1-7
「おつかれルーシー。はい、お水」
「がびばぼぉ〜……」
「なんて?」
結局あの後、アポーに引きずられながら近くの広場まで連れていかれ、鍛錬の相手という名のサンドバックにされた俺は、全身クッタクタになりながらなんとか『相談所』まで戻ってきた
あのバカ野郎、ただの鍛錬とか言いながら魔法まで使ってきやがった……。今度誘われてももう二度と行かねぇ
「っばぁっ……!はあっ……!」
うまく力が入らない手を使ってうまく動かない口に水を流しこもうとしても、息が苦しすぎてうまく飲みこめない
あぁ……俺、今日死ぬんだろうか
「大丈夫、ルーシー?うまく飲めないなら僕が飲ませてあげようか?」
「お"ぁ……」
べ、ベイン……。優しさの方向がちょっとキモチワルイけど、お前って実はいーやつだったのか……!
クソ野郎とか思っちゃってごめんね……!
「いーじゃん!!!なら、マリーの御加護でた〜〜〜っくさん!!!お水出せるから手伝ってあげるね!!!」
「……やべてぐれ……」
「なんで!!!???」
このクソアマがよぉ……
今朝、俺のこと殺しかけたの忘れてんじゃねぇだろうな
今アレやられたら確実におぼれて死ぬわ
「あ、お疲れ様、ルーシー」
「お……、おぉ…………」
ソファで座って髪をいじってるリサも心配してくれている
……なんだろう、リサは何一つ悪いことはしてないのになぜかめちゃくちゃ腹立つな……
疲れてるからかな……?
「大袈裟だ。そこまで過激にはやってねぇ」
「……ぷはぁっ……。いやいや。ふつーに殺されるかと思ったぞ、俺」
「お、生き返った」
「水、ありがとな。ベイン」
「どういたしまして〜」
死にかけながら飲み干してカラにしたコップをベインに返す
ありがとうベイン。今ならケツ掘られても文句言わねぇよ
「アポー。アレがオオゲサなわけねーだろふざけんなよ、まったく……。自分の基準を人に押しつけんの、俺はよくないと思うぜ」
「……俺の基準に合わせて良かったのか?」
「えー……」
アレで手加減してたつもりだったんすか
そうっすか
「……今日は雑念が多かった。そういう日は余計に疲れる」
「当たり前だ。言ったろ、都市部から歩いてきて疲れてんだよ。それに……」
それに、説明されてないことが多すぎる
いまだに頭ん中はぐちゃぐちゃのまんまだ
「もういーだろ。ちゃんと説明してくれよ。
……なんで俺は今、生きてるんだ?」
「それは……。あのね、ルーシー」
「良いよリサ。僕から説明する」
「ベイン……」
なんか言いにくそうにしているリサをさえぎって、ベインが横から入ってくる
「……ベイン。やっぱりテメェか。まぁた俺が知らないトコでなんかしやがったな」
「その通り。とは言っても、僕は大したことはしてないんだけどね。皆で協力してルーシーを助けたんだよ」
「……『助けた』?『売り飛ばした』じゃなくて?」
「う〜ん、そうだな……。どこから話そうか……」
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ーーーーー
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「ルーシー、まだ寝てるのかな???」
マリーが不思議そうに首を傾げる
朝は自分の部屋にいることが多い彼女だが、今日は珍しく一階のレストランにいる
いつもだとマリー以外のメンバーで一階に集まってることが多いのだが、今日はマリーがいる代わりにルーシーがいなかった
「さっき部屋に行ったけど返事が無かったし、しばらくは起きないんじゃないかな」
「まったく……。朝ごはん冷めちゃうじゃん」
キッチンにいるリサが頬を膨らませている
もったいないことするなぁ、ルーシー。リサの料理は絶品なのに
「もう朝ごはんって時間じゃないと思う!!!」
「たしかに」
「放っとけ。リサが当番の時に寝呆けてるあいつが悪い」
アポーがソファーで腕を組みながらぶっきらぼうに言った
前にあるテーブルには空になった皿が置いてある
「アポー。それ、そのお皿。もう食べ終わったんなら持ってきて。洗うから」
「頼む」
「いや持ってこいよ。どうせ暇でしょ?」
「……分かった」
おぉ、キッチンに立ってる時のリサはおっかないな
僕も気をつけよう
「も〜〜〜……!!!リサちゃんのごはんすっっっごくおいしいのに!!!なんで起きてこないのさ!!!ルーシーのバカ!!!」
「そうだね。今日の焼き魚も美味しかったよ、リサ」
「な、何?急に褒めないでよ、気持ち悪い」
「あれ?リサ、もしかして照れてる?」
「リサちゃん照れてる〜!!!」
「……どうした。耳が赤いぞ?」
「うっさいうっさい!も〜……。ほら、マリー!洗うから手伝って!」
「え〜、またぁ〜???」
「しょうがないでしょ、水道使えないんだから。もう、はやくはやく!」
