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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

n回目ループの婚約の行方

作者: Kazma8910

 乾いた銃声が夜闇を切り裂く。

 住居が密集し、細い路地が複雑に交差する街角に大勢の靴音が響いた。攻撃側応戦側入り乱れる銃声はやむことがなかった。

 最も多くの銃弾が飛び交う川沿いの倉庫内は血の海だった。すぐ側にいた相談役が眉間を打ち抜かれ、それを目の当たりにしたファビオ・アルジェントは険しい表情で怒鳴った。

「もっと人を集めろ! リコは何をやってる!」

 手下は首をすくめながらも反論した。

「しかし、奴らの数が多すぎます」

「くそっ、久しぶりに大きな取り引きが舞い込んできたのも罠だったのか」

 歯ぎしりをするファビオは、突然銃声が収まったのに気付いた。

「……何だ?」


 見れば彼の周囲には数人の手下しか残っていない。倉庫は入り口も窓も敵勢力の者が銃口をこちらに向けて固めている。抵抗が意味をなさないのは明白だった。

 それでも、エスパ半島有数の大都市スッドの暗黒街を取り仕切るドンとして、彼は襲撃者に命乞いなどしなかった。

 不意に入り口で銃を構えた男たちが一斉に下がり、一人の人物を通した。それは血なまぐさい場面に不似合いな黒いドレスの貴婦人だった。ヴェールを付けていても年齢不詳の美しい女性だと見当が付く。


 ファビオは彼女を見て状況を察した。

闇の貴婦人(ドンナ・オスクリタ)……、俺のシマを荒らし回ったのはお前か」

 彼に銃を向けられても、女性は動ずることなく言い渡した。

「ファビオ・アルジェント。お前が生き残る道はただ一つ、私の傘下に入ることよ」

「誰が、雌犬ごときに!」

 彼が叫ぶと同時に窓の外が赤く染まった。生き残りの手下が震え声でボスに告げた。

「ドン・アルジェント、あれはお屋敷の方角です」

 まさかという思いでファビオは黒衣の女に顔を向けた。彼女は楽しげに手を差し伸べた。

「早く決めなければ、お前が傭兵時代に略奪した村の生き残りが家族を襲うわよ。美しい奥様と可愛い子供たちを、あの村人と同じ目に遭わせたいの?」

 先刻まで暗黒街に君臨していたドンは銃を取り落とした。震えながら、彼は目に見えない巨大な手に押さえつけられるように跪き、黒い手袋越しに彼女の手に服従のキスをした。

「……ドンナ・オスクリタ」


 黒衣の女性に向けて、側近が祝いの言葉を述べた。

「おめでとうございます。これでスッドの暗黒街はあなたのものです」

「これからよ、ミケーレ。いずれはエスパ半島の都市全ての暗黒街をひれ伏させてやるわ」

 彼女は勝利の笑声を響かせた。だが、それはすぐに陰鬱な鐘の音に打ち消された。黒衣の女の様子が一変した。

「あれは王族の弔鐘? 誰が死んだの?」


 その急変ぶりに戸惑いつつも側近は情報収集し、彼女に答えた。

「リカルド国王です」

 数瞬の沈黙後、黒衣の女はヴェールをむしり取り床に叩きつけた。

「あのクソ男! よりによってこんな時に!」

 唖然とする周囲をよそに散々荒れ狂った後で、ドンナ・オスクリタと呼ばれた女は投げやりに溜め息をつき黒髪を掻き上げた。

「……国王の死が何か?」

 恐る恐る問いかける側近に彼女は答えた。

「何かですって? これまでよ」

 敵も味方も理解できない様子で彼女を見た。突然、その周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。彼女の周り全てが闇に吸収され、スッドの暗黒街は消滅した。




 目を開けた時、彼女は予想どおりの場所にいた。

 光溢れる庭園には四季咲きの花々が彩り、小鳥のさえずりが聞こえる。ここはベッラフォンターナ宮殿の庭園回廊だ。彼女の背後に控えた侍女たちがおろおろしながら呼びかける。

「お嬢様…」


 お嬢様と呼ばれた彼女――艶やかな黒髪と神秘的な菫色の瞳を持つフェニーチェ公爵令嬢カルロッタは、侍女たちがちらちらと視線を向ける先へと目をやった。

 そこに繰り広げられるのは庭園の東屋で仲睦まじく寄り添い愛を語り合うひと組の男女という光景だった。眉目秀麗な青年と可憐で儚げな美少女。花咲く庭園にふさわしいと言えるかもしれない。男性がカルロッタの婚約者であるリカルド王太子でなければ。


 公爵令嬢は無感動に婚約者の不貞現場を眺めた。彼女の内心は目の前の見飽きた光景よりも自分が君臨するはずだった暗黒街のことで占められていた。

 ――面白くなる所だったのに……。

 怒りを滲ませる表情は不実な王太子に向けてではない。血と硝煙とコーザ・ノストラの暗黒街で波瀾万丈の闘争を繰り広げ、ようやく勝利を掴んだ瞬間に十八歳の時点に戻ってしまったことだ。


