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【ZERO2】Against The Wind  作者: 市尾弘那
12/69

第4話(2)

 広田さんの下でああいう人が働いていると言うのも不思議な気がする。

「クロスって誰がマネージャーになったの?」

「え? あ、さーちゃ……佐山さんだけど」

「ふうん? 良く知らないなあ。新しく入った人なんだっけ?」

「そうらしいよ」

「千晶っ」

 山根さんから何かを受け取った男……じゃなかった、内村さんが再び尖った声で大倉を呼ぶ。見えないように小さく舌打ちした大倉は、アイドルの条件反射のように媚を含んだ視線と笑顔を俺に向けた。

「じゃあ、またね。お疲れ様っ」

「はあ。あ、お疲れ様です……」

 舌打ちまで見せといて今更アイドル顔をされても何だかなあと思わないわけじゃないが、小首を傾げて小さく顔の横で手を振る姿はやっぱり鍛えられた愛くるしさがあるものだ。

 いろんな人がいるもんなんだなあ。

 一言も声をかけずに出て行く大倉と、その後を慌てて追う内村さんを半ばぽかんと見送ると、俺はもう一度すとんとソファに腰を下ろした。

 新年会で会った人たちだとか、後はちょいちょい事務所で顔を合わせる広瀬だとか、俺がこの事務所に入ってから今まで会った人たちは、特別変わった人たちがいたわけじゃない。

 まあいろんな意味で変わってはいるのかもしれないけれど、いわゆる業界人っぽい人ってのがいなかった。

 その中で、少し大倉とそのマネージャーは異質に見える。いかにもって言うか、こういう人種が本当にいるもんなんだなあと言うか。

 大倉って確か……売れたのはこの数年だったけど、芸能界に入ったの自体は幼少の頃からなんだよな。CMの子役か何かだったんじゃなかったろーか。骨の髄まで芸能人、というやつだ。

 未だにせっせとアルバイトをしている俺とは到底人種が違……。

「あ」

 やべ。バイトに向かわなきゃ。

 雑誌をマガジンラックへ戻し、吸わずに燃え尽きた煙草を灰皿に放り込む。

「傘、借りてってもいーかなあ?」

「どうぞー」

 山根さんに断って傘立てのビニル傘を拝借すると、事務所を出て空を見上げた。

 雨はまだまだ、やみそうにない。




 事務所は新宿区にあるが、どこの駅へ行くにも中途半端な場所にあり、新宿駅までは徒歩で十五分強ある。

 ハードディスクのポータブルプレイヤーを再生し、耳元で音楽を聴きながら新宿駅へ向かい、山手線に乗り込んだ。渋谷駅で下車し、地下通路を利用して『更紗』付近までたどりつくと地上へ出る。裏口から入り、更衣室の入り口そばの傘立てにビニル傘を放り込んだ。

