#2.3 ビルとビル
「ありがとう、その言葉が欲しかったんだ」
ビルはにこやかな顔のままそう言った。モノクロームな格好がその愛想のいい笑顔を引き立たせる。
「きゅうりの話で1話分なんて。やるね、ビル」
「え、なに? ナツ、1話って。そんなアニメじゃあるまいし」
「アニメはないね」
そう言うとビルは驚いたような顔で私を見た。
1拍置いて、ビルも私の言った意味に気づいたようで、お皿を片付け始めた。
「わかったよ、ナツちゃん。もうきゅうりなんて関係ないんだね」
「そ、もういいんだ。始まっちゃったから、私たちは何処にも行けるし何処にも行けない。でもお腹は空いてるからね」
ハルはお腹が空いてるという部分のみに反応して、うんうん頷いている。
……始めてちゃん付けされたな。
「まぁいいか、いい加減ちゃんと料理しよう。お二人とも何か食べたいものは?」
せーの。
「「創作料理」」
「……適当に作るね」
ビルはキッチンに向かい、ハルは私も手伝うとビルについて行く。
私は席に座ったまま、廃ビルの内装をじっと眺めていた。
ところどころタイルの間から雑草が生えているけど、ビルが手入れしているのか、基本的に綺麗に整えられている。
んー、いい例えを言うなら、昔の男の人がワックスを使って遊ばせるっていう感じのあれ。あれだよあれ。
丸テーブルが7つ交互に並んでいて、それぞれに3つづつ椅子がある。テーブルの真ん中には花が活けられている。
よく見るとそれは造花で、少しだけ葉と花びらの部分が荒い。
昔から造花はあったらしいけど、その頃から姿形が進化していないみたいで、昔からあるものの1つでは、これほどまでに姿形が変わらないのは珍しい。
こういうのを見ると、昔ながらという気持ちが何となくわかってくる。
古き良きと言うよりは、古くから良いから。
ずっと変わらないという安心と、その周りを取り巻く情緒の色褪せていく変化がそれとなく心地いい。
花と造花の違いが、そのままなのは心地がいい。
少しだけ傾き始めた日差しが、キッチンにいるビルとハルを照らしていた。
何を話してるのだろう。
知る術は無い。
気になるなぁと、それだけ。
そういえば、ビルの話もうちょっとちゃんと聞きたいな。
きゅうりの理由とか、なんでここにいるのか、どうやって管理してるのか、第二区には他の人がいるのか、これからのアドバイスとか。
私たちの話もしないとな。
私を包む日差しが暖かい。夏の終わりと秋の始まりの間のどこでもない日差し。
だんだんぼーっとしてきて、日差しと溶け合うような錯覚に溺れ始める。私の身体が輪郭を日差しに任せるように。
あれ? これ日本語おかしいかな。どうでもいいか。
瞼を閉じて、テーブルに体重を預ける。
重力に逆らわず。
ずっと深く深く。
包丁でトントンと何かを切る音がビルの中に一定のリズムで響いていた。
2日空いちゃった