 しかも、一度や二度ではない。何故か彼女の人生はある条件――自身かリカルドの死で巻き戻されてしまうのだ。最初に婚約者の裏切りを知った時と場所に。

 小鳥の声に紛れて盛大な舌打ちの音がした。侍女たちは怪訝そうに周囲を見回すが、誰一人としてその音源が公爵令嬢だなどと思いもしなかった。


 カルロッタは傍目には物憂げに扇で表情を隠し、憂鬱にこの先を考えた。

 ――リカルド様が新しい恋人と公の場に出てきて我が公爵家を敵に回す行為に貴族たちが二つの派閥に割れて、私は一方的に婚約をなかったものにされて、挙げ句に濡れ衣を着せられて貴族社会を追放されるのよ。

 まるで神の決定事項でもあるかのように、この流れは王太子の恋人だけを変えて繰り返された。カルロッタはそのたびに抗ったが、どうしても食い止められなかった。新たな恋人という名の泥棒猫を排除しようとしても何故か邪魔が入り、結果的にカルロッタは宮廷から追われ、公爵家での居場所も無くす。

 ――まあ、それについては私の行動がまずかったせいもあるわね。濡れ衣ばかりでもなかったし。


 今度はどんな追放になるのやらと、彼女は義務的にリカルドの恋人を確認しようとした。波打つブロンドの妖精めいた少女。

 カルロッタは危うく扇を落としかけた。王太子のお相手は見覚えがあった。あるどころではなかった。

 ――あれは、始まりの泥棒猫!

 これまでは巻き戻りの時と場所は同じでも、王太子の相手は必ず違う女性だったのにとカルロッタは愕然とした。

 ――どうして最初の浮気相手なの? リバイバル?

 王太子の女たちの名などいちいち覚えていない。何番目の泥棒猫と認識していたのだが、二桁突入時にナンバリングも止めてしまった。後は「現」と「元」で区別する程度だ。


 非常事態に青ざめ囁き合う侍女たちを無視して公爵令嬢は庭園回廊を引き返した。一度だけ振り向いた視界の中では、いかにも弱々しげな泥棒猫がこちらに向けて勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

 ――どうやら、本気で王太子妃の座を狙える後ろ盾があるようね。お父様に報告して背後関係を洗わなければ。面倒くさい。


 最初の人生での対応をカルロッタは思い出そうとした。

 ――そうそう、泥棒猫など駆除一択だったから毒殺したのよね。まさか派閥から裏切り者が出て毒薬で足が付くとは予想しなかったもの。

 おかげで最初の人生は斬首刑でエンドマークが出てしまった。その瞬間にあの庭園回廊に巻き戻った時は神に感謝し、反省したものだ。

 ――暗殺なんてハイリスク・ローリターンな手段はやめて『生き地獄を見せてやるぜ』路線にシフトチェンジしたのだったわ。

 あの『始まりの泥棒猫』には何がふさわしいだろうかと、不死鳥の紋が描かれた馬車の中でカルロッタは熟考した。




 一週間後、事態はカルロッタの予想外の方向に動いていた。

 ベッラフォンターナ宮殿で人々がざわめく。王太子リカルドにべったりと縋り付いているのは婚約者のフェニーチェ公爵令嬢カルロッタではなかった。

 そして、公爵令嬢が『始まりの泥棒猫』と認識していた女性でもなかった。

 ――あれは、泥棒猫二号だわ。

 カルロッタは呆然と二人を見つめた。周囲は気の毒な公爵令嬢と同情の囁きを漏らすが、彼女は状況を理解できずに戸惑うばかりだ。


 ――どうなっているの? こんなに短期間でチェンジだなんて。

 せっかく『始まりの泥棒猫』に生まれてきたことを後悔させるような完璧な報復プランを立てたのに台無しだ。頭痛を堪えながらも、公爵令嬢は侍女の一人をフェニーチェ公爵の元に向かわせた。宮廷の異変を知らせるためだ。

 唖然とする周囲に構わず新恋人といちゃつく王太子に、カルロッタは冷ややかな視線を浴びせた。


 ――余計な手間を掛けさせてくれるわね。一号も二号もまとめて始末して差し上げるから覚悟なさい。

 非合法組織なら数十回の追放歴で熟知している。金さえ払えば完璧な捏造証拠と偽証を請け負ってくれる所も。

 愚かな女たちは公爵家に敵対したことへの代償と家族に及ぶ報復で後悔するだろう。

 計画の立て直しをしなければとカルロッタは宮廷を後にした。




 公爵令嬢が事態の加速度的な異常さを実感したのは更に一週間後。王太子リカルドがエスコートする女性は記憶にある三代目泥棒猫だった。

 ――今度は三号?

