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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
35/69

第9話(3)

(ごめんな、あゆな)

 胸の奥が苦い。どうしたって揺れずにはいられない自分が情けない。

 落ち込んだテンションを引きずりながら、暗い路地を抜けて大通りに出る。とは言え、この時間になってくるとこの辺りは結構暗いし、人通りも車通りもそんなに激しくはない。

 駅の明かりが近づいてきて、交差点の信号で足を止めた。

 ぼんやりすると、またすぐに由梨亜ちゃんの泣き顔を思い出してしまう。努力してそれを打ち消していると、突然ぽんと肩を叩かれた。

「啓一郎くんっ」

「……え?」

 振り返ると、広瀬が息を切らせてそこに立っていた。信号が青に変わり、立ち止まっていた周囲の人間がいっせいに流れ出す。

「広瀬」

「何してんの? こんなとこで」

 池袋は一応かなりでかい繁華街なんだから、別段おかしなことはないだろう。

「スタジオの帰り。……しかし凄い偶然だね。なかなかこーゆーとこで知り合いに会わないぞ」

「んな人目につくとこにぼーっと立ってんだもん。あ、あれね、ウチのベースのじじ」

 広瀬が示した方向には、シルバーメタリックのインスパイアが停まっている。暗い車内は良く見えないけど、運転席から誰かが軽く会釈をするのが見えた。D.N.A.のベーシスト武藤寿史らしい。俺はまだまともに口を利いたことがない。

