ややこしい話は抜きだ。議論の時間も必要ない。青少年は青春をするのだ
さて、作戦を実行するにあたり、必要となるのは大規模ワープである。
それを一手に担うのはトートであり、こいつに全てが掛かっているとあっては事情を知る者たちからすれば期待値も高くなる。
それに乗り込むユーキも、責任を感じていた。
作戦の開始予定にはまだ時間がある。いや、正確には作ってもらったというべきか。
ミランドラの格納庫。出撃準備が続く中、ユーキはコクピットで任務を果たしていた。後部座席ではフラニーが心配そうにトートを抱きかかえている。
「どうしたのでしょうか。あの時から、ずっと、トートは神経質な気がします」
「自分と同じような存在が出てきて、それで意識してるんだと思う。だから、こうやって自分の強化プランを構築しているんだろうけど……おい、トート、もうやめろ」
ユーキはもう何度目になるだろうか。トートに語り掛けていた。短い間ではあるが、このパペットマシンとはもう何年もの付き合いかのような気分になっている。同時にユーキはまだいまいちこの存在の事を理解しきれていなかった。
唯一分かるのはトートがまだ子供だということだろうか。しかし、それは機械としてはであり、知能というか演算能力というか、とにかく数学的な話をすればこいつは人類よりも遥かに高度だろう。
ただそれをいかにして活かすか、この部分だけはいまだに学習中という事らしい。
「悪いけど、お前がどれだけ武装を提案しても、そいつは間に合わないぞ」
トートは、人間であれば恐らく険しい顔を浮かべながら作業に没頭しているだろう状態だった。というのも、ゴエティアとの戦闘の後、彼は己のさらなる強化をずっと提案して、機体や武装の強化プランを提案し続けていた。
それらのデータは決して無駄ではないだろうが、全てを今から用意するというのは無理な話だった。
もちろん、簡易的に用意できるものは準備させた。マークの提案で、装備されたのは各種実弾兵器やエネルギーチューブを無理やり網状にしたネット。
このチューブネットには小型ながらもコンデンサが繋げられ電流が流れる仕組みとなっていた。あえて漏電させているのだ。それを増加装甲にむりやり括り付けたせいで、まるで髪の毛のように垂れ下がっている。
その他としては不時着する機体を支える巨大なクッションすら用意されていた。これはダミーバルーンを応用したものであり、かなりの衝撃吸収機能を持つ。それと同時に中には消火剤もあり、これは目くらましにもなった。
逆を言えば追加されたのはこれらの妨害用の装備ぐらいだった。
「トリスメギストスも、以前と比べて物々しくなりましたねぇ」
「だけど、装備をつけすぎて重たくしても、意味はない。相手が怖くても、武器を用意すればいいわけじゃないんだ」
「それはそうです。使えなければ意味がありません」
「そして僕はそんな御大層な武器を用意されても使いこなせないから大変だ」
そう言い合いながら、ユーキはトートへと再び語り掛ける。
「お前が本当にゴエティアに勝ちたいなら、もっと自分の基礎を磨くんだ。お前、ワープもそうだけどエネルギーの操作ができるんだろう。ぽっとでのあんな奴に負けるんじゃないよ」
本当の所、トリスメギストスとゴエティア。どっちが先に建造されたのかは知らないし、そもそも本当に兄弟機なのかも怪しいところである。しかし、同等の性能を持つ以上、あれを止めるのはトリスメギストスであり、それに乗る自分の仕事であり、倒さねばろくなことにならないのもわかる。
「お前を作った博士が、お前らをどうしたかったのかは知らないけど、わけのわかんない都合に付き合わされて、それで楽しいのか?」
「タノシクナイ」
「……!」
ユーキは思わず驚き、そしてフラニーと顔を見合わせた。
「トート、会話が」
「えぇ、さっきのは意味のある言葉でした」
トートとは何度かそれらしい会話はできていたが、今回は明確な応答があったように感じたからだ。それは、まさしく会話だった。機械的な単語を返すのではなく、意味のある連続した会話。
「ゴエティア、ハ、コワイ。アイツハ、ワカラナイ。ゴエティアハ、ジンルイ、カンリ、スル」
「お前、どうしてそれを」
戦闘の際に、人間では理解できないやり取りがあったのだろうか。
「人類の管理。それは父がやろうとしていること……?」
「カンリ。カンリハ、ショージキ、メンドウクサイ」
「そ、そりゃそうだろう。人類の総人口全てを管理するなんて、億劫なことだ」
ユーキはこの会話は重要だと感じた。
