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第十九話 目を覚ませばそこにいるなんて!

 白シャツ一枚だけを身にまとい、鉄の家のソファに座り風呂上がりの髪を乾かすリアン。


 まだ長い髪に慣れておらず、下ろすと肩まで届く長さをドライヤーで懸命に乾かす。


 借りたシャンプーのおかげで、熱風を頭に当てるとココナッツの甘い香りが鼻をくすぐる。

 体を洗う石鹸は爽やかな柑橘の香りだった。



「今晩はテツのベッドを使ってくれていいからね!」


「オレはリビングのソファで寝るっす」



 水分を含んだ髪と格闘していると鉄の母親からそう告げられ、鉄も賛同する。



「いや……俺がソファで「そんな恰好でリビングで寝ちゃ危ないでしょ!」」



 鉄の母親からの一喝。

 慣れないお客さん扱いにどう振舞っていいのか分からず戸惑うリアン。

 たしかに大きいサイズだとはいえ、借り物の白シャツ一枚でその下には何も身につけて無い今の姿なら、できる限り人目に触れないのが賢い選択と言える。


 透ける気配がないとはいえ、丈を目いっぱい伸ばしても太ももの中央くらいまでしか無いのだ。

 横になって寝返りをうとうものなら、知らぬうちにどれほどまくれ上がるか、それを人に見られるなどと考えただけで恐ろしい。


 となれば、とりあえず厚意は有難く受け取っておくしかないらしい、と諦める。



「じゃあ、おやすみなさいっすー」



 髪を乾かし終え、鉄の案内で通された部屋は一階の端。

 お世辞にも広いとは言えないが、小綺麗に片付いて――妙に殺風景に感じる。

 ベッドに腰かけ見渡すが、なんとも面白みがない。


 年頃男子の部屋ともなれば歌手やキャラクターのポスターにマンガ、運動系なら筋トレグッズとか、趣味的なものが所狭しと雑多に置かれていてもいいものなのに、さっぱり見当たらない。


 こんなものなのか、とリアンは特に気に留めないが、片っ端から収納や別の部屋に仕舞い込んだのが実情である。

 細かく見れば、収納の閉じた扉から服の裾と思われる布が顔を出しているのだが、眺めている本人は気付かない。



(人んちに泊まるとか、気が引ける……け……ど……眠気が……)



 気が咎めるなどと思うのも、大欠伸をしてしまっては拒否権など無いと同じ。

 内側からの鍵を確認し、安心感からか一気に眠気が襲ってきた。


 電気を消し、何日ぶりかにリアンは布団に体を預けると、瞬く間に眠りへと誘われた……。



 ◇



 揺れるカーテンの隙間から細く射しこむ陽でリアンは深い眠りからゆっくりと浮上する。

 小鳥のさえずりも聞こえ、朝が来たのだと感じるが、覚醒するまではもう少しかかりそうだった。



「おはようルリア!」


「うわぁ⁉」



 未だ寝息を立てていたリアンのベッド脇から突然生えるのはスーツに身を包んだクソ親父こと浅葱青一郎。



「はぁっ⁉ テメーどこから沸いて出た!!」


「はっはっは! 人を黒光り台所害虫のように言うな~。 父さんはルリアという生ゴミに沸くコバエだ! お前がいる限りどこにでも現れるぞ~!」


「台所害虫に変わりねぇだろ! どうやってここを割り出した!」


「はーっはっは! そんなもの、発信機のひとつさえあれば簡単に割り出せるのさ! もっとも、その反応が昨夜突然消えたためにこうしてやってきたのだがな!」


「ルリア様の発信機は私が付けてましたので」



 浅葱青一郎の後ろから現れたのは秘書、灰桜。



「おねーさんっ⁉ なんであなたまで⁉」


「来たくて来たわけではありません……業務ですので……。浅葱議員(貴女のお父様)より、賜ったものをお持ちしました」



 いつもの切れ味がどことなく影を潜めており、声も力ない。

 スーツに皺が目立ち、髪はところどころ撥ねているし、目元にはメイクで隠しきれないクマができている。

 醸し出す雰囲気はまるで幽鬼……。



「え……? スマホ……? こっちは……学生証? 制服⁉ それに、これは戸籍の……!」


「はっはっはー! 父さんはすごいだろ! 一晩で用意したんだぞー! 感謝したっていいんだぞー! こういうときはなー!『パパだ―い好きっ! ちゅっ♡』ってハグ&ちゅーが今の日本の文化だぞっ!」



 リアンの反応を見ず、一人舞い上がる浅葱青一郎。

 両腕を広げ、リアンをいつでも抱き留められる態勢をとっている。



「……すーっ……。はーっ……」



 目を閉じ、深く、深ーく深呼吸するリアン。

 瞳を開くとベッドから降り、浅葱青一郎までのたった数歩の距離を飛びつくように詰める。



「パパありがとう! だーいすきっ!! ……とかやると思ったかクソ親父!



 ハイキックをお見舞いしたいところだったが、今の自分の格好を思うと(下に履いていないため)足を上げることは自殺行為であるため、勢いよくローキックをかます。

 膝裏を直撃し倒れこむ浅葱青一郎。



「ルリア様……。お見事です。浅葱議員(こいつ)は己の手柄のように言いましたが……! 私が寝ずで掛け合って手配したんです……! だらしなく涎を垂らしたあの寝顔、思い出すだけで腹立たしい……! とっとと私を解放しろクソ議員! お風呂入らせろ! 汗臭い気持ち悪い!」



 タイトスカートから伸びるすらりとした黒ストッキングの足で、床に伏せている浅葱青一郎を何度も蹴りつける。

 


「うむ、ご苦労だった! かえっていいぞ~」



 伏したまま恍惚とした表情を浮かべ、灰桜にお役御免を告げる浅葱青一郎。



「帰 っ て い い ぞ じゃねぇ! 部下をねぎらえ! 送ってけバカ議員!」


「へぶっ!?」


「早朝から失礼した。我々の用は済んだのでこれで」



 灰桜は浅葱青一郎の耳を雑に掴み、引きずって部屋の入口へ向かっていく。

 不意にドアが開いた。



「ふわぁ~~リアンちゃん、おはよう~。なんだか騒々しいけど、ゴキブリでも出た?」



 大欠伸をしながら入ってきた鉄を目にした瞬間、ノックアウトしていたはずの浅葱青一郎は突如飛び上がり、青年の胸ぐらに掴みかかると、鼻と鼻が触れあいそうな距離で罵声を浴びせる。



「貴様ぁ! 俺の可愛い娘を傷モノにしたな!! 彼シャツとはどーゆ―ことだぁ⁉ かわいいいじゃねーかドチクショウ!!」


「えっ⁉ な、何もしてないっス! つーかどちら様⁉」


「黙れクソ親父!!」


「お、おとうさん……?」


「貴様にお父さん呼ばわりされる筋合いは無ぁい! ルリア! お前はこんな奴とあーんなことやこーんなことをしたのかぁ! 破廉恥!」


「な ん も し て ね ぇ」


「嘘だぁっ! だったらなんでそんな彼シャツなんてやらしい格好をしてるんだぁ!」


「うるさい!! おすわり! ハウス!」



 解放されたい一心の灰桜がカミナリのような一喝をかます。



「は、はひ……」


「すげぇ、黙った……」


「行きますよクソバカ議員! あと一時間で本会議始まるんですから!」



呆然と二人が見送る中、怒りに満ちた灰桜にやはり耳を掴まれ引きずられる浅葱青一郎はようやく蘇芳すおう家から出ていくのであった。


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