「へえ。送ってもらうトコ?」

「うん。じじは曙橋に住んでて」

 などと言っている間に信号が赤に変わる。あ、しまった。

「……広瀬の馬鹿」

「あたしっ? あたしですかっ?」

 あんた以外におらんだろう。

「うわー。人のせいにしたよこのヒトー」

「広瀬こそ何してんの」

 仕方ないので、もう一ターン、信号待ちをすることにする。

「あたしはカンちゃん家からの帰り。打ち合わせやってて」

 前にD.N.A.のキーボーディストがこの辺に住んでるようなことを一矢が言ってたっけ、そう言えば。

「ふうん。そーなんだ」

「何かテンション低いねー。……っと。しまった」

「は?」

 急に何か思い出したようにぱっと広げた手の平で口元を押さえると、何を警戒してんだかきょろきょろと辺りを見回す。

「……何してんの」

「あー」

 少し言いにくそうに視線を宙に彷徨わせる。

「じゃ、あたし、この辺で」

「は?」

 すすすーっと明らかに不自然に広瀬が後退しながら、キャップのつばを押し下げた。くるっと踵を返そうとする。

「待てい」

 ので思わず、広瀬の着ている上着のフードをひっつかむ。

「ぎゃあ」

「ぎゃあって……。相当意味不明だよ? 今の君は」

「いやあ、そんなことはないでしょー」

 あるでしょ。

「何だよ。何? 何か見られてまずいことでもあんの」

「や、そのー……」

 俺が一向にフードを離そうとしないので、妙にねじれた姿勢をしていた広瀬は諦めたように息を吐いた。

「……離してくれますか」

「話してくれたら」

「言葉遊びしてんじゃないですけどー」

「だから何だよ。気になるじゃん」

 くいくいとフードを掴んだまま揺する。広瀬はしかめ面で唇を尖らせた。

「だからね、最近クロスのファンが増えて来てるみたいだよって話で」

「は?」

 完全に意味不明でぽかんとした隙に、広瀬が俺の手を逃れてフードを直した。

「だからね……啓一郎くん、渡らなくて良いの?」

「え? ああ……まあいーや。んで?」

 通行の邪魔にならないよう広瀬を促して、横断歩道前からそれる。

「何の話?」

「ラジオとか雑誌とかさ、東京でライブやってなくてもいろいろ活動はしてるでしょ」

「そりゃまあ」

「んでね、覚えてる? あたしってクロスのファンやってたって」

「うん、まあ」

 曖昧に頷くと、広瀬が渋い表情で俺を見上げた。

「それってどういうことかわかる?」

「はあ? どういうこと?」

「あたしの顔って、『クロスのファン』としてクロスのファンに知れてんの」

 ああ……それはまあ、そうかもなあ。

 良くライブ会場で見かけたりしてれば、覚えてく人だって中にはいるだろうし。しかもそいつがバンドで売れたりしたら、尚更記憶に残るだろう。

「とね、他のクロスファンやってる人にあたしってどう映るかわかるでしょ?」

「わからん」

 あっさりした俺の返答に、広瀬はご丁寧に「がくう……」と呟きながらうなだれた。

「あたし、自分の立場をいーことにクロスに接近しようとしてるとか言われて、ファンの間でちょっと嫌な感じです」

「ほえっ?」

 我ながら今の声はどっから出たんだかわからない。

「何それ。自分の立場?」

「同じ事務所」

 思わず呆れ顔で髪に手を突っ込む。くしゃっとかき混ぜながら、呆れ顔のままで唸る広瀬を見下ろした。

「しょーがないじゃん。同じ事務所なんだから」

 俺の言葉に広瀬は「そうだけどっ」と半ば怒鳴りながら、じたばたと両手で自分の太股を軽く叩く。

「ファンのコにしてみたら面白くないでしょー? 昨日まで同じ立場で追っかけてたはずなのに、いきなり誰かだけその近くをうろうろし始めたらっ。しかもあたし、クロスのシングルでコーラスやってるでしょ? 誌面とかでそーゆー話がネタとして書かれてたりもしたから、バレてんのっ。だから今あたし、ファンをこれ以上刺激しないようにしようとか思っててっ。いじめられんのもやだしっ」

 ……。

「……何かあったの?」

「何で」

「いや、突然そんなこと言い出したから何かと思って」

 広瀬が深々とため息をついて下さる。

「う……。何があったわけでもないけどさ。別に」

 ふうん?

「だだからね、こーゆーの、また誰かが見てたりしたら良くないかもしんないしっ。あたしだって別に嫌われたいわけじゃ全然ないわけだしっ」

 そりゃあそうだろう。

「彼女とかになってくると、それはそれでまた別なんだけどさあー」

 難しい表情でぼやく広瀬に目を瞬く。

「へえ? そう?」

「うん。彼女ってやっぱどうしたって別モノじゃん。格が違うってゆーか……張り合ってもしょーがないって思うんじゃないの? 一応は。実際立場が違うでしょ? まあ、それでも困った人のターゲットになったりはするんだろうけど」

 ふうん。ファンの世界にも何かいろいろあるんだな。

「あ、そう言えば俺、彼女出来たんだよ」

 話の流れで何となく思い出して言う。途端広瀬が「何ぃぃぃぃぃっ?」と目をむいた。

「あたし、啓一郎くんとは『失恋同盟』だと思ってたのにぃぃぃぃぃ」

「……そんなネガティブな親近感は持って欲しくない」

 俺の言い種に広瀬が笑いながら、軽く俺の腕を叩いた。

「んでも良かったじゃん。忘れられて」

「……」

「……ん?」

 思わず沈黙すると、広瀬は小首を傾げるようにして目を上げた。その顔に小さく笑みを作って頷く。

「うん」

 胸の奥に深く刺さった棘のように感じる痛みを誤魔化そうと、曖昧な笑顔を浮かべて頷く。その時、通りを走る車が巻き上げる風で広瀬の髪が大きく煽られた。そのせいで露わになった右の頬が不自然に赤くなっていることに気がつく。……痣?

「うぁーさぶいよー」

 俺の視線には気づかず、のんきにぼやきながら髪を押さえる広瀬に首を傾げてみせる。

「広瀬、ここ、どうした?」

「ここ?」

「右の頬よりちょっと上の……この辺」

 何か痛そうなので直接触るのもためらわれて、代わりに自分の顔で示す。広瀬は一瞬何だかわからないような顔をしてから、はっと目を見開いた。……何か、「しまった」みたいな。

