前編
「待てッ……!」
「待てと言われて待つ奴がいるかよッ!」
俺は兵士に追われながら、馬を走らせる。
後ろの積荷には、奴らから盗んだある宝が載せてある。
(くっ!積荷が重い!速度が……出ない!)
俺は焦りながら、ちらと後ろを振り返る。
追っ手は2人、馬に乗った男が俺を追っている。
(くそっ!振り切れるか?)
丁度、城塞都市クリミアの城門を抜けた。もう少し走れば森に入るはずだ。そうしたら振り切る事が出来る。しかしその時だった。
「うわぁっ!」
目の前に、熊が現れた。体長1m程の茶色い毛皮をした熊だ。俺は慌てて急停止し、馬を降りた。そして剣を抜き構える。
殺気に反応したのか、その熊はこちらに向かって走ってきた。
(速い!)
熊とは思えない速さで向かってくる。そして俺に飛びかかってきた。咄嵯に身をかわしたが、腕を噛まれてしまったようだ。熊は力任せに腕を振り回し、俺は吹き飛ばされた。受け身を取りすぐに立ち上がると、熊はまた飛びかかって来る。
俺は繰り出された熊の横薙ぎの攻撃をかわし、そのまま切りつけた。しかし熊は怯まず、俺の腕に噛みついて来る。俺はそれを無理矢理に払い除けると、今度は腹を切りつける。だが、浅い傷しか負わせられなかったようだ。熊は再び襲いかかって来た。何という獰猛さだ。
俺は必死に避けようとするが、鋭い爪の一撃を避けきれず肩口を引っ掻かれた。痛みに耐えながらも、俺は熊の頭をめった刺しにした。やがて熊は動かなくなった。
俺はその場に座り込み、肩口を触る。血が出ていた。
(不味いな……。早く止血しないと……)
そう思い、荷物の中から包帯を取り出している時だった。
「ははっ……運が悪かったな。さぁ観念しろ……ぎゃああああああっっ?」
兵士の声に俺は驚き振り向く。信じ難い光景が広がっていた。
「なっ……嘘だろ。3匹も……。」
3匹。しかも先ほどの熊よりも巨体だ。
先頭にいた一匹の熊が手負いの俺を無視し、兵士の1人に噛み付いていた。
「やめ……ぎゃああああああっ!」
叫び声を上げる兵士。そこに残りの熊が殺到する。咀嚼音と悲鳴が同時に響き渡る。
「お……おいっ!やめろ!」
俺の叫びも虚しく、熊は食事をやめない。俺は痛みを無視して、剣を抜いた。
(くそっ!どうする?逃げる……か?)
兵士の1人は、馬に乗ったまま固まっている。その顔は恐怖に引きつっていた。だがあどけない顔立ちだ。今食われている奴に比べると、幾分か歳が若そうにも見える。
(あいつ……。)
俺は何故か、自分でも理解出来ない行動に出た。それは今思い返していても自分が何故その行動を取ったのか、分からない。だが、何故かそうしなければならない気がしたのだ。
俺は馬に近づき、積荷を解く。中には鋼鉄の鎧が入っていた。
「おいっ!おい!お前!」
「な、なんだ!?」
「鎧を着るのに手を貸してくれ!」
「何っ!?」
「いいから!あいつらが食事中の間に!早く!」
俺は兵士を急がせる。鎧は、1人では着る事が出来ない。あまりにも硬く、重いからだ。俺は彼に背中のプレートをつけてもらい、俺は前にプレートとギャンべゾン(鎧を身につける時に着る服)にベルトを装着。固定した。これで動いても鎧はずれない。
「良し!後は……兜と……頼む!その剣、少し借りるぜ!」
「し……承知した!」
俺は自分の剣と、兵士の彼から借り受けるもう一振りの剣を構えた。
「ありがとな……。ああ。忠告しておく。今は逃げない方が良いぜ。血の匂いに惹かれて、他の獣が近づいてきてやがるからな。」
俺は、一言兵士に忠告すると同時に、熊の方に走った。
彼は呆然としていたが、我に返ると馬の方へ走り出した。馬に乗れば、何かあっても時間は稼げるだろう。いい判断だ。
(この化け物熊どもは……俺を食う気満々だな。)
熊達は、既に食事を終わらせており、俺の方に向かって来ていた。
(さて、頼むぜ……ルネサンス・プレート。)
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。そして覚悟を決めた。まずは一番手前にいる熊に斬りかかる。奴は身を屈めて避けると、前足で攻撃してきた。俺はそれを避けると、横薙ぎに剣を振るう。熊は咄嵯に身をかわすが、脇腹を切る事に成功した。
(よしっ!いけるか?)
