1-5
「……さん、ルーシーさん。起きて下さい、時間ですよ」
「……んん……?……はっ!」
メイド服ッッ!!!!!
「ひぃいいいぃっ!?!?!?、!」
「……いやぁ、随分嫌われたねぇジェーン君」
「……フッ」
「なんでちょっと誇らしげなのかねジェーン君?」
フィリップは怯えて小さくなって震えている俺に目を向ける
なんだその犬の死骸を見ちゃったみてぇな顔は
「……まぁ、あれだけやられた後だ、やむを得んか」
「……あ、ぁあ……!」
だ、だんだん思い出してきた……!
あの後なんか目覚めたらイスにしばられたんだ……そしてなんかいきなりメイド服脱がされるしなんか全身ベタベタ触られるしなんかよく分からん光るメロンソーダみたいなの飲まされるしなんかヘンなマシーンになんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんかなんか
「あぁあぁぁあ」
「ほら〜」
フィリップは俺を指差しながらジェーンを見る
「せっかくの研究対象が壊れちゃったじゃないか。どうしてくれるのさジェーン君。」
「いえ、先生。こういうものは叩けば直ると相場が決まっています。お任せ下さい!」
いや『グッ!』じゃないが
「君そう言ってこの前うちのブラウン管テレビぶっ壊したじゃないか。信用ならんよ。」
「あ、あの時は叩き方が悪かったんです!もっとこう、……肩、肩から!思い切りやれば上手くいきます!」
「……ホントウかね?」
「う、疑ってますね!?酷いですよ先生!!」
「しかしなぁ……」
……俺はそこらのテレビといっしょかよ……ほんとに俺のことインテリアぐらいにしか思ってねぇんじゃねぇか?コイツら……
よく見たらさっきとは違うメイド服着せられてるし……
「……」
……なんか、あまりにもフザけたことがいろいろ起きすぎて逆に冷静になってきたな。周りが見えてきた
「……」
……もしコイツらから逃げるとして、ここから出られそうなのはあの扉だけか。ってか、よく見たら窓すらねぇのかよこの部屋!空気がどよ〜っとするだろうが!
「……っというか……」
ここどこだ?さっきまでいた部屋じゃねぇな
……壁全部コンクリートで、出入り口はあそこの扉一つだけ、かな?生活感全くねぇとこを見るに、実験室、ってとこか
……コイツらの目をかいくぐってあの扉から出る、ってのはちょっとキツそうだなぁ……一旦ここはおとなしく……
「こう、こうですね!腕だけでやろうとするとうまく衝撃が届かないのですが、肩から腕全体の関節や筋肉を使うことで……」
「ふぅむ……」
ハハァ、暴力メイドがテレビの壊し方についてアツく語ってら……いや、俺の壊し方かな……
……うん、逃げよう。やっぱり逃げよう。やってられっかこんなの!フザけんなってんだ
「かくかくしかじか」
「ほうほうなるほど」
アイツらは話に夢中だ。チャンスは今しかねぇ!!!
……パチッ……
「……。」
「あのー?聞いてますぅ?先生?」
全身が軽くなって、周りの動きが若干スローモーションになっていく
全力で走ればあの出入り口の扉まで1秒もかからずに行ける
あとは扉ぶっ壊して外に逃げて、……あぁもういーや、後で考えよ
今はただ逃げる!それだけ!!
……いちか、バチかぁああああ!!!!
絶好のタイミングでまさに駆け出そうとした、
その時、
コン、コン
「?!!」
扉からノック!?他にも誰かいんのか!!?
「フィリップ様、失礼します」
「!?」
誰か来た!
って……べ、別のメイド服!!?ジェーンだけじゃなかったのかよ!
……いや、よく考えりゃ当然か。こんだけデカい屋敷に2人だけで住んでるわけねぇ!
「ん?おぉ、リルラ君。どうかしたかね。今大事な実験の最中なのだが。」
最悪だ、今ならうまく逃げられそうだったのに……!
……あ〜、クソッ!やらかした……せっかくのチャンスが……!
「玄関に『お客様』がいらしております。ご準備を。」
客?一体誰だ?……いや、もうどーでもいい。もう後には引けねぇ!逃げるなら今しかねぇっっ!!!意地でも逃げるっ!!!
「なんと、もうそんな時間かね!せっかくこれから……。はぁ、いやぁ、なんとも世知辛いものだね。」
「先生、私の話はまだ……!」
「おーおー、分かった分かった。ジェーン君の話は後でゆっくり聞かせて貰うとするよ。……今はお出迎えをしなければ。そうだろう?」
「……うぅ……かしこまりましたぁ……。」
「……さてさて。ルーシー君?」
「ッ!」
クソッ!バレたっっ!
「ふっ!!」
全身のあらゆる力を使って、全力で扉まで走る!
