遠い未来の世界でも炎上するかもしれない
どんな世界であれ、どんな未来であれ蒸し暑い日にクーラーのきいた部屋で冷たい飲み物にありつける幸せは変わらない。
そして暑い日に飲む氷の入ったアイスコーヒーのうまさはどこでも変わらないらしい。省吾は自分でも驚くほどの勢いで、提供されたアイスコーヒーを飲み干してしまった。
しかしそれは彼だけではない。マーク中尉たちにしても、ロペスたちにしても同じだ。
その一瞬だけは、場の空気は緩んでいたと思う。
よもや毒が入っているなんて言う心配もどこかへと消えていたし、ここでそんな真似をするほど相手も馬鹿じゃないと思っている。
「ふぅ……プライベートなら、このまま氷を齧っていたい気分だが、こういう場ではな?」
緩んだ空気故にこのような言葉も出る。省吾としては本心だが、さすがに状況は弁える。
しかしながら、省吾としては話の続きがしたくてうずうずしていた。
「さて……さっそくだが」
「待ってくれないか。孫娘たちは関係ないであろう?」
コップをテーブルに置いて、省吾はさっそく議題を提示しようとするが、それに待ったをかけたのはアダマンだった。
この会議室には交渉相手であるロペスたち反乱軍、アダマンたち惑星代表、フィーニッツ博士とパーシーがいるのだが、その端っこでちびちびとアイスコーヒーを飲んでいるユーキとアニッシュもいた。
現状であれば、この場には関係ないはずだが、これは省吾が言い出したことだ。
「我々だけ涼しい部屋でアイスコーヒーを飲むわけにもいかないでしょう」
単純な話、一応はこのアニメ世界の主人公とヒロインである二人を押さえておきたいという考えと、同じように蒸し暑い中にいて、はいさようならと放り出されるのがあまりにも可哀そうだったことだが、もちろんそれだけではない。
一応、それらしい理由も考えてある。
「何より、私たちの姿を見られてしまっている。他に漏らさないとも限らない。いいですかな、今この場はわずかなほころびすら恐ろしい。普通ならば、もっと警備を厳戒にするものですが、遅い。もう深く引き込んでしまった方がかえって安全だ。知らなくてもよいことを知ってしまえば、漏らした場合の損得ぐらいは彼らでもわかるでしょう?」
ちょっと悪人っぽいことを言ってみたが、別に本気ではない。
しかし、省吾がそんなことを言うせいで、ユーキもアニッシュも多少は面食らったような表情を浮かべていた。
「お、脅しかね?」
アダマンは思わず立ち上がっていたが、省吾は無視して話を進めた。
「保険です。それより、話がしたい。何度も言うが、私はニューバランスを正す。それについては先にも述べた通りで、話を蒸し返すつもりもない。だが、反乱軍の総戦力や私個人の力ではどうにも出来ん。当然だが、ニューバランスは地球を含め、各植民地をも支配する力があるのでな」
アニメでも多少は語られていたが、地球側の戦力を10と例えれば反乱軍は6、7程度の戦力しかない。これはどうしても各惑星に反乱軍勢力が分散してしまう事と制宙権の殆どをニューバランスが支配している部分が大きい。
当然だが、省吾が反乱軍に下る手土産として、艦内データに残るニューバランスの戦力展開などは提出するつもりだ。とはいえ、彼が投降した時点でそれらは過去のものとなる。あまり意味はないだろう。
むしろ重要なのは、省吾とアンフェールの会話、なによりアンフェールの指示で民間惑星の破壊をも計画していたという事実である。
これは大きな攻撃材料となる。
「今までアンフェール主導で非道な行為はあった。弾圧などその最もたるものだが、反乱軍に対する治安活動と言われれば不信感は募っても、もみ消しや誘導は可能であった。反逆者の処刑や無謀な作戦などもあるが、これは軍内部の話が殆どで、民間に降りることはない。なにより……惑星破壊など、極秘中の極秘だからな」
「ハッ! アンフェール主導で虐殺された植民惑星は三つもあるんだよ!」
ロペスが、その時は静かに、そして怒りをあらわにしながら唸るような声で言った。