 さすがにここまで節操のない人だったろうかと彼女は王太子を二度見した。

 ――これまで、私が追放されるまではその時の泥棒猫一筋の人だったのに。

 最初の女に戻ったことといい、今回の巻き戻り世界は奇妙すぎる。

 ――まさか、歴代泥棒猫でローテーションでも組んでいるの? それとも今回はダイジェスト版?

 業腹だが報復計画は一時凍結だ。リカルドの真意を探らなければいたずらに振り回されることになりかねない。忌々しげにカルロッタは扇越しに王太子たちを睨んだ。




 その後、王宮に伺候するたびにカルロッタは頭が痛い光景に出くわすこととなった。

 ――あー、あの泥棒猫も見覚えがあるわ。何号だったかしら?

 既に感慨深いという心境に至った彼女は、王太子にしなだれかかる金褐色の髪の女をしげしげと眺めた。ふわふわの巻き毛を揺らし、泥棒猫は優越感を滲ませた表情をこちらに向けた。


「見ました? あの顔」

「どうせ来週になれば殿下に飽きられるくせに」

「それにしても次から次へと、殿下は何をお考えなのかしら」

 背後で侍女や派閥の令嬢たちがこそこそと囁くのを聞き、カルロッタはもっともだと内心頷いた。


 今や週に二、三人という短いスパンで王太子の愛人は代替わりしている。全てカルロッタが見覚えのある者で、しかも同じ順番というのが無駄に義理堅い気もした。

「…鬱陶しいこと」

 小さく呟くと、周囲の令嬢たちが口々に同意した。

「カルロッタ様が見逃してくださっているだけなのに図々しい」

「あれはタッタリア侯爵家の遠縁の娘でしたわね」

「リッツィ男爵家でしたかしら」


 奇妙な巻き戻り世界だが、人物関係は経験した世界と変わっていない。

 ――どの世界でも我がフェニーチェ家に敵対する者が後押ししていた泥棒猫だったわ。おかげでお父様は喜々として対抗勢力を一掃なさっていたけど。

 ただ、今回は尋常な数ではなくなっている。もしもこれまでの泥棒猫コンプリートであれば粛正リストは膨大な量になるだろう。


 ――これも我が家が強力になりすぎた弊害かしら。でも一族結束の良い機会かもしれないわね。

 過去に幾度も政敵と対決してきた公爵家は、都落ちの屈辱を経験したこともあった。しかし不死鳥の紋は伊達ではない。打ちのめされれば倍の勢いで巻き返し敵に大打撃を与えてきたのだ。


 今や宮廷中から顰蹙をかっている王太子から離れ、庭園の花々を鑑賞していると、件の泥棒猫単体と出くわしてしまった。

 一応礼をとる赤毛娘に、カルロッタは不思議そうに尋ねた。

「あなた、お体の具合でも悪いのかしら?」

「……え?」

 反射的に公爵令嬢を見上げる可憐な美少女に、彼女は続けた。

「先ほどリカルド殿下とご一緒だった時にとても震えていらしたから。もしかしたら(おこり)でも煩っていらっしゃるのかしらと思って」

 さも心配そうに言われた当てこすりに、周囲の令嬢たちがここぞとばかりに加勢した。

「そうですわ、こんなに暖かい日なのに傍目でも分かるほど震えるなんて」

「まあ、どのような病気をお持ちなのかしら」

「得体の知れない病持ちなのに王太子殿下に侍るなど不謹慎な」


 顔を赤くし怒りで震える手を押さえ、赤毛の泥棒猫は小声で答えた。

「……大丈夫です。ご心配には…」

 全てを言い終える前に公爵令嬢たちはくすくす笑いながら彼女から離れた。背後で涙ぐみ誰かが慰めてくれるのを待っている泥棒猫の気配がする。

 カルロッタの侍女が不安げに囁いた。

「王太子殿下に告げ口をするのでは?」

「放っておきなさい」


 あの泥棒猫は歴代の中でも印象深かった者だ。何しろ、公爵家の命を受けた傭兵に略奪され、奪還の陣頭指揮を執った王太子が心的ダメージで不能になるほどの凄惨な目に遇ったというのに、誰の種とも知れない子供を堂々と生むだけでなく王子として認めさせたのだから。あの時は放逐先の下町で、いっそあっぱれと思ったものだ。

 カルロッタはくすりと笑った。

「どうせ殿下はすぐに次の『震える小鳥』に鞍替えするのだから」

 公爵令嬢の周囲で押し殺した笑い声が連発した。




 王太子リカルドの恋人――泥棒猫たちに外見上の共通点はない。顔立ちや髪の色、体つきも様々だが一つの共通点があった。どれもか弱く儚げで王太子に声をかけられただけで震えるような少女なのだ。宮廷慣れしていない彼女たちは身分も高くはなかった。

 カルロッタを始めとした高位貴族令嬢は、王太子が偏愛する『震える小鳥』をしらけた目で見ていた。そのような者が例え愛妾でも宮廷で生きていけるはずがないからだ。

 事実、これまでの人生でカルロッタ自身が証明してきた。判で押されたように婚約の白紙撤回と貴族社会からの追放処分を受けたが、泥棒猫たちには必ず心身共に生涯にわたって残る爪痕を刻むことを忘れなかった。


