第11話(2)
「知らない。ともかく作ってるんだよ、そういうのを」
「うん」
「おかげで俺、原稿持ってリポート出来ないの」
「えっ? 何でっ?」
一矢と武人が同時に俺に顔を向ける。応える表情はしかめ面に近いものになった。
「絵面が悪くなるから、だってさ。そんなことねえと思うんだけどなあー」
「でも、バンドの紹介するなら、結構言わなきゃなんないことってあるんじゃないの?」
だから。
「覚えなきゃなんないの。俺。原稿を」
よーやく把握してくれたらしい。一矢が「うひゃー」と小さく呟く。
ラジオの方は長い番組の中のワンコーナーで収録だけど、何せライブの方は生だ。もたついているわけには当然いかない。
仮にそこで俺がトチったとしても、転換の間の僅かな時間にバンドインタビューを収録することを考えれば「ごめーん。もう一回ー」と言うわけにはいかない。
当然「ここ、カットで」と言うわけにもいくわけがない。
バンド名や活動履歴、タイトルなんかは間違えるなんて御法度だし、噛むわけにもいかない。結構カンペなしに完璧なパフォーマンスを求められることに気がついたりした。こなして来たキョウちゃんを尊敬したくなる。
「……覚えられるんですか、啓一郎さん」
心配してるのか馬鹿にしてるのか、紙一重な声音で呆れたように武人が尋ねる。
「覚えるっきゃないでしょ」
しかも音声だけのラジオと映像つきのDVDの双方を意識したコメントを求められると言う、記憶力・コミュニケーション力・瞬発力を試されると言う……難易度高いぞー……これぇー……。
なんせこっちは、自分のバンドのライブMCしかやったことがない。
「んでもさ、これって結構啓一郎の露出、でかいよね」
ぱらぱらと雑誌をめくっていた一矢が目線を上げる。
「これ……『らんでぶー』のキョウちゃん? ってコがこれまでのレポーターっしょ?」
「そう」
「これ見る限り、結構露出多い」
「こっちもそんな感じ。『DVDスペシャル映像。キョウちゃんの舞台裏レポ』」
既にラジオレポートの枠をはみ出しまくっている気がする。
「しかも、もしかしてウチの楽曲、使ってもらえるんですか?」
眺めていたDVDのジャケットから目を離した武人の言葉に、つい笑顔になった。そうそう。そこはポイント。選曲によってはおいしいことになりそうで。
「そうなんだよ。今までその『らんでぶー』の曲をテーマ曲にしてて。でも解散するしキョウちゃんは抜けるし、曲を変えるわけじゃん。で、実はクロスの使いたいって言ってくれてて」
藤野さんはブレインじゃなくてロードランナーだし、ミニアルバムはブレイン、シングルはソリティアの権利下にあるから彼に決める権限はない。つーことで保留になってはいるんだけど。
「これ、テーマ曲になるやつはラジオのオープニングとエンディング、ライブのオープニングとエンディングに流れるし、DVDにも使われるし、コンピCDにはフルで収録されるし。雑誌も毎回広告挟んでくれるから凄ぇおいしい」
この仕事一本でこんだけの露出が自動的に図れるとゆーのは、連動企画だからこそだろう。慣れれば楽しそうだし。
「でさ、ライブイベントだし、ロックっぽい曲がいいって話で、『KICK BACK!』が一番おいしいなと勝手に思ってんだよね。俺的に」
「おいしい?」
「だってこれだって立派なタイアップだろ? デビューシングルでタイトルとカップリングの両方がタイアップついてるって、何か迫がついて宣伝材料になるじゃん。そりゃあ全国規模で見ればローカルなイベントだけどさ、とは言ってもFM渋谷だぜ? 地方FMん中じゃ有数の規模じゃん」
「そうですよね。どっちか聴いたことがあるって人が増えるわけだから、買ってくれる率は上がりますもんね」
武人が俺に頷いたところでスタジオのドアが開く。和希が、続いてさーちゃんが姿を現した。
「おはよー」
「はよ」
「やってる? 何かさぼってる雰囲気だなあ」
「……俺がわざわざ朝寄って打ち込み音源置いてったのに」
中に入ってきてため息をつきながらぼやく和希に、一矢が反論した。
「武人といろいろ試行錯誤してたよ。啓ちゃんが来てから滞っちゃって」
「俺のせいっ?」
「何の話してたの? あ、そう言えば啓一郎、ライブノーツはどうだった?」
そうそう。それそれ。
「その話をしてたんだけどさ」
そんでさっきの話を、今度はもう少し手短に話す。
「で、そしたら映画で使われる『Crystal Moon』も『KICK BACK!』も流してもらえることになっていいなあって思ったりして」
「そーだね……」
「啓一郎くん、それ、返事してないよね?」
微笑みかけた和希の相槌を遮るように、さーちゃんが口を挟む。思わず全員の視線が集中した。
「うーん……今の段階で広田さんのおっけーが取れるかわからないけど……。まあ、使うんだったら、ミニアルバムからになるな。DVDには使わせない。ライブとラジオが精一杯だね」
「えっ?」
「何で?」
予想外の言葉に目が丸くなる。そりゃあそーだろう。かなりの勢いでかけてもらえることになるのに、メジャー第一弾シングルじゃなくてインディーズ? DVDには使わせない? 何で?
