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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
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第8話(2)

「好きにはなれないってわかった時点で、離れるべきだった」

 ああ。そこか。

 それは確かにその通りなので、俺は特に言葉もなく和希の言葉を待った。

「その時だったら、なつみの傷は今ほど深くならなかったのかもしれない。……後悔しても仕方ないけど、友達を続けるべきじゃなかった。好きになれないのに優しくし続けるのは、一番残酷だよ」

 言葉のない俺に、和希が自嘲めいた笑いを微かに浮かべて視線を向けた。

「でも結局こうなっちゃったら、やっぱり少し様子は見てやんなきゃならない。どうしたら良いのか考えながら、由梨亜に心配かけないように、努力する……」


          ◆ ◇ ◆


「どこにする?」

「あ、高校あった。あの辺りって通り道じゃないの? 駅、見えるし」

「さーちゃん、車あっち回してみてよ。……入れる? 一通?」

「いや、大丈夫そうだよ。行ってみようか」

 さーちゃんが運転しているこの車は、クロス所有のぼろバンではない。ブレイン所有のもっとでかくてもっと良いやつ。

 さすがに懲りたらしいさーちゃんが、広田さんに掛け合って車を借り出してくれた。あるんなら最初から貸してくれたっていーのにと思う俺は歪んでるんだろーか。いやいやそんなことないでしょ。走行距離までケチらんでも。

「あ、いーね、この辺。広いし、ストリートやってくれと言わんばかりじゃない?」

 夕方からラジオ収録があるんだけど、せっかく来た地方では少しでもストリートライブを決行しておきたい。そんな信念の元に、現在やる場所を選定中。

 ちょっと今回は、闇雲に場所を選んでいるわけじゃない。ふふふ。少しは脳味噌を使わなければ。

 聴いて欲しい人がいる場所でやらなきゃいかんでしょう。聴いて欲しい人――すなわち、高校生。

「よし、けってーい。ここにしよ。今、何時?」

 がしっと運転席の背もたれに抱きつきながら聞くと、隣で一矢が腕時計を覗き込んだ。

「十五時半近く」

「いー時間じゃーん」

 ちょうど下校する頃合い。

 さーちゃんが道の端に車を寄せて停止させると、ドアを開けて表に出る。

 出てみると、下校する高校生をターゲットにするにはぴったりのよーな場所だった。

 車通りのない、冗談で設置されているとしか思えないような道路を間に挟みながら、緩く緑を茂らせた公園が続いている。遠くに高校とおぼしき建物が見え、振り返れば反対側には駅が見えた。

 もの凄く繁華街って感じは全然ないけど、人がいないわけでもなさそう。高層ビルもいくつかあるけど、オフィス街ってムードでもない。新しくて綺麗で、地方の新興都市と言う雰囲気。

 トランクを開けて機材を運び出す。セッティングをしていると、ちょうど下校する高校生が姿を現し始めた。

「一日授業お疲れさま、って感じですねー」

 学校をバックれて静岡くんだりまで来ている高校生が、ベースアンプとキャビを繋ぎながら呟いた。

「お前、良く何も言われないね」

「誰にですか」

「親とか。学校とか」

 セッティングに最も手間のかからない俺がMTRと各種ケーブル類を繋ぎながら言うと、発電機に繋いだアンプの電源を入れて武人が振り返る。

「家は別に……どうせ元々帰ったり帰らなかったりだし。学校では最近ひどく病弱です、俺。……ああっ、具合が悪いので早退させて下さいっ……」

 それだけ健康的な顔色で騙される教師も教師だ。優等生の信用か?