「うらぁああああっっっっつ!!!!」
DASH!!!いっそげぇえええぇぇぇぇええええええ
「……どうかなさいましたか、ルーシー様。何をお急ぎになっておられるのですか?」
「ぐえっ、?!」
扉まであと2、3歩ってとこで、さっき来た別のメイドに首根っこを掴まれる
「……っ!?」
と、止められた……!?
コイツ、この……メイド野郎、その2!本気で『集中』して走ってる俺を片手でつかまえやがった……!
さすがに『集中』してるとはいえ真横を通りぬけるのはムチャだったか……
「だぁ〜!!!クソッ!!」
あ〜ミスった!もーちょいコイツが扉から離れてから行くべきだった!
「……お元気が宜しいことで。」
「ぐっ……」
「そんな勢いで突撃されては扉が壊れてしまいます。お控え下さい。」
「……なぁ、なぁ!えりつかむのやめろよ!俺は子ネコじゃねんだぞ!!?」
「ルーシー様?」
「ひゅっ」
あ、ヤバい。コイツ目に感情がねぇ
たまに『ゴミバコ』で見かけるタイプの、慣れてるヤツの目だ
……逃げんのは無理だな
「……アポーみたいなツノもねぇし、リサみたいなとがったミミもねぇ。あんた地人族か。肌白いから気づかなかったぜ」
「褐色の肌を持たない地人族などいくらでも存在しております。片翼の天使族と比べれば珍しくもありません。」
「……」
言葉づかいは丁寧だが、どことなくトゲを感じる言い方だな
……なんか、ジェーンとは違った意味でイラつくタイプのメイドだな
腹立つ〜
「……ってかさぁ、俺にかまってていいのかよ?お客さま……?とかが来てんじゃねぇのか?」
「あぁ、そうだとも。」
フィリップが優雅に歩きながらこっちに近づいてくる
……コイツ、気付いてやがったな
「だから君を連れて行かねばならないというのに、急に走り出すものだから……早く会いたいのは分かるが、急いては事を仕損じる、というやつだよ、ルーシー君。」
「へいへいそうですか……って、」
連れてく?俺を?
「さぁ、ついて来たまえ。君のお連れさんが玄関で待っているよ。」
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「……やっと来た。もう帰っちゃおうかと思ってたのに」
「リ、リサ!?」
言われるがまま玄関までついて行ったら、見慣れた黒ジャージと尖った耳が目に飛びこんできた
「な、なんで……?」
なぁんでリサがここにいるのですカ……?
え、ホントにどゆこと?
「……何、そのカッコ?」
「あ」
やべ、俺メイド服のまんまじゃねぇか!
「いや、これは違ぇんだよリサ、これは別に俺のもんじゃなくて……」
「え、人の服着てんの?」
「……いや、いやいやいやいや、待って。マジで待って。違うんだって」
「まぁ、別に否定はしないけど……そういうのは自分で用意してやんなよ、ルーシー」
「だぁから違うって……!」
「うん、大丈夫。分かってるから」
ぜってぇ分かってねぇ!
「……ってか、時間、過ぎてるんですけど。おっさん」
リサがフィリップを睨みつける
「いやぁ、それはルーシー君が突然逃げ出そうとしたからだよ、リサ君。私はきちんと時間を守って行動したのに、全く、手のかかる研究対象だよ。」
「えぇ……」
あんたあのメイドに言われるまでぜんぜん止める感じじゃなかったじゃん……
「……次はないから」
「はは、いやぁ、肝に銘じておくよ。次はもう少しキツく拘束しよう。」
「ひっ」
「何情けない声出してんの。ほら、行くよ。ルーシー」
「あぁ、い、いや!ち、ちょっと待って!」
いやいやいやおいおいおいおいなんだこれは
どーなってんだオイ
……俺、売られたんじゃねぇの?なんで迎えが来てんの?なんでこのジジィはそれを受け入れてんの?
「……何?帰りたくないの?」
「おお!そんなに我が屋敷に住みたいのかねルーシー君!いやぁ、そういうことならすぐにでも新しいメイド服と部屋を……」
「ほんとブレねぇなあんた……いや、ちげぇよ!そうじゃなくて、そうじゃなくてさ……!」
いろいろ分かんねぇことはあるけどいったん置いとこう
ってか、そもそもの話だ。
この屋敷に来てから、……いや、ここに来る前からずっと、……そして今でさえ、感じていることがある。
……なんかあまりにも自然な流れでことが進んでっちゃったからあんま言うタイミングがなかったけど、もうガマンできねぇ。言ってやる
なんで……
「……なんで、俺がいねぇとこで話を進めちゃうの!!?なんで俺だけ説明がねぇの????!!もうず〜っと!!!何が起きてっかさっっっっっぱりなんだけど!!!!??」
「「「「……あぁ〜」」」」
あぁ〜、そういえばそうだったね、みたいな顔をされた
……なんか、みんな俺の扱い雑じゃない……?