「ああああ……ええと、ヒロセ、ドアに顔面ぶつけて」

 ……そんな馬鹿な。

 何か不自然。

「広瀬」

 さっきの話と広瀬の痣を頭の中で繋げてしまい、真剣な声音になる。

 まさか。

「クロスのファン?」

「ファンです」

 いや別に質問してるんじゃなくて。

「にやられたんじゃないのかって聞いてるんだよっ!」

 呆れ果てて頭を軽く小突くと、広瀬は頭を押さえながら笑った。

「やだなまさか。んなわけ……」

「本当だな?」

 何となく匂いでわかる。広瀬は嘘をつくのが多分あんまり得意じゃない。真正面から目を見て聞いて、咄嗟に上手な嘘が浮かんでくるタイプじゃない。

 念を押すように言って目を真っ直ぐ覗き込む俺に、広瀬が動揺したような表情を浮かべた。助けを求めるように視線が宙を彷徨う。

「……」

「……」

「……」

「……うー……と。……違うです」

 何てわかりやすいんだろう。

「嘘つけ」

「嘘じゃないもんねっ」

「ぜっっっってー嘘っ! お前、顔にみんな出てるっ」

 そうか、『顔が馬鹿』ってのはこういう有様を指すのか。

「ででで出てないですうっ」

「出てるっ。……あのさ、まじで」

 顔を赤くして怒鳴る広瀬に同じテンションで怒鳴り返してから、俺は低めた声で真面目に言った。

「クロスのファンのことだったら、全然無関係じゃないから。まじで本当のこと言って。ウチのファンの誰かに、何かされたの?」

 俺が大真面目に聞くので、観念したように広瀬は目を閉じて「はああ」とため息をついた。

 黙ったまま広瀬の答えを待つ俺をちらりと上目遣いで見てから、また眉根を寄せてため息を繰り返す。

「あんね」

「うん」

「他のメンバーとかに言わないで欲しいんだけど。てか約束して欲しいんだけど。絶対」

 ……。

「わかった」

 あんまりにも念入りに言うので少々面くらいつつ、頷く。

 それを見て広瀬は、複雑な表情で前髪をかきあげた。ふうっと息をつきながら「まあ言いたいことあったし、いーか」と呟いてからぎっと俺を睨む。……いやいや、俺、悪くないでしょ?

「クロスのファンだからさ、啓一郎くんとかに知られるの、やっぱやだと思うのね。だから誰とかどんなコとかは絶対言わないから、聞かないでよね」

「……わかった」

 頷くと広瀬は渋々と言うように鼻の頭に皺を寄せて口を開いた。

「クロスってオーディション、出たでしょ? あの……『Moon Stone』だっけ? 映画の」

「ああ、うん」

「あれで、多分ちょっとタチ悪そうなのに目をつけられたっぽいんだわ。多分」

 タチの悪そうなの?

 『わからん』と顔に書いてぽかんと広瀬を見つめると、広瀬は髪を指先にくるくる巻き付けながら唇を尖らせた。

「本当はこういう言い方とか先入観て良くないとは思うんだけど……『まだ売れてないけど売れそうなバンド』を転々とファンやってるよーな何人かがいるらしくて。何したいかって、ファンやるくらいだからもちろん好きなんだろうけど、音楽が好きで純粋にファンやるって言うよりは、付き合いたいって言うか『売れる人』に今から近づいておきたいつーか」

 はあ。

「琴子ちゃんなんかはそういう人のこと『ペルソナ』って言ってたけど」

 『ペルソナ』……仮面?

「クロスがね、タイプだったらしくて」

「はあ」

「でも、オーディションからこっち、都内とか周辺でライブ、やってないじゃない? ウェブも今改装中で地方のライブスケジュールとかって、ちゃんと公開してないでしょ?」

「ああ、うん。まあ」

 もーじき公開されるけど。

「でさ、クロスって多分、あたしが知ってるだけでも都内近郊にはそこそこ固定ファンがいるじゃない。例え地方がまだダメダメだとしても、少なくとも都内近郊に関しては。まあ、時々ワンマンやっても何とか形になる程度には」

 ……すげー微妙な言い方をされてるよーな気がするけどまあいーや。

「うん、多分」

「とさ、一応二桁以上になってくると、ファンてひとかたまりじゃなくて、いくつかの派閥みたいなもんとか出来てくるじゃない」

「……そうなの?」

「そうなの。ま、単純に友達になるとかならないとかってのもあるけど、ホントに初期の頃からの古株な人たちと、何段階かに分かれて大体いつくらいからファンやってるかって感じで……先輩後輩じゃないけど。そういうのが」

「ふうん?」

「古い人ほど近づきやすい頃から好きでいるから、近かったりするじゃない」

 言われて俺は、クロスが出来たばっかくらいからライブに来てくれたりするようなコを何人か浮かべてみた。

 普通に友達っぽい人とかもいるけど、基本的にクロスとして以外はまず会うことがないような人の方が多い。

「そうするとね、そういうコとかって、どっから拾ってくるんだか、公開してないようなスケジュールなんかも知ってたりするわけ」

 なぜっっっ?

