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アリスの箱庭冒険記  作者: 愛朱
第1章
9/18

08 異邦人

2020.0712 投稿

2020.0718 修正


 母娘の家はあの煉瓦の橋のすぐ近くだった。橋の前で広げられている露店を潜り抜け、三つ目の角を右に曲がってすぐの細い路地に入って二軒目がその母娘の家だそうだ。お狭いですがと扉を開けて招き入れてくれ、水で出した冷たいお茶をご馳走してくれた。

 道中で自己紹介を終えると、娘ことエカチェリーナは、碧に積極的に話しかけるようになった。外国人特有の長い名称を碧が呼ぶと、エカチェリーナはカチューシャという愛称を教えてくれた。碧は内心で、髪飾りの方のカチューシャが脳裏を過ってしまって、複雑な心境になった反面覚えやすいとも思った。しかし顔には出ていたようで、茜に違うとすかさず小突かれた。


 カチューシャの様子から察するに、この街ではあまり街の外には出ないようで、外の話を聞きたがった。しかし、碧たちはこの夢の世界のことなど知る由もない。現実世界での世界の話しか出来なかったが、街の外に出ない人間に自分の世界の話をしたところで、どうせ確かめる(すべ)はないだろうと結論付けた。



「外の世界はすごいのですわね!いつか色んな街を見てみたいものですわ…。」



 ほう、と双子の話に頬を染め、その話の光景のイメージを瞼の裏に描くようにうっとりと目を閉じた。話を聞く限り、カチューシャは双子より少し下の年齢のようであるし、街の外へ出掛けることくらいできるのではないのか?碧は素直にその質問をぶつけた。するとカチューシャも母であるナターリアも目をぱちくりとさせた。



「私共は、(アウォイ)さんや(アクァッツェ)さんと違って役なしですのよ。街を自由に行き来は出来ませんわ。」

「えっ?」

「もうっ!(アウォイ)さんてば、そういう意地悪をおっしゃる…。」



 ナターリアがくすくすと笑って双子のカップにお茶を継ぎ足す。カチューシャはぷくっと可愛らしく頬に空気をいっぱいに詰め込んで、少し拗ねたように碧を見た。

 それまで日本語で話してるかのように耳に馴染む言葉だったのだが、名前を呼ばれる度に二人は違和感を感じた。日本語特有の発音がしにくいようで、双子の名前は彼女たちは発音できないらしい。やはり、彼女たちは日本語で話している意識はないと見える。茜は学校の単位で外国語も専攻しているが、まだ一回生の夏だ。習得までの道のりは長く、まだ基礎知識を学んでいるところである。どうしてか外国語が翻訳されて聞こえるという現象も、あくまでも夢のご都合主義の特典なのかもしれない。最近よく読むライトな小説のような設定だった。そんな都合のいい話があるわけないだろう、と読みながら笑っていた設定も、茜はそれに自分の思考を多少なりとも毒されていたことに気づいて、ご都合主義を馬鹿にできないもんだとそれまでの自分を少し恥じた。

 そんな小難しいことを考える茜の隣で、碧が失言に気づいて、えっ…あっ…と弁明をしようにも言葉にならないでわたわたと手を彷徨わせると、その様子を見てカチューシャがくすくすと笑った。



「冗談ですわ、どうかお気になさらないで。私、街の外に憧れはそりゃあしますけれど、この街が気に入っているんです。大層気さくな王様で民の気持ちも汲んでくださいますし、不満だなんて恐れ多いですわ。」



 カチューシャの機嫌を損ねなかったと安堵する碧のそばで、茜は顎に手を当てて俯いた。先ほどの会話の“役なし”というワードを脳内のメモに記録し、街の外に出れないことも追記した。



「この町には王様がいるのですか?」

「ええ、この町は王制ですもの。王族がいて当然ですが…外の町には王がいないのですか?」

「ああ、いないというより、王はあくまでも飾りで、民衆が国を治めてる地域もあります。」

「くに?」



 国というワードにナターリアもカチューシャも首を傾げた。それを見るなり、茜は町です、と訂正した。国という概念がなさそうだ。もしくは国のことを街と呼んでいる可能性もあるか、茜はいくつかの仮定を叩き出し、今度はプリローダの街について聞いた。