俺はそのまま二撃目を加えようとした。しかし熊は俺の攻撃をかわすと、飛びかかって来た。俺は慌てて飛び退くが、熊の爪が肩をかすめる。しかし、傷一つ無い。鋼鉄の下に鎖が複雑に編み込まれた「多重装甲」は、全てを防ぎ切っていた。俺は熊の攻撃に構わず、走る。そしてすれ違い様に切りつける。熊は倒れ、動きを止める。だが、俺の攻撃は浅かったようだ。
熊はすぐに起き上がると、唸り声をあげたのち、再び襲いかかって来た。
俺は避けようとせず、あえて攻撃を受けた。やはり、無駄だった。熊は俺に噛み付くが、傷一つ無い。寧ろ、熊の歯がぼきりとかける音が響いた。俺は熊の首に剣を突き立てる。熊は暴れるが、やがて動かなくなった。俺はそのまま剣を引き抜いた。他の熊は俺から離れ、警戒するようにこちらを見ていた。
対する俺はゆっくりと歩き、距離を詰めていく。熊も少しずつ後退していく。そして、間合いに入った瞬間だった。奴は突然、猛スピードで突進して来た。俺はそれをひらりと避けた。ルネサンス・プレートは重装甲でありながら、軽い。熊の突進程度であれば、容易くいなすことが出来る。
熊は勢い余って木に激突するが、すぐに立ち上がりこちらを向く。だが、もう遅い。俺は熊の頭に剣を叩きつけた。
熊は断末魔の悲鳴を上げ、倒れた。
(ふう……何とかなったか。)
俺は一息つく。すると、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。そちらを見ると、先ほど助けた兵士が馬を駆りながら向かってきていた。
俺は彼の方へと歩いて行く。そしてお互いの顔が見える距離まで近づくと、彼は馬を止め、地面に降り立った。俺は剣を仕舞うと、兜を脱いだ。
(意外と若いな。10代前半……か?)
茶髪で、あどけない顔立ちをしている。そんな彼が、真剣な表情をして話しかけてくる。
「ところで貴様は……。」
俺は、彼の質問に答えていく。
名前、年齢、出身、職業などだ。俺はそれに素直に答える。何故、俺が盗賊行為を働いていたのか、という事も聞かれたが、それは適当にはぐらかしておいた。
「ふむ……確かに条件とは一致するが……。」
俺の体をジロジロと見る。
(なんだよ。恥ずかしいからあんまり見ないで欲しいぜ。)
彼は納得はしていないようだったが、これ以上は聞くつもりは無いようだ。
「おやおや大丈夫……でしたか?」
すると、後方からまた新たな声が聞こえた。俺は振り向く。そこには白い甲冑を着た騎士が立っていた。
身長は170cm程だろうか。男は兜を脱いだ。頭は銀髪で、顎髭が生えている。
その顔は柔和な笑みを浮かべている。余裕ある風貌からは知的そう、という印象を受けた。
俺は警戒しつつ、答えた。
「貴方は……?」
「このお方はテオドール卿だ。」
兵士が代わりに答えた。俺はその名を聞いて驚く。それはクリミア王国の重鎮の名前だったからだ。テオドール卿は俺に近づくと、手を差し出してくる。俺は握手に応じた。
テオドール卿は俺の手を握り、言った。俺はその言葉に驚いた。テオドール卿は、俺を客人として迎え入れたいと申し出てくれたのだ。
「何故……ですか?」
俺は疑問を口にする。当然だ。俺はこの国の人間ではない。しかも、つい先日この国を襲った賊の一人なのだから。しかし、テオドールは笑顔のまま言う。
「我々は戦力が欲しいのですよ。特に、新型のHMを直ぐ様着用して戦える戦士が、ね。特に貴方、奴隷でしょう?いや今は盗賊……か。ならば、身の安全も保証したいはずです。」
「身の安全……。」
「悪い話では無いでしょう?」
俺の鎧と目を真っ直ぐに見つめながら。彼は言った。俺もその瞳を見返す。そこには嘘偽りの無い真摯な想いが込められていた。俺はその視線に耐えられず、思わず顔を逸らす。
だがその時、俺の脳裏にある光景が蘇った。
(俺は……。)
———それは俺が奴隷として働かされていた時の記憶だ。あの地獄の日々の中、俺に優しくしてくれた少女がいた。名前は知らない。ただ、彼女はいつも俺にこう言っていた。
「いつか必ず、貴方を自由にする!だから、それまで待っていて……。」
俺はその言葉を励みに、今まで耐えてきた。
10年間にも及ぶ、長い奴隷生活。そんな生活を支えたのは、あの温かい一瞬の思い出だけだった。そして俺が遂に自由になった時、彼女に会えると思っていた。俺は、彼女の事が忘れられなかったのだ。だから、俺は彼女に会うために旅に出た……俺は決心した。
例えどんな条件であろうと、この人についていこうと。俺はテオドール卿の手を強く握ると答えた。
「行き……ます。」
俺はそう言って、頭を下げた。