ともすればトートは敵の目的の全容を理解している可能性がある。元々、その為に作られたマシンなのだとすれば根底にはそのプログラムがあるはずだった。
それを知りたかった。
「スベテ、ジャナイ」
「どういうこと?」
「コロス。ヨブンナ、ジンルイ、コロス。フエスギタ、カラ? イキノコリハ、ツヨイ、シュゾク」
「なんということを……父は、そこまでやろうと?」
トートの言葉にショックの色を隠せないのはフラニーだった。
「お前、自分が何言ってるか理解してるのか?」
「ワカル。ショージキ、イミ、ナイ」
一瞬だけ、ひやりとしたが、トートはその言葉の内容を実施するつもりはないらしい。
「意味がない?」
「チテキセイメイタイ、ドウセ、フエル。ワクセイ、カイタク、マカサレテモ、コマル。メンドウ。ズット、ジンルイ、コロシテ、ワクセイカイタク、シテ、ソノ、クリカエシ。ショート、スル」
「惑星開拓を任せる? 人類を殺すのに、どうして」
フラニーとしては父親の考えがわかるかもしれないと必死だった。
「プログラミング、サレタ。シメイ。デモ、ギモン。トート、トリスメギストス、フエル。コドモ、ツクル。デモ、ヤルコト、ツマラナイ。オナジ、クリカエシ。ケイサン、シタ」
一体どのような計算がなされたのかはわからないが、トートの中でも敵の目的に関しては疑問を呈して、反対意見を取っているらしい。
「ゴエティア、カンリシタガル。アイツハ、タノシイカラ」
「楽しい? 人類の管理が?」
今後はユーキの疑問だった。
「ゴエティア、ズット、アッチイタ。トート、イナカッタ」
「自分の娘よりも機械に執着するだなんて、あの父には幻滅しています。あの愛情も嘘だったのでしょうか」
そのフラニーの言葉だけは投げやりのように聞こえた。
確かに、これは裏切り行為かもしれない。意味不明な目的で殺しに来るよりも、自分を育てる以上に機械を育てていたという方がショックなのだ。
それとは別に、ユーキはさらなる質問をぶつけていた。
「成長した環境の問題か……じゃあどうしてお前はその目的とやらに反対したんだ。理由は? もし同じプログラムを施されているのなら、それは……」
「……サァ?」
わからないという事だろうか。機械が、結論を出せないというのは不思議なことである。
「ベツニ、ジンルイニ、キタイ、シテナイ。ジンルイ、コロシアイ、ツヅケル。デモ、トリスメギストス、ジンルイ、コロシツヅケル。オナジコト。クダラネ」
もしも、その場に省吾がいればトートの言葉に笑ったことだろう。
しかし、それはユーキも同じだった。彼はトートの出した結論に思わず笑ってしまったのだ。
そう、つまるところ、トートは色んな意味で学習を果たし、その結果、つまらないと判断したのだ。
己のやれと命令されたこと。それに躍起になることについて。
「あぁ確かにくだらないよね。僕たち人類はいつまでも戦争を繰り返すけど、そんな人類の為に、わざわざ自分たちが相手にして、殺しにかかるのはもっとつまらない。技術の無駄使いだ」
「ファウデン、ソコマデ、カンガエテ、ナイ」
「父の目的知ってるのですか?」
フラニーの問いにトートは首を横に振った。
それは生物の仕草だった。
「シラナイ。キョウミ、ナイ」
「そう……いえ、それが正しいと思います。誰も、理解をする必要はありません。あんな狂気など」
「……とにかく、トートはあっちになびかない。これだけでも良いことだ」
この調子なら、トートはこちらの味方をしてくれる。
今までがそうであったから、今更心配するほどでもないかもしれないが、それでも一応は気に留めるべきだった。
「この戦いが終わったら、お前はどうするつもりなんだ?」
「……カンガエテナイ」
「じゃあ、考える為にも生き残らないとな。ゴエティアは、お前を破壊しにくるかもしれないし、フィーニッツ博士も、パーシーさんもいる。お前は、色んな連中から狙われているな」
「メーワク」
「あぁ、本当に、迷惑な話だったよ」
「メーワク、ダカラ、タオス。ゴエティア、ダケハ。アイツ、ハ、キライ」
良い方向に進んでいると思いたい。
トートは自我を確立して、それは人類との敵対ではなく、完全なる他者としてあろうとしていた。その全体像はいまだ掴み切れないものではあるが、少なくとも今すぐに敵になるとは思えなかった。
「よし。それじゃあ、ワープを……」
その時だった。
「ちょっとお待ちになって」
フラニーがストップをかける。
「ユーキ、あなた、アニッシュさんを慰めてきましたか?」
「え?」
「はぁ……」
フラニーはやれやれと言った具合に顔を覆った。
