第6話(2)
「うん、まあね」
和希はぼそっと答えると、何かを真剣に考えるように口元に片手を押しやって、視線を落とした。
「俺さ」
「うん」
「広田さんの言い分聞いた時に実は少し引っかかったんだよね」
「何?」
道は、何だかどんどん寂しいものになっていた。人気がない。対向車の一台も通らず、民家の明かりは遠くに見えるけど、左右に畑が広がっているような暗い空間が広がっている。しばらくは本当に道なりなのが、地図がなくても目で見てわかった。何せかなり先まで突き抜けて見えている。
問題なのは、本当にこの道が、俺たちが本日安眠を貪れる場所に続いているのかどうかだけだ。……不安だ。
俺は別に日本全国あちこちを旅して回っているわけじゃないからわからないけど、首都圏だって一部の中心地を離れればすぐにこういう景色が広がる。神奈川だって千葉だって埼玉だって、東京にすぐ出られるような場所にもこういう光景はあるだろう。
こうして見ると、東京と言う都市がどれだけ異常なのかがわかる気がした。東京の、二十三区と呼ばれるその都市が。
不夜城。
俺の活動範囲では、この時間に人の姿がこうもないことはありえない。
「何? 引っかかったこと」
整理するように黙った和希を促す。俺の言葉に和希が目を上げた。
「レコード会社って、売るよう努力しなきゃなんないはずなんだよ。当たり前なんだけど」
「うん」
今回は基本的に共同原盤だから本来なら放っておいたって売るよう努力するに決まってて、だから敢えて深くは考えなかったけど……確かに原盤でも何でもなくて販売契約か何かだけ交わしてるアーティストで、『おたくでやってね』って契約結んだのに放りっぱなしじゃあ……原盤預けた方はたまんないもんなあー。
「義務がね、あるはずなわけ。販売を請け負ったレコード会社は。凄い当たり前のことだけど。ウチらが事務所と専属契約結んで、ブレインは俺らのプロモーションやマネージメントをしなきゃならないって責務が生じているのと同様に、レコード会社には複製する以上売るよう努力しますよって義務が絶対生じてるんだよ」
「うん」
まあねえ。
ぱーな俺は改めてしみじみとそこまで考えなかったけど、それは多分、そうだろう。
短くなった煙草を灰皿に突っ込んで、灰皿をしまう。少し空気が入れ替わるのを待ってから窓を閉めた。僅かに入り込んできた外の音が遮断され、妙に閉鎖的な空間へと戻る。
「実際はさ、内部でいろいろあるんだろうとは思うんだ。それこそ『こいつ売れるぞ、気合い入れるぞ』みたいなアーティストと、『ま、並にやって当たればラッキー』って扱いになるのと。それは正直しょうがないと思う。でもさ」
言葉を選ぶように説明していた和希は、いったん視線をさまよわせてから鏡越しに真っ直ぐ俺を見た。
「そういう意味では俺らって、ソリティアがこれから売ろうとしているアーティストになるんだよ?」
「ああ。とりあえず一枚は決まってるからね」
「だろ? にも関わらず、ブレインにそんなこと言わないのが普通だよね?」
「クロスから既に腰が引けてますよって?」
「そう」
そうだよな。
言うわけないよな。
「何か広田さんてやけに顔広そうだし、何やってんだかわかんないし、どっかからこぼれ聞いたりしたのかもよ」
「ソリティアはクロスやる気ないよって? ソリティアがそんなの外部に漏らすか? 信用問題だろ? 既に最低限一枚発売することが確実なんだ。売れるに越したことはないんだから、そのアーティストの評価を下げるような話、絶対に外部に漏らさないだろ」
まあねえ。
「そりゃ実際やってみてとんでもなく外れた失敗だって思えば早めに手は引きたいかもしれないけど、俺らってそんなひどい? 一応これでもオーディション最優秀突破バンドだよ?」
うーん。
あまり頭を使うのが得意じゃない俺は、だんだん良くわからなくなっていった。
いや、最初から良くわかってないんだから『ますますわかんなくなった』のが正しい。わけわからん。
「……だから?」
「え?」
「和希が……」
口を開き掛けた俺の視界の隅で、さーちゃんが身動きするのが見えた。ので思わずびくりと口を閉じる。
けれど、ただ寝返りを打っただけみたいだった。和希が小さく笑う。
「寝てる」
「良かった。……ハッパをかけてるんだろうって言ってたのは、だから?」
「としか考えられないだろ、だって」
実際問題ソリティアが今後俺らとどうしていきたいのかは、まだわからない。
だけど、今の段階で「まだちょっと考えますよ」と言うのはあるにしても、「ちょっと年契約は勘弁して」と事務所に言うのは早い気がする。そうだよな、大体ファーストシングルの実績だって上がってないんだ。万が一当たったとしても、そんな姿勢を見せていたら当たった後に「契約更新で」などと言ってもブレインが渋るかもしれないじゃないか。余り利巧なやり方とは言えない。
じゃあ、ソリティアがそんな姿勢を見せているってのは、ガセ?
