楽な殺戮を行うより、困難な和平交渉を求める方がずっと尊いとみんなが理解しているはず
ついに敵艦からの砲撃まで飛んでくると、体中の内臓が飛び出しそうな気分に陥ってしまう。
ビームの応酬など、この体になってすでに体験しているのにこれだ。
それはビームの数が違いすぎるというのもある。
なんせ四隻の戦艦からのビームである。対ビームスモークを炊いたとしても、あまりの攻撃の激しさにすぐさま霧散することだろう。
だが同時に敵艦隊はびっしりと横一列に並んでいる。最大火力陣形と呼ばれるものだと知識が教えてくれた。
この陣形の弱点は小回りが利かないことだ。
当然だが、ミランドラは最新鋭艦であり、なおかつ巡洋艦に位置する。戦艦よりは小回りが利いた。
「敵艦隊との相対距離を割り出せ。ギリギリのところで連中の下に潜り込む」
この場合の下とは、ジャネット艦隊の腹に当たる部分である。
宇宙戦艦の場合、艦底であっても火力は出るものだが、それでも動かしているのは人間であり、人には上下の感覚がある。自分の頭がある方が上であり、足は下。
人間は下への意識が疎かになりがちで、意識しても真正面よりは注意が分散するのである。
「テウルギア隊の動きはどうだ!」
この動きを完璧に果たすには機動部隊の協力が不可欠であり、その要となるトリスメギストスはなぜか殴り合いに興じていた。
部隊長のマークはよく指揮を執っているが、敵もまた動きの思いきりがよくわずかに数が多いという利点が大きい。
さらに言えば……
(アニッシュが足を引っ張っている。そりゃ仕方のないことだが……)
いかに警備隊としての経験があろうとも、アニッシュもまた素人の領域を出ない。それで何とか戦えて、生き残っているとはいえこれをフォローしながら戦うというのはいくらプロでも難しいものだ。
「アニッシュ機が邪魔になっている。彼女をトリスメギストスの援護に向かわせて、部隊編成を直せるか」
このまま右往左往されて、万が一にでも撃墜されたら面倒である。
省吾は、ならばと思い切った指示を送った。
「ですが艦長、数が」
思わずケスが口をはさんでくるが、省吾は押し通した。
「お守をして頑張れは難しいだろう。それに、誰か一人はトリスメギストスの援護に向かってやらにゃならん。いつまで殴り合いをさせるつもりだ」
「はっ、それは確かにそうです。ですが」
「敵部隊の要はあの青い機体だ。あいつが無茶苦茶をしているから、そのやる気というか、オーラみたいなのが部隊に伝わってしまう」
「やる気、ですか?」
省吾の言葉があまりにも非現実的な根性論のせいか、ケスは訝し気な表情を浮かべる。
しかし、省吾は構わなかった。
「気力だ、根性だ、テンションだ。不確かなものかもしれんが、これが案外、侮れない。俺たちは、今、敵のペースに乗せられている。士気に飲み込まれているんだ」
決して、場の空気とはないがしろにできるものではない。
如実に勝負に意味を持たせる。
やる気がなければ、どんな凄腕も結果は残せない。
「それに、早めに反乱軍の艦隊を助けんことには、ここまで来た意味がない」
「それは、そうでありますな。了解しました。アニッシュ機に通達、至急トリスメギストスの援護に向かわせろ。マーク中尉以下、戦闘部隊は再度部隊編成、機銃援護を怠るな。少し数が減った程度で仕事はなくならん」
ケスの復唱で、部隊全体に指令が回る。
きびきびと活発になっていくのはさすがであった。
「本当に撃つわけじゃないが、プラネットキラーを脅しに使う。艦の真下から撃たれるなどと言われれば、あちらも引き下がるはずだ。タイミングを見計らえよ、下手をすれば、敵のビームの前に無防備で飛び出すことになるからな」
対ビームスモークから飛び出すというのは勇気のいる行動である。
なんにしても、敵の機動兵器を蹴散らさない限りにはミランドラも下手には動けない。
