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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
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第1話(2)

「広田さんにちょっと相談してみようか。スタジオミュージシャン頼むと高いからなあー。誰か知り合いとかいないの?」

「いないことはないけど……勝手に引きずり込んでもいーの?」

「それはそれで、また相談ってことになるけど……ああ、そうだ」

 ほわほわと煙を吐き出していると、紫煙の向こうでさーちゃんが立ち上がった。飲みかけのペットボトルをそのままに、「ちょっと待ってて」と言い残してスタジオを出て行く。

「美保って、コーラスの声、良かったんだよなあ。言えばやってくれんじゃん?」

「やってくれるだろうけど。でもこれ、レコード会社で発売するものになるんだと、実演家の権利が云々とかあるんじゃないの?」

「あ、そうなの?」

「そうでしょ」

 面倒臭ぇ。

 いや、そんなことを言ってはいかんのだろうが。

 なんて思いながら煙草のパッケージをテーブルの上に放り出そうとして、空になっていることに気がついた。さーちゃん戻って来るまで、どーせ空き時間みたいになっちゃってるし、買って来ちゃおうかな。事務所の一階には、煙草と飲み物の自販機が一台ずつ置いてある。

「俺、煙草買って来て良い?」

「あ、ついでに俺のもー」

「俺もー」

「はいはい」

 煙草を灰皿に放り込み、一身にオーダーを受けて俺はスタジオを出た。

 ブレインの事務所は三階建ての自社ビルで、一階には事務室と会議室、それに応接室がある。ニ階にはAstと名付けられているリハスタが一つと、1stと言うレコーディングスタジオ、機材室に会議室があり、三階にはBst、Cstというニつのリハスタと2stというレコーディングスタジオ、それに機材室と小会議室があった。

 現在クロスが使用しているのは三階のBstで、レコスタの隣になる。ニ階のリハスタ、AstはBlowin’というブレインの柱となる人気バンドがほとんど独占的に使用していて、『Blowin’の巣』とか言われているらしい。

 階段を降りて、一階の事務室の前の自販機で煙草を三つ購入する。

 階段のすぐ脇に、豪勢ではないけれどソファとローテーブルが設置されていて、ここが一応ロビーと称されているらしい。今は無人だ。

 煙草を三つ無理矢理片手に持って階段を上り、ニ階まで上がって来たところで、奥の方からドアが開く音が聞こえた。何となく足を止める。

 階段から正面右手に折れた方にある会議室のドアらしい。ちなみに、正面にあるレコスタでは、Blowin’がずっと何かのレコーディングをしている。

 さーちゃんの声がしたので、俺はそこに立ち止まったまま、廊下の方へ視線を向けていた。予想通り姿を現したさーちゃんは、隣に女の子を連れていた。

「あれ? 啓一郎くん。何してんの? 迷子?」

 迷子になるかいっ。

「煙草のおつかい」

 さーちゃんの隣の女の子は、俺とさーちゃんをきょときょとと見比べた。少しきりっとした、大きな黒曜石のような瞳。髪は背中の中ほどまで届く真っ黒の艶やかな髪だ。取り立てて美人ではないけれど、惹きつける強さを持つような独特の雰囲気。

 そう思って、俺は内心首を傾げた。

 この人……俺、どこかで……。

「このコ、クロスに紹介するから、一緒に戻ろうか」

 引っ掛かりを覚えながら、ぎこちなく頷く。

 絶対どこかで会った、と思う。

 いや、アーティストなんだろうから、メディアで見たんじゃんって言われればそれまでだけど、多分そうじゃない気が。

「どこかで会わなかった?」

 さーちゃんと彼女がこちらへ来るのを待って、階段に足を掛けながら尋ねた。彼女は、微妙にバツが悪そうな表情をしてぽりぽりと頬を人差し指でかく。

 さーちゃんが、きょとんと俺と彼女を見比べた。

「ナンパ?」

 何でいきなり俺がこんなとこでナンパしなきゃなんないわけ?