三科さんがジャケ写やアー写に関する制限についてぼやいていたのは、ソリティアにはまだ俺らを切るという決定を下していないからと考えられる。
「ただ、似たようなバンドを同時に売り出したくないってのはあるのかもしれない。KIDSが何らかの形でソリティアに圧力をかけてるんだとしたら、ソリティアも手を引きたいのかもしれないし。LUNATIC SHELTERってバンドをKIDSがGrand Cross潰しに使ってるのかもしれないからさ」
沈黙。
寂しげな風景と相まって、何だかものすごーく、わびしい気分になってくる。
「和希」
「うん?」
「道、合ってる?」
「一本道を間違えられる才能の持ち主なの? アナタは」
間違えようがなかろーが。この道に入ってからは。
「じゃなくてここに入る前」
「ああ……うん。大丈夫だよ。俺、見てたから。これ抜けたら市街地に出るはず。また」
和希が保証してくれるんだったら大丈夫だろう、多分。
「LUNATIC SHELTERねえ」
「広島出身なんだってね。写真見たっけ?」
「見てない」
「これ」
俺、運転中なんですけど。
和希が手にしていた雑誌の誌面を持ち上げる。ので、俺は視界の隅でちらっとそれを見遣った。
「雰囲気、似てる?」
「どうかなあ。俺らは本人だからわかんないよ。でも、調べてみたら結構熱狂的なファンを持ってるバンドみたいだよ。俺はどっちかって言うと、そっちの方が怖いな」
「どういう意味?」
「……いや、深い意味はないんだけど」
誤魔化すように口を噤むので、俺もそれ以上は追及しなかった。話を戻す。
「んじゃさ」
「うん」
「ブレインの意図って言うのは、何なのかな」
ソリティアにはまだ俺らをやる気があるかもしれないのに、ブレインがブロックしている。
それって、売るのに手っとり早い道筋を自分で潰してることになんないか?
