演説を聞いていると、どうしても指摘したくなるのは人のサガかもしれない
艦長室に戻り、ハンバーガーを平らげ、シャワーを浴びると、それだけでも疲れがいくらか取れた気がした。その後、仮眠という事で、ベッドで横になると、次目覚めるまで省吾は泥のように眠っていた。いつ自分が眠りに入ったのかすらわからないぐらいに。
仮にこのタイミングで敵襲があったら、艦長といえどたたき起こされるものだが、その心配はなかったようだ。
「……?」
彼が起きたのは、艦長室への来訪を知らせるベルの音だった。
頭はぼうっとするが、疲れそのものはある程度取れたようで、あくびを噛み殺しながら、省吾は「入れ」と短くつぶやく。
同時に時計を確認する。大体四時間は眠っていたことになる。
本当ならまだ寝足りないと言いたいところだが、致し方ないところだ。
「お食事を、お持ちしました」
恐る恐ると開いたドアから姿を見せたのは、ユリーだった。彼女は食事を乗せたトレイを運んできていたらしい。
はて、そんなことを頼んだだろうか。
「当番のものがいたはずですが」
「ご迷惑でしたか? その、ジッとしていられなくて。フラニー様の身の回りのお世話をしていたものですから……お屋敷のあれこれとか」
こんな時代になっても家政婦という仕事は中々、なくなるものではないらしい。
フラニーはかなりのお嬢様。彼女を世話する侍女ともなればかなりの部分で精通していなければならないのだろう。
「私が言い出したことです。お世話になる以上、できることはお手伝いしないといけないと思いまして」
「なるほど……わかりました。ありがとう。食事は適当に並べておいてください。無理はなさらず」
「はい」
ユリーはてきぱきと食事を並べてくれる。手際もいいし、食器の並べ方もお上品なマナーに沿った配置だった。
「下がってもいいですよ」
「あの、お洗濯などがありましたら持っていきますが」
「……? それぐらいは自分で出来ますよ」
「はぁ……ですが」
ユリーは少々、落ち着きがない。この艦に来てからずっとこうだった気がする。
(あぁ……怖いのか)
先ほども、ユリー自身が言ったように、ジッとしていられないのだろう。
それは本来場違いな場所に来てしまったのと、命を狙われたこと、そして今もその危険に身を置いているという事実を認識している為、それを何とか忘れようとして仕事を探しているのだろうと省吾は悟った。
その気持ちはわからないでもない。省吾自身もその考えがなくはない。
神経質そうな鋭い目と眼鏡をしているというのに、今の彼女はなんというべきか覇気のようなものを感じられない。
少なくともシャトルから降りた時の彼女はまだ若干、強気そうなところがあった。
しかし、時間が経ち、状況を理解した為にその自信が崩れていったのだろう。
フラニーもそうであるが、これが本来の反応なのだと思う。
「……では、頼もうか。しかし、私の洗濯だけをさせると、それはそれで問題となる。艦内環境整備は重要だ。海賊を名乗らせても、我々は男社会の軍隊だから、まぁ女性士官もいなくはないが……」
ジョウェインの記憶を見通せば、ミランドラには女性士官が十二名はいる。うち、パイロットは二人で、残りは航海士補佐や砲兵、観測員などとばらけている。うち、一人だけは艦内環境整備を一手に引き受けた生活員のようなことをしているが、どちらかと言えばそれは片手間の仕事で、本職は全体の整備管理をまとめているとかなんとか。
「本職の仕事を教えてやって欲しい。それと……子供たちに、勉強をだな? 家庭教師とか、できます?」
「えぇ、お嬢様の教育も任されていましたので」
「ならお願いしたい。こんな状況でも、彼らは本当なら学校に通っていてもおかしくない子たちだから……」
それは、こんな異常事態でも通常の私生活に近い空気を感じさせたいという省吾なりの、浅はかな考えだった。それと、ユリーの心の安定とも言うべきか。過剰に仕事をさせるのも問題だが、こういう風に人と触れさせる形であれば、いくらかの安定は望めるだろうと思ったのである。
「あいにく、軍艦故にデータベースの種類は少ないと思うが」
「いえ、ありがとうございます。その、お気にかけていただいているようで」
キャリアウーマンそのものといったキリッとした表情がふっと和らいでいた気がする。微笑なのか、それとも緊張がほぐれただけなのか、その些細な違いは省吾にはわからない。おそらくジョウェインでもわからない。どちらともに、女性とお付き合いした経験はない。
ジョウェインは、軍高官という事でお店に行ったことはあるらしいが。
「あぁ、いや、流れというか、成り行きというか、巻き込む形になったのは事実ですので。それに、状況が状況です。あなたたちは、理由はさておき、命を狙われた。下手に降ろすことも出来ない……ですので、なるべくストレスのかからないようにと」
そこまで言って、省吾はしまったと思った。