 更衣室の中には誰もいない。自分のロッカーを開けて、雨の雫を払ったジャケットをハンガーにかける。

 私服を脱ぎ、制服へ着替え終えたところで更衣室のドアが開いた。バイト仲間の錦健人だ。俺と同じ二十一歳だが、こちらは有名私立早和大学政治学部の三年生だ。

 俺がバイトを始めた十九歳の頃から共に働いているので、割りに仲が良い。

「おはよ」

「ういっす」

「雨、超うぜぇ」

 ぷるぷると髪についた雫を払い落としながら、健人が顰め面をする。手に持った傘を傘立てに入れてロッカーのドアを開けると、甲高い、きしむような音がした。

「さーて。今日も啓一郎の可愛いハニーは現れるかな」

「誰がハニーだよ」

 顔を顰めながら、服務前の一本に火をつける。健人が言っているのは、言わずもがなだが美姫のことだ。

「可愛いのに。前ならともかくも、今は女子高生だし。いーじゃん、女子高生」

「女子高生マニアか?」

 ライターをポケットにしまいながら突っ込む。健人はTシャツ姿のまま、俺を振り返った。

「女子高生じゃなくてもいーんだけど。美姫ちゃん、お嬢様風じゃん。お姉さんの美保さんも前はそんな感じだったけど、髪切ってから雰囲気変わっちゃったしさー」

 お嬢様に弱いのかお前は。

 そう言えば以前いた彼女も、お嬢様風だった気がする。

「前の彼女と別れてそれっきり?」

「そうなんだよねー。出会いないかなー」

「大学生ならいっぱいありそうだけど」

「それがなかなかどうして」

 健人が着替え終わるのを見計らって、煙草を灰皿に放り込む。連れ立って更衣室を出てると、手を洗い消毒液に浸した。

 フロアに出ると、バイト仲間が数人振り返る。

「おはよー」

「おはよーございますー」

 店は夕方の十七時から朝五時までの営業だ。前は時給の手前好んで深夜によく入っていたけれど、最近は仕事の都合もあるのでまちまち。

 手分けをしてオープン準備を済ませ、開店前のミーティングを終える。音楽が流れ、ドアの鍵を開けた。

「橋谷くん、デビューすんだって?」

 オープンしたと同時に客が雪崩れ込んでくるわけじゃない。

 同じバイト仲間である柳原芽衣子が、トレンチを片手に俺の方へ歩いてきた。肩より少し長い髪を二つに分けてしばっている。

 一年ほど前に入った彼女は、俺の一つ年下だ。渋谷にある女子短大のニ年生で、もうじき卒業のはず。

「誰に聞いたのそんなの」

「健ちゃん」

「あいつ……」

「ねーねー、デビューって何? アイドル? キラキラのフリフリとか着て歌って踊っちゃったりするの?」

「何で俺がキラキラのフリフリ着て踊んなきゃなんないんだよ」

 芽衣子は俺がバンドを組んでいることを知らない。

 それだけ聞くと、何か怪しげなダンサーのようだ。アイドルって言うよりショーパブか何かみたい。

「別にそういうわけじゃないよ……いらっしゃいませ」

 客の姿が見えたので、声をかけながらドリンク場へ移動する。

 案内係が席へ移動するのを見届けながら湯飲みに茶を入れた。おしぼり、お通しと共にトレンチへ乗せて客席へと持って行く。ドリンクオーダーを受けてドリンクカウンターへオーダーを流す間に、他にも何組か客が入って来る。再びトレンチに湯飲みとお通し、おしぼりを乗せてフロアを横切っていると、ドアから新たな客が入ってくるのが見えた。

 場所柄、やっぱり集客は結構良い。渋谷の駅前なんかにあるから、どうしたって目に付くんだろう。

 十九時を過ぎると、悪天候にも関わらず客足は途切れることはなくなり、二十時頃になると席待ちの列も出来る。空いたテーブルを次々に片付け新たな客を通し、オーダーを受け料理を運ぶ。ディッシャー専任のアルバイトはいないので、日毎の担当を決めるのだが料理を運ぶ手が足りなければディッシャー係りになった人間も借り出されるので結局は持ち回りのようになったりもする。そうこうしているうちに二十二時も三十分ほど回り、待ちの列はなくなった。居座っている客も大方食事は終えてダラダラ飲んでいるだけという展開へ移り、店員もようやく切り切り舞の状態から解放される。

「いらっしゃ……」

 新しい人影をドアのところに見つけて言いかけ、思わず言葉が途切れた。

 美姫だ。伸びた髪を内側にふわりとカールし、長い睫毛を瞬かせている。手触りの良さそうなベージュのハーフコートを右手に持ち、淡いピンクのニットワンピを身につけていた。俺を見つけ笑顔で小さく手を振る。それから慣れた仕草で、カウンターの一席に腰を落ち着けた。芽衣子がオレンジジュースを運んでいく。