 個人的な恨みよりも、彼女たちを操ることでフェニーチェ公爵家の追い落としを狙った者への牽制が目的だ。たとえ王太子妃選定で一敗地にまみれたとしても、門閥貴族筆頭の公爵家が侮りを受けるなどあってはならない。

 その結果、泥棒猫たちのなれの果てをカルロッタはのんびりと回想した。


 ――自殺したのは二、三人だったかしら。癲狂院行きが何人かいて、修道院に駆け込んだのが一番多かったかしらね。

 実家を潰すのは基本路線として、美貌を誇示した者が不審火で顔を焼かれたように当人の拠り所をピンポイントで破壊するのが経験上最も効率よかった。

 苛烈な報復行為を受けながら宮廷で生き延びたのは極少数だった。しかも彼女たちには生存の代わりにリカルドの寵を失うという皮肉な運命が待ち構えていた。


 ――仕方ないわね、殿下の趣味は『震える小鳥』。宮廷闘争を生き抜ける猛禽には興味を無くしてしまわれるのだから。

 元々カルロッタは政略上の義理以外を王太子に持っていなかったが、究極の『震える小鳥』を追い求める姿にわずかな情もさっさと枯れてしまった。これまで一応婚約維持のため泥棒猫の排除に務めてきたが、今は何の手も打つ気になれない。

 ――この世界を見極めるまでは迂闊に動けないわ。

 父公爵とも相談した結果、王太子には最低限の礼儀を守り、後は放置一択となった。おかげさまで、あれほど放埒を極める婚約者を責めることもない寛大な令嬢という的外れな評価が右肩上がりだ。




 とはいえ、いくら気の多い王太子でも恋人の数は無限大ではない。はじまりの泥棒猫から季節をまたぎ、カルロッタは今週一人目の泥棒猫を眺めた。

 ――この細かな癖のある金髪は最後から三番目の泥棒猫だわ。あと二人。出尽くしたらどうなるのかしら。

 新たな泥棒猫が登場するのか、二週目に突入するのかは彼女にも予測できなかった。どちらにしても公爵家としては、王太子が決定的な行動に出るまでは静観していればいい。

 ――歴代泥棒猫の後ろ盾についた者たちは、当てが外れて互いを敵視しているようね。お父様なら敵同士を対立させて共倒れ計画を立てていそうだけど。


 風に乗って庭園から聞こえるのは雛鳥の羽毛より軽い王太子の愛の言葉だ。

「そんなに震えないで、可愛い小鳥よ。僕の愛が君を包み暖めてあげよう」

 既に彼の定番となっている口説き文句を、令嬢たちは冷め切った顔で聞いていた。カルロッタの唇から笑いが漏れた。

「カルロッタ様?」

 不思議そうな令嬢たちに彼女は小声で答えた。

「あら、私としたことが。でも、あの方、今週後半には別のお相手に一字一句違わない台詞を囁くのかと思うと可笑しくて」


 令嬢たちは顔を見合わせ、急いで扇で顔を隠すと吹き出した。

「お人の悪い。でも、廷臣たちの間では殿下のお相手の総数を賭け事にしているようですわ」

 一人がこっそり教えてくれた。扇の陰でカルロッタは辛辣に答えた。

「私ならそのような賭けには乗りませんわ。終着点があるかどうかも分かりませんのに」

 令嬢たちの囁きと笑い声がさんざめいた。


 庭園回廊に目をやったカルロッタは、聖光輪十字を首に下げた男性がやってくるのを目にした。

「クレメンザ大司教様」

 令嬢たちは王都チェントロで教会勢力の頂点に立つ者に淑女の礼をした。その前を笑顔で通り過ぎると、大司教は深刻な顔で王太子の元に歩み寄った。彼の様子を観察しながら、カルロッタはずっと抱いていた違和感を新たにした。

 ――巻き戻った世界で、家族も宮廷の人たちも以前と全く変わらなかった。例外はこの方だけだわ。


 巻き戻りの回数を重ねるごとに、何故か大司教の体重と毛髪量が減衰しているのだ。

 特に今回は以前の恰幅の良さが信じられないほどげっそりとしている。婚約者の前でも頻繁に相手を変えた逢瀬を隠そうともしなくなった王太子と関係があるのだろうか。

 すぐには答えが出そうにない問題だ。堂々巡りの疑問がカルロッタの頭から離れなかった。




 フェニーチェ公爵邸。

 華麗な不死鳥の彫刻が飾られた噴水が小さな虹を作り、柔らかな色合いの春の花を飾る。王都一の豪邸の庭園は王宮にも劣らぬ美しさだった。

 その中を歩きながら、カルロッタは感慨深く庭の花々を眺めた。

 ――そろそろ、この世界での生家も見納めかもしれないわね。

 先日、王太子は遂に最後の恋人を侍らせていた。いよいよ、これまでの人生で婚約解消の舞台となってきた建国祭の季節『エスパの春』がやってくる。貴族社会からの追放という結末へと動き出すのだ。