さっきまでその意識を逸らすようにとしていたのに、いざ口が動くと現実と叩きつけていた。自分の口下手が嫌になる。今まで、いくつかぼろを出してきたが、これは最大の失態だと思った。
ぐるぐると目が回る。なんとか取り繕うとしていたらしい。
「あぁ、いや、そうではなくてだな……」
「あ、気になさらないでください。心遣いは、本当に感謝していますので」
ユリーも少しびっくりとした顔だった。
「ただ、その、軍人で、元ニューバランスですので、もっと怖い人たちの集まりだと思っていましたので。噂ぐらいは、きいていますから」
「ニューバランス士官が全て、邪悪というわけではないのです……」
多分、と言いそうな口を無理やり閉じた。
この駄目な方向に現代人的な感性をなんとか律しないといけない。今はまだ何とかなっていても、今後がそうであるとは限らないからだ。
何とか、役割を演じるように深呼吸をする。
「生き残る為に、銃火は交えるでしょう……しかし、できるなら無駄な戦いは避けたい。それをやるだけの力が、こちらにはあると思います。それを扱えるのが、一人の少年というのは歯がゆいのですが……なので、彼らをお願いしたい。こっちは軍人が殆どで、私は親になったことがない男ですので、その、教育のあれこれはわからんのです」
「承知いたしました。ご期待に添えるように、それに、恩に報いたいとも思いますので」
ユリーはぺこりとお辞儀をした。
それは誰が見ても完璧な動作だった。
その後、彼女は、省吾が適当に脱ぎ散らかして籠に詰め込んだ着替えをもって、トレイごと運んでいった。
「では、また、お邪魔します」
それを言い残して。
***
フラニーたちを救出して、ちょうど24時間が経過した。
その間、何も襲撃がないのは不気味であったが、傍受したネット回線から読み取れる情報を見る限りではやはりまだ軍は混乱の中にいるらしい。
よそに戦力を回すのではなく、あえて防備を固めているということだろうかと省吾らは推測した。
戦術士のケス少佐は
『各地でストライキでも起きているのかもしれません』
と真顔で言っていた。
軍隊でストライキ。冷静に考えれば中々に凄いことだが、それほどまでの混乱が起きていると思えば、丸一日安全だったことにも説明はつくというものだ。
説明を求める動きや、不信感を持った各地の士官が反抗しているのかもしれない。今はそれが牽制になって動きが鈍っているのだろう。これを利用しない手はない。
「この隙に、我々はベルベックへと急ぐ」
そして、ミランドラはひとまずの目的地であるベルベックへと進路を向けた。
ワープを使っても数日の航路。その間にパイロットたちは訓練を施す。特にど素人のユーキには徹底的にだ。
それと同時にアニッシュもパイロットとして名乗りを上げた。心情としては反対したいところだが、ここで無理に押さえつけて勝手に機体を持ち出し出撃されるのは困る。なにせ原作の流れがそんな具合だったからだ。
それで死んだのが駆逐艦サヴォナの部隊長なのだから中々の問題である。
ならば、ここは許可をだし、あえて徹底的に部隊として組み込んだ方がかえって安全で、悪い言い方をすればコントロールもたやすい。
「正規兵との戦いになる可能性が高い。警備隊になったのならそれぐらいの覚悟はあるだろうが、それで何とかなるものではない。猪突は許さん。命令は厳守。破れば修正だ。拳も飛ぶぞ」
とはマーク中尉の言葉だ。
アニッシュのパイロット起用にはユーキはあまり良い顔をしないが、同時に諦めもあったらしい。
言っても聞かない子なんですとぼそりと伝えてくれた。
とにかく、今はチームを再編成して、心構えを作らなければならない。どのような援護が受けられるかわからないのだから、万全を期してという形でなければいけないのだ。
そして、二日目に突入していく。状況はまだ安定していた。
「不気味ですね」
警戒態勢の中、ケス少佐がぼやくように言った。
警戒と同時にテウルギア隊は宙間訓練を行っている。ユーキもアニッシュもうまくテウルギア隊についていたが、やはりまだ細かなコンビネーションには難があるとマークからの報告書が届いていた。
特にユーキはまだトリスメギストスの性能に引っ張られている様子が見られる。
そんな光景を眺めながら、省吾はケスに聞き返した。
「敵の動きか?」
「はい。軍全体の動きがないのはまだわかります。ですが、このような不手際に対して、総帥らの反論がないのはどうにも」
件の放送から丸一日も経てば多少、そういう反応があってもよいはずだった。
しかし、ニューバランス側の、広報は反論をしているがトップのものたちは黙秘を続けている。下手に世論に出られないからというのだろうか。
「父は、臆病ではありません」
仮設された座席に腰かけながら、隣に座るフラニーが凛と言い放つ。
本来であれば、軍規違反であり、通常考えられないことだが、もう軍属ではないのだからという理由で、フラニーからの申し出もあり、省吾は彼女をそこに置いた。
フラニー曰く、現実を勉強したいとのことだった。邪魔をしないという条件で、許可を出した。
