中編
歩いて数時間後、俺とテオドール卿、兵士の3人は城に向かっていた。途中、兵士は公務があると言って仕事に戻っていく。
(あ……。)
結局、彼に礼を言うことは出来なかった。
(ありがとう。)
心の中で、彼に礼を述べる。
「紹介します。ここは僕達、ルネサンス騎士団が居を構える城———ヴァレリー・シャトーですよ。」
そう言って、彼は巨大な城を指差した。その城は、今まで見たどの建物よりも立派で大きかった。そして、この城に滞在しているのが、この国の国王と娘ヴァレリー王女、加えてルネサンス騎士団の人達なのだそうだ。
(なるほど。だから元は教会だったとはいえ、今こんなに立派なのか。しかし、何故そんな人が俺なんかをここに? )
尋ねようとしたところで、突然城の扉が勢いよく開かれた。
中から現れたのは、一人の男だった。歳は20代後半といったところだろうか。青髪碧眼で、端正な顔立ちをしている。いかにも王子様といった風貌の男だが……。彼が身につけているのは、鎧でもなければ剣でもない。それどころか、身に付けているのは普通の服だ。いったい何者なんだ? 俺が疑問を抱いていると、男はこちらに向かって歩いてきた。
そして、彼の隣にはもう一人別の男が立っていることに気付く。そいつは、普通ではない格好をしていた。真っ黒なローブを纏った小柄な人物だ。
フードを被っているせいで、表情はよく見えないが、どこか禍々しい雰囲気を放っているように感じる。
(こいつは……ヤバイ奴なのか……?)
俺は警戒心を強める。すると、俺の様子に気付いたのか、テオドール卿が声をかけてきた。
「あの2人は大丈夫ですよ。怖い人ではありませんから。」
どうやら、俺が抱いている疑念にも気づいたらしい。彼は、少し困り気味に微笑みながら言った。彼は、あの二人が何者かについて説明してくれた。まずは、あの黒いローブの人物だが、名前はオーギュストというそうだ。なんと、彼はヴァレリー王女の直属の部下であり、騎士として仕える従者でもあるのだと言う。次に、先程から無言のまま佇んでいる青年の方だが、こちらはリドフォールという名だそうだ。ヴァレリー王女の幼馴染で、やはり彼女に仕える従者だという。
(つまりはお目付け役ってことか。)
確かに、彼らが側にいれば、変なこともできないだろうし安心といえば安心かもしれない。……まあ、それはともかくとしてだ。
(どうして、彼らはここへ来たんだ? それも、わざわざこんな時間に訪ねてくるなんて何かあったんだろうか?)
俺が考えていると、彼等の後方に控えていたヴァレリー王女が口を開いた。
彼女は言う。自分はこれから、隣国のアメリア王国へと向かうつもりだと。なんでも、最近、アメリア王国で不穏な動きがあるらしく、それを調査するために旅立つのだという。それを聞いて、俺は驚いた。まさか、他国に行くことになるとは思っていなかったからだ。……しかし、そうなると、いよいよこの国を離れなければならないということだろう。それはそれで、寂しいものがあるな……。そう思いつつ、俺は尋ねた。何故、自分が選ばれたのかと。その質問に対して、王女殿下は答えた。
「貴方には、私の護衛を務めていただきたいのです。」
自分の護衛を務めるため、だと?
(……えっ!?……そんな大事な任務を任せていいのかよ! 本当に大丈夫なのか? 正直、不安しかないんだけど……。俺処刑とかされないよね?)