「この街は初めて訪れたのですが、どういうところかお聞かせ願えませんか?」

「ええ、勿論ですわ!」



 嬉しそうに、カチューシャはプリローダの街を紹介し始めた。まず、河川敷で見たおどろおどろしい森。あれはリエーズの森という森で、この街の4割を占めているらしい。その森が政府の街、セントラルシュタットとの境界線となっているらしい。その政府の街が、今碧たちが勘違いされている“役持ち”が集い、この世界を治めているらしい。セントラルと言われるくらいであり、この世界の中央に位置しており、その街は役持ちや政治関係者しか入れないよう、厳重に警備されているらしい。


 ここで茜はじわじわと前に見た夢を思い出した。薔薇園、大きな時計塔、話しかけてきた衛兵。そしてその衛兵に追いかけられた。その理由はなんだったか…。眉間にしわを寄せて考えた。すると、横に座っていた碧がいきなり大声を上げて立ちあがった。



「ああーーーーー!!」

「うっ…るさいぞ、碧。」



 思わずうるせぇと言いかけた言葉を何とか口の中に止め、少し変形させてから茜は口から出した。碧は茜を見ると、耳打ちをしてきた。



「ねぇ、茜。この前の覚えてる?薔薇園の。」

「今詳細を思い出そうとしてたが、お前の邪魔が入ったところだ。」

「私思い出したの!時計塔を眺めてると衛兵に声をかけられたじゃない?その時、身分証や許可証の提示を求められて…」

「そうか、それで逃げ出したのか俺ら。」



 点と点が繋がり、自分たちが前にいたところが政府街(セントラルシュタット)だったことがわかった。そして茜はそれがトリガーとなって、衛兵たちに話しかけられた時のことを事細かに思い出した。あの衛兵たちも確かに関所や政府街(セントラルシュタット)のことを明言していた。前に見た夢と同じ世界の夢をみるなんて、本格的にアリスみたいだと茜は苦く思った。そんな柄は碧だけにしてくれ、俺は柄じゃないと神頼みに近い懇願をした。





 急に大声を出してこそこそと話を始めてしまい、カチューシャたちに申し訳なさを感じ視線を戻したが、目の前のソファにはナターリアが苦笑いで座っていた。話の腰を折った碧とそれに乗じた茜に対しての苦笑いかと思われたが、今の話をしてるうちに忽然(こつぜん)とカチューシャの姿がソファから消えていた。そのことにクエスチョンマークを浮かべる二人に、カチューシャが自室に物を取りに行ったとナターリアが教えてくれた。さっきの苦笑いはそれだったか。

 またカップなみなみに注ぎ足されていたお茶を飲んでいると、すぐにバタバタと会談から音がした。ナターリアはカチューシャにバタバタとはしたないと叱責したが、当の本人はけろっと軽い謝罪をしただけだった。


 カチューシャは碧にせっかくだからとプリローダの民族衣装を一着譲ってくれた。ルバシカとよばれるブラウスには、花と模様の刺繍が施されており、その刺繍こそがプリローダの伝統文化なのだそうだ。

 他にも、リエーズの森では狩りが盛んに行われ、狩人の街としても知られているそうだ。また、木の資源が豊かで、木で出来た家具や彫り物・楽器なども生産されているらしい。確かに、この家を見渡しても木の家具が大半で、ログハウスのような印象を受け、なんだか木の温かみを感じる。木のテーブルには、さっき碧に持ってきたルバシカと同じようなダマスク織りが施された赤のテーブルクロスが敷かれており、その上の花瓶の花も良く映えていて、レトロな空間が演出されていた。


***********************

“碧→アウォイ/茜→アクァッツェ”のルビ表示は読みにくいと思いますので、次話からはルビをなくします。

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