1-8
「……」
「……ジェーン君、もしかして緊張してる?」
アスファルトが砕けてガタガタになった地面の上を、2つの足音が進んでいく
「えぇ、まぁ……本当に久しぶりに来たので、つい……。」
太陽がやや鬱陶しく感じるけど、まだ昼ではない……みたいな、そういう時間
「そうか。ジェーン君にとっちゃ、しばらく帰ってない実家に突然訪問するみたいな気まずさがあるのか。いやぁ、意外とそういうところは常識的だよね、ジェーン君」
「勘違いだったら申し訳ないんですけど、今私の常識的な部分を見て『意外と』って言いました?」
仲睦まじく話す2人の周りにはふわふわと、とても穏やかな雰囲気が漂っていた
「あぁしかし、いやぁ、天使族かぁ〜……!年甲斐もなくはしゃいでしまうな……!」
「私が屋敷でお世話になる前からず〜〜〜っと会いたいって言ってたんですよね、確か。……ずいぶん天使族のこと、お好きなんですね。」
「そりゃあそあだろう!?」
フィリップは勢いよく隣の彼女に顔を向ける
「興奮しすぎて噛んでますよ先生。」
「五大種族の中で唯一地上に住んでいない上に、現存する個体数も1000に満たないと言われている超超超希少種族だよ?!?!??どうせなら欲しいだろう!???」
「……私より珍しいんですか?」
「当たり前だ!天使族より珍しい種族など「ふ〜〜〜〜〜〜ん」
…………
「な、何かね。」
「いーえぇ別にぃ。」
「……君は本当に、昔から私の理解の及ばないところが多いな……。」
毒にも薬にもならないような、内容の薄い与太話を繰り返しては歩き、繰り返しては歩き……。
ここに来た本来の目的すら忘れかけていた、そんな時
「マジでそれな。こんなとこにそんな格好で来るなんて何考えてんの?バカなの?」
「っ!」
「ん?」
『ゴミバコ』が、正体を現しはじめた
ーーーーーーー
「そ〜んな高そうなモン着込んでよ。襲ってくれって言ってるようなモンだぜ?」
向こうから誰かがこちらに話しかけてくる
さっきまで人っ子1人としていなかったので、突然話しかけられて少々面食らった
まったく、せっかくこれからジェーン君に天使族の希少さを教えてあげようと思っていたのに……
頭から冷や水を浴びせられた気分だ
「金持ちってホントバカばっかだな。使ってねぇから脳みそ腐ってんじゃねぇの?」
実際に浴びせられているのは罵声だが
「……知り合いかい、ジェーン君?」
「いいえ。『ゴミバコ』の連中は基本品の無い奴ばっかりですけど、流石にあそこまで下品な顔をしているのは見たことないです。」
「誰が下品なツラしてるだぁ!!?あぁ!??」
よれたタンクトップを着た地人族の少年がジェーン君に怒鳴りかけてきた
格好はみすぼらしいが体つきはとてもガッチリとしており、後ろで結んだドレッドヘアも相まってやや威圧感がある
「テメェら状況よくわかってねぇみてぇだな……?バカでもわかるよーに教えてやるよ。持ってるモン全部よこしな。そしたら見逃してやるよ。命までは取らねぇ」
「……ふぅむ……。」
どうやら私達は脅迫されているらしい
流石はスラム街の最下層、『ゴミバコ』
ここまでイメージ通りだとむしろ安心する
「……オイ、なに突っ立ってんだよ、はやくしろ!!それともオレに見ぐるみ全部剥がされてぇのか?」
いやぁ、しかし……
「あ"?」
かわいそうに、相手が悪い
「っ……!な、なんだよ!」
「こっちの台詞ですよ。実入りが良さそうなカモ見つけた〜ってはしゃぐのはいいですけど、わざわざ正面からペラペラペラペラお喋りしながらダル絡みして……。何がしたいんです?」
「な……っ」
「後ろから襲いかかるなり、遠くから魔法で攻撃するなりしたら良いじゃないですか。小物の癖に気取ったことしてるんじゃねぇですよ?」
「……っ!!」
少年が目を見開いてこちらに迫って来た
右手にはいつの間にか大きめのナイフが握られている
「ほう!」
地魔法!