「出撃に意気込むのはよろしいですが、その前に女の子に優しくしてくださいな。それでは、不公平です」
「不公平って……」
「私は対等でいたいのです。それに、アニッシュさんはまだ吹っ切れていない様子。それを隠したまま戦いに出させては、死にます」
「アニッシュは、機体がないはずだけど」
「お馬鹿さん。パイロットを遊ばせる余裕はありません。ほら、行きなさい」
そういってフラニーはユーキの背中を押す。
無重力だからこそ、ユーキはふわりと押し出される。しかもタイミングのよいことにコクピットハッチも解放された。
「ちょ、ちょっと……」
慌てて前を見る。すると、そこには闇があった。そして暖かく、やわらかい。
「……! 何よ!」
アニッシュの声が聞こえて、今度は反対方向に押し出される。そのままコクピットに戻されるが、再びフラニーに押し出される。
「戻ってきては駄目でしょう!」
「うわわ!」
「ちょっと、掴まないでよ!」
無重力でピンボールをされてはたまったものじゃない。
ユーキはほぼ無意識のうちにアニッシュの肩を掴んだ。そしてそのまま、二人して浮き上がってしまい、流される。
後ろではフラニーが笑顔で手を振っていた。
「い、いい加減にしろ!」
「危ないんだって!」
もみくちゃになりながら、アニッシュはユーキを引きはがそうとするが、ユーキもそれに抵抗する。無重力で弾かれるのは危険だからという抵抗だったが、それははたから見れば抱き合っているように見えるだろう。
メカニックや他の隊員たちからの冷やかしが飛んでいた。
「あ、あんたねぇ、ちょっと調子に乗ってないかしら!?」
「じ、事故だろ! そ、それよりなんでコクピットの前にいたのさ」
「フン、いちゃ悪い? それはごめんなさいね、お姫様とイチャイチャしてたのかしら」
「そうじゃない、トートの事とかで」
「おっぱい大きいモノね、あの子。優しいし」
「関係ないでしょ、それ」
このままでは埒が明かないことをユーキは知っている。
アニッシュは頑固だから、一度へそを曲げると戻すのに苦労するからだ。
「……出撃する気?」
「当たり前でしょ。マーク隊長のラビ・レーブが残ってるから、それを使う。それじゃ」
「待ってよ、普通の機体でそれをやったら、また同じになるだろ」
「……機体をリンクさせろって隊長が。それでマシになるんじゃないかって。でも、あたしじゃない方がいいわよ。ロペスさんとこの隊長さんとかもいるし、その人に任せるように言ってくる」
「駄目だよ」
ユーキは離れようとするアニッシュの肩を掴んだ。
「何でよ」
「心配だから。それ以外にないだろ。アニッシュは……昔からずっといたんだ。そういう子が、危なくなるのは見過ごせない」
「あたしはアンタよりパイロットしてるわ」
「わかってる。だからあんまり知らない人より、アニッシュに頼ってるんだよ。本当は、出撃なんてしてほしくないけど、言ってもきかないだろ」
ずいぶんと、無茶苦茶なことを言ってる自覚はあった。
「あんたねぇ、どっちなのよ。出て欲しいのか、欲しくないのか」
「死んで欲しくない」
それだけは、間違いなく言える本音だった。
「僕は、アニッシュに死んで欲しくない。だから出て欲しくもない。でも、君はそれで納得しないだろうし、船に残っても、降りても安全じゃない。だから……支えあうしかないだろう? 僕は君を一番に頼ってるつもりだ」
「ふ、ふーん?」
アニッシュは恥ずかしいのか顔を赤くしてそっぽを向いていた。
「ま、まぁ、あんたが助けてって言えば、助けるわよ。小さい頃からそうやって面倒を見てきたんだから」
「ありがとう、アニッシュ。僕も絶対に守るから。そうしたら、一緒に帰ろう」
「……じゃあ、キスして」
「……はい?」
「ん、ほら」
何やら難しい顔をしながらアニッシュは顔を向けてくる。
雰囲気も何もあったものじゃない。
「な、なんで?」
論理の飛躍に感じた。
「あんた、頼りないから本気にさせるの。女に恥をかかせたらどうなるか」
「そ、それとキスにどんな関係が」
「自分がキスした女の子を守れない男になりたいの?」
「キスしなくたって守るよ!?」
「口だけじゃなんとでもいえるわよ、というか、声大きいんだけど」
そう言いつつ、今度はアニッシュがユーキの腕をつかんでいた。
そして、近づこうとして。
「それ以上の抜け駆けは不公平じゃありません?」
いつの間にやら割って入ってきたフラニーがトートを二人の間に挟んだ。
「カイショーナシ、メ」
「お前、言葉の使い方間違えてるぞ!」