 絶句していると、広瀬も首を横に振りながら肩を竦めた。

「クロスの周辺の人とかとも近くなるからじゃないの? それに、新しくクロス好きになった人とかも押さえてるから、情報がいろいろ入りやすいんだよ。だって公開してないって言ったって、例えばラジオのサイトではゲストスケジュール出してるだろうし、ライブハウスだってそうでしょ? 関係者の一人ニ人友達になってたっておかしくないし」

 あー、なるほど。

 例えば泉みたいな奴と友達になったら、俺らの情報なんかだだ漏れだろーなー。

 美姫なんかもそうだし、それこそ琴子だって世良や広瀬経由で何か知っててもおかしくないし。

「なるほどね」

 呆れたような気分になって相槌を打つ。何だか他人事のよーな気分。

「そんでさっきの話に戻るんだけど、オーディションで引っかかったその『ペルソナ』じゃないかって思われるコたちはさ、クロスとその辺のファンじゃない意味でお近付きになりたいわけだけど、そもそも今情報得るのが難しいじゃない。ライブとか行かなきゃ仲良くなんのも難しいし。で、情報得る為にそーゆー古いファン……それも、琴子ちゃんとかみたいに友達とファンと紙一重みたいなコアな人たちじゃなくて、それよりはちょっとメンバーと遠いような人とかにアプローチかけたりしてて。地方のライブとか押さえて行こうとしてたりするみたいなのね」

「へー」

 ありがたいんですけど。

「うん。行くのはいーの、行くのは全然」

 俺の表情を読んで広瀬が肯定する。

「ただ、そやって水面下でクロスを嗅ぎ回ってるうちに元からのクロスのファンのコとかちょっと警戒し出しちゃったりもしてて、必要以上に過敏になってるって言うか……」

「警戒?」

「うんー……」

 ここまでずるーっと一気に言った広瀬は、そこで僅かに口ごもった。

「正直、前からファンやってる人とかも複雑だと思うのね。売れて欲しい、応援してあげたいって気持ちはもちろんあるだろうけど、反面そうなったら遠くなっちゃうから寂しくもあるだろうし。それをさ、何か逆撫でする感じじゃん? 『近づきたいけど、クロスの音楽が好きだし頑張って欲しいから、遠くで応援しよう』って我慢して決めてる人とかにすると、土足で踏み荒らされそうな危機感ってゆーか……そゆの感じてたりもするみたいだし、それはあたしもわからなくはないし。んで派閥抗争じゃないけど、牽制しあってるみたいな空気感、あって」

 正直多分ちょっとぴりぴりしてるんだよね、と広瀬は俺から視線をそらして、車の行き交う車道に目を向けた。

「あたしのコレはその余波って言うか……ファンから周辺ちょろついてるのが必要以上に目に付いてるってゆーか」

「はあ」

「前からファンのコとかは、事務所ついたのも全然知ってるし、事務所がどこかまで知ってるみたいだし。……啓一郎くんとラーメン食べに行ったでしょ? あたし」

「は?」

 問い返しながら思い出す。前に、由梨亜ちゃんのことでへこんでた時のことか。

「うん」

「あーゆーの、見られたり。時々神田くんと話してたりとか。そゆので、『ペルソナ』に刺激されたコとかに敵視されちゃったみたいで。あたし」

「じゃあ、それで? その……前から俺ら応援してくれるコとかに?」

 俺の言葉に広瀬が無言で頷く。

「仕事終わりに事務所の外で。ばしーんって」

「んな無茶な」

「あたしに言わないでよ」

 そりゃそーなんだけど。

 ……ともかく、広瀬が懇切丁寧に説明してくれたので、最近全然見えてなかったファンやってくれてる人たちの間で何が起こってんのかが何となくわかってきた。

 俺らが地方で「客がいなーい」なんつってライブやってる間に、お膝元でそんな波紋が起こっていようとは。

 言葉を失っている俺に、広瀬は一際大きなため息をついた。

「あたしのことはとりあえず良いとしてもさ。クロスのメンバーも変に振り回されたりしないよう気をつけた方がいーなって思ったりします」

「振り回されるって言ったって……」

 ファンになってくれれば素直に嬉しいし、他のファンとの区別なんてつけよーもないしつけちゃいけないだろうし。








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