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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
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第11話(3)

「……うん」

「積み重ねて来た影響を消すことは出来ないし必要もないけど、もっともっと自分たちの色ってものを強く意識したい。残る影響の名残を塗り潰すくらいに」

 こっちへ向かう途中で、さーちゃんがデスクに引っかかる。電話らしい。受話器を取りながらこっちに拝むような仕草をするのに、和希が片手を挙げて応えた。

「一矢がこの前言ったみたいに、どうしていきたいかどんどん話し合って、足場を固めて……作り出して」

「……」

「だからね、俺も賛成。マニピュレーター入れたいってのは」

 電話に向かって頭をかきながら笑うさーちゃんが見える。また笑顔でさりげなく仕事を強奪しているんだろうか。

「こないだ、これまでになかった形で打ち込みで曲いじって、やってる間にどんどん思いがけない方向からアイデアが出てきて、思った。『キーボード』って枠じゃない広がりが欲しかったのかもしれない」

 それから少し苦笑いを浮かべて俺を見下ろす。

「生音が一番好きなんだけどね。打ち込みってのも多分やってて俺結構楽しくて」

 くしゃっと和希が笑顔を見せる。

「もっといろいろやってみたいなって気がしてきたりして」

 さーちゃんが受話器を置くのが見える。和希の目線がその動きを追いながら続けた。

「まだ試行錯誤かもしれないけど、『いいな』って思う要素をどんどん取り入れてみて、やってみて、それが違うのか良いのか検討して、自分たちのものになっていくのかもしれないし」

「お待たせ。一矢くんと武人くんは?」

「まだ」

「まだー? しょうがないなぁ」

 出てきたさーちゃんが顔をしかめる。向けた顔の先、出入り口のガラス窓の向こうに、連れ立って歩いてくる一矢と武人が見えた。

「あ、来た」

「はよーっす」

「はよ」

「んじゃ、揃ったから行こうか」

 促されて、事務所の駐車場に停まっている車に乗り込む。

 今日これから向かう先は、市ヶ谷にあるソリティアのスタジオだ。そこで『Crystal Moon』のPVを撮影する……らしい。

(もっと自分らのカラーを、か)

 変えていきたい。無理することなく。

 いや、変えたいんじゃないな。進化したい、が正しいかもしれない。

 新しい要素も古い要素も、取捨選択して自分を織り交ぜて、生まれてくるものが自分のカラー。

 既存の何かを否定することでも、これまでの自分たちを否定するんでもなく、受け入れて飲み込んで進化して。

 興味があることならどんどんやっていきたい。そうして歩いていく中で、自分たちが確立されていくだろうか。それとも、果てしないのかな。

 常に手探り手探りで、甘んじてやりたい放題やってりゃいいわけじゃなくて、だけどそんなことばかり考えてると自分たちがなくなってく。

 考えることと、感じることのバランス。

 待ってくれる人と自分らしさのバランス。

 迎合ばかりして受け入れてくだけだと、見失っていく自分のカラー。……『創造』の、難しさ。

「今度のレコーディングって時間に余裕とれたりするのかな」

「大丈夫だと思うよ。まだ先の話だし。何で?」

 助手席に座って運転しているさーちゃんに問いかける和希の声が聞こえる。

「うん。ファースト、何か俺たちがわたわたしてて、いろんなこと出来なかった気がして。TDとかってどういうタイミングでやる感じ?」

「さあ……もっと近くなってみないことには何とも言えないけど。どこでやるかもまだわかんないし。でも多分ミュージックハウスでやるんじゃないかな。こないだのはミュージックハウスでやってたみたいだよ、TDは」

 ふうん。ブレインでやったわけじゃないのか。

 何となく運転席の真後ろでぼけっとしながら、前ニ人の話に耳を傾ける。さーちゃんが苦笑した。

「意外にクロス、大人しいなあって言ってたよ」

「え? そう?」

「うん。まあ最初だからどこまで出ていーのか良くわかってなかったんだろうけどさ。Blowin'なんか、最初っからもっとあーしろこーしろって凄い言ってたみたい。遠野さん辺り」