「ねえ、さーちゃん」
少し迷って、でももうこの際だから聞いてみることにして口を開く。さーちゃんはちょっと困ったような顔で俺に目を向けた。
「うん?」
「広田さんって俺らを売る気がなかったりするの?」
俺の問いに、さーちゃんが困惑したような表情で目に驚きを浮かべる。
「まさか。どうしたの? 突然」
「だって。せっかくチャンスなんじゃないの? これって。いろんなとこで曲流してもらえる。シングルのタイアップと繋げたら、宣伝材料になるのに」
言うと、さーちゃんは目を伏せてため息に似た呼吸を吐いた。
「言いたいことはわからなくないけど、そもそも根本的にアウトだよ。まずソリティアで出すシングルに関して、ウチは好き勝手に使って良いわけじゃない。その話をソリティアに持って行って、彼らが納得して、それで始めてOKになる」
「ブレインでも駄目なの?」
「駄目だね。それに、もしソリティアがOK出したとしても、今回に関しては俺もあんまり賛成はしないかな。曲も写真も、使ってもらえればいいってもんじゃないんだ」
言いながらさーちゃんは、腕を組んですとんと壁に寄り掛かった。
「確かにあちこちに許諾していろいろ使ってもらえれば、良い宣伝になる。クロスはこれから売りだそうとしていて、知ってもらえれば嬉しい。だよね?」
「うん」
その通りなので素直に頷く。さーちゃんが目を上げて俺を見た。
「でもね、逆に言えば君らのことをまだみんな知らない。それはどういうことかと言うと、君らのイメージが定着してないってことだ」
「ああ、うん……」
「俺たちが把握してないところで、君らの宣材が使われちゃうことほど怖いことはないんだよ」
さーちゃんが諭すようにぐるっと俺たちを見回す。返事がないのでそのまま続けた。
「差別するわけじゃないけど、小さな企業の中にはいーかげんなところもある。別にインディーズが悪いって言ってるわけでも中小企業が良くないって話でもない。ウチだって中小企業だしね。けど、数ある企業の中でそういう会社があることも事実で、下手に『自由に宣材をプロモーションに使っていい』って許諾を出して下手なことされてからじゃ、遅いでしょ?」
んでもライブノーツって、さーちゃんは知ってそうな感じだったけど。
「取引先の取引先にまでは目が届かないよ」
俺が首を傾げた理由を読んだように、さーちゃんが肩を竦める。
「契約書とかで制限かけたりはもちろん出来るけど、『このくらい平気でしょ?』ってノリで、こっちが許可してない画像や文章を使われるわけにはいかないんだ。まして商品である音楽なら一層だよ。FM渋谷なら下手な真似はしないだろうけど、それ以外にもこんだけあちこちの……それも小さな企業ばかりが寄り集まって作り上げているイベントだと、正直今の段階ではちょっと怖いな。メディアの露出は完全にコントロールしたい。君らに関しては、ちょっと徹底して網羅していきたいんだよ。今の段階から」
「じゃあもしかして……」
じっと黙って聞いていた和希が、不意に顔を上げて口を開く。つられてそっちを見た俺は、和希が言わんとしていることに気がついた。
「ソリティアも……?」
三科さんがぼやいてた、『クロスはガードが堅い』って……。
急に出てきたソリティアの名前に、さーちゃんがびっくりしたような顔をする。
「何で?」
「いや、ほら、マネージメントのフォローをソリティアじゃなくてロードランナーに頼んだりしてるし」
三科さんが愚痴ってたと言えずに、辛うじて言った和希のセリフはそれだった。
「澤野井さんも、ジャケ写を誌面で使いたいって言ったら蹴られたって話だったから」
横合いからフォローする俺に、さーちゃんが今度はこっちを見て「ああ」と小さく笑う。
「まあ、大雑把に言えば『ウチでコントロールしたいから』ってことなんだけど。でもね」
一度区切って言葉を選ぶように、さーちゃんが続ける。
「ソリティアも了承済みなんだよ、これは。じゃなきゃ、レコード音源に関する口出しはウチはそうそう出来ないから、普通。『Crystal Moon』の契約書に記載されてる。クロスの宣材に関しては予めブレインが許諾した範囲で使用して、それ以外は別途協議って」