その威圧感は先ほどまで緩んでいた会議室の空気を一瞬にして引き締める。
彼女の言う通り、ニューバランスはこれまで三つの植民惑星をプラネットキラーで破壊した。その殆どが、反乱軍に協力したという理由のみである。
そこに果たして反乱軍がいたのかどうかなどの確認はなかった。アンフェールの行為は殆どが秘匿され、隠蔽されている。それが意外にもバレていないあたり、軍内部での彼らの発言力は凄まじいという事だ。
その実行部隊は、首輪をつけられていることだろう。その中に、ジョウェインも入れられる予定だったのを、省吾になったことで回避したというわけである。
非道を行わせた。行った。この事実を公表されれば、批難の的である。そうなっては生活もままならなくなる。ゆえに、従うしかなくなるのである。
「そこでだ。諸君、私はこの事実を公表する。だがただ公表しては意味がない。これをPDSNに拡散する!」
省吾の発言にその場にいた全員がぽかんと口をあけた。
「PDSN……ソーシャルネットワークにですか?」
それにはマーク中尉も驚いたのか、思わず聞き返していた。
PDSN。プラネット・ディメンジョン・ソーシャル・ネットワーク。地球を含め、各惑星間でのやり取りを可能とした一般に普及しているネットワークサービスである。さすがに離れすぎた惑星では多少のラグは生じるものの、基本的にはリアルタイムで更新される。
省吾にとってもソーシャルネットワークサービスは身近なものだ。これを利用しない手はないと思っていたのだ。
「会見を開くとかじゃないのかい?」
ロペスもさっきの剣幕はどこへやらといった感じである。
大々的に、元ニューバランス側の将軍が暴露会見を開けば確かにセンセーショナルである。
「もちろん元ニューバランスで、右腕だった私が会見を行うのも影響はあると思うが、それ以上に一般人への浸透を考えるなら、これが手っ取り早い。だが普通にやってはニューバランスの情報戦部隊が鬼のように削除をするだろう。そこで、トリスメギストスを使いたい」
「え?」
今度はパーシーが驚く番だった。
「あれは電子を操れるのだろう? 電子、つまり電子ネットワークも思いのままだ。あれを使って、とにかくあちこちに今回の作戦内容及び、音声データを流しまくる。サーバーに負荷がかかろうが知ったことではない。いいかね、どこかの偉い人が偉そうなことを言うよりも、こういう市井が目を通すネットという媒体こそが、針の一刺しとなるのだ」
何よりネットを媒介とした情報伝達は恐ろしいほどに速い。
継続的に拡散を続ければ情報規制を行ったところで手遅れともいえる。なんにせよ初動は大切だ。たった一回きりの発信では意味がない。
「む、無茶苦茶だ、トリスメギストスを……ネットの荒らし活動に使えっていうのですか!?」
惑星一つを破壊できる可能性のあるマシンをよもやそんな低俗なことに使う。
良くも悪くも生真面目なパーシーにはありえない考えだった。
「戦争でドンパチするよりはマシだろ! 第一、俺はずっと思っていたんだ、反乱軍はもっとそういうネットを使って宣伝とかすりゃいいんじゃないかってな!」
素が出ていることには気が付いていたがもうここは勢いで流すことにした省吾。
このアニメが作られた年代はネットの黎明期であり、ネット文化は流行りだしていたがまだ成熟はしていなかった。
何よりソーシャルメディアはまだまだ不十分であり、アングラな場所でしかなかった。
だが、時代が進むにつれてネットワークにおける情報戦略は大きな意味を持ち始めた。全世界で、リアルタイムに情報がやり取りできるという事実がある。
それを、このアニメ世界でやろうというのだ。惑星を破壊できる、増殖するかもしれないマシンを使って。
「や、やることがせこい」
ぼそりとアニッシュがつぶやく。彼女の言葉は、その場にいる殆どが感じたことだろう。
だが、省吾はちょっとだけ自信があった。