「頼むぞぉ、主人公。こういう場面でぐらい、お前を頼らせてくれ」
そういいながら、省吾はいまだに殴り合いを続けるトリスメギストスを見る。
モニターに映り込む白亜の機体は、その優美さ、優雅さとはかけ離れた戦い方をしていた。
原作では考えられない戦い方だが、それはそれで面白いことになっていると思う。
吹っ切れたユーキという少年は、あんなことも出来るのだと。
「さすがは、女の子二人も侍らすわけだよ。度胸があるというのも、嘘ではない」
***
金属がぶつかり、ひしゃげる音がコクピットに響いても、ユーキには恐怖などなかった。アドレナリンだとか、なんだとかの脳内物質が駆け巡って若干の興奮状態に入っているのもある。
それ以上に目の前の事に集中していた。
「そうだ殴れ! テウルギアの中枢システムは腹にあるけど、それを統括するパイロットは頭部にいる! だから……!」
『シィィィィット! 小僧! 貴様! 遊んでいるのかー!』
「あんたは黙っててくださいよ!」
パーシーの叫び声はもはやノイズでしかない。
これを黙らせるのもユーキの目的の中にあった。
何度も殴打を続ける形になっている為か、トリスメギストスの右腕の拳型のマニピュレータはぐしゃぐしゃにひしゃげて、開閉機能はなくなっていた。それでも金属鈍器としての使い道はあるし、もとよりトリスメギストスは武器を使わない関係で、正直を言えば、腕は不必要だった。それこそ、殴るぐらいしか使い道がない。
「こんなのなら、工事用のマジックハンドの方が使い勝手がいい!」
武装のほとんどを内蔵火器とよくわからないシステムに依存するトリスメギストスである。腕を有効活用するのなら、それぐらいの大胆な変更はむしろアリだとユーキは感じていた。
それを、トリスメギストス=トートが受け入れるかはわからないが。
『ドントタッチ! 離れろ!』
「うわ!」
その考えが、隙を生んだ。
パーシーは己の機体、両肩に装備されたシールドを稼働させる。フレキシブルに動くそれは、内蔵されたブースターをぐるりと回転させ、トリスメギストスへと向けた。
それと同時に全力の噴射をかける。アフターバーナーの炎と熱がトリスメギストスの表面装甲を焼き、白亜の機体にわずかながらの黒い傷を作る。
さらに、その衝撃を受けて、トリスメギストスはパーシーの機体から無理やり引きはがされることになる。
同時に、器用にもパーシーはトリスメギストスの腹部に蹴りをぶち込んでいた。
「かはっ!」
その一瞬の衝撃は、いかに高性能な衝撃吸収装置があろうとも軽減できるものではない。全くの予測不可能なものに対して、AIは瞬時な判断は下せなかった。
が、それとは別に、新たな衝撃がトリスメギストスの背中に伝わった。
吹っ飛ばされる衝撃が消えたのである。
「なんだ!」
『なんだじゃないでしょーが!』
「アニッシュ!?」
意外な声だった。
トリスメギストスを受け止めたのはアニッシュの乗るラビ・レーブだった。
「どうして?」
『艦長に助けにいけー! って言われたのよ! で、来てみたらアンタはなんか、溶けてるし!』
「ブースターで焼かれただけ。表面だけだから問題ない。トート、そうだな」
「トケタトケタ!」
「大丈夫だって」
『絶対に違うと思うけどまぁいいわ。それより、あれ、あのテンションのおかしい奴。ほんとにあの大尉さんなの?』
二人して、何とか機体の姿勢制御を行う。
大きく離れたパーシーの機体は、ぎくしゃくとした動きなれど、あちらもなんとか機体の姿勢を正していた。頭部が大きくへしゃげて、無理な加速を行ったせいで、両肩のシールドブースターにも負荷がかかったのか、小さな火花が散っていた。
『ぐ、うぅぅ! 機体がまともに動かんだと? ホワイ、なぜだ……』
パーシーはコクピットで表示される損傷具合を確かめていたが、あてになるものではない。