「良くそれでソリティアも納得しましたね」
まだ手の中にDVDを弄びながら小首を傾げる武人に、さーちゃんが目を細めた。
「広田さんが事前の協議で強硬に圧したらしいからね。あの人も口うまいから」
そうなのか……。
厳しい制限は、クロスの権利物の使用をブレインが完全に把握する為、なんだ……。
「クロスのイメージに関わることだから、下手な真似はさせられない。今みたいに売れてない段階では尚更、完全に掌握しなきゃなんない」
それって……。
さーちゃんがまた全員に向かって続ける。困惑の色が消え、柔らかい表情で目を細めた。
「この意味は、わかるでしょ?」
そういうことだったんだ……。
俺の心に見え隠れしていたブレインや広田さんへの疑心が、軽くなっていくのを感じる。
「露出だけを無駄に上げて、『下手な鉄砲』にしたくないんだよ、広田さんは。『数打ちゃ当たる』かもしれないけど、ろくなことにならない。それだけ期待してるってことだと思うよ。多少回り道をすることになっても、ちゃんと育てようって」
先ほど胸に浮かんだ期待が勘違いじゃなかったことを保証されて、少しだけ報われたような気がした。わけわかんなくて、どっか不安で、「もしかするともーすぐ見捨てられんじゃねーの?」みたいな……そんな気になることも、ないわけじゃなかったから。
「音楽で本当にやってくことの大変さを知らないまま、金つぎ込んで売ったって……君ら、ろくな人間にならないよ。金かけないで売れろって言ったでしょ、広田さん」
「あ、うん」
「自分たちの足で現実を見て、振り向いてくれるお客さん、くれないお客さん……そういうのをたくさん見て欲しいんだよ。キツくても『負けない』って」
そこまで言って、さーちゃんは当初質問を投げかけた俺に向かって最後の答えを口にした。
「広田さんは君らを売る気がないわけじゃない。時間かけてもいいから育てようと思ってる。不安になる必要はないから、自分らのやり方を俺と一緒に模索していこう」
◆ ◇ ◆
「あー、佐山さんねー」
『Crystal Moon』のPV撮影の為に事務所に集合の今日、ちょっと予定より早い時間についてしまった俺が暇つぶしに山根さんを掴まえて「さーちゃんってここでの仕事中ってどんな感じ?」などと話を振ってみると、山根さんの答えはそんなだった。くすくす笑う。
「佐山さんて、さりげに口がうまいですよね」
「さーちゃん? そう?」
集合時間は十一時。今は十時半。そろそろ和希あたりは来るかもしれない。
「あんまり『あ、この人、口がうまいな、危ないな』って警戒しないまんまに気づいたら丸め込まれてる感じで、極めて危ないタイプですよね」
大人しげな口調で可愛らしい声で、山根さんはずばりと言い切った。……さーちゃん。
「ふうーん? 俺、そんなん思ったことなかったなあ」
「そうですか? でも営業センスあると思いません? 良くいる営業マンみたいにC調の軽い調子でもなく、見るからに『営業してます!』みたいな気合い入ってる感じでもなく。多分声のトーンなんだろうけど、どっちかって言うと地味に落ち着いて話しながらさりげなく自分の土俵に引きずり込んでいくって言うか。気づいたら佐山さんのペースで話してるんですよ、何か」
「あー……」
それ、わかる気がする……。
時々さーちゃんが誰かと電話で話したりしてるのを客観的に聞いてると、強引でもなく自分の要求を地味に突きつけてたりするんだよな、確かに。で、クロスの仕事を強奪する。
「まあ、おかげで俺らは助かってるんだろうなぁ……」
思い出して笑いながら受付のカウンターに頬杖をつくと、山根さんは片手でボールペンをいじりながらいたずらっぽい顔をした。
「ふふっ。デビュー前にしては良く仕事とるなあって思いますよ、ホント。相当必死で仕事取ってますもん」
「……そうなの?」
「佐山さん、クロスのファンだから。気合いも入るってもんですよ」
は?