「ちゃうわ。いや別に会ったことないんだったらいーんだけど」

「一度」

 さーちゃんに噛み付いていると、彼女がぽつんと答えた。少し困ったような表情で俺を見上げる。

 それから、言葉を補うように続けた。

「クロスのライブで、一度だけ」

「あ」

 思い出した。

 広田さんと会った、先月のライブだ。琴子の後ろに立っていた……。

「何? 紫乃ちゃん、クロスのライブ行ったの?」

 並んで階段を上がりながら、さーちゃんが俺と彼女を見比べる。そんなさーちゃんに、彼女は微妙な笑みを浮かべて頷いた。

「はは……バレた」

「バレたって」

「あたし、何気にクロスのライブ、めちゃめちゃ行ってたりして」

「うっそおお」

 衝撃発言に、ただでさえでかい目をまん丸にして足を止める。え? それってどういうこと? ファンやってくれてたって解釈していいの?

 俺の胸中を読んだでもないだろうに、彼女は照れ臭そうに笑った。

「ファンで。まじで、凄い好きで」

「へえ。凄い偶然じゃん」

 さーちゃんがあっさりと言って階段を上がっていく。置いていかれてしまうので、慌ててその背中を追いかけながら、「まじでっ?」と思わず俺は尋ねていた。

「まじで。……遅ればせましたが、D.N.A.のヴォーカルやってます。広瀬紫乃です」

「あ、Grand Crossのヴォーカルの橋谷啓一郎です」

 勢いで名乗りあって、ややして俺はまたもぎょっとした。

「D.N.A.のヴォーカル?」

「はい」

 うっそぉ……。

 D.N.A.ってのは、先月だか先々月だかにデビューしたばかりの新しいアーティストだ。確か、女性ヴォーカルと男性キーボーディスト、男性ベーシストのスリーピースバンドで、デビューシングルが結構売れてた気がする。俺は顔までは知らなかったけど、曲は耳にしたことがあって、ポップスっぽい柔かい綺麗な女の子の声が印象的で。

 で。

 ……そのヴォーカルがクロスのファンやってたって、おかしいだろうそれはやっぱりいいい。

 何となしにくらくらして、手すりに縋りつくように突っ伏していると、頭の上の方からさーちゃんの声が降って来た。

「何してんの。啓一郎くん」

「人生について、ちょっと……」

 もごもごと突っ伏したままで言うと、頭の上で広瀬の困惑したような声がした。

「あのー、何かまずかったりとか?」

「や、そうじゃないけど。プロの人に『ファン』とか言われると意味がわからないと言うか」

「んでも、ヒロセはこないだ出たばっかしだし。全然。あんまし変わらないと思う。立場」

 いや、全然違うと思う。

「クロスのメンバーって、紫乃ちゃんと年近いんじゃないの? 啓一郎くん、今二十一でしょ」

「ヒロセも二十一です」

「じゃあちょうど同い年だね。紫乃ちゃん、仲良くしてあげて」

「あ、宜しくお願いします」

 階段を上りながら言うと、広瀬はほんのり赤くなって困ったような顔をした。三階に辿り着いた途端、ぴたりと足を止める。

「うー……」

「『うー』?」

「あああのぉ……」

 さーちゃんはお構いナシにすたすたと歩いていく。足を止めたまま唸る広瀬を振り返ると、何だか変な形相で広瀬が俺を睨みつけるようにしていた。いや、睨まれる覚えがないんですが。

「どうしたの?」

「やっぱし、和希さんとかいたり?」

 そりゃあメンバーなんだからいるでしょう。

「いるけど?」

「ええと、あたし、錯乱しても良いですか?」

 錯乱されたら、やっぱり嫌だ。

「……ひょっとして」

 紅潮した広瀬の顔を見つつ、俺も足を止める。広瀬が呻くように言葉を押し出した。

「や、和希さんのギターがね……かっっっっこいいなあああとか思ってたですよ」

「……はあ」

「だからそのぉー……ちょっと心の準備とか」

「何してんの?」

 そこへ、ひょいっと当の和希がいつの間にやらそこへ来ていて、顔を出した。

「うぎゃあああああ」

 広瀬が後ろへ仰け反る。上ってきたばかりの階段を転げ落ちなかったのは僥倖だ。

 さーちゃんは既に廊下に姿はなく、Bstのドアが開けっ放しになっているのが見える。さーちゃんが中に入って、戻ってこない俺の様子でも見に来たんだろう。……その反応はどうよ?