 ――今度はどこでどんな人生を送ることになるのかしら。

 王太子の恋人を毒殺し処刑された一回目を除き、市井に放り出された二回目以降の人生は予想外に充実したものだった。生まれた時から公爵家で最上級の美術宝飾品に囲まれて育ち、自然と審美眼が磨かれことは大きな強みとなった。おかげで宝石類の鑑定から流通、さらに新鉱山の開発まで手を広げてダイヤの女王(レジーナディアマンテ)と呼ばれたこともある。

 公爵邸の料理人のレシピを庶民的な物に工夫しレストランで当てたこともあれば、ドレスショップをエスパ半島中に展開させ成功を収めたこともあった。


 もちろん成功した人生だけではなかった。特に初期は激変した身の上を受け入れることが出来ず、何もなすことなく終わった人生もあった。しかし失敗から得られる教訓と経験は多かった。

 非合法な世界で生き抜いたことすらある。裏カジノに違法薬物、私掠船に乗り込み「海の追い剥ぎ」として海洋国家ローディンの商船や海軍と渡り合った。娼館に放り込まれた時でも最初こそ苦労したものの、太客を掴み経営実権を握ってからはドゥミ・モンドは彼女の天下だった。


 ――市井や裏社会でしか得られない情報も多かったわ。

 有用なものを公爵家に流せばフェニーチェ公からの援助を取り付けることが出来た。そのノウハウをもってすればどんな業種、世界でものし上がっていけた。

 貴族世界から切り離されたことは、大事な局面で泥棒猫ごときに後れを取ったカルロッタへの処罰だった。しかし、公爵家は彼女が自力で地位を築くとすぐさま評価してくれた。むしろ、挽回のチャンスをものにするのを待っていた節があった。

 何度目かの世界でこっそりと公爵邸に戻った時に何も聞かずに抱きしめてくれた母、涙を拭う弟と無言で頷く父に接して家を恨む気持ちは消滅した。


 前世の回想を楽しむ自分に気付き、カルロッタはふと考えた。

 ――私、追放されて困ることがあるかしら?

 今や制覇していない分野を探すのに苦労するほどだ。思い返せば王太子の心変わりを食い止めるのに必死になっていたのは最初の方だけで、もっぱら貴族社会を離れてからの準備に時間と手間を割くようになっていた。


 カルロッタにはもう一つ根本的な気がかりがある。巻き戻しが起きるのは、必ず自分か王太子の死がきっかけだった。

 ――私自身の命が終わるのはともかく、どうして殿下が亡くなる度に引き戻されてしまうの?

 世界も取り巻く人々も全く同じ状況なのに王太子の恋人だけが入れ替わり、大司教のみが憔悴していく世界。

 公爵邸をカルロッタは振り向いた。父公爵の書斎を見上げ、彼女は取り次ぎを頼むために侍女を呼んだ。




 二つの月が真円に輝く夜に『エスパの春』と呼ばれる建国祭が催された。もうすぐ成人を迎える弟アルベルトを同伴者としたカルロッタは、両親と一緒にベッラフォンターナ宮殿の大階段を上がった。瞳と同じ深い菫色の絹地に金糸の刺繍を施したドレスの公爵令嬢は王宮の人々の目を惹き付けた。

 春爛漫の中で迎える建国祭は華やかに盛り上がり、王都チェントロは王宮から下町まで賑わいを見せていた。


 大理石とラピスラズリのモザイクが美しい青の広間で祝宴は始まった。カルロッタにとっては、婚約解消と追放が決定される重要な場面だ。

 ――結局、殿下は誰を伴って私に因縁を付けてくるのかしら。

 来るなら来い、と万全の迎撃態勢で乗り込んだ公爵令嬢だったが、すぐに異様な光景に気付いた。

 広間の一角に華やかな一群が陣取っている。それは王太子リカルドがこれまで浮名を流してきた全ての令嬢たちだった。

 ――泥棒猫オールキャスト?


 意外な成り行きに思わず立ち止まると、心配そうに弟が声をかけた。

「大丈夫ですか、姉上」

「…ええ、少し驚いただけよ、ありがとう」

 弟に笑いかけると、両親も気掛かりそうにこちらを見ていた。カルロッタは父に詫びた。

「見苦しい所をお目に掛けました。殿下の捨てた残飯同然の者など見るにも値しません」

「それでこそフェニーチェだ」

 公爵は満足げに頷いた。公爵夫人が息子に囁く。

「お父様のなさりようをよく見ておくのよ。この広間での出来事を目に焼き付けなさい」

 次期公爵には必要なことだとカルロッタも賛同した。権力の行使と敵対勢力への容赦ない攻撃と粛正、王家との駆け引き。まだ若い弟もこの世界で生き抜くために何が必要かを学ぶだろう。


