#2.6 ビル
「うん、美味しい」
ガサツいている寝起きの声。紛れもない私の声だ。
「良かった、私ね。ナツのためにいっぱいきゅうり切ったんだ。偉いねぇ」
「うん、偉い」
どこかわざとらしく鼻を擦るハルと、朗らかな表情のビル。
料理をしている時、色々話したんだろう。最初よりも仲良くなっている気がする。こう、雰囲気が、こう、ね?
「ほんとに美味しい。漬物だよねこれ、何でつけてあるの?」
ビルが待ってましたと言わんばかりの顔で答える。
「根性液」
ぽりっ
口の中できゅうりのみずみずしさが弾ける。
酸味と塩味がバランスよく整えられた底に旨みを感じる。
噛むという行為が起爆剤のようになって、旨みが破裂するような感覚。
あとからピリリと辛味も感じる。
うまい
まだビールは飲めないけど、大人の言うビールが欲しいというのはこういうものを言うのだと思う。
「で、なんだっけ」
「根性液!」
「おばあちゃんの知恵でしょ」
「やっぱりそう思うよね! ね!」
ハルが嬉しそうに身を乗り出す。勢いよく手をつかれたテーブルが反動で揺れる。
あ、根性液がこぼれちゃう。
「その台詞って被ることあるんだね」
苦笑いするビル。
それを横目にしばらく私たちは食べ続ける。
漬物が半分くらいになったとき、ビルが口を開いた。ゆったりとしている動作で、まるでこのシーンが永遠に残るもののような感覚がした。
「そうそう、実は僕の出せる料理なんてこれくらいしかないんだ」
これくらいしかない。それは、何か意味を含むような言い方で、一種の諦めのような雰囲気を帯びていた。
ハルはパクパクときゅうりを食べ続けている。時々頬が緩むのが可愛い。
「それって、どういうこと? そんな言い方って、まるでそうさせられてるみたいな……」
「そう! させられてる。させられてるんだ僕は、ナツも多分、いや、確実にこっち側なんだろう? 僕はビルだ。おばあちゃんに囚われている」
おばあちゃん?ビルはおばあちゃんがいるの?
ビルは諦めの帯びた微笑みを見せて続ける。
「もう、僕はいいや。ごめんね2人とも、あまりおもてなしが出来なくて、だって、他の料理なんて練習する時間がなかったからさ、というより、あれ以外知らないんだ。」
なんだろう、このビルの言い方は。透明で、どこか儚いような。
というか、意味が分からない。
「そうだな、僕以外に第2区の人間はいない。これだけは言っておこうかな。じゃ、あそこ見てて」
「え? うん」
正直にビルの指した方を見る。
きゅうり畑がある。日差しを受けて、みずみずしい実がある。
「見てもなにも……」
ビルに向かい直そうとした時。
ビルはいなかった。
ハルの咀嚼の音が止まっていた。
まずは、すみません。何が3日に1回だ! これからも色々立て込んでで遅くなりそうです。気長に待っていてくれると嬉しいです。