「しょーがないなぁ〜!!!まったく、マリーがいないとな〜んにも出来ないんだから!!!」
マリーは尾ヒレを大きく動かして、ペチンペチンとスキップするようにキッチンに向かう
「……」
「……」
「……んふふ」
「な、何?私の顔見てニチャニチャ笑わないでよ」
「……ふふ、やっぱり照れてる」
「次言ったら魔法で血吸うからね」
「ゴメンナサイ」
リサの細い腕に、しわくちゃな白い花が血管にパキパキと根を張りながらいくつも生えてくる
「植物魔法」……命を苗床として成長する植物を生み出す、森人族の魔法
他の種族の魔法と比べても華やかで美しい魔法だけど、その性質は少しグロテスクなものが多い
まぁ、ある意味自然の植物らしいとも言えるかな
「いくよ〜〜〜……!!!ほっ!!!はゃっ!!!!!!」
「あ、ちょっと!そんな勢いよくやらないでよ!お皿割れちゃうでしょ!」
シンクの中に水のかたまりが浮き上がり、さらにその中にできた小さい渦潮が、皿を巻き込んでくるくると回っている
人魚族の「水魔法」……。まぁ、水と言っても、厳密には出しているのは水ではないらしいけど
「私たち人魚族は海神様から生まれたから似たような力が使えるだけで、海神様の御身体そのものであるこの世のお水は生み出せないの!!!」
っと言っていた
海神様ってのはよく分からないけど、まぁ、そういうものなんだろう
「いい、マリー?マリーの元気いっぱいなところ、私大好きだけど。ず〜っと元気いっぱいだと周りのものを壊しちゃうの。分かる?」
「分かった!!!……あ、お皿が」
「絶対分かってない!!!」
キッチンからがしゃんがしゃんと楽しそうな音が聞こえる
ふふ、2人は仲良しだなぁ
「……止めなくて良いのか?」
「いいよ。久々にマリーとご飯食べれて嬉しいんだと思うし。放っておいてあげよう」
「いや……あれが割れたらもう皿が……」
「……」
「……」
「……まぁ、なんとかなるよ。たしかまだ貯金あったよね?」
「今はまだあるが、これから水道の件でお釈迦だ」
「あぁ〜……」
「……」
「……」
「最近は仕事も少ない。このままだと食いっぱぐれるぞ」
「う〜〜ん……」
さすがに水道が使えないのは不便すぎるから直したいんだけど、カツカツだなぁ……
ここだと食費以外ほとんどお金はかからないけど、とは言ってもお皿も買えないってのはよくないね
「……どうする、ベイン」
「そーだねぇ……。何か、こう、大きい依頼でも来てくれればいいんだけどねぇ……」
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『ゴミバコ』正面入り口、正門手前
この国の悪しき側面を煮詰めて煮詰めてギュッと詰め込んだような、そんな世界へと繋がる、まさに地獄の門
いつもなら閑散としているこの場所だが、今日は2人の来客が来ていた
「……ここかい、ジェーン君?」
1人は初老の男。ふくよかな身体にツヤツヤの背広を着て、ツヤツヤの革靴を履いた、なんとも裕福そうな見た目の男
「ええ、ここです先生。……ほんと、いつ以来だろう。」
もう1人は若い女。黒いロングスカートの上から、至る所にフリルの付いた白いエプロンを重ねている……所謂メイド服を着て、大きい荷物を持った、やや目つきが鋭い女
どちらもそれぞれ異なる身なりをしているが、どちらにも共通する部分が存在する
……この荒れ果てたスラム街において、彼らの格好はあまりにもミスマッチだった
だが当の本人達はそんなことは意にも介していない様子で、ただまじまじと『ゴミバコ』の正門を見ていた
「噂で聞いていたより立派だな……。もっとこう、原型が分からないほど崩れているものかと思っていたが。」
「中に人が住んでますから。ここは地人族の国ですし、建築や修理が得意な奴もいるんでしょう。」
「……あぁ、塗装されてて分からなかったが、よく見ると所々オリハルコンが使われているな。驚いた、魔法を使える者がいるのか。」
「数人程度なら、当時もいましたよ。今がどうかは知りませんが。」
「……本当に、こんな場所にいるのかね?」
「彼の話なら間違いないって言ったの、先生じゃないですか。」
「はは、そうだったそうだった。……いやぁ、改めて気を引き締めて行かねばならないね、ジェーン君。」
「はい、先生。」
男は目をキラキラと輝かせながら、口角を少し上げた
「我々の目的は天使族の捕獲。出来れば完全な状態に近い方が好ましいが、まぁ、最悪生死は問わないよ。」
「持ち帰るのが難しそうであれば体の一部だけでも、それも出来ないのなら即退散、ですよね。」
「その通り。いやぁ、こういう時スラムだと面倒事が少なくて本当に助かるよ。
……それじゃあ、行こうかね。」
「そういえば、マリー。あれって何のお魚なの?」
「知らなーい。かじって大丈夫そうなのを持ってきた!!!」
「そ、そう……」