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「こんにちは、マリー。今、大丈夫かな?」
ベインは俺の部屋とは別のドアをコンコンと叩く
あれから俺はベインに言いくるめられ、なぜかマリーの部屋の前まで連れてこられた
ここ、『相談所』は2階建てのデカい廃墟だ。今は俺を含めて5人で暮らしてる。もちろん許可なんてない。不法侵入ってやつ
あ、ちなみにマリーってのは下半身が魚の人魚族で、何かと大ざっぱでガサツな女だ
俺はちょい苦手
「わ〜!!!!ち、ちょっと待って!!!!」
ドアの向こうから大きな声とがっしゃんがっしゃんと騒音が聞こえてくる
……あいかわらず元気だなぁ
「……なぁ、わざわざ髪型なおす必要あるか……?こんなとこで上品ぶっても仕方ないだろ」
ってか俺もともとくせっ毛だし
「『こんなとこ』だからだよ、ルーシー。一応仕事なんだから、ある程度はちゃんとしないと」
「……仕事ねぇ」
金をもらって働いているわけだからたしかに仕事なんだろうけど、いまいち実感がわかない
働くってこんなもんなんだろうか
「この『相談所』って、たしかベインとアポーで作ったんだっけ?」
「……そうだよ。僕が考えて、アポーが実行してくれた。彼がいなきゃ、ここは成り立たないね。本当に感謝してもしり切る」
「いっつも言ってんな、それ」
「本当のことだからね」
「……」
こいつらデキてんじゃなかろうか
「お、おまたせ!」
くだらないことを考えていたら、目の前のドアが勢いよく開いた
そう、目の前のドアが
「ゴブっ」
「わっ!ごめ〜ん、大丈夫!?」
いってぇなクソが
「……気をつけろよマリー。いや平気だけどさ」
「はは、ルーシーなら大丈夫だよ。ちょうど目も覚めたんじゃないかな」
「……」
コイツマジで
「そっか!なら良かった!!!」
……もういいや
「それで???マリーに何かよーじ?」
マリーは大げさに首をかしげる
人魚族の彼女は体の構造上ズボンを履けないため、基本的にTシャツ一枚でいることが多いのだが、
「???」
……何回見てもほんと際どい格好だな、目のやり場に困る
「うん、ルーシーの髪を直してあげて欲しいんだ。」
「あ〜!!!そうだよ、ルーシーまだ寝てたの!?!?リサちゃんが起こしに行ってからもう1時間は経ってるよぉ!!!」
「いや、マリーだって今まで部屋にいたじゃんか」
「失礼な!!!マリーはちゃ〜んと起きてましたよん、どっかのおねぼうさんと違ってね!!!」
「………」
やめよう、なんか色々勝てる気がしない
「そう、それでね、今起きたばかりだからまだ顔も洗ってないんだよ。でもほら、お客さんが来てるからね、海まで行って戻るのも時間がかかるのさ」
「なるほど!!!それでマリーの出番ってわけね!!!」
どうやら納得したらしいマリーは突然、右の手のひらを俺の顔に向けた
「……優しくしてよ、マリー」
「がってんしょうち!!!」
マリーが左の手のひらも俺に向けると、マリーの両手の前に大きな水のかたまりのようなものが出てきた
……人魚族の「水魔法」。本人は「海神様の加護」とか言ってたっけ
なにかと便利そうで良いよなぁ
「えいっ!!!」
その大きな水のかたまりは、ある程度の形をたもったまま、マリーの叫びとともにまっすぐこっちに飛んできて、
「ゴボボボボボボ」
俺の顔をすっぽりとおおった
「えいっ、やぁっ、そりゃっ!!!」
「ゴボボボボボボ」
水のかたまりはさまざまな形にぐにゃぐにゃと変わりながら、俺の頭をもみくしゃにしていった
顔のいろんな部分を同時にひねられてるようで痛い
「うりうりうりうり〜」
「ゴボボボボボボ」
……洗濯機の中の洗濯物ってこんな気分なのかな…洗濯機使ったことないけど……
「仕上げっ!!!」
「ゴボボっごっ……げぼっげほっ……!」
マリーが手をたたくと、水のかたまりは綺麗に無くなった。
不思議と髪ももう濡れてない
「か〜んせ〜〜い!!!」
「うん、ちゃんとわたあめでは無くなったね。男前だよ、ルーシー」
だからその例え分かりづらいって。
………と、いうか……
「っ息できねぇよ!!!!!!!殺す気かアホどもが!!!!!!」
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「……アポーさん。ルーシーさんはまだいらっしゃいませんか。」
「……」
「アポーさん。」
「……」
「………はぁ……。」
相談所の一階、椅子などの家具が散乱しているが、おそらくリビングと思われる場所
とりあえず座って待っていろと言われたのでしばらく待っていたが、もうかれこれ1時間は待たされている
地上に滅多に降りて来ない、天使族。そんな希少な存在がここで暮らしているというから、わざわざこんなスラム街……『ゴミバコ』の端の方まで来たというのに……
「……」
まだ見えぬ天使の代わりに、目の前には筋骨隆々とした竜人族の少年が座っている
赤い短髪に短い角、ぴっちりした黒いTシャツを着て緩めの長ズボンから太い足首と尻尾を覗かせる彼は、先程からこちらを睨みつけるのみで何も話してくれない。最初に「アポー」という自身の名前と、「ルーシー」という、私達が探している天使族の少年の名前を私達に教えたきり、ずっと黙りこくっている
一体何を考えてるのか……。最初に問いつめれば良かったのだが、見た目の若さに釣り合わない妙な気迫に気圧され、中々質問できなかった
……もしかしたら、天使族の少年を逃がす為の時間稼ぎをしているのか?いや、そもそも天使族の少年がいるという話の信憑性も……
「……先生、もうそろそろ……」
「分かっている。だが、もう少し……」
彼女、……ジェーン君は私の助手だ
天使族を見たい!という私のわがままに付き合って、わざわざここまで着いてきてくれた
「……。」
正直もう帰りたいが、ここまで来て手ぶらで帰るのはなんとも勿体ない
それに、もし本当にいるなら……
「……すまない、ジェーン君。もう少し待ってみよう。」
「……はぁ、分かりましたよ、先生。気が済むまでお付き合いします。」
「本当にすまないね……いつもありがとう。」
彼女は本当に良い助手だ。私にはとても勿体ないほどの。
……もうここまで来てしまったんだ。やれるだけやってみよう
「アポーさん、時間がかかるのは構いません。ですが、せめていつ頃にルーシーさんがお見えになるのかだけでも教えて頂けませんか……?このままの状態が続くのは、お互いに良くないでしょう。ですから……」
「もう来る」
「えっ?」
突然の返答に思わず間抜けな声が出てしまった。
彼は、なんと言った……?
……「もう来る」と、そう、言ったのか……?
「ほ、本当か!?」
「……」
いや、今更嘘をつく意味が分からない
嘘だとしても私にはどうしようもない
おそらく「もう」すぐ「来る」のだろう…天使族の少年が
そう考えるしかない
「……ついに……!」
ここまで来た苦労も、1時間待たされたことも正直もうどうでもいい
今はただ天使族に会える喜びで体が打ち震えている
しかし……
「……」
しかし、何故突然……?
「……寝坊助が。三文じゃすまねぇぞ」
竜人族の少年が、小声で何かを呟いた気がした