一気に目が点になった俺に、山根さんがさもおかしそうに明るい表情で口元を押さえる。
「やだな、何て顔するんですか」
だってアナタがおかしなことを口走るから。
俺の答えに山根さんは笑いを納めながら、デスクに散らばった書類を引き寄せた。とんとん、と両手で揃えながら答える。
「実際、自分がマネージメントをするアーティストのファンにならなきゃやってらんない仕事だとは思うんですよね。楽曲だって、生半可なファンより、よっぽど聴きまくる羽目になるんですよ? 売り込むんだって、自分が内心『これ、どーなの?』って思ってるものはいくら頑張ってもやっぱり限界があるじゃないですか」
「うーん」
「だから嫌いなタイプだったとしても担当する以上は良いところ、好きになれるところを見つけて、まず自分が好きになることが仕事の第一歩だと思うんですよね。それはマネージャーに限らず、プロダクション全体がそうですけど」
「ふうんー」
言われてみりゃそうだけど。
俺なんか、自分が好きになれないものは口先だけでも売り込めないだろうなあ。
「だからそういう要素はもちろんあると思うんですけどー」
揃えた書類をデスクに垂直に立てて両手で支えたまま、山根さんがまたこっちを向く。
「佐山さんて前、ワタナベいたじゃないですか」
「あ、うん」
さーちゃんが前に担当していた森近あかりの事務所だ。
「で、広田さんが引き抜いてきたわけですけど……こっちに来た最大の理由は、クロスが気に入ったかららしいですよ」
「……ほんと?」
時にとんでもない悪態を平然と口にするさーちゃんを見ているので、いまいちピンと来ない。
いや、嫌われてるとは思わないし、プラスな感じで見てくれてるとは思ってるけど。
「ほんとに。わたしに前に言ってたことありますもん。『一番近い位置でクロスを見ていくファンなんだから、俺より少し遠いファンの人にも還元してあげなきゃね』って」
「……」
「オーディション、見に行ったらしいんですよ。広田さんにヘッドハンティングされて、音源聴いて、でも少し迷ってて」
「えっ。そうなんだっ?」
「ええ。そのステージ見て決めたみたいですよ。『一番近いファンになって、誰よりも大好きになって、クロスと一緒に頑張ろう』って」
ふぇぇ~……。
「意外」
「そうですか?」
「うん。『馬鹿ガキの集まり』だと思われてんのかと思ってた」
俺の言い種に山根さんが笑い転げる。出入り口のドアが開いて、予想通り和希が姿を現した。
「はよ」
「おはよ」
眠たげな顔をしている和希に返事を返しながら、先日「一緒に模索していこう」と言ってくれたさーちゃんの顔を思い出した。
クロスは良いスタッフに恵まれたんだなあ、と感謝せずにいられない気分になる。
「どしたの?」
「いや、さーちゃんネタを仕込んでただけ」
「さーちゃんネタ?」
「うん」
和希に答えて頷くと、事務室の内側で電話が鳴っている音が聞こえた。山根さんがこっちに笑顔を残しながら電話に手を伸ばす。
「お電話ありがとうございます。ブレインですー」
「何? さーちゃんネタ」
「さーちゃんはクロスの為に頑張ってくれてるんだなあって話」
とりあえず事務所に来てとしか言われてないから、多分この辺にいればそのうちさーちゃんが現れるんだろう。そんなふうに勝手に思って、意味もなく階段の方に目を向けた俺は、ふとこの前のことを思い出した。……この前広瀬と如月さんを目撃したニ階の会議室。
(あれ、何だったんだろうなー)
如月さんに聞けるわけがないし、広瀬にも別にあれから会ったりしてないからわからない。一矢のことがあるから気にはなるけど、でも俺が突っ込むことでもないからなぁ。
「こないだのあれ、面白かったね。何かサンプラー変えた? 音が良くなった気がする。間奏で使ってたピアノ音質って打ち込みでしょ」
「もちろん」
「何か凄いナマっぽくない?」
「うーん。サンプラーを新しく買ってね、前のよりは確かに凄い良くなったんだけど……でもやっぱどうしてもナマよりは暖かみに欠けるよね。硬いし、キィとハンマーの微妙なインターバルって言うか……」
「そう? あんだけ出てりゃ上等じゃないの? そう言やこないだ和希に言い忘れちゃったけどさぁ、キーボーディストよりマニピュレーターお願いした方がいんじゃないかって言ってて。今のやり方だと」
「ああ」
和希が何かを答えようと口を開き掛けたところで、受付から見える事務室の奥からさーちゃんが入ってくるのが見えた。片手で持った携帯に視線を落としているから多分、応接で電話とかしてたんだろう。
顔を上げて俺たちに気がつく。笑顔で向かってくるのを見ながら、和希が続きを口にした。
「少しずつさ、独自のカラーを作りたいんだ」
窓越しに受付の中を見つめたままの和希の横顔を見上げる。
「何で『カラーが似てる』とか言われるバンドが出るのかな、って考えたんだよ」
「うん」
「別に誰かの真似をしてきたつもりはないけど、受けて来た影響が強く出てるのは否定出来ないのかもしれない。だからカラーがかぶるバンドなんてのが、出てくる」