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第十四話 けたたましく歓迎されるなんてっ!

「ちょっ! おいこら! 放しやがれっ!」



 灰桜の呼び出したSP――オーガ巨人ジャイアントかと見間違うような屈強な大男たち――によってアサギは襟首を掴まれ浅葱青一郎の執務室から文字通りつまみ出された。



「今度はしっかりアポを取ってからいらっしゃってくださいね。く れ ぐ れ も !」



 扉から顔だけ出した灰桜が言い捨て大きく音を立てドアを閉める。

 こげ茶色の塗の重厚な扉の前に二人の男。顎の突き出した五角形の顔に角刈り太眉のオーガとスキンヘッドにサングラスの巨人ジャイアント。鉄壁の防御を前に再び室内へ入り込む余地はない。



「手荒なことをして申し訳ありません。灰桜様のご指示です故……」


「俺は猫じゃねーっつーの」



 大男たちに文句を言っても仕方ないと、悪態をつくにとどめるアサギ。

 ふと咲がいないことに気付くと、一瞬間をおいて何事も無かったかのように今しがた閉じられた扉から出てくる。なぜ自分だけがあんな扱いを、と不満であったが今ここでその議論は不毛だった。



「追い出されちゃったね」



 いたずらが見つかった子供のような言い方で咲が話しかける。

 話はとても中途半端で、何の解決もしていなかった。



「とりあえず……出よっか?」



 はるか頭上からの鋭い視線に気圧され、二人は来た道を戻る外無かった。


 灰桜がヒールを打ち鳴らし甲高い音を立てた長い廊下もスニーカーとローファー、革靴では静かなもの。

 場違いな子供がいるぞと擦れ違う人の視線で居心地の悪さを感じながらアサギと咲はSPに前後を挟まれ国会の外へと向かっていた。


 先頭を歩くのは角刈りのオーガ殿しんがりはスキンヘッドの巨人ジャイアント。横に逸れようものなら即捕らえられる。もっともそんな気はさらさら持ち合わせていなかったが。


 ご丁寧に門の外まで見送られ形ばかりの礼を述べてアサギと咲は地下鉄の駅に向かう。ずいぶんと長くかかった気がしていたが咲が携帯で時間を確認するとまだ昼を回ったばかりだった。

 角を曲がり、完全に鬼たちの姿が見えなくなったところで咲は立ち止まる。



「アサギ君」

「? どうした?」

「これ、おじさまから預かったの」



 四つ折りにされ掌に満たない大きさの紙を受け取る.


 アサギが開くと、走り書きでこう記されていた。



 19時、自宅にて待つ、と――。



 ◇



 19時。


 7年前まで、ほんの数か月住んだ我が家。慣れ親しんだとは言えないそのオートロック式マンションの玄関にアサギは立っていた。転勤に伴う転居を繰り返していたアサギにとって7年も引っ越しをしていないのは不思議すぎる光景だった。


 当時は所謂「鍵っ子」であったために自由に出入りできたが今はそうではない。呼び鈴を鳴らし、迎えてもらわなければ入ることができない。本当に入れてもらえるのだろうか。門前払いが怖くて足を運ぶことができなかった二日間を思い出す。まだ少し足が震えている。


 偽装のための制服は着替え馴染んだ黒のパーカーとジーンズ――咲と色違いのお揃いで買い今朝まで着用していたのをコインランドリーで洗濯、乾燥したもの――に戻した。あまり付けたくなかったが咲がしょぼくれるので赤と黒のチェックのスカートもジーンズの上につけた。制服のスカートはやはり心許なくパンツスタイルのほうが落ち着く。髪は「やっぱりこれが似合うから!」と太鼓判を押されたポニーテール。毛先に少し癖が出てねている。


 身なりを整えたことで気持ちは落ち着いた。先は同行したがったが自身も家に帰ったばかりで暗くなってまで出歩くわけにはいかないようだ。自分のことをよく見ているしフォローもうまい。なにかあったときにいれば心強いがいないものは仕方がない。意外と頼りにしてたんだな、とアサギは自嘲気味に笑みをこぼす。


 玄関先でニヤつくとか不審者以外の何物でもないと我に返り、誰かに観られていないかと慌てて左右を見るが人影はない。大きく深呼吸をし部屋番号を押した後、意を決し呼び鈴を鳴らす。数瞬の間をおいて無言で自動ドアが開く。罠ではないか。現代においてそんなことはないはずだが、長年スラムで過ごしたり盗賊シーフとして生きていたため警戒してしまう。もっとも、たとえ罠だとしても誘いに乗る以外に道は無いのだが。