地人族は魔法の変換効率が他の種族より悪いから、オリハルコンを生成するだけでもかなり苦労するのに……
あんなに素早く、綺麗な形で、しかも片手でナイフを……
「すごい!上手!」
「死ねぇえええええっっっっ!!!!!!!」
もの凄い剣幕で迫ってくる
おお怖い
「……」
「殺しては駄目だ。捕らえてくれ。」
「よろしいのですか?」
「いやぁ、せっかくだ。案内してもらおう。」
「……わかりました。」
ジェーン君が少年の方に冷ややかな視線を送る
「『カブト松』」
「っ!?な、なんだァ!??」
突如、地面から無数の木の根が生え、少年に絡みついていく
木の根の表面はツルツルと黒光りしており、先端は二又に分かれて尖っている
突き刺されたら痛そうである
「うおわぁぁあァッッッ!!!??!」
少年の手足を拘束するように、木の根はメキメキと成長を続ける
「ぐっ……っらぁッ!」
少年が木の根に向かってナイフを振り下ろす
普通の植物なら傷がついたり、スッパリと切れてしまったりするのだろうが、
「……ウソだろ……っ!?」
今回は逆にナイフの方が砕けてしまった
う〜む、生成の速さは申し分ないが、まだオリハルコンの強度が甘い
きっと独学で魔法を使いこなせるようになったのだろう。才能がある分惜しいな
ウチの学校で学べば化けそうだ
「私の『カブト松』は過成長種の中でも最高峰の硬さの樹皮を持っています。半端な地魔法なら相手にならないですよ?」
「ぐっ……!」
「はは、いやぁ、熱烈な歓迎だったね。」
「余興にしてはあまりにもチープでしたけどね。」
「ああクソっ!」
木の根に捕まって身動きが取れない少年が、悔しそうにこちらを睨みつける
おお、とても怖い
「女はボディーガードかよ……っ!クソッ!!フザけた格好しやがって……!」
「はは、メイド服の良さが分からないとはまだまだ子供だね、少年。」
「うるせぇっっ!!!」
「いやぁ、まぁでも、君に会えたのは運が良かったな。」
「そうですね。私の記憶も古いですし、現地の人間を見つけられたのは僥倖です。」
「……あぁ??」
少年は心底意味がわからないといった表情をしている
「……実はね、せっかく遊園地に来たのに入り口でパンフレットを貰うのを忘れてしまったんだ。……ガイドを頼んでも良いかな、少年?」
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「この道で合ってるのかい、少年?」
「……」
「ジェーン君。」
「はい。」
「ぃいででででで!!!?あ、合ってる!!合ってるよ!!合ってあぁああああっっ!!!」
現在、私たちは彼の案内をもとに目的地へと向かっている
少年が私たちの申し出を快く引き受けてくれたおかげで、当初の予定よりかなり順調に進んでいる
彼には感謝してもしきれない
「死ね成金デブどもが!!!!なんでオレが道案内なんざしなきゃならねぇんだ!!!!」
いやぁ、本当に助かった助かった
「君のガイドが頼りだからね。しっかり案内してくれよ、少年。」
「こ……っこのイカれ野郎……っ!」
今は念のため、ジェーン君の魔法で身体を拘束してもらっている
不便な思いをさせてしまって申し訳ないが、これも天使族のためだ
はやく彼を解放してあげるためにも、さっさと目的を果たさねば
「ぜ……ぜってぇ後でブッ殺す……っ!」
「ジェーン君。」
「はい。」
「いいぃいあぁぁあああぁあ!!!!!!?!?!」
さっさと目的を果たさねば……っ!
「コヒュー…… コヒュー……」
「いやぁ、しかし本当に存在するんだねぇ。こんな場所に『相談所』なんてものが。」
「私がいた時は無かったので、おそらく最近出来たものなんだと思います。ずいぶんモノ好きな方が作ったんでしょうね。」
「そうだねぇ……。」
確かにここなら相談したくなるような案件は多いだろう。問題は常に山積みだ。しかし、それらを解決出来るかどうかはまた別問題である。下手に首を突っ込めば事件に巻き込まれる危険性もあるし、依頼者から報酬を受け取れる保証もない。大きな組織の後ろ盾なども無いようだし、一体何を目的に活動しているのだろうか……
そもそも、何故そんな組織に天使族が……?
「……ハッ。モノ好きね。たしかに変わったヤツらではあるわな。まーオレからすりゃ、わざわざ都市部から『相談所』目当てにこんな場所にやってくるアンタらの方がよっぽどモノ好きだけどな」
「……相談所について、何か知っているのかね。」
「ま〜知ってるっつーか知らねぇっつーか〜……」
「ジェーン君。」
「はi「おいバカ、やめろっつーの!!オレがしゃべるたびにいちいち関節を逆の方向にねじるんじゃねぇよ殺すぞ!!!」
「……」
正直、『相談所』の成り立ちについてはそこまで興味は無いが、これから交渉を行うにあたって相手のことは少しでも知っておきたい
「……少年よ。『相談所』について知っていることがあったらなるべく教えてくれ。今は少しでも情報が欲しい。」
「いやオレもそこまで詳しくは知らねぇよ」
「え、そうなのかい?」
場所も知っていたし、てっきり関係者かと思っていたが……
「ってかゴミバコに住んでるヤツで『相談所』知らねぇヤツはいねぇよ。あ、そこ右な。そうそう」
「ほう……。」
そんなに有名なのか
「ま〜、わりと最近できたとこではあるんだけどよ、評判は意外と悪くねぇんだ。若ぇヤツしかいねぇから話しやすいし、頼めばちゃんとやってくれるし、依頼金とかもある程度はなんとかしてくれんだとよ」
「……なるほど。」
『相談所』はスラムで慈善活動を行う、若人のグループ……?
……もしかして本当にただの善意で……?いやぁ、そんなまさか……
「他には、何か知っているかい?」
「知らねぇ」
「……ジェーンく「ホントに知らねぇっつーの!!!」
うううむ
残念だが、これ以上は何も出てこなさそうだ。
「……いやぁ、ありがとう少年。いい情報だったよ。」
「……年じゃねぇ」
「ん?」
「少年じゃねぇ。ちゃんとここでの名前がある」
「おや、これは失礼した。……私はフィリップ。マキナ共和国魔法専門学校という所で、種族ごとの魔法の違いについて研究している者だ。君は?」
「……オレはボイコットだ」
「……ボ、ボイコット?」
「あぁ。たしか『自由』、みてぇな意味なんだよ。かっけぇだろ?けっこー気に入ってんだぜ、この名前」
「……そうか……。」
「先生、確かボイコットって……。」
「……いやぁ、まぁ彼が良いならそれで良いんじゃないかな。うん。」
「……分かりました。」
「なにブツブツしゃべってんやがんだ?…まぁいーや。そろそろ見えてくんぞ」
少年……もといボイコット君の指示に従って歩いていると、道沿いに建つ大きな廃墟が現れた
「ここが……」
ここが……『相談所』
おそらく地上で唯一、天使族が存在している場所
「さ、着きましたぜクソ客ども。ここがかの有名なあの!『アポー相談所』でございま〜す。……イカすガイドだったろ?チップは多めによこせよ、せんせ?」