#2.2 廃ビルのきゅうり
「ビル、これは?」
ハルも声がくぐもっている上、社交性抜群の媚びへつらった声をやめたようだ。社交性抜群の。
「これは、見ての通りお昼ご飯じゃないか。なにか不満があるのかい?」
ビルはにこやかに答える。
「不満も何も、状況が飲み込めないの。ハルの代わりにもう1回聞く。これは?」
「これは?」
相変わらず表情を変えないビル。
テーブルの上、木製のお皿の上に盛り付けられているのは。いや、乗っかっているのは、生のきゅうりだった。
手作り特有の曲がり方をしていて、お皿の曲線に沿っている。昔、田舎の農産物直売所によく売られていたという曲がったきゅうりだ。文献にも残っている。
「なにって、きゅうりじゃないか? 確かにきゅうりは今となっちゃマイナーだけど、まさか知らないってことはないだろう。あ、わかった。味噌で食べるか、塩で食べるか迷っているんだろう。まぁ気持ちは分からなくもないよ、きゅうりはなんにでも合うからね。栄養が少ない代わりに、アレンジをするのに優れているんだ。彩りを足すのに丁度いい、味もそれほど騒がしくない。これほどまでに使い勝手のいい野菜はないよ。」
「それにさっきは栄養が少ないとは言ったけど、それほどまでじゃないんだよ。解熱効果、むくみ解消。……あれ? そんなにないな。まぁいいか、とにかくきゅうりはいいものだよ。現人類はAIに頼りすぎているんだ。完璧なペースト状の栄養食。ほとんど栄養がないにも関わらず、心躍らせるきゅうり。二人はどっちが好きなんだい?」
「僕は断然きゅうりだね。だって好きだから。それはどっちでもいいね。それはともかく二人ともどうやって食べようか、今作れるものだったらなんでも良いよ。もちろん、生でいってもいいからね。その可能性を考慮して僕は生のきゅうりを皿に乗せたんだ。ああごめん、僕ばっかり喋っちゃって、きゅうりのことしか知らないからきゅうりのこととなると、とめどなく口が動くんだ。許してくれ」
意外にも私は冷静だった。ハルは明らかに動揺を顔に表していて、梅干しを食べながら哲学的な問題を考えているような顔をしている。ほんとにしてる。
衰退した現人類は、変人しかいない。違う、変人じゃないとおかしくなってしまう人しかいない。たぶんビルもそう。
きゅうりを好きでないといけない気がするんだと思う。
無意識に変人ぶることで、ぎりぎりここにいる。
「ハル、私つっこみたくないな」
ハルはハッとしたような顔になり、こう言った。
「わかった、代わりに私が突っ込むね」
ハルが深呼吸する。胸が上下して、一拍の間ができる。
「ただのきゅうり狂いお兄さんやないかい!」
ビルは嬉しそうな顔でうんうんと頷いていた。
びゃ