「素知らぬ顔で、業務を果たすと思います。『この程度』の誹謗中傷で、疲弊する人ではないと思います」
「……娘を失い、心神喪失しているとは考えないのか?」
失礼な質問だなと思うが、省吾は思わず聞いてしまった。
フラニーはまっすぐに訓練を続けるテウルギアたちを見て答えた。
「そうであれば、うれしいですね。ですが、プライベートと仕事をわけるのが父です。それができるから、組織の総帥になれたのでしょう。とても、寂しいことですが、それでも、父は私に愛情を向けてくれました。それが、嘘ではないと思いたい」
父親が、娘を野心の為に殺す。
それを信じたくはないのだろう。省吾とて、それはないと思いたいが、こればかりはなんとも言えない。
なにせ、アニメでもファウデン総帥というキャラは数回しか出てこない。バックボーンもあまり明かされないし、メインの悪役として出張ったのはアンフェール大佐だった。
「私の存在は、父やニューバランスにとって爆弾となるはずです。今は生存説だけを流す時期なのでしょう?」
「あぁ。そうなる。奇跡のヒロインを演じてもらうことになるが?」
「それで結構。それが、やるべきことだと思っています」
強い子だなと省吾は感心する。
自暴自棄ではない。今、自分に求められる最善をこの子は考えているのだと思う。
「艦長、超広域放送電波をキャッチしました」
クラートはコンソールを操作して、メインモニターに何事かを映し出した。
超広域放送電波とは平たく言えばオープン通信である。あらゆる周波数に一方的に流すもので、多くは緊急速報などに多用される。
しかしあまりにも無差別すぎるので、民間でも軍でも使用は控えている。限られた用途でしか使えない。
「そちらのお嬢さんの言う通りかもしれませんね。総帥の演説が始まっています」
「……! テウルギア隊の訓練を中止させ、帰投させろ。そして演説を見るように伝えろ」
「はっ!」
命令を下しながら、省吾はちらりと隣のフラニーを見やる。
彼女も、メインモニターを食い入るように眺めていた。
電波回線が調整され、それでも鮮明とは言えない映像が流れる。いくつかの中継設備を通して、とぎれとぎれの電波を無理やり拾っているからこうなる。
あまりにも正確に電波をとらえると逆探知される恐れがあるからだ。
『──反乱軍や海賊を名乗る者どもが無法に宇宙を荒らし、わが物顔で航行する一端を担ったのは、過去の地球政府が無作為なフロンティア計画に出費し、手あたり次第に惑星開拓を行ったことが原因であります』
映り込んだのは頬のこけた老人。しかし精悍な顔つきはまだ十分に現役であるという証拠でもあり、言葉の力強さ、身振り手振りのキレ、どれをとってもただ老人とは言えなかった。
その出だしはいきなりの政治批判で、省吾はげんなりした。
(開幕、娘の事じゃなくて、政治批判か。飛ばすなぁ、この人は。難しい話はわからん)
『かくいう私も、若い頃は技術者の端くれとして、アル・ミナーリゾート計画に携わりました。あれにかかった費用は、地球の国庫の十二分の一となります。皆様、これだけを聞けば大したことがないと思いますでしょうか。否、一つの国を賄うに値する金額を投資したのです。もちろん、これは累計であります。突如として、その金額を出したわけではありません。ですが、そのような大金を預かり、プロジェクトに参加した私たちは必死になりました。おかげで、アル・ミナー宙域はリゾートとして成功し、その収益はすでにかつての国庫を越え、還元されています。ですが、それだけです。このアル・ミナーと同じく、地球に利益を返す植民惑星は果たしてどれだけあるでしょう』
ファウデンの演説は、そこだけを耳にすれば自身の成果の自慢のようだった。
『私は、この計画に対して、人生のほとんどをつぎ込み、利益を生み出しました。しかし、多くの開拓地はどうか。ただ意味もなくテラフォーミングを繰り返し、準備不足を言い訳に、地球に資源援助の要請を繰り返す。我々は人道的配慮からこれを許しました。ですが、ここ数十年を顧みても、彼らが地球に何を返してくれたでしょうか。要求の方が多いのです。それを理解しないものは、地球は取るだけ取り、何も与えないと言います。逆なのです。地球の財源、資源を奪うのは植民惑星、そしてその背後にいるのは反乱軍というわけです。逆恨みというものです。ゆえに、私はニューバランスを組織しました。不法なる者が弱者の顔をして、貰うものだけを奪う現状に、私はモノ申したいのです。必要以上の開拓を推し進め、利益の出ないものを食い漁り、飽きたら手放す。そのしりぬぐいをしてやっているのは地球なのです』
演説は、すり替えを行っているがわかりきったものだった。
「……無茶苦茶を言っているが、多くの人々からすればこれは心地よい言葉になるな」
自分たちこそが被害者である。
この話題の方向転換はさすがなのかもしれない。
省吾はこの敵が、ただの無能ではないと認識した。
「これが、敵か」




