1-6
「……行っちゃいましたね。」
「いやぁ、そうだねぇ。なんとも名残惜しい。」
「良いんですか?あんなにテンション上がってたのに。」
「……いやぁ、まぁ、そういう約束だからね。今後2度と会えないって訳じゃないだろうし、データも十分に集まった。それに……
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……パチッ……
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……実際に天使族が魔法を使う所も見れたし、もう大満足だよ。5000万スピリトの価値はあった。」
「はぁ……」
「それに、大人として、約束はきちんと守らないといけない。そうだろう?」
「そりゃあそうですけど……。」
「……まぁ、今回は流石に、ベイン君にしてやられた、という感じだったがねぇ。」
「……すみません、あの時無理にでもついて行ってたら…。」
「はは、いやぁ、……それは多分、難しかっただろうね。」
「そう、ですかね……。」
「……君に護衛して貰いながら申し訳ないんだが、私は『ゴミバコ』という、この国でも屈指の不法地帯を端から端まで歩いた上に、1時間以上も待たされて、……正直かなり疲弊していた。あの場所で君と離れて行動することの危うさは、私も重々承知していた。……もし天使族が手に入ると分かっていても、普段なら絶対に、ベイン君について行ったりはしなかっただろうが……。あの時は判断力が鈍っていた、としか言いようがない。」
「そうですね……。『ゴミバコ』に慣れてる私でも、正直今回のはかなり疲れました。中の様子も昔とは大分違ってて戸惑いましたし、着いたら着いたで1時間も待たされるしで……。まぁ、普通に1時間待ってるだけならともかく、あの竜人のガ……、子供が……」
「確か、アポーくん、と言ってたね。いやぁ、彼の威圧感は凄まじかったな……。」
「……まさか、それも計算して!?」
「そう考えるのが自然だね。……いやぁ、怖ろしい子供達だよ。」
「『相談所』ってのもだいぶキナ臭い感じでしたけど、1番怪しいのはやっぱり彼らですよね。訳ありばっかの『ゴミバコ』の中でも相当異常です。あんなガキ共見たことない。」
「……本当に、何者なんだろうねぇ、あの子達。」
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ー
「……で?いつになったら話してくれんの、リサさん?」
「……良かったの?メイド服」
「もーいいだろその話!?アレは俺のシュミじゃなくて!!あのキモいおっさんのシュミなの!!!!」
「あっそ」
「コイツ……っ!」
けっきょくあの後、俺はすぐにキモクサゲロメイド野郎(自称魔法学校の先生)から解放されて、あのキショい変態屋敷とおさらばすることができた
あの忌々しい場所からおさらば出来んのはとってもハッピーなことだが、いかんせん分かんねぇことが多すぎる。そこらへんのことをリサにいろいろ聞きたかったんだけど、
「まぁ、ここで話すのもアレだし……。うちに戻れば分かるよ」
っと何故かはぐらかされたので、心がモヤモヤしたまま『ゴミバコ』に向かって帰っているところだ
ちなみに、帰り際没収されてた俺の服の他に何故かメイド服まで返されたので、屋敷と少し離れてから路地裏でメイド服だけビリビリに破って捨てた
リサはちょっと残念そうにしてた
「ってかよぉ〜、帰っていいなら『ゴミバコ』まで送ってくれっつーの。こぁんな都市部のド真ん中から国の端っこまで歩かすなよなぁ……」
この国、マキマ共和国は大きく『都市部』と『地方部』の2つに分けられる
都市部ってのは国の真ん中らへんのことで、金持ちばっか住んでて治安も良い
地方部はその真逆。国の外側で貧乏で治安も悪い
ちなみに『ゴミバコ』は言わずもがな地方部で、それもかなり端っこの方なのでマジで最底辺
石を投げれば泥棒か強姦魔に当たる。それぐらいヒドい
「行きも歩きだったじゃん」
「あん時ぁジェーンに担がれてたしぃ、都市部に入ってからはタクシーだったしなぁ……。あぁ、ジェーンってウチに来たメイド服な」
「うん、分かるよ。……まぁ、あのおっさん、先生って言ってたし。周りの目とか気になるんじゃない?ほら、私たちと一緒だと変な噂とかになりかねないし」
「女にメイド服着せてはべらせてる時点で世間体もクソもねぇだろ」
「そう?あれだけ立派な屋敷なら、お手伝いさんの一人や二人、いてもおかしくないと思うけど」
「フッ」
お手伝いさん、ねぇ……
「いや〜、お手伝いさんなんてカンジじゃなかったぜ?実用性とかガン無視したコスプレだったって。家事とかさせる気ねーよアレ」
「……それもそっか。ルーシーに着せてるぐらいだもんね」
「オイ、どーいう意味だこら」
「先週のご飯当番代わってあげたの誰だったっけ?」