 ストリートなんかでドラムにマイクは必要ないし、ギターもベースもアンプでオッケー。基本的にMTRに繋ぐのはシーケンサーとヴォーカルマイク、コーラスマイクだけになる。

 マイクケーブルを繋いでいる俺の後ろを、ぞろぞろと高校生がもの珍しそうに通り過ぎていった。……ああ、お客さんが帰ってしまう。

「えー? 何ー? バンドー?」

 友達に囁いているらしい声に、立ち上がってマイクスタンドを伸ばしながら会話に首を突っ込んだ。

「そーそー。バンドバンド」

 声かけときゃ、何人か引っかかるかもしんない。

「えー? 今から何かやるの?」

 俺が会話に口を挟んだせいで、女の子の三人組が足を止めた。

「ギターの人、超かっこいーんだけど」

「あ、一曲聴いてってくれたら持って帰っていーよ、あれ」

 嘘ーやったー、と上がる笑い声に、足でエフェクタ―を踏み替えていた和希がきょとんと顔を上げる。

「何?」

「良かったね、お前の今日の宿泊先決まったよ」

 マイクとケーブルを結線して、マイクから声を出してみる。

 興味なさそうに通り過ぎるコや、興味はありそうなもののやっぱり通り過ぎるコも多いけど、何人かで固まって帰ってくるコたちの中には遠巻きながら少し足を止めてくれる人もいる。

「はいはーい。学校お疲れさまー」

 感度良好。

「バイトとかデートとか勉強とかあるかもしんないけど、お暇だったら聴いてってみるのも一つの手! さーあ行ってみよーかっ。Grand Crossでっす、よろしくっ!」

 セッティングが終わり、半ば無理矢理演奏を始める。

 通りすがりの彼らは珍しげに視線を向けはするけれど、大半はそのまま通り過ぎて行ってしまう。

 だけどそれでも上等だ。俺らの音は、強制的に彼らの耳に届く。中には足を止めてくれる人たちだっている。

「はい、ありがとうございましたあ」

 次々と帰ってくる学生たちは、足を止めている中に知り合いを見つけると「何してんのー?」などとつられて足を止めたりもする。

 中には後から来た方につられて帰っちゃう人もいるけど、入れ替わり立ち替わりで三曲やった頃には、立派に人だかりと言えそうな状態に持っていけた。やっぱりこの道は、大半の生徒が通過する地点らしい。おいしい。

「おにーさんたち、どこからー?」

 三曲目の頭くらいから左端の前の方に陣取って腰を落ち着けている男子高生の一人から声が飛ぶ。十人くらいの集団で、見た感じから学校で目立ってるだろう集団。歌ってる間でも、通りがかる女の子とかが声をかけて足を止めていくような感じ。

「東京ー」

「おー。遙々ー」

 いやいや、遥々と言うほどの距離でもないでしょう、静岡。

 和希が視界の隅で「ごめん、弦切れた」と言うのを見て会話を繋ぐことにした俺は、自分の高校時代を彷彿とさせるそのノリの良さそうな一団にターゲットを定めてマイク越しに言葉を続けた。

「どうでもいーけど、君らの集客力、凄いね」

「何? 集客?」

「君らを見て足止める人、めちゃめちゃ多いんだもん」

 俺の言葉にけらけらと笑い声が上がる。

「俺ら、後ろで踊ってあげようか」

「結構です」

 ぎゃははははと笑い声が上がる。また別の男子高生が声を上げた。

「おにーさんたちいくつー?」

「俺ら三人はハタチ過ぎ。ベースの……」

 ちらっと見ると、武人が顔を上げた。『年が近い連中が得意じゃない』と前に言い切った武人は、自分が話題になりそうな雰囲気を察して微かに嫌な顔をする。そんな顔されても、悪いけどネタにする。