 思わず俺は深い吐息をついた。

 別に、美姫のことを嫌っているわけじゃないんだよ。俺に良く懐いてくれりゃあ可愛くもあるし、ライブの時も手伝ったりしてくれるし、励みになる存在だと思う。

 だけどそういう次元の話じゃなくて、美姫が来ると、俺が店長に睨まれる。

 片付けていたテーブルのセッティングを終えて戻ると、案の定、美姫に手招きされた。

「啓一郎さん」

「仕事中なんだけどな、俺」

「わかってる、邪魔はしないからー」

 こうやって店に来るたびに俺を呼び、それが要するに店長は気に入らないわけだ。客の目も気になるんだろう。俺だって気になる。

 とは言っても社長令嬢、たかだか雇われ店長の身分で怒鳴るわけにもいかず。

 客からすれば店員が客とくっちゃべってるように見えるからクレームも僅かながら発生し得るわけで。

 結果として、その苛立ちは、なぜか俺に向けられる。俺だって別に好きで無駄話しようってわけじゃないのに。

「ねー、今日早番だから二十三時上がりでしょ? どっかでお茶でもしてこーよー」

「君は高校生でしょ。こんな時間にふらふらすんのはいいかげんでやめなさいって。不良娘」

「不良じゃないもん。啓一郎さんに会いに来たんだもん」

「こんな時間まで出歩いてお父様とお母様が心配するんじゃないの」

「大丈夫だもん。美姫、信用あるから」

「あのねえ」

 ごほん、と雇われ店長の児島が咳払いをした。ああ、後でとばっちりが俺に来る予告編だ。俺は美姫に顔を顰めて見せると、不承不承小声で答えた。

「わかったよ。待ってな。送るから」

 美姫のテーブルを離れて、仕事に戻る。フロアを見回りテーブルの灰皿を取り替えて回り、空いたテーブルを片付け、追加のアルコールを運んだ頃に上がり時間となった。あがる直前に健人に近付く。

「上がり何時?」

「俺、今日は〇時」

「ふうん。俺、先に上がるね」

「明日は?」

「入ってない。次は明々後日の深夜かな」

「お疲れ」

 フロアを離れ、更衣室へ入る。制服をきちんとハンガーにかけて私服に着替えると、煙草に火をつけた。立ち仕事のせいで足がだるく、ジーンズで直接床に座り込んだ。

 このバイトが嫌いなわけじゃないけれど、以前と違って昼間ただごろごろしているわけじゃない。少しずつでも疲労が重なっているみたいだ。

 早く音楽の仕事で一本立ちしたいなー。一体いつそうなれるんだろうなー。事務所からもらえる給料だけだと、家賃を払って消えてしまう。

 春にCDが出て、それから俺らってどうなるんだろ? ソリティアが続けて契約してくれるんだろーか。ってか、実際問題ワンショットになったのか、年契約になるのか、その辺からして俺ははっきりと知らない。深いため息も漏れようと言うものだ。