 先日ブレインのスタジオで見かけた様子をふと思い出す。結構言いそう、亮さんて。

「ま、Blowin'の場合はこっち来る前に別の事務所いたでしょ? 事務所って言うかレーベルかな? インディの」

「ああ。らしいね」

「何て言ったっけ。ガレージだったかな? ガレージレーベル」

「確かそっちでニ、三枚出してるよね」

「そうそう。その経験があるしね。まあ、後は性格だろうけど」

 そこまで言ってさーちゃんは、続きを口にする前に自分で吹き出した。

「広田さんに聞いた話だと、CRYなんかは最初から壮絶だったらしいから」

「壮絶?」

「うん」

 これだけ聞いてると、一度その録音現場を見てみたくなるよな。どんなありさまなんだろ。みんながみんな、CRYのことを凄い言い方するもんだから、気になるじゃん。俺、元々CRY、好きだし。

(あ、そっか)

 CRYが好き……そんなニュアンスもあったりして。

 洋楽で言えば、俺はDREAM THEATERとかMACHINE HEADとかレッチリとかヴァン・ヘイレンとか好きなのはいろいろあって、影響もミックスされてるんだろうけど。

 邦楽で影響を受けたアーティストって、CRYだけのような気がする。

 LUNATIC SHELTERのヴォーカルも、そんなんだったりして。

 前に聞いたLUNATIC SHELTERの音のルーツの話ではCRYの名前ってどこにもなかったけど、俺自身も同じ事務所にいるせいもあっておおっぴろには言ってないし。

 似てる似てないの話で言えば、俺自身のヴォーカルもLUNATIC SHELTERのヴォーカルも、別にCRYとは似ても似つかないけど、好きな気持ちがどこか張り合わせる要素を生み出してたりしてな。わかんないけど。

 いずれにしても、既存の影響は打破しなきゃいけない。

 ……車の流れはスムーズで、特に渋滞とかに引っ掛かるようなこともなく、ソリティアのスタジオに到着した。市ヶ谷のスタジオは、新宿のブレインから遠くない。

 車を降りて、電車からも見えるそのでかい建物に足を踏み入れると、薄いグレーのカーペットが敷き詰められていて「さすが金持ちの大企業」って気分になった。ブレインにわけてあげたい。

「おはようございますー」

「あ、おはようございます」

 入ってすぐがロビーみたいになっている。

 そんなにでかい空間じゃないけど、フェイクレザーっぽいソファとローテーブルがあって灰皿があった。そこのソファに、レコーディングの最初に会ったソリティアの富岡さんっておじさんが座っている。三科さんも一緒だ。

「おはようございます」

「今日は宜しくお願いします」

 挨拶を済ませて、ニ人が先導していく後についていく。

「何かどきどきするなぁ」

 無意味に天井を見上げて呟くと、前を歩く三科さんがくすくす笑いながら振り返った。

「あんまり緊張し過ぎないで下さいね」

「はは……」

「とりあえず最初は、全体でいきますから。それからそれぞれのショットで……豊ちゃーん」

 口を挟んだ富岡さんが、途中で逸れてしまう。前方の扉が全開状態だ。スタジオの中に見えるスタッフの人に声を掛けたらしい。

 近付いていくと、スタジオの中は全体的に『灰色』な印象だ。

 うぉー……天井高ぇー……。

 真っ黒い管みたいなのが格子状に天井を走っている。ライトの調整をしているのか、上の方でついたり消えたりしていた。

「おはようございますー。宜しくお願いしますー」

 中に入ると、機材のセッティングはほぼ済んでいるみたいだ。

 雰囲気は、『スタジオでの演奏』がメインに来ていて、ところどころにメンバーのショット、それから新宿の高層ビルや雑踏の映像を混ぜたりするような、そんな感じのPV。……に、なるはず。

