#2.5 第2区のビル
「何回か言った通り、僕は第2区の生まれなんだ」
うんうんとハルが頷く。トントンと規則的にきゅうりを切る音がする。
「第2区って元々人が少なくてね。同級生も何人かいたんだけど、自分探しの旅だって言って、どこか行っちゃった。今でも連絡はとっているけど、皆勝手してるよ」
「ともかく、その中で残ったのが僕。その時、僕には体の弱ったばあちゃんがいてさ、この地から離れることが出来なかったんだ」
「このビルで一緒に暮らしてたんだけど、いつの間にか1人になっちゃった」
ハルが深刻そうな目でビルを見て言う。
「死んじゃった、てこと?」
「違う、消えたんだ。ずっと前に人類の大半が消えた時と同じように。ぱっと消えちゃった」
「それ、どういうこと? まって、何もわかんない」
「僕もわかんない。だから、死とは別なんだ。おばあちゃんがどこかにいる気がして、僕は帰る場所だけを守っていたいんだけど、僕の方が先に死んじゃうかな」
「きゅうりも、そういうこと。おばあちゃんが好きだったから、ずっと育ててる。今は僕もきゅうりが大好きだけどね。このビルはおばあちゃんの思い出をそのまま閉じ込めておくためだけに、僕が管理してるんだ」
「例えば、おばあちゃんが消えたのが何かの使命で、おばあちゃんが帰ってこなかったとしても、僕はここを管理し続けるよ」
しばらく沈黙が訪れた。
廃ビルに差し込む光の粒子が、まるで思い出をつつみこむようにさらさらと流れる。
ナツが寝ているテーブルにも日が当たり、ハルは肌が焼けちゃうななんてことを考えていた。
「黙られると恥ずかしいよ」
「ごめんビル、あまりにも感動的な話でさ」
「今ちょっと笑いながら言ったね。なんで僕だけが恥かくのさ」
「うそうそ、なんか照れくさいんだ。そういう話を聞いちゃうと、さっきの私もこんなのだったかなって思っちゃって」
「お互いに紛れもない本心だから尚更だね」
「それはどうかな?」
なんでよとビルが笑うと、ハルも笑った。
規則的に続いていたまな板の音が止まった。
ビルは切ったきゅうりを捌けて、袋を下の棚から取り出した。
「手際いいね」
「おばあちゃんがせっかちなんだ」
同じ場所から瓶を取り出して、袋にきゅうりと一緒に液体を入れる。
「それは何?」
興味津々なハルが身を乗り出して聞く。
危ないよと、手でハルを抑えながらビルが答える。
「根性液」
「おばあちゃんの知恵でしょ」
更新頻度が3日に1回くらいになりそう。見てくれる方、ありがとうございます。