「び、びっくりした……」

 雄叫ばれた本人である和希も、切れ長の目を驚いたように見開いて、自分の胸に左手を開いて当てる。そりゃあ驚くだろう。俺も驚いた。はっきり言って。

「ごごごごごめんなさああいいい……」

「広瀬サン……?」

「ごめんなさいいってばあああ」

 うにゃああと、真っ赤な顔で広瀬が謝る。和希が「え? 何?」と言う眼差しを俺に向けた。聞かれてもなあ。俺だってほとんど初対面なわけだし。

「このヒト、和希のファンやってたみたいよ?」

「は?」

「ああああああッ」

「何してんの? とりあえず中に入ってもらわないことには話が進まないんだけど」

 いつまでも入ってこない俺たちに業を煮やしたらしいさーちゃんが戻って来て、呆れたように言う。

 ので、とりあえずその言葉に従って俺たちはスタジオに戻ることにした。

 中に入ってさっきの場所に戻ると、同じその場に座ったままの一矢が俺を見上げた。

「……叫び声が聞こえましたが」

「……聞こえましたか、やはり」

 そりゃ聞こえるでしょ、と一矢が呟くのに被せるように、さーちゃんが広瀬を紹介した。

「今ね、啓一郎くんだけ下で会ったから紹介しちゃったけど。ウチの事務所のD.N.A.のヴォーカル。先月デビューしたばっかりなんだけどね」

「初めまして。広瀬紫乃です」

 おたおたと慌てて広瀬が頭を下げる。長い髪がさらっと肩を滑り落ちた。

「紫乃ちゃん、クロスのライブに良く行ってたんだって? ファンだったってことみたいだけど」

「あ、は、はあ……まあ……平たく言えばそういうことに……」

 くすくす笑いながら言うさーちゃんに、広瀬がまた真っ赤になって俯いた。

「で、さっきのコーラスの話さ、紫乃ちゃんにやってもらったらちょうど良いんじゃない? 同じ事務所なんだし、紫乃ちゃんはやってくれるって言うし。D.N.A.の他のメンバーもおっけー出してくれたから」

「そうだね……」

「一度声出してもらって……声がイメージ違うとかだとどうしようもないけど。もしやってもらえるようだったら、スケジュールなんかは俺と、D.N.A.のマネージャーとで調整するからさ」

 じゃあお願いしても良いのかなあと和希が呟いて首を傾げると、広瀬は一層ぶわわわって赤くなった。それに頓着せず、和希がのんびりと尋ねる。

「忙しいんじゃないですか? 平気ですか?」

「ああああああたしは全然ッ……」

 そんなに力まなくても。

「そうですか?したら……声、もらった方が良いよね? 今、時間って平気なんですか?」

「今は平気です。あの、三十分くらいだけど」

「十分。じゃあ……ちょっと啓一郎と声だけ合わせてみる? Cとかで」

「いーよ」

「じゃあすみません。広瀬さん。いきなりでちょっと嫌かもしんないけど、声だけもらえます?」

 和希の言葉に、広瀬は赤らんだままの頬を指先で撫でながら、頷いた。俺の方を見るので、おおよそでCの音程でちょっと声出しをして合わせてみる。広瀬がそれにあわせて、最初はC、続いてGの音で勝手にハモってくれた。

「あ、凄ぇ。超相性良くない?」

 柔らかく伸びやかな広瀬の声は、ハモってみて凄く心地良い。思わずびっくりして言うと、広瀬が笑った。

「ホントだ」

「良さそうじゃん、何か。どうしよう? 早速楽曲、聴いてもらってみる?」

「そうだね。もし可能なら、適当に合わせてみてもらったら感覚も掴めそうだし」

「あのね、広瀬さん。お願いしたいのは、俺らの『Crystal Moon』って曲のサビ部分の女性コーラスなんだけど、今ちょっと流すから聴いてもら……」

「あ、あたしっ……」

 嬉しそうに目を丸くした和希がCD-Rを指先で回しながら言うと、広瀬が慌てたように口を挟んだ。

「あの、凄い大昔の『Crystal Moon』だったら、あたし、音持ってて」

「……えっ?」

 これにはさすがに、全員がぎょっとした声を上げた。

 この曲は今回和希が引っ張り出してきて久々に演ったんだけど、逆に言えば最近になるまで存在すら忘れていたような楽曲だった。つまりライブでもやってなければ、最近の音源にも入っていない。持っているとしたらクロスを結成したばかりの頃に三十枚くらい作った初期の奴で、それを持っている人ってホントに少ないはず。大体、俺でさえ持ってない。