 広間の一角に集合した泥棒猫の群れにカルロッタはちらりと視線を向けた。表面上は平静を装いながら、彼女たちは互いに牽制し合っている。

 ――あらあら、せめて自身の派閥くらい把握しておけば良いのに。

 タッタリア侯爵家子飼いの男爵家の養女が侯爵の弟の養女に噛みついている。その周囲でも本来なら共闘すべき派閥に庇護されているソロッツォ家とバルジーニ家の令嬢同士が険悪な言い合いを始めた。

 王太子に寵愛されたかと思うと放り出された彼女たちは、今夜が最後のチャンスと思っているのだろう。リカルドに選ばれるのは一人だけだ。周囲の女は全て敵と考えても不思議ではない。


 フェニーチェ公爵家に敵対する者たちは、自身の手駒のあまりの使えなさに頭が痛そうだ。彼女たちの愚かさも多少はあるだろうが、フェニーチェ公が総力をあげて離反工作を行った結果だとカルロッタは推察した。彼女の側で驚いている弟に小声で説明する。

「あれが何を意味するか分かる? 弱小勢力でも反フェニーチェを名目に糾合されると厄介だから、お父様が小物と侮らずに離反工作で楔を打ち込んだ結果なのよ」

 アルベルトは真剣に頷いた。カルロッタは今や王太子の登場を待ちわびる気分になっていた。

 ――さあ、殿下はこの醜態をどう収めるのかしら。

 娘の隣で公爵夫人が小さく笑った。

「あら大変、王太子殿下お気に入りの小鳥が突つき合いをしているわ。可憐に震えるのも忘れて」


 決して大きな声ではなかったが、彼女の言葉は瞬く間に面白可笑しく広がっていった。

「心配無用ですわ、お母様。王太子殿下がお見えになれば、皆思い出したように震え始めますとも」

 カルロッタの言葉を待っていたかのように、典礼官の朗々とした声が青の広間に響いた。

「リカルド王太子殿下、ご入場」

 広間に集った貴族一同が王国の後継者に礼を取った。さっきまで互いを蹴落とそうとしていた令嬢たちは瞬く間に爪と牙を収め、可憐なか弱い小鳥のような風情を取り戻した。

 目を潤ませ、唇をわななかせながら王太子を見つめる様は嫌でも公爵家の婦人たちの言葉を思い起こさせ、人々は笑いを堪えるのに苦労していた。


 ――本当、笑劇でもお目にかかれないほど滑稽で醜悪だわ。

 彼女たちにどんな顔で「私の震える小鳥よ」と囁くのかと想像するだけで、こちらの肩が震えてきそうだ。

 ――さあ、今度はどの泥棒猫を侍らせて私に婚約解消を突きつけてくれるの?

 その後の手はずは整えてある。あの放蕩者が王太子面していられるのも今夜が最後だ。

 期待に胸を高鳴らせるカルロッタの前で足音が止まった。


「フェニーチェ公爵令嬢」

 音楽的な美声が彼女を呼んだ。淑女の礼をしていたカルロッタは頭を上げた。魅惑的な微笑を浮かべた王太子リカルドが彼女に手を差し伸べていた。

 ――どういうこと? 建国祭でエスコートされたことなど一度も無かったのに。

 内心の混乱をおくびにも出さず、公爵令嬢は優雅に王太子の手を取った。広間の一角に待機させられた泥棒猫の群れがざわめく。彼の後に続いて登場した国王夫妻は王太子と公爵令嬢が手を取り合う様に上機嫌だった。


「王太子よ、そなたの最近の言動に心を痛めていたが、ようやく賢明な判断力を取り戻したようだな」

 父王の言葉にリカルドは爽やかそのものの笑顔を振りまいた。

「御意。これまでの私の行動には理由があるのです」

 ――泥棒猫一個小隊を渡り歩いてお手つきの数ばかり増やすのに正当性があるとでも?

 言えるなら言ってみろとカルロッタは静観した。リカルドはにこやかに教会勢がし占める一角に手を伸ばした。


「クレメンザ大司教の手助けで、私は伴侶となる者を見極めてきたのです」

「見極めるとは? 教会で懺悔でもさせたのか?」

 国王の疑問に王太子は首を振った。

「より確かな方法です。彼女たちと婚姻を結んで結果が良くなければ時を巻き戻しました」

 公式の場で常に国王が手にしている王笏が、音を立てて床に転がった。

「……今、何と言った?」

「時を戻しては婚姻を繰り返し、最も王妃にふさわしい者が誰なのかを確かめたのです」

「……大司教よ、そのような業ができるのは……」


 国王に話を振られた大司教は、寂しい毛髪をなびかせて頭を下げた。

「申し訳ございません、陛下。王太子殿下の要求に逆らえず、『禁忌の扉』を使いました」

「あれは国難級の厄災でもなければ使うこと能わずと厳しく決められておろう。しかも王家とフェニーチェ公爵家の血が必要なはず」

「そのために、王太子殿下と公爵令嬢の婚約署名書を使いました」

 王国存亡の危機のみに発動できる国宝レベルの秘術を女漁りに利用したと聞き、カルロッタは目眩を感じた。

 ――つまり、究極の『震える小鳥』探しに私と殿下の血判がある署名書を使って秘技を行った? 当事者の殿下以外で私と大司教様だけが巻き戻しの記憶があるのはそのため?