そんなことを考えているうちに、いつの間にか話は進んでいたようだ。出発の時間が迫っていたようで、王女殿下達は馬車に乗り込もうとしていた。……あっ、そういえば、まだ名乗ってもいなかったな。俺は慌てて名乗りを上げた。
「俺はジョシュアといいます。宜しく……お願いします。」
すると、王女殿下は笑みを浮かべて応えてくれた。
「此方こそ、宜しくお願い致しますわ。ジョシュア。」
こうして急遽、俺は王女殿下の護衛役として、隣国へと旅立ったのだった。
♢♢♢
それから数日後。
俺達を乗せた馬車は、ロマン国の国境を超えて、ついに隣国であるアメリア王国の王都へと辿り着いた。道中、特にトラブルもなく平和な道中だったと言えるだろう。
しかし、到着した王都を見て、俺は思わず息を呑んでしまった。そこには、今まで見たこともないような光景が広がっていたのだ。
立ち並ぶ建物の数は、この国の王都よりも多いくらいだ。それだけでも驚きなのに、更に驚くべきことには、街の人々は皆、肌の色が異なるのだ。
(これは、いわゆる多民族国家というものなのだろうか? )
しかし、それにしてはかなり違和感を覚える光景ではある。
その理由はすぐにわかった。……何故なら、街のあちこちに獣耳を生やした人や尻尾を生やしている人などの姿が見えるからなのだ。どうやら、ここは人間以外の種族が多く住んでいる場所らしい。
(なるほど、だからこれだけ多種多様な人々が暮らしているわけか。)
そんなことを思いながら歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのある人物だった……確か、ヴァレリー王女の側近の騎士の……。そうだ、名前はオーギュストとかいったはずだ。ここ数日姿を見せなかったから忘れていた。惚けてる俺を無視し、彼は言った。
「ふう……ここなら大丈夫だろう。」
男は、フードを脱いだ。
「あっ……君は!」
「ふふ。今更お気づきですか?」
茶髪の短髪。彼はあの時の兵士だった。
「我々は、あなた方をお迎えに上がったのですよ……元、奴隷様。いや、元盗賊……ですか?」
あの時は戦闘後だから分からなかった……中世的な声だ。彼の言葉を受けて、俺は尋ねる。
「なっ……どうして、俺の事を? それに君は何故あんな格好を?」
すると、彼に代わってヴァレリー王女が答える。実は、ヴァレリー王女はとある目的のためにアメリア王国を訪れたのだが、その際、俺の力を借りたいと考えているのだという。何故?
「お忘れですか……?必ず、貴方を助けると誓いましたのに。」
「え……ええっ!?」
俺は昔の記憶を引っ張り出す。確かに、あの時の少女と年月を思えば、王女と同い年くらいだろう。いや王女だったのか。俺は頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「あの時の……君、が?王女様?ロマン国の?」
「はい。不服ですか?」
「いやそんな……。」
「貴様が奴隷にされたのは、此方の不手際でもある。しかし何より、王女様が貴様の奪還を望まれたのだ。」
今度は、黒ローブが答えた。
「でも俺、貴方達の鎧を……ロマン国の新型の鎧を……盗んだんですよ。」
「それは不問にいたします。」
王女がお答えなった。そんな、不問て。
「何故……ですか?」
「今は答えられない。とだけ言っておこう。しかし貴様……。」
今度は、オーギュストが答えた。
「はい?」
「あの時は、助けてくれてありがとう。そして尋問してすまなかった。」
彼は、頭を下げた。
♢♢♢
俺の混乱を他所に、ルネサンス騎士団の面々は談笑しながら街を歩く。
(王女様が……何故俺を助ける?何か、理由があるのか。)
俺は、ずっと、考えていた。新型の鎧の噂。入手までの経路、経緯、全てがうまく行き過ぎているとは思っていた。だが、それも計画の内に入っていたのか。国内では出来ない話だから、急いで国外まで来たのか。俺が思考を巡らしている中、リドフォールとオーギュストは俺に話かけた。
「どうした?浮かない顔だな。」
「分からないことが、多すぎますから。」
「お前が勘付いているかどうかは知らんが、お前をこの国に連れて来たのは、国内では出来ない話があったから、という理由もある。」
「国内では出来ない話?」
「色々と……複雑なのさ。政治ってのはな。」
リドフォールは言った。当初から俺をこの国に連れてくる予定だったと。同志手として招き入れるために。
しかしその理由までは話す事は出来ない。国内には密偵が潜んでいるからだ。
