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アリスの箱庭冒険記  作者: 愛朱
第1章
8/18

07 風立ちぬ

2020.0705 投稿

2020.0718 修正

 サァ…と流れる音で目が覚めた。風に揺れるみずみずしい草の香りが鼻を掠め、そこで意識は急浮上する。さっきまでは自室にいたはずなのに。この前もこういうことに遭遇したな、と思い出しては溜息を吐く。

 風は軽やかに晴れ空を駆け抜け、背丈の長短まばらな人工的ではないだろう傾斜の芝生は風を受けてさわさわと気持ちよさそうに揺れている。その傾斜を少し登れば、平坦な道がある。今いるところが、河川敷という感じか。

 すぐ目の前にはさらさらと流れる、底が見えるほど綺麗に透き通った川。後ろを見れば大きく深く茂ったおどろおどろしい雰囲気をまとった森。右を見れば煉瓦造りの外国くらいでしか見ないアーチ状の橋があり、異国感を強め、最後に左を見れば、漸く見知ったものを捉えた。



「茜、ここどこ…?」

「知るわけないだろ。」



 茜は呆れを隠す気もないように、頭をガシガシと掻いた。二人の頭上には、当たり前のように広がる澄みきった青空にチチチと小鳥たちが歌い群れていて、寧ろ現代社会より空気が良く、穏やかな時間が川のせせらぎと一緒に流れる。前にもこんなことがあったような気がするが、所詮はこれも夢。思い出すだけ時間の無駄だと茜は思考を放棄した。

 それにしても、底が見える川のせせらぎの音に、さわさわという草木の音、風に乗って届く草の香りなど、五感が掬い取るすべてが、ヒーリング効果があるとされるもので、逆にここまで密集させると落ち着かない。現代社会に慣れた体は、この夢のような―実際夢なのだが―大自然を素直には受け入れなかった。




 そんなことを考えている内にガラガラという音がして、後ろの堤防になってる平坦な道を見ると、このご時世にこんな時代錯誤があるだろうか、馬を一匹走らせる馬車としか形容できない乗り物が双子の後ろを通過した。しかも大きな車輪を二輪つけたそれは所謂ハンサムで、馭者まで乗っているときた。

 異国感もそうだが、ここまでくるともう異界感すら沸き起こってくる。テーマパークだとしても、ここまで動物を使役して施設内に河川敷なんて作らないだろう。もしかして自分は海外に強い憧れでもあったのだろうかと頭を唸らせる。修学旅行で初めて訪れた夢の国や、関西圏にある映画のスタジオを模したテーマパークの人工的な景観ではなく、まるで元からあったかのように自然な景観の中で、自分たちだけがコラージュされたような存在のようにさえ思えた。そう、まるで。



「まるで、おとぎの国みたい…。」



 碧がそう呟いた。まさしくその通りで、日本の…いや世界基準で見ても、到底味わえない自然的すぎる景色が、今の双子を取り巻くすべてだった。夢みたいな夢。なんておかしな表現だろうか。さっきの馬車を見て、碧はうずうずと煉瓦の橋の向こうに見える街を眺めているし、茜もそこに広がる街の造りや文化に興味はあった。好奇心旺盛な姉と知識欲旺盛な弟は、互いの顔を見合って頷き合うと立ち上がった。パパっと服についた草を払うと、即行動に移した。どうせ夢なんだから、興味の赴くままに行動すればいい。じっとしているなんてもったいない。今の双子の思考はそれだけだった。




 二人の現在の恰好は、その街だと当たり前のように浮いていた。どちらも普段の寝間着の姿だったのだ。碧はゆったりとしたシャツワンピースにレギンスをはいていたし、茜はYシャツに黒のストレッチパンツだったため機動性は十分ではあったが、どちらも靴はおろか靴下も着用していなかった。

 赤煉瓦で出来たその橋は人でごった返していた。しかし、ニュースとかで見る外国の現代ファッションの大概は我々日本人と変わらないはずだったのだが、橋の上の夢の住人たちはさっきの馬車と同じように時代錯誤した民族衣装に身を固めていた。

 まるで、19世紀…いや、もう少し前かとすら思うような、女性はブラウスに赤や黄色・茶色など色とりどりのワンピースを着こなしている。その足首ぎりぎりまである丈のワンピースには、どれも花や模様の刺繍があしらわれている。頭には赤ずきんのようなケープだかバンダナだかを巻き、ワンピースと同じ刺繍が入った腰エプロンをしている。