答えがわからずに黙りこくった俺に、暗いバックシートから和希の柔らかいため息が聞こえた。
「わかんないよ、実際あの人の意図してるとこは。俺が考えられるのは、ソリティアとの年契約が危ないって煽ることで、俺らを必死にさせるつもりなんじゃないかってことぐらいだ」
言って、ちらりとさーちゃんに顔を向けた。
「いずれにしたって決めちゃった以上は、今のところ信じてやれることをやるしかない」
◆ ◇ ◆
地方での仕事を兼ねたライブツアーを始めてニ週間。
間にちょこちょこ東京にも当たり前に戻り、しかもバイトをまだ辞めるわけにいかない俺は、合間を見て居酒屋の店員を兼業してたりもするので休みがない。
武人なんかもっと悲惨で、親には言ってないわ学校にも話してないわと言うとんでもない有様だ。そんな武人だけは、もっと頻繁に新幹線で東京との往復を強いられている。
ちなみに、事務所が武人の頻繁な往復を許諾しているのは、ひとえに学校で授業を受けさせてあげようと言う心遣いに他ならない。
武人の親が知らないことは、事務所だってもちろん知らない。確かに身内で保護者である姉が、いけしゃあしゃあと隠匿に協力をしている。
それはともかく。
こうして幾度か地方でライブをやってみれば、置かれている現状と言うものがイヤでも見えてきた。地方営業の厳しさ、と言う奴だ。
「ありがとうございましたー……」
と礼を言うのさえ、何やらわびしいものを感じる。
俺はこれほど閑散としたライブハウスで歌を歌ったことは、都内ではない。
ぱらぱらと言うお義理としか思えない拍手に、どこか止めを刺された気分で楽屋に戻る。
さすがにメンバー全員、妙に地味ーな気持ちになった。
「東京の集客がいかに簡単かが良くわかった……」
ぼそっと呟いた一矢の言葉には、俺も大変同意する。
ファンが掴めるかどうかってのはこの際置いておいて、対バンがいれば他のバンドのファンや友達だっているわけだから、少ない時だって最低でも十人は越えた。バンドを始めた当初の話でだ。
ここ数年ではそんなに少なかったこともまずない。バンドによるのかは知らないけど、少なくともクロスはそうだった。一桁台だった経験が、ないんだ。
が。
……そりゃあ、地方でハナからワンマンが出来るとは誰も思っていない。地元のバンドとの対バンだ。にも関わらず、見た限りのお客さんの数は、両手には満たない。
そりゃあそういうバンドを見たことがないとは言わないし、見れば自分の立場に置き換えて胃が痛くなったりもするけれど、いざ実際自分の立場になってみればその苦痛たるや想像以上のものだった。
今日の対バンのメンツがたまたま悪かったのか、それともこの辺りは基本的にこうなのかは、知らない。
だけど、今日だけがこうなわけじゃなかった。ここ四回のライブは、ことごとくこれに匹敵する空気だ。
まるで壁相手にライブをやっているような気分。聴いてくれる人間のいないライブなんか、寝言にも劣る。
こうも続くと、自分が何がやりたくてこんな遥々地元離れた得体の知れない場所にまで来て歌を歌っているのか、その根本が既にわからなくなりそうだ。
(やる気が萎える……)
明後日の広島でもこんな状態だったら、どうしよう。
転換時にも関わらず、ざわざわとしたざわめきは零れてこない。いないんだから、ざわめきようもないんだろう。何かがっくり来ていると、和希がずるっと立ち上がった。
「……撤収」
それにつられて、一矢も武人も立ち上がる。
今回のこの地方営業ツアーライブには、キーボーディストは同行していない。MTRを使ってDIからミキサーに音を送り、打ち込み音源を流すと言う対応策をとっている。操作してるのはもちろん和希だ。
「けぇいちろぉさん、物販の撤収にかかってて下さい……。終わったら、手伝います」
和希、何だか口調がおかしくなってるぞ?
「ふわぁい」
大変に重い足取りで、和希が出て行く。次のバンドのヴォーカルが楽屋に入ってくるのを見て、俺は顔を上げた。
「あ、お疲れさまー」
「お疲れー」
トサカみたいに髪の毛をがんがんに突っ立てて、鋲入りのジャケットを着ている渋いおにーさん。おにーさんと言っても多分年齢は俺より下だろう。ファッションのわりに、何だか素朴な顔つきをしている。
「いつも、お客さんってこんな?」
ついつい膝抱えたまま聞いてみると、『トサカ』くんは苦笑いのような表情を浮かべた。
「やー、ま、日によるっちゃよるけど。いっぱいになってることは、あんまないかも」
「そう」
みんな何してんの? 家でテレビ?