「その、だからつまり、曲……大体は知ってます……」

 どんどん小さくなっていく声にあわせて、広瀬も俯いていく。いや、そんなに小さくなる理由は全然ないんだけど、正直昔の『Crystal Moon』を持ってるって、ちょっと恥ずかしい。

「良くそんなもん、手に入りましたなあ」

 壁際に座ったままの一矢が、呆れたような声を上げた。広瀬がそちらをちらっと上目遣いに見て、「琴子ちゃんにコピーしてもらいました」と小さく言った。さーちゃんが苦笑する。

「あんまりあちこちで言わないようにね」

「CDをRに焼いて友達にあげるのって、まずいんですか?」

 武人が尋ねると、さーちゃんは壁に寄りかかって組んだ腕の右手を顎に当てて頷いた。

「基本的にはね。適法行為である私的録音ってのは、レンタルショップとかで借りてきて一枚やニ枚を自分や家族の為にコピーする程度のことなんだよね。一応個人的または家庭内ってことになってるんだよ。友達ってなってくると範囲広くなるから。R代をどんぶり勘定でちょっと多めにもらっちゃったとかすると完全にアウト」

「え、そうなんだ」

「極小でも利益が発生しちゃってるでしょ。ま、そんなわけだから、特にアーティストの君らはその辺気をつけてもらって。ふーん、でもじゃあ話は早いじゃない。曲、知ってるんでしょ?」

 こくっと広瀬が頷いた。

 確かに、琴子だったら『元祖Crystal Moon』が入ってるやつも持ってるはずだ。あいつ、クロスどころか、俺が渡り歩いてきたバンドの、俺がいる間の音源を全て持ってるかんな。

「で、こないだリアレンジしてやったじゃないですか。あたし、あのライブも見てたし、元の音も知ってるし、だから今でも何となく歌えるんじゃないかって気がします」

「凄いね」

 感心してんだか呆れてんだか紙一重みたいな顔で和希が呟き、広瀬もどことなく恥ずかしげに「すみません」と笑った。それに、さーちゃんがまた苦笑する。

「謝ることじゃないでしょ。むしろありがたい話なわけで。でも、そのライブの時からはかなりアレンジ変わってるんだよね」

「結構変わってるね。公募に出す時に、またリアレンジしてるから」

 肯定する和希に頷き返して、さーちゃんが和希からCD-Rを受け取った。

「じゃあその新しいのを聞いてもらって、とりあえず一度、軽く声だけ試してみようか」


          ◆ ◇ ◆


 二十時半を過ぎてスタジオを出た俺は、今日は特にバイトがあるでもないし、単車で真っ直ぐ新高円寺の自宅まで戻って来た。

 広瀬がいられる三十分の時間の中で、音源を聞いてもらった後に、簡単にハモってみて。

 これがまた、綺麗にハモれるんだわ。

 美保のコーラスとも相性が悪かったとは決して言わないけど、広瀬の声と俺の声は歌っていて物凄くしっくり来た。傍で聞いていてもそうみたいだから、これはもう是非お願いするしかないでしょうと。

 一応、そういうことで話は固まっている。

(メシ、どうしよっかなー)

 月極駐車場に単車を停めると、俺はメットを片手にぶら下げて自宅マンションの方までてれてれと歩いた。

 俺が住んでいるのは、一応四階建てのマンションを名乗っている。でも狭いし古いし、駅から近い割には最上階でもそんなに家賃は高くない。

 でも、一畳程度とは言えキッチンもあるし、バストイレも別だし、ワンルームも八畳あるし、更にロフトもあるし。元々それほど物を置くタチでもないので、高校時代から住んでいるにも関わらず、未だに荷物は多くはなかった。テレビくらいはそろそろ欲しい気もするけどな。高いしな。誰かくれないかな。

 夕方に事務所でカップラーメンを食ってしまったので、今は何となく腹は落ち着いている。とりあえず一旦家に戻り、シャワーを浴びると、ビールでも飲もうと冷蔵庫を覗き込んだ。