「ほんとーにすみませんでした」
ウチは週替わりでメシつくる当番が決まってる。んで、先週は俺が当番だった。せっかくの当番なんだし、はりきってウマいもんつくってやろう!っと思ってつくったのに……
「『相談所』のメンバー全員が俺に中指立ててきた時はさすがに死のうと思ったね……」
「中指で終わって良かったね。一発ずつブン殴られててもおかしくなかったよ」
「いや、確かに見た目はちょっとアレなカンジになっちゃったよ、それは認める。でもお前らさ、ひと口も食ってなかったじゃん?俺の出した料理、ひと口も食ってなかったじゃん!?それでみんなして中指立てるのってひどくねぇ!?せめて食ってから中指立てろよな!?」
「食べた後ならいいんだ……。ってか、アレ見た目がヤバいとかそういうレベルじゃなかったでしょ。なんでどんぶりに入れた白米に烏龍茶ぶっかけただけのものを料理って言えるのアンタは。味覚イカれてるでしょ」
「いやだってさ、この前アポーが『オチャヅケ』の話してたじゃん?あれ聞いてたらふつー食べたくなっちゃうでしょ!」
「なんでよりによって烏龍茶なの……。ふつう緑茶でしょお茶漬けって。」
「ちょうど近くにあったし、ありきたりでも面白くねぇなぁって思って」
「あ、イカれてるのは味覚じゃなくて頭の方か……」
なんてひどい言いザマだ。俺はあんなにいっしょーけんめいに頑張ったのに
「いつか上手くなるだろうって放っておいたけど、まさかここまで成長しないとは思わなかった……」
「いや、いやいやいや、次の当番の時は必ず……」
「次から金取るからね」
「……はい」
あんま納得してないけど、まぁ、たしかに烏龍茶とごはんはあんまり合わねぇかもしれねぇな
次は麦茶でやってみよう
「……また変なこと考えてるでしょ。あっちで脳みそとかいじられた方が良かったんじゃない?」
「さっきからひでぇことしか言わねぇじゃん……。いやほんと、俺がアイツらにやられたこと、なかなかヤバかったんだぜ?例えば……」
ーうわっ、きったね。『ゴミバコ』のガキじゃん……ー
「っ!」
どこからともなく、声が聞こえた
ーやだぁ、なんでこんな都市部の中に……ー
「……」
いつも通りだ
フィリップがおかしいだけで、都市部の連中が地方部のヤツを見かけたら普通はこういう反応が返ってくる
俺らに人権なんてものは無い
ーおい、お前!それ隠しとけ、盗られるぞ!ー
ー病気とか感染するかもしれないわ、早く行きましょー
ーふざけんなよ……。こんなとこまで来るんじゃねぇよ、ゴミのくせに……ー
「……リサ」
「行こう、ルーシー。早く帰ろ?」
リサは特に何も言わない
いつも通り
何も感じてないワケはねぇんだけど、まぁ、何したってどうしようもねぇことはある
だから、
「……うん」
俺もなるべくいつも通り。別に大して気にしてねぇよって風に、嬉しいでも悲しいでもなく、自然体になる様に装った
ーーーーーーー
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ー
それからお互いにいろいろ文句を言いあいながら歩いてたら、いつのまにか『ゴミバコ』の前までついてた
リサと話しながら来たせいか、意外とあっという間についちまった
そう、やっと……
「……んやぁっっっっっっっっと着いたァ!!!!!!」
「もう暗くなってきちゃったね」
「あっち出たの昼ごろだろ!?長すぎる散歩だったな…」
「……明日筋肉痛だろうなぁ、これ」
「だな。3日はお世話になりそう」
「あぁもうサイアク……」
「おい、恨むならベインを恨めよ?こうなったのは俺のせいじゃないからな」
「……フッ、小っさい男」
「はぁ……?」
マジで俺のせいじゃねぇだろ……
「……うわっ。ひさびさに外から見たけど、やっぱイカついな、ここ」
「『ゴミバコ』はもともと大きな遊園地だったんだから、入り口もこれくらい立派じゃなきゃおかしいでしょ」
くたくたになりながらも、俺らはなんとか『ゴミバコ』の表門までやってきた
「その話いまだに信じらんねぇわ……。こんなとこにた〜ぁのしいテーマパークがあっただなんてよ」
「昔は今ほど、ここらへんの治安は悪くなかったらしいよ。この遊園地が潰れて、中に人が住みつき始めてから段々と、やましいものが集まる場所になった」
「まわりは高い壁にかこまれてて、出入り口は数カ所だけ、中はめちゃくちゃ広い上に地図持ってないと迷うレベルで道が入り組んでる。おまけにすぐ近くに海が見えるぐらい国の端っこにあるときたもんだ。ヤバいもん隠すのにこんだけベストなとこもなかなか無いよなぁ」
「やめてよ、私がヤバいやつみたいじゃん」
「もしかして『ヤバい』の意味知らない?鏡見ればイッパツで分かるぜ」
「へぇ、じゃあ私は今鏡を見てるの?」
「……おぉ〜、その返しいいね。悪くない」
「はぁ、どうも」
「……」
やめろよその「めんどくせぇなコイツ……」みたいな顔!