 息子の超弩級愚行に国王は口の開閉を繰り返すばかりで、隣の王妃は息をしているかすら怪しかった。周囲の大貴族たちも苦い顔を隠せずにいる。呻くように大司教が続けた。

「しかも、酷使のためか『禁忌の扉』はいかなる操作も受け付けず沈黙してしまいました」

「それは、二度と使えないと言うことか……」

「恐れながら……」

 帰らざる毛根を嘆くように、大司教の残り少ない毛髪が震えた。


「何を嘆くことがあるのだ? 為政者の私生活が満たされていなければ善政を敷くことは難しいのは当然のことなのに」

 周囲の驚愕と幻滅を意にも介さない朗らかな声で王太子は言い渡した。

「おかげでどれほど可憐な令嬢も宮廷に入れば変わってしまうことが分かった。それに、あれほど傲岸冷酷だったカルロッタが私好みの女性に変わろうとしてくれることも。彼女であれば良き王妃になれるだろう」


 手にキスをされ、何の冗談だと公爵令嬢は全力で表情筋を制御した。

 ――もしかして、女遊びに口を出さなくなって会うたびに笑いを堪えていたことを『震える小鳥』予備軍だとでも? 理想の女はいなかったけどお前で我慢してやるから光栄に思えと?

 自信満々な王太子の様子から彼女の推理が外れていないことがうかがえた。対するカルロッタの答えは単純明快だった。

 ――思うか、ボケ!!

 下町と娼館と暗黒街仕込みのありとあらゆる罵詈雑言を心の中で叩きつけながら、公爵令嬢は典雅な貴族スマイルをキープした。


 両親に視線を流すと、フェニーチェ公爵は片眼鏡の位置を直し、公爵夫人はぱちりと扇を閉じた。プランC決行の合図だ。他の貴族たちは『駄目だコイツ』という感想を無言のうちに共有している。そして大司教の下に公爵家の手の者が接近し何事かを囁いた。

 ――今頃、このバカを国家反逆罪で吊し上げる計画が立ち上がっているわね。光栄どころか、関わり合うことすら危険だわ。公爵家を一蓮托生に持ち込みたい連中が舌なめずりする音が聞こえそうよ。


 扇を揺らめかせ、カルロッタは優雅に礼をした。

「光栄でございます、殿下」

「なら、すぐにでも」

 手を掴もうとするのをするりとかわし、フェニーチェ公爵の令嬢は彼から距離を取った。

「残念ですが私、修道院に入ることになりましたの」

「修道院だと?」

「聖テオドーラ修道院の尼僧が神の啓示を受け、私が俗世を捨てることを神がお望みだと告げたのです」

「馬鹿な、許さん!」


 声を荒げるリカルドを、少し落ち着きを取り戻した大司教が静かに諭した。

「殿下はいつから神を超える存在になられたのか?」

「……いや、それは……しかし……」

 苦悩する王太子から尚も距離を取り、カルロッタは家族と合流した。玉座に向けてしおらしく頭を下げる。

「既に準備は整っております。今日は皆様にお別れを告げるために伺候しました」


 王太子以上に絶望的な表情で、国王がフェニーチェ公爵に訴えかけた。

「考え直してもらえまいか、フェニーチェ公。王太子には令嬢が必要なのだ」

「神がそれをお望みなのです」

 いかにも敬虔な様子で公爵は答えた。これ以上の説得は教会勢力すら敵に回してしまうと気づき、国王は肩を落とした。

「諦めるがよい、王太子よ。カルロッタは神に仕えることを決めたのだ」

「そんな! 私は何のためにつらい人生を繰り返してきたのだ!」

 リカルドは悲痛な声を上げてままならない運命を嘆いた。


 ――女を取っ替え引っ替えで好き放題やって来ただけでしょうが。

 その台詞は身一つで放逐された状況からのし上がって言えと、カルロッタは冷笑した。

 泥棒猫牧場を見やると、そこは阿鼻叫喚と化していた。泣き崩れる者と家族に泣きつく者が大半だが、自分が望んでやまない地位を放り捨てた公爵令嬢に憎悪の目を向ける者も数人いた。

 その顔と家の名を頭の中に刻みながら、カルロッタは家族とともに辞去を告げた。

「それでは失礼いたします」


 フェニーチェ公爵家一行が青の広間を去ると、派閥貴族が次々と続いた。動静監視の者を残したのみの広間に祝祭気分はなかった。国王は王太子を厳しく叱責したが、リカルドはこの期に及んでもカルロッタを引き留めようとした。

