか。たくさんの人に見てもらえると言うことは、さっきさーちゃんが言ったように『いろんな人の第一印象になる』ライブだ。

 業界関係者にも一般のお客さんにも、ちゃんとクロスを見て欲しい。印象を刻んで帰って欲しい。

「でさ、ここ、リズム隊だけ……あ、そうそう。そんな感じ。さーちゃん、どう?」

「うん、いーんじゃない?」

「啓一郎、この時どの辺いる?」

「この辺じゃない? いつもの感じだと。そんなに別に動き回らない」

「あ、そうだ。マイクってどうする? 有線でいーの?」

「いーよ。いつも通り有線で。ステージ規模だって……こんなでしょ? ケーブル絡むほどじゃないよ」

「そう?」

 面白いもので、今まで何度もライブをやって何度もやっている曲だって、こうしてステージの流れを考え直してみるといろいろ気になる点や見せ方のアイデアのようなものが出て来るもんだ。

「おはよーございまーす。遅くなりましたー」

 リハを進めている間に、ロードランナーの藤野さんがやって来た。今回の俺らの出演及び出展名義はロードランナーだ。マネージメントサポートもやってもらうわけだし、地方遠征のサポートもしてくれてるわけだし、なので藤野さんもちょこちょこゲネプロにも顔を出してくれるらしい。

「おはよーざいまーす」

「あ、藤野さん。すみませんけどじゃあここお願いしますね」

「はい。……何すりゃいーですかね」

「メンバーが悪さしないよーに見張ってて下さい」

「しねーよっ」

 マイク越しに怒鳴ってやると、さーちゃんはけらけら笑いながらスタジオを出ていった。つくづくマネージャーは大変そう。俺らにゲネプロやらせてる間に、さーちゃんは他の仕事を片付けなきゃならない。何があるのかまでは知らないけど。

 昼を過ぎてようやく少し休むことにした。このスタジオは二階に喫茶ルームみたいのがあって、少し歩いたとこにはコンビニやファミレスなんかもぽつぽつあるらしい。

 何かノってきちゃったもんだから、外に食べに出るのはやめてコンビニで弁当でも買って来ようって話で、和希と藤野さんが買いに出て行った。ので、僅かながら休憩に突入。

 武人は隅で大の字になって寝始め、一矢は何か気になるのかドラムの練習に励んでは田波さんと何か話している。気分転換にゲネスタ内をちょっと散歩して喫茶とかどんなんなのかなーとか覗いて来ようと、俺はスタジオを出た。

 いろんな人が使ってるって言ってたよな。俺の知ってる有名人とかいないかなー、などとちょっとしたミーハー心があったことは否定しない。

 CRYとかいないのかな。同じ事務所だって、本当に『同じところに所属している』だけで、何もお得なことがない。せめて本物を見てみたいと言う無意味な望みは、中学から好きである以上多少はやっぱりあるわけで。

 小さいとこでライブとかやって欲しいんだよなー。でもそんなの、ファンクラブに入っているわけじゃない俺なんかがチケット取れるわけもないんだけどさ。

 いや、それこそ同じ事務所なんだから「見たい」って言えばゲストで見させてもらえるかも。

 邪な妄想に浸りながら、螺旋状になっている吹き抜けの階段を下りてみる。喫茶ルームはそのすぐそばにあった。

 擦りガラスのような半透明のパーテーションで仕切られていて、人影は見えるものの正体がわかるほどは見えない。カウンターの方はちょうど出入り出来るくらいの空間があいてて見えるんだけど。

 ってゆーか、ここ、来る時に通ったよな。これが喫茶だって気がつかなかった。ふうん。

 階段を下りたところで足を止めて少し迷う。見遣った先の通路はそっけない事務的なもので、どう考えても左右にスタジオしかないようだ。奥の方にトイレ。見に行ってもしょーがない。

 逆に上の方とか何があんのかなー。……って言ったってスタジオだよな、普通に。テーマパークじゃあるまいし、アトラクションがいろいろあるわけじゃない。

(戻ろ……)

 あっと言う間に見物に飽きる。

 今下りてきたばかりの階段を戻ろうと踵を返した俺は、喫茶があるのと反対側、階段を下りてすぐの壁際に並んで座ってじっと俺を見つめる四つの目に気がついて、思わずずざっとなった。

「おはよー……」

 うぁーびっっっくりしたなもう。






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