「彼だけ十六。君らと同じ高校生」

 えーッと声が上がる。一斉にその場の視線のほとんどが武人に集中し、たじろいだように武人は視線を泳がせた。

「高校どこー?」

 やはり同い年と聞くと興味がぐんと上がるらしい。武人の口元にマイクを持っててやると、僅かに困った顔をしてぼそぼそと答える。

「城西です。東京の」

「え、すごーい」

「頭いー」

 蜂の巣をつついたような騒ぎとゆーやつだ。まあ確かに有名進学校ではあるんだけど。

 『しかも首席』とか言うと、今度は反感でも買うと困るのでそれはやめておくことにする。

「何か一言ないの? たまにはしゃべったら?」

「一言って言われても。……こんにちわ」

 一言過ぎでしょ。

「同じ高校生がこうして学校休んで頑張ってると、応援してあげたくなるでしょー」

「なるー」

 うーん。こういうストレートなやりとりが嬉しい。

 武人が照れたような恥ずかしいような微妙な表情で頭を下げると、「可愛いー」と言う女の子の声が聞こえた。その声にますます困ったように、俺に助けを求めるような視線を向ける。武人に頼られると妙に気分が良いよな……。

「プロの人?」

「いつからやってんの?」

「ずっと東京?」

「CDとか出てるの?」

「仕事、何してるの? 音楽で食べてるの?」

 調子に乗って来たらしい彼らから、立て続けに質問が投げかけられる。そんなに一度に答えられない。ってゆーか、質問を覚えてられない。

 あれ? 何で質問大会になってんだっけ。

「じ、順番に言ってくれます?」

「はーい。はいはいはーい」

「えっとじゃあ君、どうぞ」

「ファーストキスはいつですかー」

 聞いてどうすんだよっっっ!

「彼女いますかー」

「何人くらい付き合ったことありますかー?」

 俺、今、高校生に良いように弄ばれてる感じ……。

 和希が弦を張り替えてチューニングを済ませて笑うのが聞こえた。がっくりとマイクに縋り付いている俺にちらりと視線を向けて、コーラスマイクに顔を近づける。

 フォローをしてくれるのかと思いきや。

「初めて付き合ったのいつですかー」

「便乗するなよっ」

 高校生から拍手が起こる。そこ、拍手するところじゃない。

「……後で個人的に聞いて下さい」

「はーい」

 高校生と一緒になってマイク越しに返事をする和希に、すっかり観客は大喜びだ。喝采が起こる。その騒ぎに塞き止められる人数は加速度的に増え、今やこの周辺はすっかり完全な人だかりとなっていた。……あーあー、みなさんノリの良いことで。

 めでたいことではある。

「じゃあ最後の曲……すっげーぇ、やりにくい。何かこのテンション」

 がんとマイクに向かって項垂れるとまた笑いが起きた。

「おにーさん、頑張ってー」

 笑い顔のままで和希がギターを鳴らし、半ば無理矢理曲に突入する。だいぶフレンドリーな雰囲気になったせいか、さっきの男子高生の集団が手拍子を始め、つられたように周囲も手を叩いていく。ほとんど学園祭ライブみたいな状態だ。

「ありがとうございましたー」

 歌い終えて頭を下げると大喝采をくれた。本当にノリが良い。ちゃんと聴いてたかどうかは正直怪しいと思うんだが。

「えー、おしまいー?」

「おしまい」

「えー」

 口先だけでもこういうことを言ってくれると、やっぱり嬉しくはあるんだけどね。

 ぱらぱらと何人かが輪を離れて帰っていく中、まだしゃがみこんだまま陣取っている男の子たちがしきりと俺に向かって話し掛けてきた。

「まだやってってよ」

「もうちょっと遊んでよ」

 遊んでるわけじゃないやい。

「えとですねー、俺ら、実はこの後ラジオの収録があるんですよ」

 まだマイクを繋いだままで、宣伝がてら声に答える。その間に和希たちは自分たちの楽器の撤収にかかり始めた。人だかりの後ろの方で笑いながら見ていたさーちゃんが、ぐるっと人を避けてこっちに戻ってくるのが見える。