特に損傷が大きいのは……首であった。
『システムエラーだと!? ありえないぃぃぃ!』
「テウルギアだって、情報端末の塊みたいなものなんだから、伝達装置の処理ができなくなったら、エラーぐらいだす。頭部から胴体への情報伝達の要は、首にあるんだから」
ユーキは、蹴り飛ばされ、離される瞬間に、パーシーの機体の首根っこを掴み、動力パイプを引きちぎったのである。
こうなると、いくつかの内蔵システムにエラーが生じるはずだった。
だてに、機械の整備をしてきてはいない。
基本となる構造は、新型も旧式も同じなのだ。
「やっぱり機械は単純な方がいい」
『それ、トートの前で言ってもいいわけ?』
「ほんとのことだろ? 高性能化って、多機能化じゃないんだよ。でも、今はその多機能化には感謝して……トート、今なら入れるだろ!」
現状では、こちらは圧倒的に有利だ。
それはつまり、トートに余裕ができるという事である。
『ジィィィザス! そうはさせん!』
ユーキの目的を察知したのか、パーシーはここであえて離脱を選んだ。
彼もまた技術士官である。機体不調の原因がわかれば、それがどう不利益をもたらすかを承知していた。
パーシーは己の生存本能に従い、機体を加速させた。単純な動作であれば、特に問題はない。だが、細かな機動調整はできないようだった。
全身のブースターを全力で放ち、脱兎のごとく逃げ出すパーシー。しかし、その機体は、まるで空気の抜けた風船のようにでたらめな機動を見せて、それは、あろうことか味方部隊のど真ん中を突っ切る形となったのだ。
それがもたらす結果は、明らかであった。
***
「敵の陣形が崩れた! いまだ!」
それは、省吾も確認していたことで、マークもまたチャンスの到来を逃がさなかった。
『敵が崩れたぞ、攻めろ!』
意味不明な機動を見せて、動きを邪魔するだけして、彼方へと去っていくパーシーの機体を後目に、それに惑わされた敵のテウルギア隊は浮足立っていた。
そこに素早い反撃を受ければ、いかに腕の立つパイロットでも、避けるのは難しい。
マークのラビ・レーブが放つランスの一撃にコクピットを貫かれた敵機はそのまま別の機体にぶつけられ、そこをライフルで打ち抜かれる。
それだけではない。立ち止まった機体など、機銃の良い的だった。十五機の敵のうち、よもや四機が機銃で撃ち落とされるなど、彼らは考えてすらいなかっただろう。
「このタイミングだ、ミランドラ加速! 敵艦隊の真下に出るぞ!」
「アイサー!」
刹那。ミランドラのメインエンジンが吹き荒れ、加速する。ありったけのビームとミサイルで敵を牽制しつつ、ミランドラは敵艦隊の真下へと向かうべく、艦体を傾ける。それは敵に無防備な姿を見せることになるが、これを邪魔する敵のテウルギア隊は足並みがそろわず、ミランドラの動きに気を取られた隙に、撃墜されるだけだった。
「急げ、急げ! 敵が傾いてきたらおしまいだぞ! 総員、何かに掴まれ!」
急激な艦体制御。傾いたり、正したり。それはかなりの負荷がかかるが、気にしてはいられない。まるで滑り込むようにして、ミランドラの巨体はまずはじめ、反乱軍艦隊を潜り抜け、そして……
「敵艦隊、直上」
「撃沈はするな、巻き込まれる。機銃掃射! 砲台を潰せ! その後、ゆっくりと後退、脅しをかけるぞ」
機銃であっても、至近距離なら戦艦の砲台ぐらいは打ち抜ける。まさしくハチの巣という表現がふさわしい。ミランドラの機銃掃射により、ジャネット艦隊の真下の防空領域は一気に低下したと言える。
さらに、彼女たちに都合が悪いのは、反乱軍側が反転を示していることだ。
「さぁて、和平交渉といくか? それともこのまま逃げるか……できるなら、殺したくはない。味方に引き込めるなら、それに越したことはないが……」
戦いは、殺し合いではなく、話し合いへともつれ込んだ。




