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怠惰なヒロイン

怠惰なヒロインはおやつを所望する

作者: 雪兎

「はい、チェックメイトです」

「なんとぉ! ワシが負けるとはのぉ。しかし、面白いの、このチェスというのは」

「ふふ、父が好きで嫌々付き合わされていたのですが、たまにはいい暇つぶしになりますね」

「――って、アイン様! 何を和んでいるのです!!」


チェス盤を囲む遠子(とおこ)とアインの横から、アスティが叫んだ。

転生したくない(とおこ)と転生させたい(アイン)女神(アスティ)は今日も平和に過ごしていた。


「アスティ様は相変わらず五月蠅いですね。疲れないのですか」

原因(あなた)に言われたくないわよ! さっさと転生しなさいよ」

「嫌ですよ。――さぁ、アイン様、約束の紅茶とお菓子を出してくださいな」

「しょうがないのぉ」


アインが右手を掲げると、テーブルが現れ、その上に湯気を上げる紅茶と色とりどりの菓子が鎮座していた。いい香りが白い空間にふわりと漂う。


「ふむ、美味しいですねぇ」

「そうじゃのぅ」

「アイン様も無視しないでください! だいたいあなたは魂なのだからお腹もすかないし、お茶やお菓子なんて食べられないでしょう」

「アスティ様、わかっていませんね。これは気分の問題です。賭けるものがあったほうが遊戯(ゲーム)は盛り上がるでしょう」

「神に賭け事をさせるんじゃないっ!!」


アスティが盛大なため息を漏らすと、アインはほっほっと笑って茶を啜った。本物の紅茶や菓子ではなく神力で造りだした偽物の小道具だ。魂だけの遠子はもちろん、神体のアインもアスティも食べ物を口にすることはない。


「そもそもあなた、賭け事は面倒くさくないわけ?」

「時には本気を出さないと、脳が腐りますから。それに、」

「それに……?」

「さすがに退屈でした」

「さっさと転生しやがれぇ――!!」


アスティは叫んだ。

のんびり茶を啜っている尊敬すべきアインすら憎くなりそうで、アスティはぐっと目を閉じた。

遠子がここへ来てから長い。本来、魂がここに居座ることは(ことわり)から外れている。それを黙認しているアインには、きっと何か考えがあるのだろうと思うようにしていた。していたが――


「アイン様! どうしてのんきに茶を飲んでいるのです! どうして説得しないのですか!」


アスティは我慢できなかったので、矛先をアインへ向けることにした。

女神とは、美しいものを愛している。遠子の魂がここにあり続けると、その魂はいずれ消滅してしまうのだ。それだけは許せなかった。美しい輝きを、消し去りたくはなかった。アインが黙認する理由もわからないが、教えてくれないのであれば、アスティはどこまでも五月蠅く訴え続けようと決めたのだ。


「アイン様っ!」

「落ち着きなさいアスティ、()()()()()()()のじゃ」

「アイン様……」


アスティは言葉に詰まった。

アインが動かないのであれば自分に遠子を動かすことはできないと、ここ最近の攻防で分かっていた。遠子という魂はとことん頑固で怠惰で、そして女神への信仰心が足りない娘であった。


「まぁまぁ、アスティ様、ほらお茶でも飲んでお菓子でも食べてください。心が和みますよ」

「そんな気遣いより転生しなさいよ! よっぽど心が平和になるわ」

「……と言いながら食べるのですね」

「アイン様が造ってくださったものを拒否する理由はないわ!」

「ふふ、アスティ様は可愛い女神様ですね」

「五月蠅いわ、小娘!」

「ほっほっほっ」



***




「アイン様、本当にあの(むすめ)をこのままにしておくのですか?」


遠子が眠っている場所から離れて、アスティはアインの前に立った。

魂だけの遠子は本来眠らないのだが、遠子は眠ってはおやつを食べて眠っている。不思議に思いつつも、アスティは遠子ならやりそうという気持ちで深く考えないようにしていた。遠子のすることにこれ以上頭を使いたくないともいえる。


「さぁ、アイン様、今度こそ教えてもらいますよ。なぜ貴方が沈黙を貫いているのか」

「のぅアスティよ、魂の輝きとは本当に美しいものじゃの。しかし、それを愛でるのは――愛でられるのはごく一部の生物と我々だけじゃの」

「それはそうでしょう、人間には魂を見る()はありませんからね」

「じゃから考えるのじゃ。神として正しくとも、それは()()()()()()()正しいことなのか時々考えることがあるのじゃ」

「アイン様、それはっ!」


遠子の姿を通してアインはどこか遠くを見つめるように目を細めた。

あたたかな眼差しには、幾星霜(いくせいそう)も世界のあらゆる生き物を、植物を見守ってきた深い優しさと慈愛と――ほんの少しの寂しさがあった。

神が大地に降りた命にしてあげれらることは少ない。強大な力を持ちながらも、人々の営みに深くは関われない。それは争いを呼び世界を混沌(こんとん)へと(かえ)す行為になってしまうからだ。観るだけというのは、時にもどかしい。アスティより長い時を存在し続けるアインは、アスティ以上に思うところがあることをアスティは知っている。

アスティは孤独なアインに寄り添いたいと、女神として生まれ出でたその瞬間より思っていた。

神にだって心はあるのだ。アインの寂しさを少しでも紛らわせたいと、そんな顔をさせたいわけじゃないと、アスティは慌てた。


「――なぁんての、冗談じゃ」

「は?」

「まぁ、見守るのじゃ。お主は女神、見守ることは慣れておるじゃろ?」

「アイン様、」

「それに、あの()は頭のいい子じゃ。心配はいらんじゃろうて」

「そう……でしょうか……」

「そうじゃそうじゃ。おっ! 遠子よ起きたか、もう一勝負やるぞい!」


遠子が目を擦りながらむくりと体を起こす。その傍らにあるチェス盤をちらりとみてから、


「次は将棋を教えて差し上げます。ご褒美はホールケーキでお願いします」


きらきらと目を輝かせる遠子をみて、アスティはお菓子で釣れば遠子は転生してくれるのでは?と思い始めた。

アスティは遠子の言動をみて、遠子が甘党――しかも結構な――であると気づいた。


「アスティ様もいかがです? わたしに勝てたら転生の件、考えてもいいですよ」

「いったな、小娘! 二言はないでしょうね!」


アスティはアインと遠子の方へと駆け足で向かった。

アインが待てというのなら、もう少しまとうとアスティは決めた。その先に何があろうと、敬愛する神(アイン)(ことば)なのだ。悪いようにはしないだろうという確信がある。

遠子の魂の輝きを守りたいのはアスティだけではないと、アスティは知っていた。

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