 凄ぇな。見事にビール缶以外に何もないな。カップラーメンだと後でまた腹が減るかもしれないし、どうしようかなー。

 ……などと思う俺の視界の隅で、小さなランプがチカチカと点滅しているのを見つけた。留守番電話だ。

 それを見てテンションが下がった俺は、ため息混じりに冷蔵庫のドアを閉めた。立ち上がって、電話機の方へ歩く。

「三件です。十二月二十九日午前十時二十分……」

 電話の告げる機械的なアナウンスに続く沈黙。それが三度、繰り返された。

 今度は先ほどより深いため息を吐き出して、録音を消去する。気分転換もかねて、俺はコンビニに向かうことに決めた。

 ここのところ、家に帰ると留守電が点灯していることが多い。

 正確には、例のオーディションが終わって少ししてからだ。そんなに大量の留守電が残されているわけじゃないけど、いずれも残されるメッセージは無言で、家にいる間にかかってくる電話にも無言のものがある。いや、一件だけ「死ね、馬鹿」とか女の子の声で入ってたことがあったっけ。いずれにしても、電話番号の表示はない。

 嫌がらせを受けるほど嫌われた自覚は、特にないんだけどなあ。気にしねーと思うものの、やっぱし気持ち良くはない。

 部屋を出て乗り込んだエレベーターが、一階に到着する。ぼんやりしたままマンションを出ると、道路に出てすぐのところで、そこに立っていたらしい女の子にぶつかった。

「うわ、ごめんなさい」

「あ、すみま……」

「あれぇ?」

「あーっ」

 柔らかそうな髪質のさらりとした黒髪を肩口まで伸ばし、細面の顔にはどちらかと言えば小さな瞳が乗っている。全体的に大人びた雰囲気があり、お洒落だがシックにまとめた服装が相乗していた。

「容子ぉ」

 俺とは似ても似つかないが、三つ年下の妹である容子だ。

 俺と、更に俺の上にいる姉が母方に似たのに対し、妹の容子は父親に良く似ている。童顔と言われる俺より、容子の方が年上に見られることもしばしばだったりする。

「啓ちゃんじゃん」

「何してんだよこんなとこで」

「啓ちゃんに会いに来たに決まってるじゃん」

 騒々しい俺と違って大人しい性格の容子だけど、いわゆる内弁慶と言うのか、俺に対しては強気だ。兄という目上の立場にも関わらず、妹にちょっと弱い俺。

「電話くらいしろよ。携帯の番号知ってるだろ」

「したけど、繋がんなかったんだけど」

 半ギレのように言われ、条件反射で少し腰が引ける。ああ、怖い怖い。慌ててポケットの携帯を引っ張り出すと、電源はオフになったままだった。スタジオに入る前に切ったまんま忘れてた。

「悪い悪い」

「どこか行くの?」

「コンビニ。どっかメシでも食いに行く?」

「おごってね」

「……うん」

 家族が俺の財政を圧迫する。

 胸の内でそう嘆きながらも、一応兄の沽券を保つ為に、俺はしおしおと頷いた。容子と並んで、青梅街道沿いにあるファミレスへ足を向ける。

「で?」

 各々オーダーを済ませて煙草を咥えると、まだ未練がましくメニューに視線を落としている容子が俺の言葉に顔を上げた。

「でって?」

「どしたん? 何か用じゃないの?」

「ああ。今日泊めてもらおうと思って」

「別に良いけど」

 俺の家族は総じて仲が良い。

 容子が泊まりに来るのも、そうしょっちゅうではないが、初めてでもなかった。

 実家は、渋谷というもろ都心にあるので、交通の便が悪いということはないけど、一番上の姉が既に結婚して家を出ており、俺も高校時代から家を出てしまっている。

 一人残された、しかも娘である容子に親の関心が集中して口うるさくなるのは必然なんだろうが、容子の方からすれば鬱陶しくてたまらないらしい。おかげで、ちょいちょい、俺の部屋は利用されている。

「この時間じゃあ、まだ文句言われるほどでもないんじゃないの」

 咥えた煙草に火をつけながら問うと、容子は軽く肩を竦めた。

「今日は啓ちゃんに話があって来たの。ついでだから泊めて」

「いーけど。……話?」

 ライターを置いて灰皿を引き寄せる。煙を吐き出して、改めて容子に目をやった。

「お母さんがさ、心配してるよ。このままアルバイトやってくのかって」

「……」

「言えば良いのに。事務所決まったって」

 容子の言葉に、返答を持たずに黙って煙草を口に運ぶ。






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