「すげぇ。ホンモノのセットだあー」

 スタジオの中に『スタジオのセット』があるのも何かヘン。

 思わずそのセットの方に小走りに寄って行くと、何か小物の調整でもしてたふうのスタッフの人が笑いながら振り返った。

「コケて突っ込んでったりしないで下さいね」

「はーい」

「何か、ここだけ本当に本物の別の空間切り取ったみたい」

 俺に追いついて並んだ和希が目を丸くする。うん。本当にここだけ別スタジオみたいだ。プロの技術って凄ぇなあ。

 スタッフの人が、まだあちこち調整したりとか、照明を明滅させたりとかしている中、こっちも準備に入る。何を準備するって、とりあえず、『俺たち』。

「じゃあ、啓一郎くんからやってもらおうか」

とさーちゃんに拉致され、スタジオの一角で椅子に座らされた。メイク、と言うやつだ。うぁぁぁぁ……やだなぁ。

「……宜しくお願いします」

 鏡に向かい合わされて、背後に立った二十代半ば過ぎくらいの男性に挨拶をすると、苦笑いをしながらメイクさんのその人は鏡越しに軽く頭を下げた。

「宜しくお願いします。旗本です」

「あ、橋谷です」

 手際良く俺の髪を留めたりしていく作業を鏡の中から眺めていると、作業だけは続けながら旗本さんが話しかけてきた。

「髪質、良いですね。アレンジとか楽でしょ」

「そうですか?」

「ええ。あ、でもちょっと柔らかいかな。あんまりハードな髪型にしようとすると、時間が経つと寝ちゃうかもしれないですね」

 何だか美容室での会話みたいだ。……似たようなもんか。

「顔は、あんまりいじりませんから。肌綺麗だし、目鼻立ちも結構はっきりしてるし、変に弄繰り回すと却っておかしくなりそうだし」

 って言いながら、顔に何か塗る。言ってる通り薄いのかもしれないけど、そもそも普段塗るわけじゃないから、肌の上に何か塗られてるだけで気持ちが悪い。

 じっと我慢していると、スタジオの一角から「おおおお」と言う笑い交じりのどよめきが聞こえてきた。振り返るわけにいかないので、鏡越しに目を向けると、なぜか武人が縄跳びをしている。……なぜ。

「縄跳びしてますが」

「あはは。最近流行ってるんですよ、ウチで。照明スタッフの磯崎ってやつが突然現場に縄跳び持ってきて。ほら、小学校の頃とかやらされたでしょ?」

「やりました。俺、結構いいセンまでハンコもらった覚えがあります」

「あ、じゃあハヤブサとか出来るクチですか」

「ハヤブサ出来ますよー。多分。最近やってないけど、そんなん」

「運動神経良さそうですもんね。後で披露して下さいよ」

 凄ぇ和やか。

「旗本さんは?」

「俺、二重跳びがせいぜいですねぇ。久々にやってみると結構キツくて。『俺、太ったんだなあー』ってわかるのが怖いっすよね」

 顔に何か塗られたりするのは相変わらず気持ちが悪いんだが、何だかそんな話をして笑っているうちに少しずつ緊張が解けていった。プロの集団にシロウトが放り込まれて、もっと緊張感とかあんのかと思ったけどそんなんでもないらしい。背後からひゅんひゅんと縄が空を切る音が、また笑いを誘う。

「はい、完成」

 口も手も忙しく動かしていた旗本さんがそう言ってポンと俺の肩を叩いた時には、『撮影用の俺』が出来上がっていた。

 女の子じゃあるまいし、別にそんなに激しく何が変わったとかじゃないけれど、何だかどっか妙に小綺麗になっている。……う、うーん。かっこ良くなったのか、少しだけ見慣れない感じで気持ち悪くなったのか、正直判断がつかないがまあいいや。

「ありがとうございました」

「ま、焦らずいいもん、作りましょうね」

「はい」

 観ている人に、より俺たちの作った音楽が伝わるような、そんなPVが出来上がったら、いいな。




 撮影自体は、多分結構順調に進んでいった。

 他の現場を知らないから何とも言えないんだけど、別に問題が大してあるわけでもなく、雰囲気も良く、縄跳びもやり。

 全体の映像を納め終えて、今度は個人ショットに移る。ドラムの一矢からってことで、照明やカメラのセッティングを変える間に、短い休憩が入った。

「……そうそう。縄跳びのカードに三重跳びまでしかなかったけど、勝手に四重跳びとかやんなかった?」

 まだ話題は縄跳び。

「啓一郎、竹馬とか出来る?」

「幼稚園の時、隣のじーさんが作ってくれたよ。やってみると結構面白いんだよねあれ」

「昔のオモチャって、凄いよね。何気に」

「一矢くーん、セッティング入ってー」

「ういーっす」

 呼ばれて一矢が立ち上がる。持っていたペットボトルの蓋を閉めて床の上に置くのを眺めていると、不意に後ろからから「啓一郎さん」と呼ばれた。振り返る。

「……武人」

「おお。ナイスショット。これ、良いアングルじゃないですか? 売れますか?」

 売るな。

 いきなりさーちゃんのデジカメで、和希と並んでのツーショットを撮影した武人が嬉しそうに言った。PV撮影ってのは、こうしてると結構待ち時間ってのが少なくないらしい。

「音流しまーす」

 スタッフの声が聞こえ、録音音源の『Crystal Moon』の音がスタジオに流れ始める。

 始まった一矢の撮影を見るともなしに見ながら、一緒になって小さく口ずさんでいると、隣に座り込んでいた和希がふと立ち上がった。画像のモニターチェックをしているスタッフさんたちのところまで歩いて行って、後ろから覗き込んでいる。音が途切れて映像監督のおじさんが何か一矢に指示を出していた。横の方からは映像スタッフと話す和希の声が聞こえてくる。