 煙草を灰皿に放り捨てて立ち上がると、俺はお姫様のお迎えにフロアへと戻った。美姫はカウンターで頬杖をつきながら、暇そうに俺を待っている。

「お待たせ」

「お疲れ様―」

 柔らかい笑顔で美姫は立ち上がった。店長が頭を下げる。

「美姫さんを送って帰ります。お先に失礼します」

「お疲れ。美姫さんもお気をつけて」

 危ねー、危ねー。美姫が一緒だったから怒られずに済みました。これも因果なんだろーか。

「今日は電車?」

 雨は先ほどより小降りになっている。すぐに地下へ続く階段を下りながら、美姫が俺の腕をくいくいと引っ張った。

「単車だったとしても乗せないよ」

「えー。乗せてよー」

「乗せないってば」

「他のコは乗せるのにぃー」

「お前を乗せると背後から襲われそう」

 池袋にある美姫の家に向かう為、俺たちは山手線に乗り込んだ。遊び帰りなのか仕事帰りなのか、渋谷からは多くの人が電車に乗り込んだ。人の熱気で車内は蒸している。

 学校の話をつらつらと語っていた美姫が、代々木を過ぎた辺りでふと俺を見上げた。

「そう言えば、最近ウチのスタジオ来ないよね。何で?」

「何でって」

「おねーちゃんが抜けたから?」

「当たり前だろ。メンバーでもないのに、そう甘えるわけにもいかないじゃん」

 電車が新宿に停車し、大きく揺れる。ドアが開くと大きな人の流れがドアへ向けて殺到し、美姫をかばうようにして車両の奥へと移動した。池袋はまだ先だ。

「そんなことないよ。どうせスタジオだって使ってないんだし。使えば良いのに。タダだよ?」

「事務所でも貸してくれるし」

「おねーちゃんも待ってると思うけどなあ」

 新宿で大量に吐き出された人間は、中身を変えてまた新宿で大量に詰め込まれる。そして今度は池袋で大量に吐き出されるわけだ。十分少々で池袋に到着し、混み合う階段を並んで降りた。

「おねーちゃんに言っとくからさ。また来なよ」

「いーのかな」

「いんじゃない。ね、ね。来てよ来てよ」

 そりゃあこっちとしても、慣れない事務所にスタジオを借りるより、慣れ親しんだ嶋村家のスタジオを使わせてもらえる方がありがたい。あっちには自分らの機材を置きっ放しに出来るし。ってか、一矢なんか未だドラムセット回収してないし。

 そうだよなあ。置きっ放しの機材、回収しなきゃだよなあ。今んトコ、アンプもドラムもスタジオの借りてるからいーけど、でも嶋村家に置き去りってわけにもいかんのだし。

 考えつつ、改札を抜ける。人の流れの邪魔にならないところで立ち止まって美姫が追いつくのを待っていると、ちょうど改札に向かう見知った顔を見つけて驚いた。

「容子」

「え? あ、啓ちゃん」

 俺の声に、遊び帰りらしい容子が足を止めて振り返る。人込みを離れて、俺のすぐそばで立ち止まった。

「何してんのこんなとこで」

「お前こそ遅いんじゃないの? 怒られるよ」

 時間は二十三時半を回っている。そこへようやく改札の人込みを抜けた美姫が追いついて来た。

「ごめんね……あれ?」

 俺と容子を見比べる。ややして、敵と判断したのかぎっと睨んだ。……あのねえ。

「誰?」

「だあれ? お友達?」

 美姫と容子の問いが重なる。

「こっち、バイト先の関係者」

 省略しまくりの紹介に、容子がそつない笑顔で頭を下げた。

「啓ちゃんがいつもお世話になってます」

 美姫がきゅっと眉根を寄せて顰め面をする。俺と容子が一見して兄妹とわかるほど似ていないのに加え、三つ年下のくせに俺より大人っぽい容子が「啓ちゃん」と呼んだので、妹だとは気がつかなかったようだ。勝手にむっとしている。

 これ、妹だって言わなかったらどう思うんだろう。それほどまでに俺と容子は似ていないのか。

 そこはかとない疑問を抱いて「妹」と紹介するのが遅れていると、美姫は唇を尖らせて「わたし、帰る」と言った。

「え? 危ないから送る……」

「いい。帰る。家から迎えに来てもらうから平気っ」

「ちょ、待……」

 間抜けなことに、本当に何がしかの誤解が生じてしまったようだ。止める間もなく人込みに消えていく美姫を、容子と俺は思わず黙って見送ってしまう。別段誤解されたからと言って大事になるわけでもないから、必死になる気もさらさらなかったと言うのが最大の理由だろう。