「この辺のコ、あんまり夜とか出歩かないし。この付近、何もないっしょ?」
「あー」
何もないねえ……。
「ちょっと家離れてると、ライブなんか見に来たら帰れなくなっちゃったりするし。タクシー呼ぶとかしないと大きい駅付近には戻れないし」
果たしてこのライブハウスの経営は大丈夫なんだろうか。別に心配するような筋合いじゃないが。
沈黙したまま煙草を取り出してくわえていると、『トサカ』くんは片手に持ったビールの缶を床に置いてしゃがみこんだ。
「おにーさんたち、東京から来たんでしょ?」
「うん」
「うまかった」
「え?」
驚いて顔を上げると、『トサカ』くんがやけににこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべて俺を見ていた。
「アマチュアでこんな上手い人たちいるんだなーって思った。若いのに」
若いのにって。
その言葉に思わず笑う。確かに君より童顔かもしれないけど、君よりは多分若くない。
「ありがとう」
「また、こっち遊びに来てよ。そしたら俺、対バンじゃなくても見に来るから」
「え、本当に?」
「うん」
凄ぇ良い奴。『トサカ』くん。
「みんなさあ、誰だかわかんなくってもとりあえずライブとか見ときゃいーのにって思うけど、やっぱ自分が知らないのは見に来ないじゃない? 特にこんな田舎町だとさあ、夜出るのも億劫だし。んでももったいないよねー、そういうのって」
『トサカ』くんがしみじみ言う。その後ろを、相変わらずテンション低そうな顔して一矢がスネアとシンバル片手に通り過ぎた。
「この近辺にも、おにーさんたちみたいな音楽凄い好きな人いるかもしんないのに、知らないから来ないでしょ? もったいないよね」
「何絡んでるんだよお前。酔ってるの?」
ベース抱えた武人の後に続いて、ステージからこっちにひけてきたらしい『トサカ』くんのバンドらしき男の子が、後ろから声をかける。
「酔ってねぇーよ」
「すみませんねー、こいつ馬鹿でぇ」
「うるせぇ」
「いや……」
そっちの男の子も、ファッションの割りに何だか素朴な表情をしている。苦笑して立ち上がると、和希が更にその後ろからエフェクターケースとギターを抱えて入ってきた。入れ違いに武人がステージへと戻っていく。
「んじゃ、次来た時もまた会えるの、楽しみにしてるよ」
「はーい」
い、いい奴……。
「ステージ頑張って」
『トサカ』くんに激励を送って、楽屋を出る。相変わらずギャラリーは閑散としていて……いや、一層閑散としていて、もはやオープン前と区別がつかない勢いだった。
知らないから来ない、もったいない、か。
『トサカ』くんの言うのは、正しいかもしれない。いや別に、俺らの音楽がどーとかって話に限らず。
知名度って重要なんだな、やっぱ。
本当に好きで、ツボにハマる音楽がそこに普通に転がってるかもしれない。だけど、知らなければ当たり前だが聞きたいと思わないので、見に来るはずがない。でもそれって、アーティストにとっても客にとっても、不幸なことのような気がする。
でもそれは往々にして起こるわけで。
(だからこそこうして……)
知ってもらう為に、頑張ってるわけだけど。
物販席に近付いていくと、ギャラリーから見ていたさーちゃんが近付いてきた。
「お疲れ様」
「あ、おつかれ」
「……すっかり元気ない顔してるけど」
「これでもさっきよりはマシになったはず」
『トサカ』くんが良かったって言ってくれたから。
「ま、こういう日もあるでしょ」
こういう日が続いてますけど。
さーちゃんはどのライブハウスでもPAの横に陣取って、ちゃんとした音を出してもらえるよう目を光らせている。ライブハウスからすると面倒臭いかもしれないけど、俺らにとっては大変助かる。さーちゃんがついている以上は、外音が変なモンになることはない。多分。
変も何も、今日みたいな状態だと良い音を出すことにどれほどの意味があるかわかんないが。
「もう撤収するの?」
「置いておくことに何の意味があるの?」
言ってぐるっとギャラリーを見回す。