傷つくだろ!?
「そろそろ行こう?本当に日が暮れちゃう」
「……ソウデスネ」
「おーい、マンジー!帰ったよー!」
リサが入り口の横にあるカウンターに向かって叫ぶと、奥からおちゃらけた様子の、アロハ服を着た痩せたおっさんがやってきた
「はいはい、受付のマンジ君ですよ〜っと。あら、おかえりリサちゃん。ずいぶん遅かったね。」
「ただいまマンジ。ルーシー回収しに都市部まで行ってたの。サインしといて」
「はいはい、ルーシーとリサちゃんね〜、ちゃあんと書いときますよん。」
コイツの名前はマンジ。趣味で『ゴミバコ』の人の出入りを記録してる変なヤツ
「いや〜でもホントに、ルーシー、ちゃんと戻ってこれて良かったねぇ〜。可愛いお姉さんに担がれてく君を見かけた時はもう、びっくりしちゃったよ。」
「見かけたんなら止めてくれよ……薄情なやつだな」
「ぼくの目的はあくまで『記録』だからねぇ……誰がどうしてようがあんまきょーみは無いの、さ。」
「……」
俺のまわりこんなヤツばっかり!!
「わざわざ呼んでくれてありがとね、リサちゃん。さ、書き終わったよ。長旅ご苦労様。ではでは、おうちでゆっくり休んできな、『相談所』の諸君?」
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我らが『相談所』は、今でこそボロくさい立派な廃墟だけど、前はレストランにちょっとしたホテルがくっついてる、みたいな二階だての建物だったらしい
今は一階の元レストラン部分が客用のもてなし部屋とかその他もろもろで使ってて、二階の元ホテル部分に俺らが泊まってる
二階しかないけど横にめちゃくちゃ長いから、五人で住んで一人一部屋使ってんのにスペースは超余ってる
いや、まぁそれはいいんだけど……
「広すぎていまだに迷うんだよな」
「いい加減慣れなよ。もう1ヶ月は住んでるのに」
「だってあそこ似たようなとびらばっかだからさ〜」
「はいはい、面白い面白い」
「話聞く気ゼロじゃん……」
……まぁ、なんやかんやあったけど、無事に『相談所』に着けてよかった
この今にも崩れそうなボロ屋敷を見て、こんなに安心する日が来ようとは……
「……生きてるって良いな」
「何急に気持ち悪いこと言ってんの……。ほら、行くよ?」
「あぁちょっと、待って待って」
……これでようやく、ゆっくりと休める……
気になることはもうほんっっっっとにいっぱいあるけど、今はもう疲れた。1秒でも早く寝たい……
待っててくれ俺の汚ねぇベットちゃん。今日はもうず〜っと、一緒にいようね……
「さぁっ……」
俺は外れそうなドアノブを取れそうなぐらい思いきり回して、そのまま勢いに任せてドアを開けた
もうドアが壊れちゃうかも、とかそういう、細かいことを考える体力なんて残ってなかった
「ただい……」
だから、俺はそのときまで忘れていた
「……」
「ま……」
そのドアの前のソファーに座っていた、バカが付くほどまっすぐで、律儀な男のことを
「アポー、さん?」
「……約束、覚えてるか?」
俺はもうほぼ止まりかけてる脳みそをフル回転させて、記憶をほじくり返した
そして……
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「ルーシー」
「ん?……なに?アポー」
「あとで付き合え」
「……え〜」
「……」
「んあーもう!分かったよ!遅れて悪かったよ!」
「……いつもの広場だ」
「……」
「来いよ」
「行くよ!行くから!!すっぽかしたりしねぇから!!」
「……」
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「あ……」
「さ、行くぞ。もう日が落ちかけてる。早くしねぇと…」
そして、
「……してくれ……」
「あ?」
……そして、
「……かんべんしてくれ……」
……そして、なけなしの力を使い果たした俺は、その場に崩れるようにブッ倒れた