 容子が白い目で俺を見た。

「何か誤解が生じてませんー?」

「いいよ別に……」

 誤解されて俺が困るわけでもない。

「あほらし。帰ろ」

 今抜けたばかりの改札に戻る俺を、容子が追いかけて来る。

「ねえ。せっかく会ったんだから、ウチに帰りなよ」

「えー、やだよ。自分家に帰るよ」

「何でよ」

「明日仕事だし」

「新宿でしょ? 渋谷から行こうが新高円寺から行こうが一緒じゃないの」

 どちらにしたって乗るホームは同じだ。並んで階段を上がりながら、俺は容子を横目で睨んだ。

「お前、俺をダシにしようと思ってるだろ?」

「あ、バレた」

「バレるよ」

「だって、啓ちゃんと一緒だったって言えば怒られないじゃん」

「はいはい。で、俺が怒られれば良いわけね。電話の一本くらいしろって」

「せっかくだから就職の話もまとめて怒られたら」

「やーだーよー」

 滑り込んできた電車に乗る。渋谷につくまでの間に押し問答を繰り返し、渋谷の駅に電車が滑り込むと、俺は半ば引き摺られるように電車を下ろされた。

「だっていつかは言わなきゃいけないんだからっ。今なら漏れなくわたしが口添えしてあげる」

「妹にフォローしてもらうほどのことじゃねえよっ」

「諦めなさいってば。で、今日は、わたしが啓ちゃんを説得してて遅くなったってことにしようよ」

「しようよじゃねえよ、何都合の良いこと言ってんだよ……」

 下りてしまった以上、もはや諦めの境地で駅を出る。

 渋谷駅から実家までは、歩いて十五分弱だ。喧騒の絶えない駅前の大通りから道玄坂を上って神泉の方へ少し歩くと、昔からの住宅街があり、俺の実家はその一角だ。

 久しぶりとも言える実家の灯りが前方に見え、俺はため息混じりに空を仰いだ。


          ◆ ◇ ◆


「啓一郎、ようやく親と決着ついたんだって?」

 あんな別れ方をしたにも関わらず、美姫は美保にスタジオの話をしてくれたらしい。

 美保の方も気に掛けてくれていたらしく、その翌日にはすぐに美保から俺の携帯に連絡があった。

 必要なうちはいくらでも使って良いとの申し出に、ありがたくこうしてお邪魔している。

「決着って言うか」

 ドラムセットに座ってチューニングをしている一矢に聞かれ、俺は入ってきたばかりの防音扉を閉めた。荷物など何もないので、手ぶらのまま床にあぐらをかく。

「話はしたけど」

「んで、どうだった? 反対されなかった?」

「されなかったよ」

 先日、容子に引き摺られて実家に戻った俺は腹を括って両親に話をした。

 いわく、マネージメントをしてくれる事務所が見つかり、レコード会社からCDを出してもらえるんだ、と。

 先手先手で「危ないことは何もない」「ヤバイような事務所じゃない」と畳み掛ける俺の話をじっと聞いていた父親は、俺が口を噤むと同時に厳かに口を開いた。

「で、啓一郎の仕事は八重千賀子のサインはもらえるのか?」

「は?」

 その時俺は、己が何を問われているのかが全くわからなかった。ぽかんと沈黙をする俺を見て、寡黙な父はぴくりと眉を動かした。

「何だ、お前は八重千賀子を知らんのか。名女優だぞ」

「はあ」

「お父さん」

 顰め面で口を挟んだのは母だ。ようやくまともなセリフが出て来てしまうのかと思わず身構えた俺だったが、母の口から出た言葉は更にひどいものだった。

「八重千賀子は女優さんだから音楽の啓一郎とは違うのよ。アッくんなら大丈夫よね」

「はああ?」

「アッくんよっ。あんた、アッくんを知らないわけじゃないでしょう? 『ROUND』の金城篤志っ」

 『ROUND』というのは、去年デビューしたグランドプロの美少年アイドルグループだ。んで、その中の一人である金城篤志は、可愛い爽やかな笑顔と、ドラマなどでこなすヒーロー的な役割が年齢問わず女性に大受けで大人気だったはず。それは確かだ。

 だがまさか、五十を越える自分の母親がハマっているようとは。

 思わず全身脱力してしまった俺を責めることは誰にも出来はしない。

「あのなあ」

「何よ。アッくんのサインもらってくれないなら、お母さん許してあげない」

「……」






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