そこで、彼等が滞在する予定の宿まで案内しようと考えたのだそうだ。俺が彼女の話を聞いていると、今度はリドフォールが口を開く。
「あー……。念の為話しておくが、オーギュストは女だ。」
そして、彼の口から信じられない事実が告げられたのだった。……なんと、彼……いや彼女オーギュストの正体はアメリア王国に仕える宮廷魔術師なのだという。つまり、あの黒いローブの男……だと思っていた人の正体が、目の前にいる男、いや少女だったという。
(……マジかよ……。)
俺は衝撃を受けた。どう見ても少年にしか見えないぞ? そんな俺の心を見透かすかのように、ヴァレリー王女が補足してくれた。彼女は、本当に男性ではなく女性だということ。しかし、彼女は素性を偽るため、普段は男の振りをし、ローブを被っているだそうだ。
(なるほど、そういうことなのか。)
確かに、性別を隠すにはその方法が一番だろう。納得したところで、俺はヴァレリー王女達と共に歩き出したのだった。
俺達が王都の街を歩いていると、どこからともなく声が聞こえてきた。それは、よくわからない言語だったが、ヴァレリー王女には理解できているようだった。彼女は言った。
おそらく、ヴァレリー王女の来訪を知った商人たちが挨拶に来たのだろうと。確かに言われてみると、この辺りには店らしきものがたくさん並んでいるように思える。俺は感心しながら、その様子を眺めていた。すると、ヴァレリー王女は言った。
「では皆様。せっかくですから、ここで買い物をしていきましょうか。」
そして、俺達はしばらく街を見て回ることに。すると、突然一人の男が声をかけてきた。その男は言った。自分と一緒に”商売”しないかと。すると、ヴァレリー王女は言った。少し”考えさせてほしい”と。すると、男は言った。すぐに返事がもらえるとは思っていないと言い残し去った。
それから、ヴァレリー王女達は様々な店を回って商品を見たり、購入したりしていった。その様子はとても楽しそうに見えた。しばらくして、ヴァレリー王女はこちらに向かって言う。
「準備が整ったようです……そろそろ宿に戻りましょうか?」
俺がそれに従うと、ヴァレリー王女は微笑みながら言った。
「お話したいことが、沢山あるのですよ。」
♢♢♢
俺は今、アメリア王国内の宿屋の一室に来ていた。そこで、ルネサンス騎士団の方々と今後の展望について話していたのだが……何故か話が妙なことになってしまった。
それは、彼女が俺に言った、貴方を助けたいという一言から始まった。その言葉に強く疑問を抱いた俺は彼女に尋ねる。
「何故、そこまで俺のことを信用してくれるんですか?それに何故、あんなに昔の約束を果たしてくれたのですか?」
すると、彼女はこう言った。
「……貴方は、私の弟なのです。」
「は……?」
俺は一瞬、耳を疑う。しかし、彼女は真剣な表情をしている。
(事実なのか……? )
俺は戸惑いながら、さらに尋ねた。
「では、何故俺は……。」
その話が本当ならば、何故俺を助けてくれなかった。解放してくれれば、何もあんな生活を送る事は必要は無かったのに。俺の表情を読んだのだろう。彼女は顔を曇らせながら言った。
「本当に、申し訳ございませんわ。」
彼女は言った。俺は腹違いの弟なのだと。父の不貞から生まれ、父が認知をせず、俺は奴隷として売られた事。ずっと気に病んでいたが、本国内で保護をするわけにもいかず、奪還の日を待っていた事。新型HMが俺の身体にフィットした理由も納得した。
あれは俺専用だったのだ。ロマン国内で新型HMが開発されているという噂を流し、俺達を釣った。そして俺はまんまと釣られて、今に至る。熊の襲撃は想定外だったようだが。
「なるほど……よくわかりました。」
話している間、彼女はずっと涙ぐんでいた。
俺も何も感じないわけでは無い。許せない。とか、遅すぎる。とか、色々な感情がせめぎ合うが、この人を恨むつもりは無かった。問題は俺の父にある。今はもう、亡くなった様だが。
そして父は後継者を指定していなかったのだろう。だから娘であるヴァレリー王女は、実の娘であるにも関わらず女王の座が確約されていないのだ。俺は全ての出来事に合点が入った。
(俺は、どうしたい?)
自問自答する。
「……ジョシュア。貴方の本当の姓は私と同じウェリントン。貴方は、ジョシュア・ウェリントンです。」
淡々とした様子で彼女は言った。その言葉の意味するところが理解できないわけでは無い。
「……」
俺は、何も答えられなかった。
こうして、俺とルネサンス騎士団との奇妙な関係が始まったのだった。