「……へえ? タイムコード?」

「ええ。TCってのを一緒に録音の時に突っ込んでるんですよ。48辺りとかに」

「あ、じゃあそれとシンクかけるんですか」

「ええ。それ使ってMAってのをするんですけどね……」

 何かまたマニアックな話を突っ込んでいるようだ。

 反対側の俺の隣では武人が、床にあぐらをかいてしきりとデジカメをいじっている。

「啓一郎さん」

「んぁ?」

「デジカメって持ってます?」

「俺? ないよ。写真嫌いなのに、ない金かけてカメラなんか買うわけないじゃん」

「どこまでも時代に逆行しますね」

 逆行じゃなくて立ち止まってるだけ。別に「買うなら一眼レフだ」っつってアナログカメラ使ってるわけじゃない。

「欲しいなあ、俺。面白いですよね。携帯もそうだけど、結構いろんなこと出来るんですよ、こんなちっちゃいのに」

 言いながら、かちゃかちゃとデジカメをいじくり回している。

 まだ高校生だし、こんなことしてるせいで所持している金がバンドで消えていく武人は、意外に自由になる金が少ないんだろう。

「そーいやお前、言った?」

「何を?」

「親に」

 あぁぁぁ、と武人は手元のデジカメに視線を落としながら、生返事を返す。

 ……デジカメ持ってる人は少なくないだろうけど、せっかくの多機能、使いこなす人間は少ない。でもこいつ、あと数分で使いこなしそうで怖い。

「言いましたよ」

「え、言ったの?」

「はい。昨日」

「……リアルだね。何だって?」

 いつの間にか再開していた一矢の撮影を見遣りながら尋ねると、そこで顔を上げた武人は口をへの字に曲げて俺を見た。

「最悪」

「大丈夫なのか?」

「さあねえ。大丈夫じゃないってわけにもいかないでしょ。黙らせますよ、何とか」

 言いながら、また目線をデジカメに落とすと、一矢の撮影風景にカメラを向けてシャッターを切った。

「幸い、姉貴が味方してくれてますから。特に一番上と三番目が」

「ふうん? ねーちゃんずも楽器やってんだろ」

「そう。すぐ上の姉貴は俺と同じでベーシスト。……もっと近づいて撮っても平気かなあ」

「見切れてれば大丈夫じゃないの」

 武人がデジカメを握り締めてセットの方へ歩いて行き、しばらく俺は黙って撮影風景を眺めていた。やがて和希がモニターを離れ、けん玉片手に戻ってくる。

「どうしたのそれ」

「これも磯崎さんが持って来たんだって。縄跳びの」

 ああ。縄跳びの人。

 言いながらカン、カン、とけん玉を持ち手の右に乗せたり下に乗せたり、器用に動かす。目が意外に真剣だ。

「あの人何者なの? 駄菓子屋さんの息子?」

「ははは。さーあ? でもおかげで何か和んだよね」

 カンッ。

「こーゆーの大事だよね。リラックスして、現場の空気良くて」

 カンッ。

「うん。……上手いね」

「そう? 知ってる? これ、てっぺんの棒に挿すのが一番難しいよ」

 言いながら和希は、カコンと玉を棒に挿して満足げににこっと笑った。こっちに差し出す。

「やる?」

「やる」

 和希からけん玉を受け取って、軽く片手を振ってみる。飛び跳ねたボールを、持ち手の側面で受け止めてみた。……何だ、意外と簡単。

「和希さあ」

「上手いじゃん。……何?」

「なつみ、どう?」

 カンッ。

「この前さ、電話してみたわけ、俺」

「あ、うん」

 カンッ。

 セットの方から、けらけらと笑い声が響いて来た。

「結構元気そうで。何か最近は食ってるし寝てるしって聞いた」

「ああ……うん」

 和希の目が、俺の手元で飛び跳ねるボールを追っているのがわかる。

「だけどさ」

「うん」







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