こうなれば情報の波でとにかく大勢を巻き込もうという腹積もりなのである。
戦争とは銃火器を交えてだけやるものではない。情報戦から始まるのだ。
といっても、全く詳しくないのが省吾である。これだってネットに書いてあったことを真似しただけなのだから。
「せこくない! むしろ一番大事だ! トリスメギストスの電子制御であらゆる方向に情報を発信させる。一度に大量のデータを多方向に送ればいかにニューバランスが火消しに走ったところで対応はできん。とにかく人の目に触れさせる事実が重要だ。捨てアカウントだって作りまくってやれ、パペットマシンが作れるのならそれぐらいやってみせろと言いたいものだな!」
「あの……ちょっといいですか?」
ふと、話に混ざってきたのはユーキだった。
彼はおずおずと手を上げていた。
「う、む? 何かな」
主人公の言葉である。省吾は妙な期待をしていた。
「情報発信は良いんですけど、ジョウェインさん? 中佐さんがそれだけやったのじゃ多分、意味がないというか仕返しされておしまいじゃないかなって、思うんですけど」
「仕返し?」
ユーキから出てきたのは意外にも理知的なものだった。
もとより頭の良い子ではあるが、どうやら他とものの見方が違うらしい。
仕返しという言葉の意味は省吾もわからないでもない。ジョウェインとして発信した内容をニューバランス側は捏造であるとか、戯言、フェイクニュースなどと言って火消しにかかるのはわかっていることだが。
「なんと言いますか、中佐さんが元中佐で、元軍人って部分、あと反乱軍にいるっていうのが多分、逆にあっちの攻撃材料になるんじゃないかなぁって。それに、惑星虐殺って、これまで、その……三回あったんですよね? でも、その事実を僕は知りませんでした。それって他の人達も同じです。多分」
自信がなさげだが、ユーキの言うことは間違いではない。
情報規制は徹底されている。
「だからその、全ての罪を中佐さんにかぶせて、むしろあっちの大義名分を作られる危険があるんです。ネット情報って簡単にフェイクが作れますから」
「む? まぁそうであるが」
確かに危惧するべき部分である。
何より一般に情報が開示されていないというのが恐ろしい。
多くの者たちが知識ゼロの状態で出されたものに対して吟味する。さらにいえば、ニューバランス側のメディア操作もあるだろう。
「それに、話題性を出すなら別の方法があります。第三者がやればいいんですよ。そう、例えば……謎の宇宙海賊が、とか?」
ユーキの口から出てきた言葉は、意外なものだった。
「う、宇宙海賊?」
「例えばですよ! 不透明さって、逆を言えば好奇心を刺激するんです。敵対組織同士のめちゃくちゃな罵詈雑言合戦より、謎の誰かの発信の方が人は気にします。同時に反乱軍の作戦であるとか、ニューバランス内部の暴露だとか、それっぽい噂を流して……と、とにかく? ネットに話題をでっち上げるならただ言うだけよりはいいかなぁって? そうすれば、ニューバランスも中佐さんが裏切ったこと、罪をなすりつけようとしても民衆はイコールでは結びつけないと思います。だって、どっちにせよ、それはアンフェール大佐が惑星破壊の命令を出したという事実を暗に知らしめることになるわけですし」
その場にいる者たちは、ユーキの饒舌に息を飲みこんだ。
「く、はは!」
マーク中尉が手を叩き、笑う。
「面白いじゃないか! 宇宙海賊! ははは! そりゃあいい、反乱軍よりはかっこいいな。宇宙海賊、確かに謎のヒーローの登場はわくわくするものだな? ははは!」
マーク中尉は笑いながら、省吾に肩を回した。
急に馴れ馴れしい。
「中佐ぁ、これはやってみる価値がありますぜ? おちょくってやりゃいいんですよ、アンフェールのハゲ野郎を。反乱するのも楽しまなくちゃあなぁ?」
「……そうだな」
かくいう省吾も、ユーキの言い分には納得していた。
いや、確かにその方が効果的であると思ったのだ。
「やるか? 宇宙海賊の情報発信?」