「待て! 戻るんだ! 王妃になれるのだぞ、カルロッタ!!」

 聞き苦しい呼びかけに公爵令嬢は振り返る素振りすら見せなかった。

 ――まだ本気で自分が玉座に就けると思っているのかしら。


 ベッラフォンターナ宮殿の回廊を公爵家の者たちは歩いた。周囲は彼らの護衛で固められていたが油断は禁物だ。絶望し血迷った王太子が拉致監禁に走るかもしれないからだ。

 不死鳥の紋が描かれた馬車に乗り込み、宮殿外に待機させていた警護隊が守りを固めてから、ようやく公爵家の人々は息をついた。

「これから後始末が大変だな」

 公爵が呟くと夫人も頷いた。

「修道院の改修計画を進めていたのは幸運でしたわ。あの愚か者が奪回など考えても手も足も出ませんもの」


 公爵家の庇護下にある聖テオドーラ修道院はかねてから老朽化が目立ち、大がかりな改修工事に着手していた。今は突貫工事で「カスターニャ宮」と呼ばれる堅固で壮麗な神の住まいへと変身している。

「むしろ手を出してくれた方が都合が良いのではなくて?」

 にこやかにカルロッタが言うと両親は苦笑した。

「確かにそれなら精神に異常を来したと生涯軟禁できるが、それも新たな王太子を選定してからだ」

 父公爵にアルベルトが尋ねた。

「姉上は本当に出家してしまうのですか」

 不安そうな様子の息子を公爵夫人が慰めた。

「離れていても家族の絆は変わらないわ。それに還俗という切り札はいつでも使えるし」


 ようやく安堵した様子の弟に微笑んだ後で、カルロッタは憂鬱な溜め息をついた。

「気掛かりなことでもあるの?」

 公爵夫人の問いかけに娘は答えた。

「泥棒猫の一斉駆除が面倒で」

「我が家に敵対行動を見せる者は処分し、残りは国境警備軍の附属施設に送り込めば良い」

 こともなげに公爵は解決案を提示した。カルロッタは薄く笑った。

「まとめて『国境妻』ですか」


 国境地帯で隣国と睨み合う軍隊の附属施設に勤める女性は「国境妻」と呼ばれる存在だ。将校であれば一対一の関係だが他は班や部屋ごとに一人となり自然と物扱いになる。

 弱小とはいえ貴族令嬢には過酷な処遇に見えるが、彼女らは王妃となる野望を秘めて積極的に王太子と男女の関係を持ってきた。か弱く可憐に見えても決して潔白でも純潔でもない。

 ――「国境妻」が嫌なら自らの才覚で環境改善すればいい。少なくとも、私はそうしてきたわ。


 泥棒猫たちに微塵の同情も抱かず、カルロッタは父に尋ねた。

「大司教様が王太子殿下に加担した理由は何でしょうか」

「おおかた、隠匿していた愛人の存在でも嗅ぎつけられたのだろう」

 公爵の言葉から、彼が何らかの確約を餌に大司教を懐柔したのだろうと推察できた。

「では、我々も情報共有しなければ」

 娘の提案に公爵は声を立てて笑った。そして表情を改めた。

「修道院での役割は重大だ」

「心得ております、お父様。教会勢力を最大限に利用し、我がフェニーチェ家の悲願達成の一助を担います」


 エスパ半島の隅々にまで教会は存在し、緻密な情報網を構築している。これを掌握し懺悔や告解の秘匿事項を手に入れれば公爵家の勢力はチェントロに留まらなくなる。

 この王国は王家を戴きながら諸都市が自治国家に等しい力を持っている。各都市は貴族や富豪が僭主として支配し、時に都市間で戦闘も行われた。

 だが、王太子の馬鹿げた計画のとばっちりであらゆる世界に通じたカルロッタは何者も恐れない。これまでの人生が知識を豊富にし、狡猾さを磨き上げてくれたからだ。


 今回の戦場は文字通りの『聖域』。神の御名の元に欲望と陰謀が渦巻く神聖かつこの上なく人間的な世界は初めての舞台だ。

 その中で勢力を拡大させ、いずれは総本山に座す教皇すら傀儡にできれば諸都市を出し抜きエスパ半島を実効支配できる。フェニーチェ王朝の礎を築けるのだと想像したカルロッタは、興奮に心を震わせた。

 ――誰の邪魔も入らずやり直しの利かない世界……、この人生も楽しくなりそうだわ。

 野望を乗せた馬車は不死鳥の意匠で装飾された公爵邸の門に到着し、広げた翼に抱かれるように通過していった。


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[良い点] いいですねこれ! 野望と能力でのし上がる公爵令嬢、どこにいっても出来る女!そりゃ一国の王妃程度じゃもったいない。 まさかの巻き戻りの真実のアホらしさに草も生えないですが、今回はリセットがな…
[一言] 面白いけど、王太子その後とか国の行く末とかも知りたい
[一言] 好みの女を探すために、国難などの時に使うべき秘術?神器?の力を使い切るとは!! これって後腐れ無くヤりたいだけだったとしか思えないわ。 時を戻せば責任取らなくていいからね! それに比べてカ…
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