「え、ラジオ?」

「凄ぇ」

「放送が来週の土曜日。十五時半からです。良かったら聞いて下さい」

「ラジオで俺の名前呼んで、俺の名前ー」

 まだしゃがみこんだままでさっきから良く話しかけてくる男の子が叫んだ。

「俺、久保田ー」

「ずりぃよ。俺、佐藤ー」

「俺山端ー」

「富川もよろしくー」

 覚えられるかっつーのっ。

「あああああ、わかりました、じゃあ一人っ。えと、最初のクボタくんっ」

 マイク越しに怒鳴る俺に、背中の方で和希が笑うのが聞こえる。笑ってる場合じゃなくて助けてよ。

「キミ。名前呼ぶから聞けよ、絶対聞けよっ」

「おおーっ。凄ぇー」

「聞く聞くーっ。親にも先生にも聞くように言っておくよ俺。俺の名前出るから聞いてねって」

「いや、聞いて欲しいのは君の名前じゃなくて」

 またぱらぱらと意味のわからない拍手と笑いが広がっていく中、俺もつられて笑い出しながら告知を続けた。凄く客との雰囲気が良いので、やっていて面白いし気持ちが良い。

「んで、五月二十五日に、ソリティアから俺らのファーストシングル『Crystal Moon』が発売されます。四月公開の映画『Moon Stone』の挿入歌にもなってるので、良かったらそっちも宜しくお願いします」

 これ以上ずるずる引っ掛かってると、まじで収録に遅れかねない。

 さーちゃんが俺の方を見て時計を示すので、それに頷いて俺はまだ残ってくれている人をぐるっと見回した。

「ホント、聴いてくれてありがとう。……以上っ。解散っ」

 拍手にもう一度頭を下げてマイクをオフると、しゃがみこんでいた連中もようやく腰を上げて帰路につき始める。

「お疲れさん」

 くすくす笑いながら、さーちゃんがマイクをスタンドから外している俺に声をかける。その横を、何人かの女子高生が武人の方に歩いていくのが見えた。

 大体こういう時って和希の周囲に女だかりが出来ることが多いような気がするんだけど、やはり同年代、武人の受けが良い。ぜひそのままゲットして欲しいけれど、たじたじのその様子を見る限りあんまり期待は出来ないな。

「すっかりフレンドリーになってたじゃない」

「ノリ良いね、高校生」

「啓一郎くんもほら、話し方がね、あんまり頭良くない感じだから警戒心を抱かせないんだよねきっと。見た目もさ、何て言うの? 舐めてくれと言わんばかりでしょ」

 待ていっっっ! さりげなくとんでもないこと言ってるぞっ? マネージャーっ!

 反論しようと口を開きかけると、視界の隅で歩き去って行っていたさっきの一団の中から、男の子が一人駆け戻って来るのが見えて言葉を飲み込む。『クボタくん』だ。

「どうしたの?」

 マイクをケースにしまってケーブルを巻きながら、目を丸くする。クボタくんは俺のそばまで戻ってくると、さーちゃんと俺を見比べてから俺に視線を戻した。

「あのね、俺、ホントに応援するから」

「え?」

「すげー楽しかったし。だから、頑張って」

 それを言う為に?

「……ありがとう」

 まさかそんなことを言ってくれると思わなかったので驚きながら半ば呆然と返事をすると、クボタくんはにこっと笑ってまた仲間の方へ駆け戻っていった。

「凄ぇっ。嬉しい」

「頑張ってる甲斐があるね。期待ハズレにならないように精進するんだよ」

「はぁい」

 さりげなく釘を刺すさーちゃんに苦笑しながら、ケーブル巻きを再開する。

(そっか。やっぱ、そうなんだな)

 幅広くいろんな人に聴いてもらえればその方が良いに決まっているけど、俺たちが等身大で作り出す音楽に一番共感をしてくれそうな世代ってのは、やっぱり中高生なのかもしれない。

 さほど年齢が離れているわけでもなく、俺たちがまだリアルに感じるいろいろなことを多感に思い悩んだりする、そういう年頃。

 逆に言えば、どこもターゲットにする年齢層でしんどいのかもしれないけど、でもこうやって地道に足運んで直接見てもらうことが出来れば。

「啓一郎、そっち終わったらドラム、バラすの手伝って」

「うーい」

 まだ全然無名なんだから、ちゃんと考えて活動して手応えを掴んでこなきゃ、果てしない夢は掴めない。







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