 エレベーターを使い階層を上がり、独特の塗料の匂いが残る狭い箱から降りドアの前に立つ。もう一度呼び鈴を鳴らす。



「おかえりなさい! 青磁! 青磁なのね!」


「……母さん?」



 飛び上がる勢いで出迎えた女性に顔には見覚えがあった。それは記憶にある顔だというのももちろんだったが、鏡に映る今の顔にとても似ていたからである。違いと言えば顎のラインで切り揃えられた緩くパーマがかった髪と、目じりに細かく刻まれた皺くらいなものだった。



「とにかく入りなさい!!」



 勢いに圧倒されながらアサギは開かれた扉の中に足を踏み入れる。それだけで空気の暖かみが違うのが分かった。



「さあさあまずは手を洗って! 寒かったでしょう? 暖かい飲み物を用意しているわ! お父さんも待ってるわよ!」



 言われるがまま、変わらない配置の洗面台へ行き手を洗い、うがいし、タオルで拭く。柔らかな肌触りが心地よい。

 居間へ入ると、今朝見た顔がダイニングテーブルの向こうにあった。



「よう、さっきぶりだな」



 にやりと笑うその顔は嫌いだった。



「さあ、話してもらおうか、空白の7年間を――」



 ◇



「それはつまり……」



 浅葱の母親――浅葱藍あさぎあいは人差し指を口元に当て目線を天井にやり言葉を選ぶ。



「異世界転移してTSして帰ってきたってことなの!?」


「……母さん何言ってんの……?」



 話を一区切りし、まだ暖かいココアを両手に持って口をつけようとしたところでアサギは手を止めるしかなかった。



「ラノベで読んだ世界が現実になるなんて! チートスキルは? 向こうでは令嬢だったの?? 身分差の恋は!? 誰かにざまぁした!? それともされたほう!?」



 両手を胸の前で組み、天を拝むような姿で瞳を潤ませる。



「お、落ち着いて母さん……」


「服は……割と普通ね。露出少ないし。巨乳でもないし。ほんとに異世界いってたの~?」



 疑いのジト目を向ける藍。ほ、本当だけど……と呟くのでアサギは精一杯だった。



「まぁまぁお母さん。はしゃぐのはそのくらいにして。パパは娘が欲しかったからな! とっても嬉しいぞ!!」



 お前が言えた義理かよ、と突っ込みたいのを我慢する。

 母親の前では父親がブレーキ役になったりするのも懐かしい光景だった。疑わないのか、と聞きたいところだったが目の前の二人には無意味に思えた。



「名前を変えたほうがいいわね。青磁で女の子では違和感がありありだもの」

 藍は続ける。


「確かにな……。よし! パパが素敵な名前を付けてあげよう! パパありがとう! って言いたくなるくらいのな!」


「そういわれると意地でも言いたくないな……」


「どんなのがいいかしらね~浅葱と青磁だから青っぽい名前がいいわね」


「葵なんてどうだ?」


「まんまね~」


「紺」


「普通ね~」


「納戸! 甕覗かめのぞき!」


「名前ですらないわね~」



 青一郎の繰り出すジャブをひらりひらりとかわす藍。



「真面目に考えろよ……」


「ターコイズはどうだ?」


「知り合いにいる……」


「ミッドナイト!ウルトラマリン!ピーコック!」


「日本で名乗れねぇよ」


「さすがに恥ずかしいわね~。あ、セルリアンブルーはどうかしら?セルリアンちゃん」


「おおおおおぉぉぉぉ!いいじゃないか母さん!!」



 興奮して勢い良く立ち上がる青一郎。表紙に椅子が倒れ大きな音を鳴らす。



「でもそれだとポメラニアンみたいね~。……セル=リアン?」


「敵を吸収して強くなりそうだな」


「リアンちゃんとか? 浅葱アサギリアン。朝霧アサギリアンでもいいわね。それとも……、浅葱ルリア?」


「ルリアいいな! ルが入っててすごく異世界っぽいぞ!! パパは気に入った!」



 次から次へと提案され、処理が追い付かなくなるが、煩わしい声が聞こえた為に即座に反応する。



「じゃあリアン」


「なーーーーーー!! 今パパの話聞いてなかったのかーーーーーー!!」



 膝から崩れ落ちる青一郎。いちいち反応が大袈裟なのも鬱陶しい。



「聞いてた。だからリアンにした」


「この親不孝者! 鬼! 悪魔! 母さんも何とか言ってくれ!」


「うふふ、よかったわねー。じゃあ、今日から青磁はリアンちゃんね!」


「母さーーーーーん!!」



 青一郎の悲痛な叫びと、藍の心底嬉しそうな笑みにアサギ……もといリアンはこそばゆさを感じていた。







この名付けシーンがずっと書きたかった!ここまでこぎつけられてよかった!

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