いる客は、PA席のすぐ前辺りで固まってる女の子三人と、出入り口のトコでぼーっとステージを見ているおじさん、ステージ間近の左手でしゃがみこんでる男の子ニ人。そんなもん。あとはスタッフ。
「う、うーん……」
じゃあ車からカートを取ってくるよとさーちゃんがその場を立ち去ると、俺の周辺には人が誰もいなくなった。
ちなみに物販と言っても、以前以上にたいしたものは置いていない。
と言うのも、俺らが前に作っていた音源は全て販売にストップがかけられているからだ。ロードランナーで作ったオムニバスに関しては、金がかかってるし、一応レーベルの名前がついてるし、ロードランナーはライブツアーのサポートレーベルでもあるから、ブレインが俺らの持ってた在庫を買い取ってそれを販売すると言う形式をとっている。逆に言えば、そのタイトルくらいは置いておかないと、まだ正式にどこからも出していない俺らは即売できる音源がなくなってしまう。
ステッカーだとかピンバッチなんかも、正式なロゴを作って各品の発注をかけている現状、販売がストップさせられている。
と言って在庫は残っているわけで、これもブレインが買い取って現在保管中だ。
どうするのかと思えば、「後々クロスが売れたら、『アマチュア時代のプレミア品』と言うことでファンクラブ限定でバラ撒けば喜ぶよ」だそうだ。喜んでもらえるよう売れなければ。
と言うわけで、物販撤収と言ってもさしてあるわけじゃない。
あとは、かつて掲載してもらった潜沢の『The STREET MAGAGINE』の特集号を何冊か貸し出ししてもらって、それを置いたり、来月ロードランナーで発売するミニアルバムももうパッケージが上がっているので、それをブレインがやはり買い取って、会場先行で数枚置いている。そんなもん。
「こんにちわー」
誰もいない物販席のパイプ椅子に座り込んで、机の下の『The STREET MAGAGINE』のダンボールをずるずると引きずり出していると、頭の上から声がした。無言で顔を上げる。物販席の前に、知らない女の子が三人立っていた。
(……?)
さっきPA席の辺りで固まっていたコたちだ。観客が少ないもんで、良く見えた。俺とさして年の変わらなさそうなコたち。こんな田舎にしては、垢抜けた感じのファッション。
「はい?」
ステージで『トサカ』くんたちのステージが始まる。
「あの、ライブ、いつも見てます」
……。
「えっ?」
『いつも』?
思わずがたっと立ち上がった。ぎょっとした俺に、少し嬉しそうな顔で話しかけた女の子が続ける。
「いつもなかなか声かけられなくて。今日だったら、いっぱいいろんな人がいるわけじゃないから」
「……って、まさか東京からっ?」
「はい」
嘘ぉ。
「わざわざっ?」
だって平日だぞ今日。
「あ、有給もらって。旅行がてら」
完全に言葉が出なかった。
「……ありがとう」
凄ぇ、嬉しい……。
「今日、元気なさそうでしたね」
言って彼女は、くるっとギャラリーを見回して苦笑いを浮かべる。
「まあ、仕方ないですけど」
あ……。
「ごめん……」
答える声が掠れた。謝罪する俺に、慌てるように言う。
「あ、そんな、そういう意味じゃ」
わざわざ金かけて、東京から来てくれたのに。
ろくなステージを見せてあげられなかった。
……俺たちの気分が塞いじゃってたから。
そう思えば、凄く申し訳ない気分になった。自分を恥じ入る。
「せっかく来てくれて、がっかりしたでしょ」
「あ、そ、そんな。そんなこと全然」
慌てて否定してくれるのが、また一層申し訳ない。
「カート持って来たよ……あれ、お客さん?」
車にカートを取りに行ってたさーちゃんが、戻ってきて首を傾げる。俺は申し訳なさでいっぱいになったままで、顔を向けた。
「東京から、来てくれてた、みたいで」
「ああ、そうなんだ」
それを聞いて破顔する。
「通りで。コンソールの前にいたコらでしょ? 一緒になって口ずさんでるみたいだったから、もしかしてって思ったんだ」
そうなんだ……。
さーちゃんはさすがに事務所の人間らしく、音とかパフォーマンスとかはもちろん、実に良く客の反応をチェックしている。