 男性は刺繍の入ったプルオーバータイプのシャツを着ている。身頃がゆったりとしていて、詰襟や前開きは左脇または右脇のどちらか寄りになっている。前開きは途中までボタンを留めているようだ。そのシャツは腰辺りで組紐のような太めの紐で縛られている。これまた緩めなだぶんとしたバルーンパンツにゆったりとしたシャツをインして、そのパンツはキュッと引き締まったブーツの中に入れられている。どうやら、この街の民族衣装は、刺繍が特徴らしい。色は先ほど前記したように、赤・黄色・茶色が多く見受けられる。



 そんな中、双子の寝間着ファッションは当然通用するはずもなく、街の人々から遠巻きに見られているだろう、たくさんの視線を感じた。疎外感が沸き起こり、更に異国感は異界感へ本格的に移行した。人々は碧たちを指をさすでもなく、ただぼそぼそと会話していた。その状況下で完全に不利に立った気分になる―何に不利かはわからないが―。

 しかし、ここはどこなのか、どうしたらいいのか、夢であると認識しているがためによくわからなかった。現実であれば、どうやって家に帰るかとか、警察にどう説明しようだとか、そもそも自分たちの持ち合わせてる英語力でしっかりと事情を説明できるかだとか、様々なことをし試行錯誤していただろうが、あくまでも夢の中でそんなことを考える方がナンセンスである。碧はぱっと近くにいた母に似た年齢の女性に声をかけた。


「What is this town called?」


 にこやかに笑って簡単な英単語で出来た文を問いかけるが、女性とその連れだろう双子と同い年くらいの若い娘は互いの顔をちらちらと見合う。完全に不審者のような扱いだ。碧も流石に苦笑いになってしまって、茜を見る。どうしよう、そういう目線を送ると、茜も肩をすくめた。すると、娘の方がぽそぽそと母親に耳打ちをした。



「ねぇ、お母さん。この人たちなんて言っているの?」

「さぁねぇ…。あなたたちは、どこの方々かしら?私たちの言葉はわかりますか?」



 小さな音量の会話をざわざわとした喧騒の中で二人の声を拾うのは難しかったが、次に話しかけてきた母親の言葉が耳に馴染んだものだったので、今度は茜が口を開いた。


「突然すみません、言葉はわかります。僕たち、旅をしている者なのですが、あの森から抜けて迷子になってしまって。ここは何という街なのでしょうか?」


 さわやかな笑顔で、茜は問いかけた。それを見た碧は普段は見せないような茜の営業スマイルをここぞとばかりにガン見した。茜は外面がいい。これは別に顔がいいとか容姿が整ってるというわけではなく、外部に見せる顔がいいという内面的なものである。普段は不愛想で友達にも砕けた話し方をし、決して丁寧な人間ではないのだが、教師や大人たちの前では上手いこと取り繕う。だからか、大人からの評価が高い。

 逆に碧は取り繕うのが苦手である。直情型であるし、何事にも飽きやすく感情に素直だ。言葉を返せば、表情が豊かで人懐っこいが、大人や先生にも同じ態度で接する為、評価は平均的である。裏表がないということだ。

 双子なのにここまで違うとなんだか面白いなと、二人はお互いに感じていた。ここは茜に任せようと判断し、碧は茜のやや後ろに下がった。それに食いついたのは、それまで不信感を纏っていた娘だった。



「まぁ!旅人の方ですのね!ここはプリローダの街ですわ!どうぞ是非、我が家にお立ち寄りくださいな!我々、プリローダはあなた方を歓迎します!」



 おずおずとした様子から一変し、何やら興奮したように娘は母親より前に出た。流石の茜もこれには面を食らったようで、一瞬キョトンという表情を浮かべたが、すぐに人の好い笑顔に戻し、ありがとうございますと返した。

 あまりの興奮にし大きくなった溌剌(はつらつ)としたその声に、周囲の好奇の目が強まったと同時に、何やら警戒が解かれた気がした。母親は娘の変わり身の早さに頬に手を当てて呆れながらも、どうぞこちらへと促し、案内を始めてくれた。それがまだ太陽が東側に位置した時間の話である。



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